太った中年

日本男児たるもの

闇将軍の失脚

2010-06-15 | weblog

闇将軍の小沢一郎氏が失脚し、日本はようやく、実行力のある(Kan-do)新首相を迎えることができた。

新たに首相の座に就いた菅直人氏の命運についてよりよく理解するには、政治体制の変革に力を注いだ前首相、鳩山由紀夫氏の在任中の最大の貢献が何だったか少し考えてみるといい。

在任9カ月足らずの間、精彩を欠き、混迷を極めたとはいえ、6月2日の首相辞任という明らかな貢献は、鳩山氏の最大の貢献ではない。

自身の辞任よりもはるかに大きな意味を持つのは、与党民主党の幹事長だった小沢一郎氏も同時に退任させた点だ。小沢氏は現代において日本の裏の政治手法に最も精通した闇将軍である。その小沢氏を退任させただけでも、鳩山氏の名前は最大級の称賛に値する。

小沢氏退任の経緯は今のところはっきりしない。しかし、鳩山氏が必然的な辞任を迎えるまでの数日間、力ある幹事長が首相に辞任を迫れば迫るほど、優柔不断な夢想家の首相は、その内に秘めた頑固な一面を示すようになっていったようだ。鳩山氏は、自分が辞任するのであれば、小沢氏も辞めなければならないと強硬に主張した。

2人とも政治資金に関する不正疑惑が解消されておらず、国民は首相だけでなく小沢氏に対しても反感を抱き、それが政権の支持率を救いようのない低さに押し下げているというのが、鳩山氏の見方だった。

小沢氏の政治生命が終わるとしたら、ことは重大だ。小沢氏は、日本の政治に道筋をつけたという意味では、2001年から2006年まで首相を務め、そのカリスマ性と大胆さで抜きんでていた小泉純一郎氏でさえ及ばないほどの大きな存在だからだ。

1993年に自民党を飛び出した時、小沢氏は恐らく誰よりも早く、冷戦時代から続く自民党支配がその使命を終えたことを見抜いていた。

事実上の一党支配でありながら弱い政府、海外での軍事行動を制限する憲法、戦後に築かれた米国支配に対する文化的な従属――。小沢氏の言葉を借りれば、こうした要素すべてが、日本が「普通の」国になることを阻んできた。ここで言う「普通」とは、候補者の人柄や利益誘導で争う政治ではなく、2大政党が政策で政権を争う仕組みを作ることを意味するはずだった。

2009年8月の総選挙に自民党が敗れたことで、小沢氏が正しかったことがはっきり証明されたように見えた。しかしその時には既に、小沢氏の改革志向は、あまり好ましくない同氏の別の側面に圧倒されてしまっていた。

例えば小沢氏は、権力の行使に際して策略を弄することを好み、これが民主党の表向きの執行体制にダメージを与えた。また、選挙対策および政権運営の戦略として、地方を中心に自民党式の便宜供与や利益誘導を用いた。総選挙では、この戦略が明らかに功を奏した。

しかし、有権者が自民党を政権の座から追いやったのは、民主党が自民党をまねることを期待してのことではない。小沢氏が民主党を牛耳れば牛耳るほど、世論は同氏の失脚を望むようになった。

そもそも小沢氏を民主党に呼び寄せた当人である菅氏は、小沢氏が重荷になっていることに気づくのが遅かった。しかし、ひとたび民意を感じ取ると、菅氏は持ち前の決断力を発揮した。

祖父も首相を務めた鳩山氏は、もともと政治的に与えられる権利に関して時代遅れの感覚を持ち合わせていた。一方、菅氏は厳しい都会の選挙戦を戦い、現在の地位まで上り詰めた人物で、地方で補助金をばらまいて地位を手に入れた歴代の首相の多くとはわけが違う。

小沢氏に何の借りもない菅氏は、既に小沢氏に、政治の場から遠ざかるよう警告している。

8日に発表された新内閣で、菅氏は前内閣の顔触れにいくつか重要な変更を加え、旧来とは違う、反小沢色を鮮明にした体制をつくり上げた。政策に関して首相の窓口を務める新内閣官房長官の仙谷由人氏は、財政赤字とデフレの両方に真剣に取り組むはずだ。財務大臣の野田佳彦氏も選挙公約に謳われた各政策の絞り込みに意欲を燃やしている。

さらに重要なことに、菅氏は小沢氏が嫌う枝野幸男氏を党の幹事長に起用し、党組織の支配権を奪い返した。

しかし、何より重要なのは、首相交代直後の世論調査で政権支持率が大幅に回復していることだ。菅氏のおかげで、惨敗が予想された7月の参議院選挙で、民主党はそれほど悪くない結果を残せるかもしれない。支持率回復により、小沢氏を支持する議員も減るだろう。

政治評論家によると、親小沢派のグループは、小沢氏の周到な支援のおかげで議員の座を得た「小沢チルドレン」と呼ばれる142人の新人議員を含め、一大勢力となるはずだった。しかし、小沢氏がチルドレンへの影響力を振るえるのは、権力というムチを握っている限りにおいてだった。今、党内で出世の道を提供しているのは菅氏だ。

2006年に小泉氏が退任して以来初めて、菅氏は、実権を掌握しているという強い印象を与える首相となった。しかし、それも長続きしないかもしれない。現在68歳の小沢氏はこれまでも数え切れないほどの逆境に直面しながら、いつもそれを跳ね返してきた。

結局のところ、ウェーブのかかった髪型の鳩山氏は、小沢氏の神殿を倒壊させたサムソンではなかったのかもしれない。

元闇将軍は菅氏への挑戦の言葉を口にしている。菅氏の民主党党首の地位(ひいては日本の首相の座)は、秋に行われる党代表選で試されることになるが、「我々の決戦は9月だ」と、傷心の小沢氏は熱心な支持者たちに酒を注ぎながら語ったと伝えられている。

小沢氏にはもう1つ、破壊の手段がある。腹心の議員を連れて離党するという奥の手である。そうなれば、衆参両院で過半数を維持するという民主党の望みは危うくなる。小沢氏は以前にも同様の手段に出ており、15年ほど前、現政権を除くと唯一となる非自民党政権が終わるきっかけを作っている。

リスクは大きいが、見返りも十分

小沢氏が離党すれば、新たな混乱を生むが、政界再編が加速し、プラスに作用するかもしれない。2009年8月の政権交代を機に始まった再編は、いまだ終わりが見えない状況だ。

小沢氏が党を離れれば、民主党は、よりリベラルで市場に理解を示す新党とも手を組みやすくなるだろう。人気が高まっているみんなの党などは、小沢氏の影がちらつく政党と組むのを嫌がっている。

もし小沢氏が、自らが長く支配してきた民主党を捨て、真っ向から対立するつもりなのであれば、それはもう、是非そうしてもらいたい。

(以上、JBpress より転載)


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