最近見たサイト、映画、本の感想から連想ゲームのようにダラダラ書いた日記です。下品、残虐、性的、差別的表現有り。18禁。
※ほのぼのした感じの日々のブログから、ちょっとイメージ違うんじゃ・・・?って感じの日記ですので、やわらかいのご希望の方は、スルーでお願いします。
なんでこんな日記書こうと思ったかといえば、ネットで偶然発見したブログ。
まだ全部は読んでないんですが、読んだ項目だけ載せさせていただきます。
少年犯罪データベースドア
~至上最年少の殺人者~
ここには、「2歳児が赤ちゃんの顔をカミソリでメッタ切り」等、眉をひそめるような事件が列挙されています。
事件の時代は、昭和初期あたり。
別のリンクやトップに行けば、もっといろんな事件が見られる事でしょう。
(「10代の無軌道な性」がどうの・・・っていうのもありました。)
こういうの見てると、今の時代のほうが、子供による犯罪が減ってるような気がしてきます。
そういう事件は連日報道されているとはいえ、この記事の時代とは違って現代はマスコミが発達していますし、1つの事件が大きく報道されて、事件が増えてるように錯覚させられているのかもしれないと思いまして。
少子化の影響で件数が少ないんでしょうか。
それに、昔は、戦争の影響で(昭和初期はそんな事ないハズなんですが)人が飾りの無いありのまま(欲望のまま?)に生きていたのもあって、人の命の重さにまで、目を向けられる余裕が無かったのかもしれませんが・・・。
私は、生きるためにはどうしても必要とあらば、ある程度までなら罪を犯しても許されると思います。まあ、 カルネアデスの板レベルでの話ですが。
それこそ、戦後、生きるためにパ○ス○になった人達とか・・・。
それに比べたら、今は、遊ぶために援交してたりとか・・・
時代が進んで、罪に対する意識レベルは、昔と同じ状態に戻ったようです(´▽`;
昔と言えば、このあいだBSでやっていた、楢山節考。
ERを見たままつけっぱなしにしていたら始まって、見るとも無く見てしまったら内容が凄くて・・・。
あれは、衝撃を受けました・・・。
私的には、永井豪のデビルマン(原作の漫画)を見た時並の衝撃でした。
内容は、姥捨て山伝説を元にした小説が原作です。
2度映画になってるみたいですが、私が見たのは今村昌平さんが監督された作品。
どこをどう衝撃を受けたのかと言えば、臭いを感じるほど、農村生活の生々しく描かれ、この話の内容は、過去に本当にあったんだろうなぁと感じさせられた事でした。
あんまり感動したので、ちょっと書いてみます。
美しくけれどどこか寂しい、牧歌的な東北の農村の映像。
そこで、生きることに貪欲な人々が暮らしている。
そこにあるのは、生と死だけ。
映画の冒頭に、「性的表現がある」と書かれていたけど・・・本当に沢山ありました。
綺麗なものでなくて、臭いを感じるような、生々しい性行為。
生=性、そして性=生を生じて、やがては、死。
昔は、生まれる数も、死ぬ数も多かった・・・。
「働けなくなったら死ぬ」
それが、自然の世界と同じで、当たり前の話。
愛などと無縁の生活・・・のようなのに、やはり、人には愛があって、そこに哀しさがある・・・。
老いた母親は、息子が嫁をもらって食い扶持が1人増えるので、自ら口減らしの為に歯を折り、楢山へ参る。
楢山へ参る途中の山道で息子が母に語る話、それを表す、楢山の恐ろしいさま・・・。
頭で想像していたのを裏切る、リアルな情景。
雪が降り、全てを覆い隠し・・・
平然と時間は流れていく。
そんな感じでした。
農村の人が強いのは、生も死も、すべてをひっくるめて当たり前として、生きてるからなんでしょうね・・・。
で、次の話になるんです。
最近毎日チェックしてるブログがあるんですが、それはコチラ。
特殊清掃「戦う男たち」
列車事故に自殺など、人が死んだ状態から、現場を掃除する人々。
かなりグロです。でも、面白い!!
この記事の中に、「農家さん」が出てきて、腐敗した弟さんの部屋を片付けるというのがあるのですが、それが思い出されました。。
やっぱり、土とともに生きる、第一線に居る人達は、違いますねぇ(´▽`;
(人→死→土に還る・・・で考えてください。)
私も、わずかとはいえ、土いじりをする身。
飼ってる魚が死んだら、密かに土に混ぜ込んでおります。
害虫は・・・バラして金魚の餌に。。
人間だって動物ですもの。生態系の一部になってるのを忘れたくない。
自分が死んだら、ほかの動物と同じように、土に帰って、窒素、リン、カリになりたい・・・(´▽`)
土に還るといえば、人の排泄物も、土に還ります。
トイレの話といえば、最近読んだのは、「落とし紙以前」という本。
我が家は、和式トイレに落とし紙。というこだわりがあったのですが、 最近はトイレットペーパーの方が長く使える分安く上がるので、もっぱらそちらを使っています。
最近は若い人はあまり知らないかもしれない「落とし紙」、それ以前の時代は何を使っていたのか?という本です。
もちろん、葉っぱですよね・・・。
そのほか、新聞紙、木ベラ、海草など。
葉っぱにしても地方によって違うなどなど、作者が色々な地方を尋ねて、おばあちゃん達から聞いて集めた事をまとめた本です。
なかなか、面白かったです。
その本の中で、奄美か沖縄に行った時、トイレの下が豚の飼育場になっていて、人の排泄物を豚の飼料にしていたというのもありました。(ランボーでもそういうのが出てきましたよね。インドではホテルのトイレが豚小屋に繋がってて、トイレの穴から豚が顔を出すので、追い払うための棒が置いてあるとか・・・)
昔、日本は大陸などと違って肥料に乏しく、農民は収獲を増やすため、家畜の糞尿を肥料にしていたそうですが、肉食で無かった分、飼育する家畜が少なくてやはり肥料がたりず、そのうちに人糞を集めて肥料にしていくようになりました。
なので、江戸の街などは、当時世界でも最高レベルでトイレ&下水が発達し、ヨーロッパの宣教師が驚くほど「匂わない」「清潔な」街になったそうです。
そこから遠く離れた琉球王国方面では、その「最高の肥料」を「豚の餌」にして、その豚をお正月のご馳走に頂いていたそうです。
すると・・・島のお年寄りによると、「現在の豚は、(人糞を与えてた)昔より味が落ちる」らしいです。。
人が食べて美味しいものって、人から出たものから作られるのかな??
人糞って栄養効率がかなりいいっていうから、そのせいかな?
そういえば、現在でも、下水処理場が、肥料を作って売っています(笑)
かなりお安かったんですが、量が業務用サイズだったので、買ってません・・・誰か使ったことないでしょうかね??
ちょっと戻って、宣教師といえば、ヨーロッパ。
ゲド戦記を読んでから、モデルになっていそうな古代から中世ヨーロッパについて知りたくて、モデルが当時の人々の生活をしている写真の入った絵本を借りて読みました。
ケルトの生活、中世の人々のくらし、中世の戦争と鎧についての3冊。
ケルトは、ずっと思いこんでいたものとは全く違っていて、行動範囲はかなり広く、アメリカ大陸まで出掛けていってインディアンと貿易し、独自の価値観を持っていて、世界初の民主主義 自治国家を作り、裁判までしていたそうです。
知らなかった・・・。ケルトバイキング=残虐な蛮族 の図式が、大分変わりました。
そうして最強の戦士の国だったケルトも、時代が進んで気候が氷河期に入るのとローマ帝国の台頭で滅んでしまい、中世に。
中世は、キリスト教の時代。
教会の力が強く、聖書と違うことは認めず、異端者は厳しく審問され、ローマ時代に進んだ医学も大きく後退し、(当時の文献によると、「イスラムの医師がリンパ結核?の患者に、栄養と休養を与えていたら、キリスト教の医師が頭蓋を開いて脳に塩を擦り込む「治療」をし、患者を死なせた」と書いてあったそうです)法王が2人いて、お互いが対立していた為、片方が自分の力を強めるために十字軍遠征を初めたり・・・。
信仰を傘にきて、好き放題・・・。恐ろしい・・・。
この時代に、ペストの大流行を「神の怒り」だとし、怒りを静めるために「苦行者」が誕生したそうです。苦行者は「シリス帯」をしたり自らを鞭打ったりしていて・・・。
その写真、例の「ダヴィンチ・コード」にも出てきた「あの人」そのまんまでした。。
中世の戦については、100年以上の間戦を続け、文化や医療は全然発達しなかったのに、武器、防具は進化していったというのが印象的でした。
騎士というのも、人にも寄るでしょうが、残虐で、暴力と略奪の為に十字軍に参加していたそうです。
そういうのを見ていると、まさに「ベルセルク(by三浦健太郎)」の時代・・・って感じでした。。
いやはや・・・長かった・・・。
どうにも、わたしは「民俗」が大好きなもので・・・(´▽`;
読んでくださったかた、お疲れ様でした。
自己満足&備忘録日記でした。