ある企業の管理職だった某氏
リストラに合い再就職の道を探るが
50歳近いこともあり仕事がない
貯金を切り崩す生活
やがて それも尽きる
生活のため借金がかさむ
妻や子のためプライドを捨てて
交通整理のバイトをする
1日8000円の日払い
通行する運転手の理不尽な暴言に耐え
彼は灼熱の太陽の下
懸命に交通整理の旗を振り続ける
毎日 税金を引かれた日給7500円を手に帰宅する
彼が管理職だった頃の給与を日給に直すと約3万円
7500円はあまりに少ない
彼は申し訳ない気持ちで
そのお金を妻に渡す
妻は毎日 最大の感謝を込めてお金を受け取る
質素な夕食の際の夫婦のいつもの会話は
「きっと いい仕事が見つかる」
「それまでの我慢」
ある日 仕事中の彼に声がかかる
「○△部長…」
振り返ると 元の部下数人がいる
恥ずかしさで彼の頭はカッと熱くなる
それでも なんとか懸命に自分を保ち
「よう…元気でやってるか」
「はい…」
立ち去る元部下の間から笑いが起こる
帰宅した彼は ポツリと妻にそのことを話した
妻は夫の悔しさを思い ボロボロと涙を落とした
灼熱の太陽の下
旗を振りながら彼は思った
売り上げの記録を作り続け
部下を鍛えいっぱしの営業マンに育て
会社のために働いた自分が
なぜリストラにあったのか
自分の何処が悪かったのか…と
「俺は ごう慢だったかも知れない」
そんな思いが脳裏をよぎる
タクシーの運転手が強盗に合い
殺害されたという報道があった
タクシー運転手を始めたのは数ヶ月前
以前は企業の管理職だったが
リストラで失業しドライバーになったのだという
そのニュースを聞いた彼は胸を痛めた
気持ちが塞ぎこんだ
道路工事の端に立つ相棒が旗を振る
彼は 了解の意味で白い旗を振った
その白い旗を振る自分に気づき
「…いや 俺はまだ降参なんかしないゾ」
彼は そう声に出した
それから数ヵ月後
彼は派遣社員として
販売の仕事をはじめた
給与は日給1万5千円
管理職当時の半分だが
交通整理の時より倍になった
相変わらず質素な食事だが
夕飯の団らんは楽しそうだ
最近の夫婦の会話は
「今度 旅行にでも行きたいね」
「わぁ 贅沢 でも 何処にする?」
信じられないことだが
某氏は リストラや交通整理の仕事に感謝していた
「あの苦労があったから成長できた」と
彼は 未来に限りない希望を抱いている
そして それが実現することを信じている