Don't Kill the Earth

地球環境を愛する平凡な一市民が、つれづれなるままに環境問題や日常生活のあれやこれやを綴ったブログです

台所からキッチンへ(19)

2022年03月12日 06時30分05秒 | Weblog
(引き続きネタバレご注意)
キッチン 吉本ばなな/著
 「私がこの世でいちばん好きな場所は台所だと思う。・・・
 私と台所が残る。自分しかいないと思っているよりは、ほんの少しましな思想だと思う。
 本当に疲れ果てた時、私はよくうっとりと思う。いつか死ぬ時がきたら、台所で息絶えたい。ひとり寒いところでも、誰かがいてあたたかいところでも、私はおびえずにちゃんと見つめたい。台所なら、いいなと思う。
 
 田辺家に拾われる前は、毎日台所で眠っていた。
 どこにいてもなんだか寝苦しいので、部屋からどんどん楽なほうへと流れていったら、冷蔵庫のわきがいちばんよく眠れることに、ある夜明け気づいた。
」(p9~10)

 登場人物とストーリー(あるいはプロット)が小説の骨格であるとすれば、milieu(ミリュー 。「物語環境」とでも訳しておく)は小説の血と肉であり、多くの小説家がこれに心血を注ぐ。
 「神は細部に宿る」からである。
 余談だが、milieu を浮かび上がらせるために全精力でディテールを描写する小説の例を見たいと思うのであれば、「ユリシーズ」や「魔の山」を読んでみるとよい。
 但し、このレベルまで来ると、ディテールの描写がくどすぎて、読むのをやめてしまう読者も多いのではないだろうか?
 それに比べると、ばなな氏による milieu の構築は、読者に非常に親切である。
 milieu の中心は、冒頭から明らかなとおり、「キッチン」である(もっとも、「キッチン」(p61でやっと登場?)より「台所」という言葉が多く出てくる。これは「台所太平記」へのオマージュなのだろうか?)。
 そして、「キッチン」は、上に引用した短い文章からも分かるとおり、「胎内(子宮)」と「棺」という二重の意味を持っている。
 何もないキッチンに置かれた(80年代の)冷蔵庫から響く「ジー」という機械的な持続音は、母親の体内を流れる血液の音を示しているかもしれない。
 私は、この小説のテーマは「人間社会の始原への回帰」であると解釈するのだが、この小説が成功した最大の理由は、milieu がテーマと完璧に調和していることだと思う。

 
 
 

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