「へンくつ日記」

日常や社会全般の時事。
そして個人的思考のアレコレを
笑える話に…なるべく

大河ドラマが低視聴率の訳…?

2012年06月24日 17時13分13秒 | Weblog
 
NHKの大河ドラマ「平清盛」の視聴率が低調だ。その理由を
どこかの県知事が、やれ「全体に暗い」だとか「リアリティに
欠ける」などと酷評し、それに同調するマスコミがいたり、また
それに誰かが反論するなどして、ちょっとした論争になっているという

僕としては、仲間が出ていることもあり応援したいのだが、酷評
する側の気持ちも理解できる
大河ドラマの不評の一因である「リアリティのなさ」に関して
某右側新聞のコラムで「時代劇のリアルとは何ぞや。当時の様子が
ビデオで残っている訳でもなく、もし仮にリアルに再現したといっ
ても、誰がそのリアルさを証明するのか。それに、当時の話し言葉
を忠実に再現したのなら、現代人の誰もが意味不明言語に聞こえる
だろう」と、リアルさ要求論者に反論を試みていたが、それも一理ある

そう、「暗い」だとか「設定が非リアル」などが低視聴率の最大の
要因ではない気がする。日本のドラマは全般に視聴率が低下してい
るが、大河ドラマの不調も、原因はそれと同じなのではないか…


さて、少し前まで、テレビはブラウン管だった。鮮明さに欠け画面も
小さかった。だから役者は微妙な顔の動きでは視聴者に心理描写が伝
わらないからと、まるで舞台上の歌舞伎役者のように、顔面の筋肉を
大きく動かしてオーバーアクションの“演技”をしていた。反面、首
から下は画面に映らないからと、体は大きく動かすことはしない。大
きく動かせばフレームから外れてしまうからだ。それが「テレビ演技」
として役者の常識となっていたのだ

それが今や、テレビは以前の最大画面の32インチは当たり前。普通の家庭でも
40インチ以上が普及し、50インチ以上の大画面を持つ家も珍しくなくなっている
そんな画面で、旧態前の演出、顔ばかりアップの(それも顔面をオーバーに動か
した)ドラマを観せられたら、いくら好きな役者の顔でも胸ヤケがして勘弁して
ほしくなるのは僕だけではあるまい。この「大画面時代」はテレビ界でも当然の
こと課題となり、演出方法変更の勉強会も数多く開かれたと聞く
だが…染み付いた習い事は、一朝一夕では変えられない。つい、“やってしまう
”才能無き演出者も多い

また、長く続いたこの「テレビ演技」は、本物の演技が出来る役者を育てることを阻んだ

日本の場合、舞台だけで食える役者はほんの一握りで、多くはテレビ・ドラマ
(たまに映画やバラエティー番組)の出演がないと生活がままならない。だか
ら役者は、“金になる”「テレビ演技」に磨きをかけることに精を出し、欧米など
では当たり前の「心理・感情の探求」や「声の鍛錬」にはさほど時間をかけない
だから、セリフと表情なしには心理描写を伝えられなかったり、一本調子の“マンガ声”や
滑舌が悪く声がこもって何を言っているのか判らない“素人役者”だらけとなるのだ

そう、「どう見せるか」だけが彼らの興味の中心になってしまい「なんだか臭い
どこからかオナラの臭いが…」という無言の演技が「思慮深い考察」や「誰が犯
人かを考えている最中」に「見える」ことで、「オナラを嗅ぐ」演技が頻繁に出
てくるという笑い話のようなことが、現場では実際に起こってしまう

演技の歴史が深い欧米の場合は、セリフなき心理描写の訓練を徹底的にする
モスクワ芸術座の演出家だったコンスタンチン・スタニスラフスキーが構築
した演技理論「スタニスラフスキー・システム」は演技者には必須の教科書
で、誰もが何年もその習得に励み続けている。(日本でもこれは役者の教科
書になっているが、キチンと教えられる演技教師は皆無だ)

名優マーロン・ブランドを始めとする数多くの世界的俳優を排出しているNY
「アクターズ・スタジオ」では、「スタニフラフスキー」を基にした独自の演技
教育方法「メソッド演技法」を使っているが、そこで教えるのは、役作りの上
で演技者の実生活での体験や、役の人物の内面心理を重視する点だ。つまり自分
磨きと自分探求だ。その上に声の鍛錬が重なり、大学と同じく4年間は訓練に
費やし、卒業後もそれは続けられる
そのなかでも「食える役者」になれるのは一握りだ

日本の場合は、なにせ見た目が殆ど全てなので、演技も声も鍛えられていない
モデル上がりや、CMなどでチュット話題になった可愛い子ちゃんが、すぐに
「映画の主役」や「ドラマのヒロイン」となり、事務所の力関係で「新人賞」
を貰い、なんとか48のように“興行が全ての日本の芸能界”で“使い捨て”ら
れていく。そこには「演技の鍛錬」の必要はなく、賞味期限まで、出来るだけ
稼ぐことが目的となってしまう

こんなことだから、「テレビ演技」とあいまって
日本では世界に通じる役者は育たないのが現状だ

更に、「日本語」の問題もある。日本語は世界の言語のなかでも飛躍的に語彙が多い
英語なら2000語程度の習得で大学での試験も突破できる。だが日本語では、最低でも
その10倍の2万語以上の習得が必要で、作家になるには5万語以上の語彙を知らなく
てはならないという。小学生が使う国語辞典でも6万から8万語、ちょっとした大型
辞典では20万語、日本国語大辞典には50万語が載っている

つまり、コミュニケーションは、言葉だけで全て済んでしまうのだ

その反面、語彙の少ない欧米語では、言葉に加えて、表情などのボディーランゲージが
コミュニケーションには必須のツールなのだ。そう、彼らは子供の頃から円滑な人間関
係のために“演技”を磨いてきたと言っても過言ではない。だから、一般に欧米人の表
情は訓練されているがゆえに豊かで、言葉だけで住んできた日本人は欧米人から見ると
“無表情”に見えてしまうのだ
(これは僕も体験している。初めて行った海外NYでのこと。外国人の皆が当たり前に
表情は豊かで、言葉は判らなくとも彼らの感情が伝わった。そのなかで観た日本人観光
客の無表情さは際立っており、僕にも、彼らがまるでロボットのように見えたものだ)

そんな「無表情人種」が付け焼刃で顔を作ってみてもワザとらしく見えるだけで
そんな顔を見ると逆にシラけてしまう。ここに日本人俳優の演技下手の因も隠さ
れているようにも思う

このような事柄から、マンガしか読まない制作・演出家の幼児化
魅力の無い脚本とあいまって、日本のドラマに出る役者の力量が
下がり、従ってドラマ自体の質も下がり、海外から来る優れたド
ラマや映画を観て目が肥えてきた日本の視聴者に飽きられ、大河
ドラマにしてもほかのものにしても、低視聴率という結果となり
それが定着した…というのが僕の結論、だ

ふぅ~ 
長々と読んでくださった方々、ありがとうございます
ともかく僕としては、優れた日本人俳優が出て欲しいのです
近所に世界的俳優のケン・ワタナベが住んでいるけど、彼のような俳優よ

「出てこいや~!」

コメント (2)
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