ルカによる福音書
3:1 皇帝ティベリウスの治世の第十五年、ポンティオ・ピラトがユダヤの総督、
ヘロデがガリラヤの領主、その兄弟フィリポがイトラヤとトラコン地方の領主、
リサニアがアビレネの領主、
3:2 アンナスとカイアファとが大祭司であったとき、
神の言葉が荒れ野でザカリアの子ヨハネに降った。
3:3 そこで、ヨハネはヨルダン川沿いの地方一帯に行って、
罪の赦しを得させるために悔い改めの洗礼を宣べ伝えた。
3:4 これは、預言者イザヤの書に書いてあるとおりである。
「荒れ野で叫ぶ者の声がする。『主の道を整え、/
その道筋をまっすぐにせよ。
3:5 谷はすべて埋められ、/山と丘はみな低くされる。
曲がった道はまっすぐに、/でこぼこの道は平らになり、
3:6 人は皆、神の救いを仰ぎ見る。』」
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1904年はウェールズにリバイバルが起こった年です。
そこからペンテコステ運動が開始されたのです。
それまでのウェールズ地方の教会は惨憺たるものでした。
国民は神から遠く離れた生活をし、冷静も極めて低く、
教会の出席者も極めて少数となって、罪は全土に満ちていたのです。
その時にリバイバルは起こったのです。
その様子をオズワルド・スミス博士は次のように記録しています。
突然、予期しなかった大旋風のように、神の御霊が降った。
人々は教会に押し寄せ、多くの者がいずれも外に溢れた。
集会は朝の10時から夜の12時まで続いた。
毎日、3回の集会が持たれた。
このリバイバルに用いられた器は、エヴァン・ロバーツである。
しかし、説教はほとんどなされず、主として賛美、証し、祈りがなされた。
讃美歌は全く用いる必要はなかった。
聖歌隊も必要なかった。
それは全員が歌ったからである。
また献金も組織的に集めることもなく、宣伝の必要もなかった。
このリバイバルは全ウェールズに多大な影響を与えリバイバルは、
不信者は回心し、酒飲みや賭博する者が救われ、
何千人もの人たちが高潔な人格に引き上げられた。
毎日、恐ろしいような罪の告白がなされ、債務は払いに来る、
劇場は観客が来ないので閉鎖され、
炭鉱で働くロバたちは親切に慣れていないので働くことを拒否した。
そしてリバイバルが起こって2万人の人たちが救われたのだ。








