ハバクク書
◆主の答え
2:1 わたしは歩哨の部署につき/砦の上に立って見張り/
神がわたしに何を語り/わたしの訴えに何と答えられるかを見よう。
2:2 主はわたしに答えて、言われた。
「幻を書き記せ。走りながらでも読めるように/板の上にはっきりと記せ。
2:3 定められた時のために/もうひとつの幻があるからだ。
それは終わりの時に向かって急ぐ。人を欺くことはない。
たとえ、遅くなっても、待っておれ。それは必ず来る、遅れることはない。
2:4 見よ、高慢な者を。彼の心は正しくありえない。
しかし、神に従う人は信仰によって生きる。」
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キリスト教会は、リバイバルを祈り求めることとは何かを
根本的に誤解しています。
その理由
・宗教組織
・物質的な富
・大衆に媚びるような説教
・浅薄な伝道
これでリバイバルは起こりません。
しかし、キリスト教会が
★肉の信頼が打ち砕かれ
★神の前にいかに絶望的なみじめさを知り
★盲目、裸を悟った時
その時にこそ神は突入して来られるのです。
まさにアーメン、然りです。
しかしそのためには
とりなしの祈りの時が必要なのです。
ハバククが語るように
2:1 わたしは歩哨の部署につき/砦の上に立って見張り/
神がわたしに何を語り/わたしの訴えに何と答えられるかを見よう。
ハバククの「砦の上に立って見張り」こそ、私たちの祈りの部屋なのです。
ハバククは神が天から語られるまで待ったのです。
どのように
★祈り
★見守り
★待つ
そしてとりなしの祈りの継続なのです。








