ユダヤ教徒になられた石角さんですが、
日本人には今一つ、ユダヤ教のほんとうの姿が分かっていません。
石角さんは京都の真言宗の信徒で、
数々の宗教も問題意識なく信じている典型的な
日本教のおばあさんとの会話を紹介しておられます。
おばあさん:あんたはユダヤ教徒というけど、誰を拝んどるのかね。
キリストさんかね。
石角:キリストを拝むのはキリスト教であり、ユダヤ教ではありません。
おばあさん:ほな、ユダヤ教は何を拝んでいるのや。
石角:何も拝んでいませんよ。
おばあさん:仏さんのようなものはないのかね。
石角:何もありませんね。土曜日の礼拝では、
本を読んでみんなで勉強していますよ。
おばあさん:へえ、かわった宗教やな。
ほな、勉強だけしておればいいのかね。
石角:いや、他にも食べていけないもの、
週1回は仕事も勉強や他にもしてはならないことを守ることかな。
まだ他にも数多いきまりはありますが。
おばあさん:かわってんな、それは宗教とはちがうな。
つまりこの会話でユダヤ教は
1・勉強すること
2・食事戒律を守ること
3・安息日を守ること
4・613の戒律を守ること
これらのうち1~3は必須だということだといいます。
では宗教行事は
・形あるものを拝むことは一切ない
・その代りに議論と勉強があること
・そしてシナゴーグでの礼拝は、ユダヤ教の教義の講義であること
これらを話したつもりでしたが、京都のおばあさんの感想は、
「そんなの宗教ではない」と不思議がったというのが石角さんの落ちでした。
ここで石角さんの説明で「キリストを拝む」は間違いです。
拝むではなく、礼拝であり、キリストを拝んでいるのとは違います。
キリスト教の礼拝は、三位一体の神を賛美し、
礼拝堂に迎えることが礼拝なのです。
ユダヤ教は律法を厳守する宗教なので、
日本人はそれを聞くと「それは宗教ではない」となります。
その意味では、キリスト教もイスラム教も宗教ではないことになります。
日本人はやはり八百万の神々を祭るというのが宗教と思っています。
それにプラス世間体(様)が加わりますので、総括して、
ユダヤ教の研究家であった山本七平は、「日本教」といいました。
日本人には全く理解できない宗教こそが、
ユダヤ教、キリスト教、イスラム教という唯一神なのです。