私の町 吉備津

藤井高尚って知っている??今、彼の著書[歌のしるべ]を紹介しております。

「小雪物語」 眠る小雪

2007-05-04 17:54:47 | Weblog
 梁石先生は、お喜智様に向かって、ちょっと頭をお下げになりながら、
 「心の臓が大分弱っています。前から悪かったのでしょう。・・・・まず、ゆっくりと休ますことですな。体を出来るだけ動かさないようにそっと運んでください、声も掛けないようにして」
 熊五郎大親分、万五郎親分も明日の賭場のご用意とかで、もうその場からお帰りになっておられました。何か男手が、と言う時のために、例の「三」と呼ばれたお人は残っていました。
 「済まないが、お若いの。この人を運ぶので戸板か何かを持って、手伝いの人も2,3人連れてきてくれないか」
 「へい」と、返事を残して、三は飛び出て行きました。
 「今ゆっくりと、このお人は眠っています。眠らせてください。それが一番の薬です」
 そこに、早くもあの三が、戸板の上に布団を敷き4,5人も屈強そうな若者を連れて入ってきました。梁石先生は、お須香さんのお手を借りられながら、素早く小雪を戸板の上に移しました。
 お粂が、三に「大阪屋へ」と言うと、戸板の若者の前に立って、ゆっくりと先導していきました。お須香さんもお以勢さんも、無言のまま、その左右を護るようにして後に続きます。
 その場に残った梁石先生は、お喜智さまに
 「あの人は元々心の臓が悪く、激しい動きをするたびに、いつも痛みが体中を襲っていたのではと・・・・、でも、よくもあの痛みを我慢して、あんな激しい舞が舞えたものだと、感心されられます。・・・・。『へ・だ・て・ご・こ・ろ』とかなんか、途切れ途切れに、あの人は寝言みたいに言っていたのですが、これも心に加かって負担になっていたことは確かです。あれはなんですかなー・・・」
 しばらく考えて、
 「薬と言っても、今、私の手元にはありません。洪庵先生の所では教えていただいたことはあるのですが、残念ですが、この近くにはないでしょう。岡山に行ってもないと思います。手配はして見ますが。・・・・兎に角、今は、ゆっくりと、ただ休ませる事だけしか、・・・・・・手の施しようがありません」
 「そうですか、手の施しようがありませんか・・・ありがとうございました。できる事なら助けてやりとうございますが。・・・誰か先生を送ってくださらない」
 と、お喜智さまは深々と頭を垂れ、梁石先生をお送りした後、一寸、思案顔でしたが、青龍池の「さえのかみさま」の方にお向きになられ、両の手を合せてお祈りしてから、堀家のお屋敷の方へと、「へだてごころ」とか何か、ぶつくさと言われながら、お帰りになって行かれました。
 真っ暗な中天には大きく三つ星が流れるように輝いています。