私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

板口冨美子という人ご存じですか ⑤

2008-12-28 17:41:28 | Weblog
 調べてみますと、板口冨美子という詩人は全国的にいって、そんなに著名な大詩人ではないようです。てっきり朝日新聞に載るような人ですからと私の早合点でした。
 でも、だからと言って、そんな名もないようなどこにでもいるような薄っぺらな詩人では決してありません。私の目から見ると、異色ですが偉大な詩人(同郷ということもあって歌人尾上柴舟に師事する)だと思えます。
 書くのもままならない寝たっきりの人がこれだけ沢山の歌や詩を創っています。香月泰男の絵をこよなく愛した冨美子の気持ちが分かるように思えます。自由のない厳しい環境に耐えて、それでも、なお明るい色彩、光といった方がいいのかもしれませんが、を失ってない泰男の絵に冨美子のその思いが重なり、生きることへの底知れない喜び、いや、希望です、をくみ取ったのではないかと思えるのです。
 僅かばかりに取り付けられている部屋の窓から見える小さな世界か冨美子の目にできる総ての世界なのです。360°の視野ではないのです。限られたスペースからの目にできるその何十分の一かの世界なのです。それも何時もというわけにはいかないのです。障子が閉まっているときは外界から遮断されてしましますし、庭樹が茂ると見える範囲が狭まります。まして空まではなかなか見ることがなかったと言われます。
 冨美子は書いています。(「うぐいすの巣」より)

 “私の部屋からむこうの山がこんなに近いのに、その山を私はめったに見ることがない。・・・・・
 でもときたま、何かのはずみに、その山の色におどろいたり、二つにわかれた峰の稜線のやさしさ、おおらかさにあらためてしばらく見入ることもある。・・・”

 その山の峰の先に輝くベガを正月の空に見つけ、本田先生(当時の倉敷天文台長)にいただいた双眼鏡でのぞきます。子供の時に見た七夕の織姫を見ます。
 “・・・ベガに、あの山の上で出会えたのである。・・・・・・・
 世界中のそれぞれのところで、それぞれのとき、多くの人がベガを見ているであろうが、あの山のベガは、やっぱり私にだけいただいた、そらからの、そして本田先生からの贈りものだったように思われる”

 高梁川が嵌入して流れ、わずかばかりの平地が広がっています。そんな山峡にある街をぐるりと急峻なお山が取り囲んでいます。その北にあるお山に、冨美子が「なんと美しいのだろう」と、見つけたベガの光っていたのです。西に傾いて出た真冬の星です。このうえなく美しい空のペーゼジェントです。7月の織姫とは、また異なった冬の美しいベガが空に繰り広げています。美袋でしか、また、冨美子の寝たっきりのベットの中からしか見られない、特別の美しさだっただろうと想像がつきます。

   元旦を 仰ぐむこうの 山はだは 
               うすら陽さして ゆたけき枯色