Beyond Sports

スポーツと広報・PRに関わる記事を書いていきます

思えば遠くへ来たもんだ

2014-04-27 09:03:04 | 自分について

長い間更新しなくて、すみません。

でも、ブログを書くのをやめようという気持ちにはなりません。単に忙しく、落ち着いてモノを書く気が起きなかっただけです。

 

最近になって、仕事がひと山を迎えたという気持ちになったので、区切りの意味で書いておきたいと思います。

ブラインドサッカーに携わっているというのは、以前にも何度かこのブログに書いてきました。手前味噌で恐縮ですが、そのブラインドサッカーが最近、じわじわと来ています。

某甘味料入り炭酸水の会社のCMで、ブラジルのブラインドサッカー選手が出ているのを見た人が結構いるんじゃないかと思います。僕も、スポーツにさほど関心のない友達からも「見たよ」と言われました。

また、昨秋以来、スポーツではない文脈で日本ブラインドサッカー協会の活動が評価されることが非常に増えてきました。

学校向けの体験授業「スポ育」は表彰を受けたり、断わるのに苦労するくらいの申し込みがあったりしました。それから、1月以降、ブラインドサッカーの要素を活用した企業研修プログラムがメディアに取り上げられることが増えています。今月はいよいよ、ビジネス系メディアの頂点とも言える日本経済新聞や、テレビ東京の看板番組であるワールドビジネスサテライトにまで取り上げられました。もちろん、それに伴って、研修の問い合わせや申し込みも増えてきました。

 

こうした一連の流れを見るにつけ、一つ仕事を成し遂げたなという気持ちがしています。

僕は留学する時に、大学に提出した志望書にこのように書きました。

「スポーツと他の分野を結ぶことに携わり、社会に貢献したい。様々な分野につながりを持つことが、スポーツ界の安定につながり、また、スポーツの要素を取り入れることで、他の分野もよりよいものになっていくだろう。それをビジネスとして成立させたい」

また、その後、こちらのブログでも「スポーツと他の分野を結ぶ」「仕事探しの試行錯誤」などに同様の事を記してきました。僕が直接企画したわけではありませんが、上記のブラインドサッカーの体験授業や企業研修は、間違いなく「スポーツと他の分野を結ぶ」仕事です。

 

それからもう一つ、非常に嬉しいことがありました。

このブログのタイトルを「Beyond Sports」と名付けるきっかけになった人が、先の日経新聞の報道で、僕がやっている活動を知ってくれたのです。2010年6月1日に書いたこのブログの記念すべき第1回の記事「このタイトルにした理由」を読み返しました。

”大学時代の後輩から「それじゃあ○○さん、今のスポーツのその先にあるものを見せて下さいよ!」と言われたことがヒントになりました”

 

「今のスポーツのその先」って、こういうことでしょう、と気づいてもらえました。

当時から、ブラインドサッカーとは関わりを持っていましたが、まだ組織も小さく、競技運営だけで四苦八苦していました。ただ、なにかしらのポテンシャルは感じていました。僕が協会のリーダーと話をして、ボランティアとして働く決め手になったのは、ある一点で意気投合したことでした。それは…。

 

「スポーツは世の中の役に立つものだと思いますか?」 「はい。僕はそう信じています」

 

もう少し詳しく言うと、「スポーツが『メダル取りました』とか、『感動ありがとう』とかで止まっていては世の中は変わらない。もっと世の中で役に立つものだ」という価値観が同じだったのです。

今や学校現場では年間300件、1万5000人を超え、また、ビジネスの現場にブラインドサッカーを通じて相手のニーズに応え、価値を提供する機会がどんどん増えています。

思えば遠くへ来たもんだ。

でも

もっと遠くへ。


スポーツと他の分野を結ぶ

2013-08-19 10:34:16 | 自分について

このブログのサブタイトルを変更することにしました。

元に戻して、「スポーツと他の分野を結ぶ」にします。

このサブタイトルは、自分のミッションをどう表現したらいいかと考えて、つけているものです。これまで使っていた「スポーツに関わるコミュニケーションをやさしくする」だと、今ひとつ自分の役割が他の人には伝わりにくかったようです。僕は「スポーツと他の分野を結ぶ」通訳のようなことをイメージして、「コミュニケーションをやさしくする」と表現していたつもりでした。しかし、誤解のないように文言を変えます。

なぜ、再びこのビジョンに戻すことにしたのかというと、最近改めて思いましたが、自分が手ごたえを感じてきた瞬間って、「スポーツ」と「その他の分野」が結べた時だからです。例えば、ブラインドサッカー。これは、スポーツと「障害者理解」が結びついています。広報、PRも、スポーツとメディア、自治体、教育関係者などと間を結ぶ仕事に他なりません。アメリカの大学院(しかもスポーツとコミュニケーションの研究が最高レベルのところに)までわざわざ行って、勉強したり、体験したりしてきたという行動がその意欲を証明しているんじゃないかなと。

「スポーツと他の分野を結ぶことに貢献したい」というと初めて会った誰かと話をする時に、「俺(私)関係ないや」って、ことにならないんです。ほとんどの人が、仕事、趣味などで自分がこだわりを持って取り組んでいることがあるものです。それが探り出せたところで、それとスポーツが関係する話をできれば、会話も盛り上がります。それも楽しい時間です。

 

個人的な事情の次に、もう少し視野を広げて話をします。スポーツ団体は、ほおっておくと「内輪受け」ばかりになってしまうんです。そして、それが非常に危険なことであることは、昨今のスポーツ団体の不祥事からわかることです。

スポーツ団体は元々、自分たちがプレーや試合を楽しむために発足したものです。「やりたい人、集まって」で、それなりに成り立ってしまいます。今も、その経営の収入源は、補助金(JOCなどから分配されるもの。元をたどれば税金)や助成金(他の財団に支給を頼む。toto,bigなどの利益からくるものが有名)と、公認大会に出る人たちの会員登録費です。世間にさらされるのは、オリンピックなど、マスメディアに取り上げられる時か、スポンサーを獲得する時くらいでしょうか? プロでなければ、大会は無料か、タダ券を配るので、一般の人を真剣に集客することもめったにありません。となると、内輪の人たちだけで、まあまあ、なあなあで済んでしまうことが長く続くわけです。他の分野と仲良くする必要がほぼ無いわけです。大きな問題が起きたときに、外部からの非難にさらされ、初めて幹部の交代などにつながります。柔道、大相撲などのケースを思い出したでしょうか。

これが、普段から他の分野との交流にさらされているとしたら状況は違います。例えば、Jリーグのチームを見てください。自治体、地元の住民、スポンサー、サポーター、イベントを一緒に行う人など外部の目にさらされることが、励みにもなるし、そうした外部の人を納得させるために頑張って、自分たちを律することにつながります。納得させられなければ、お金をもらうことができず、組織が存続できません。

 

僕はスポーツの組織や大会と、周辺の関係団体(ステークホルダーと言います)の関係作り、スポンサーシップ、また広報・PRなどの仕事で、自分のビジョンを実現し、貢献したいという思いを常に持っています。

スポーツとその他の分野を結ぶ

にミッションに忠実に、今頂いている仕事に取り組んでいきます。


日本に戻りました。

2012-10-26 11:54:39 | 自分について

少々、報告が遅くなりましたが、日本に完全帰国しました。
直接的なきっかけは、長い間、アメリカで仕事先を探していましたが、就労ビザを取れる見込みがなくなったことから、仕事先を見つけるために日本に戻ることにしました。 
勉強したいと思っていたことは身につきましたし、様々なスポーツの現場を訪れて感じたり、考えたりすることも十分にやったという気持ちも帰国を後押ししました。

すでに日本で、以前に仕事でお世話になった人たちにはほとんどあいさつを済ませていますが、「おかえり」と言ってもらえることはありがたいことです。

記者やスポーツ団体の友人、知人が多いので、日本でもスポーツの現場を目にする機会はいろいろありました。その時に一番思ったことを正直に書くと、「感動をありがとう、とか、スポーツは素晴らしいと感じている人は何百万、何千万人といるのに、どうしてみんなお金を払ってくれないんだろう?」という大きな疑問です。現場で雇用が増えている場面も目にしましたが、ほとんどが税金や助成金によるものです。例えば、プロスポーツの最高峰と言えるプロ野球のクライマックスシリーズでも満員にならないんですね。未だに成長を続けるアメリカのスポーツ産業の中から移ってみると、日本のスポーツ界の元気のなさをどうしても感じてしまいます。自分の立ち位置を考えながら日本での就職活動を続けていますが、まだ何とも言えません。仕事内容を選ぶ軸にしているのは「スポーツ界と、その他の世界を結ぶこと」そして「スポーツを通じて、日本と他の文化を結ぶこと」です。これは、アメリカで一緒に勉強した先生や仲間との約束です。

 

スポーツに関して学んだことや、現場で見たことを伝えるというこのブログの主旨は、日本に住んでも変えるつもりはないので、当面は継続します。ツイッターやブログでは知っていても面識のない、スポーツに携わっている人と話をしてみたいという気持ちも多少あります。よろしくお願いします。


仕事探しの試行錯誤

2012-07-12 16:32:02 | 自分について

思い起こせば、ちょうど2年前の今頃、アメリカでの生活をスタートさせました。

太陽や風の感じで、ふとそのころの感覚を思い出しました。1年前には、ブログを始めて何が変わったか、というような内容をまとめましたが、今回は留学生活の2年目は何に取り組んで、今はどうなったのかを書きます。アメリカでのスポーツ業界への就職活動の参考になれば、幸いですが、僕は成功した例ではありません。

 

(1)自分が何を持っているのかを深く考える

留学生活の1年目、つまり半分を終えると、卒業後にどのような仕事をしていくのかが自分の日々の生活の中心になりました。ちょうど昨夏から、インターンにもいろいろ申し込み、また、その過程で学校のキャリアカウンセラーにもお世話になりながら、自分の方向性を固めていきました。相談する中で、自分が何を持っているのかをはっきりさせたことが、その後、非常に大きな助けとなりました。さまざまなスポーツの知識、日本のスポーツ界への人脈、日本語の文章力やコミュニケーション力は十分に生かせますし、メッセージを抽出してそれをうまく伝える能力もあるといえるでしょう。また、大学で学んで強化したことでは、マーケティングなど経営の知識と、ソーシャルメディアの実践、異文化の中でもコミュニケーションをして能力を発揮できること、それから地味ですが、記者時代には不要だった印刷物のデザインやパワーポイントなどのソフトの技術なども習得していました。

 

(2)持っているものをどう使えるのかを考えて、履歴書を送りまくる

 あーだ、こーだと考えているだけでは、物事は進みません。失敗してもいいから、とにかく行動しました。仕事を得るには、応募をしないと始まりませんから、自分の履歴書を次々と送っていきました。メジャーリーグやメジャーリーグサッカーの全クラブへ、また、去年の夏には日本が女子サッカーのW杯で優勝しましたから、便乗(?)でアメリカの女子プロサッカーリーグ(WPS)の全チームにも送りました。ご存知の方も多いと思いますが、このWPSは経営がうまくいかず、休止となり、自分にコントロールできないことは気にせず、前に進むことが必要と学びました。
アメリカの就職活動では、履歴書に必ずカバーレターというのを添えます。自分が応募した理由を短く述べ、また募集している役割にふさわしい理由を、履歴書に書いてあることに補足する形で3点ほど書くのですが、これが非常に勉強になりました。(1)で挙げた「持っているもの」を、そのポストで求められている能力や経験にマッチさせるというプロセスです。「こんなのできるのは、僕しかいないだろう」というくらい書きやすい仕事と、こじつけに近いくらい書きにくい仕事があります。僕の場合だと、たとえば、テニス大会のマーケティングというようなのが前者で、モータースポーツ会場でのイベント運営のようなのが後者になります。数を重ねていくと、感覚的に、自分に向いてそうなのもわかってきますし、書類選考を通過して電話インタビューに呼ばれるのは、可能性が高い仕事だと考えられます。

 

(3)実体験でも試行錯誤する

履歴書を送るのと平行して、スポーツの現場で働ける機会は、どんなに小さなものでもいいので試していきました。街のマラソン大会や地域のジュニアのテニス大会、また、大学の体育会の試合運営を補助するグループにも登録して、サッカーの試合のボール拾いや、バレーボールでの床ふき係、会場案内やプロモーショングッズを配る係までやりました。だいたい4ヶ月くらい続けましたが、どれも簡単な作業で、僕の性格では、もう少し自分のアイデアを出せる仕事じゃないと、たとえスポーツに携わっていたとしても満足できないということがわかりました。しかし、この上のポストとなると、インターンになるので、学内の仕事であっても、倍率30倍とか、50倍をクリアしなければなりません。クラスメートのうちの数人がそうしたポストをつかんでいくのを横目に、一つの壁を感じました。

 

(4)原点に返る

仕事の応募をあれかな、これかなと考えて、何十通も書いてみましたが、なかなかチャンスをつかめません。秋学期が終わった昨年12月ごろ、ちょうど学位も取り終えたところで、手を止めて、落ち着いて一度考えてみようと思いました。この時、役に立ったのが、大学院への出願書類でした。留学するにあたって、専門のカウンセラーの方とともに、自分がそれまでにやってきたことや思いや考えをじっくりと整理していたのです。そして、大学院への出願書類というのは、「自分は今までこういうことをやってきて、こういう考えに至りました。つきましては、貴校でこういうことを学んで、将来はこのようなことに貢献したい」と書くものです。僕の場合、ここに書いてあった目標は「スポーツとその他の分野を結びつける。そして、ビジネスとして成立させる」ということです。たとえば、僕がプロボノとして働かせてもらっている日本ブラインドサッカー協会は、これを形にしていると思います。僕はこうした形をもっと増やしていく仕事がしたい、という原点に戻りました。

 

(5)ベストプラクティスを感じたい

学位を取得した時点で、自分がアメリカに滞在できる期間のリミットがある程度定まります。学位取得者は、卒業後1年間は学生ビザのまま実務経験を積めるという仕組みがあります。この間で働く先を見つけて、労働ビザを取得できれば、アメリカで継続して働けることになります。原点に返った、残り時間は限られている、ということで、履歴書を送ったり、面接を受けるのと平行しながら、アメリカでのよい見本を探したいという気持ちになりました。授業にスケジュールが拘束されないので遠征も含めて現場にどんどん足を運びました。直接、話ができたケースもありますし、現場を見て、「ちょっと、これは」と意欲が下がったものもありました。現場で得たことのいくつかは、ブログの記事にも書きました。シニア層の活躍を見たことなどはよい見本になりました。

 

(6)大学の人脈も使う

就職カウンセラーの紹介で、インディアナ大学を卒業して、スポーツ業界で活躍している何人かの人と話せる機会もありました。また、直接は会えませんでしたが、履歴書を回してもらえる機会もありました。こうした中には、四大スポーツのリーグオフィスや、メジャーリーグの幹部クラスにまで話がいったこともありました。また、日本人の友人の中にも、手を貸してくれた方が少なからずいました。ただ、このような場合、いかんせん、自分のようなバックグラウンドの持ち主が必要だというタイミングでないと、履歴書を渡した先の話は進みません。時間の限られている留学生の場合、この辺が難しいです。また、インディアナ大学の場合、スポーツマネジメントを専攻する学生数が院生は50人程度ですが、学部生が非常に多く(200~300人くらいらしい)、とても一人ひとりの就職先の面倒を見ることができないという事情もあり、大学はある程度の機会は設けるものの、結局は個人の能力による部分が大きいです。

 

(7)自分のブログに助けられる

送っても送ってもさっぱり返事がないので、実を言うと、一度はスポーツとはまったく関係のない、日本語と英語を使えるような仕事にもいくつか応募してみた時期がありました。履歴書を登録すると、仕事が紹介される転職エージェントも使ってみました。アメリカに残るには、そういう選択肢もあるのではないか、一度、こういうステップを踏んで、次にもっとやりたいことに近づくというルートもあるのではないかと。ただ、こういうのに出してみると、どうにもこうにも、体の感覚の具合が悪いのです。無理してるな、というのが自分でわかります。書類を出しただけで、こんな感覚なのに、とうてい毎日は働けそうにないというのが実感でした。また、そんな弱気な時には、自分のブログの記事が救ってくれました。何を求めているのか、何を学んできたのか、何をよいと思ってきたのか。日々の生活の中で忘れてしまったものを思い出すきっかけになりました。「情熱のないものを仕事にしようなんて」という記事などはその典型です。

(8)そして

今は、地元の子供向けのスポーツクラブで運営のインターンをしています。小規模ではありますが、どうやって生徒を増やすかとか、収入を増やすかということを考えるのが主な仕事で、マーケティングやPR、スポンサーシップという感じです。人脈をたどって、半ば強引にポストをつくってもらったようなものですが、過去に行ったボランティアよりは、自分のアイデアを反映させられるので、やりがいを感じています。ただし、上記のように時間は限られているので、フルタイムで働けるポストは継続して探しています。始めてみて実感したのは、こうした仕事は、相当高度な言語力が求められるということです。たとえば、チラシのキャッチコピーを考えるという仕事で、主旨やコアメッセージを見つけ出すところまでは難なくできても、それを最後に形にする段階で、微妙なニュアンスを取り切れなかったりします。これもまた一つの壁です。

こうした自分の試行錯誤を公開してどうなるのか、と思う人もいるのかもしれません。僕としては、アメリカでスポーツマネジメントを学んで、働きたいという人のために、経験をある程度伝えておきたいと思いました。器用な人はもうちょっと論理的に考えたり、うまく他人の力を使ったりできるのでしょうが、僕は行動して、自分の感覚で確かめて、軌道修正するしかありません。


修士課程、修了です。

2011-12-18 17:16:27 | 自分について

気がつけば、1ヶ月以上も更新してませんでした。すみません。そんな中でも、毎日30人くらいはブログを読んで下さった方がいたようで、本当に有難い限りです。

11月下旬から、学期末のレポート、プレゼンテーション、テストなどが一気に押し寄せ、かなりの自転車操業に。心に余裕がない時は、なかなかよいネタも思い浮かばないものです。この1年半でもっともキツかった日々もようやく終わりました。

成績確定は来週ですが、最悪でも落とすことはないと思いますので、これで修士課程は修了ということになります。達成感があるのかな、と思っていたのですが、正直言って、今はそうでもないです。

最初は英語の聞き取りも大変だったのが次第に慣れ、助けてくれて、楽しみにも付き合ってくれる友達も増え、アメリカのスポーツにも詳しくなり、居場所ができてくると、まだまだできるよ、という感じになっていました。1年半前に最初の学期を迎えた時は大変だと思っていた大学院レベルの学びにも急速に慣れて、最後には専攻の中でもっとも厳しい先生から、「もし博士課程に進みたいなら、いつでもいける」と言ってもらいました。

スポーツ記者の仕事をする中で、日本のスポーツ界の様々な課題を目の当たりにし、解決するための学が足りないと思ったことから、アメリカの大学院で学ぼうと考えました。留学前に日本で学んだことを含めて、マネジメントにかかわる全体的な底上げを果たしたと思います。その上で、自分の仕事上の強みは「コミュニケーション」にかかわる部分だというのが結論です。今後は仕事の分野でいうと、マーケティングやPRなどに関わっていくつもりです。「T字型」に強化したというイメージでしょうか。たまに知人に聞かれるのですが、ライターの仕事を本業にするつもりは一切ありません。それなら、記者の仕事を辞める必要はなかったですから。

それから、せっかくアメリカで勉強して、英語で仕事をできそうな手ごたえもありますし、アメリカ、中国、台湾、韓国、ブラジルのクラスメートとも親しくなったので、2カ国以上のためになることをやっていきたいという思いもあります。日本と、どこかの国とのつなぎ役になれれば、と考えています。

今のところ、仕事先のメドは立っておらず、履歴書をコツコツと送り続けています。ホリデーシーズンで静かに過ごすにはよい時期なので、今後の人生について、しばらくじっくりと考えようと思っています。

書こうと思って、書けなかったネタがいくつかあるので、ブログは適宜更新していきます。お楽しみに。


今のテーマは

2011-09-27 20:43:40 | 自分について

前回のネタはあまりに反応が薄かったので、その続きの話である今回はひっそりと更新します。

アメリカでは、「なぜ今、大学院でスポーツマネジメントを学んでいるのか」と単刀直入に聞かれることが多々あります。初めて会った人でも、どーんとこの質問を投げ込んできます。

これが、自らの仕事の方針を考える、とりわけ、言葉で表現する、非常によい機会となっています。きちんと伝われば、信頼を得られるし、何らかの協力をしてもらえることもあります。僕はこういう大事なことをもったいぶったり、照れくさかったりで言わないのは、つながるチャンスを失うことになり、もったいないと思っています。

こちらに来たばかりのころは「記者として、世界のいろいろなスポーツを見て、問題点に気づいて、とりわけ日本のスポーツ界は大変なことが多くて、その解決策として…」のように説明が長ったらしかったのです。しかし、その後、いろいろなことを勉強したり、見聞きしたり、周囲の人と交流を深めたりするなかで、思いが浮かび上がり、言葉も変わっていきました。

スポーツマネジメントにも様々な仕事(人事、財務、マーケティング、広報、試合のオペレーションなどなど)があるわけですが、「異なる文化をスポーツを通じて交流することに主に携わりたい」と思うようになり、そう口にするようにもなってきました。英語では「build brideges between different cultures through sports」と言っています。これは、周囲の人、特にアメリカ人から「せっかく日本の言葉もできて、文化のバックグラウンドも持っているのだから、それを使わないのはもったいない」と何度か言われたことがきっかけになっています。

様々な経験談なども聞いて、仕事の種類としては、広報やマーケティングに携わりたいというのも固まってきました。そして、この両方にまたがるような研究分野は「スポーツコミュニケーション」と呼ばれています。スポーツマネジメントの中でも比較的新しい分野で、インディアナ大学は、この分野をアメリカ中で最初に重点を置いて教え始めたプログラムといっても過言ではありません。スポーツコミュニケーションのアカデミックジャーナル(論文を掲載する雑誌)の編集責任者がいます。これに関するいくつかのクラスもとって、自分の関心を掘り下げています。

それと、記者の仕事を離れてから、それでも自分は「物事をわかりやすく人に説明することに人並み以上のこだわりがある」という特徴に気づきました。

どうやったら日本の事情を英語でわかりやすく説明できるかをよく考えているし、クラスで英語でプレゼンテーションするときも、発音の悪いところをカバーするためでもあるのですが、図表や動画、見出しなどビジュアルを追求します。先週書いた「フットボール初心者向け観戦会」のようなものに熱心に取り組むことなど、典型的です。そして、学んだこと、感じたことを書いているこのブログも、間違いなく、この自分の特徴が現れていると思います。

あっちにいったり、こっちにいったり、止まったり、深めたり。常に心の中に置いて、留学を始めてから1年以上という長い時間をかけて、「なって、どうしたいのか」を探り続けてきました。そして、ようやく出てきた言葉がこれです。

 

スポーツに関わるコミュニケーションをやさしくすること

 

やさしくには「易しく」と「優しく」の両方の意味を持たせています。いずれにしても、相互理解を深めることにつなげたいのです。相互というのは、スポーツ組織内部の人と人、でもあり、スポーツの世界である組織の中の人と外の人との関係でもあり、また、スポーツとそれ以外の分野とのかかわり、でもあります。もちろん、いろいろな文化のバックグラウンドを持つ人の間のコミュニケーションということも意識しています。

広報やマーケティングで、メッセージを伝える時、組織の中で自分が一員として仕事をしていく時、ほかの分野の人と力を合わせて何かをやっていく時、常に意識するのに、よい言葉を見つけることができたと思っています。

このブログやツイッターのプロフィールも、これに合わせて変更しました。「やさしくないじゃないか」とだけは言われないように頑張ります。


なりたい、を突き抜けると、なれる

2011-09-25 21:44:27 | 自分について

何度かここでも書いているように、現在、人生3度目の就職活動中です。自分の人生を振り返ると、就職活動以外にも、人生の分岐点をスムーズに乗り越えられたという記憶があまりありません。最近の例では、アメリカの大学院受験でも、1度目は見事に失敗しています。

人生で先に進もうという時に、まずは「こういう風になりたいよなぁ」という漠然としたイメージを持つと思います。それを実現するために最適なポジション、例えば「○○大学に入りたい」とか「○○という仕事につきたい」とか「○○という会社に入りたい」などと考えるのではないでしょうか。たまに、「なぜ?」がすっぽり抜けて、ひたすらポジションを取りに行っている人もいたりしますが。

そして次に、そのポジションに就くための方法、手段を調べて実行していきます。

先輩たちの合格体験記を読んでノウハウを調べたり、

必要な知識を教えるのが上手な先生を探したり、

同じようなところに行こうとしている仲間を探したり、

モチベーションなどメンタル面をサポートしてくれる人に会ったり、

すでにそのポジションについている人に会って必要なことを考えてみたり、、、

とするのが通常のパターンでしょう。そして、これに関連する学校、グループ、ビジネスなどもいろいろあります。

 

普通の人は、これらから自分に合ったものを取り入れてやっていくと、行きたいところに行けるんでしょうね。ただ、僕自身は大人になってからの人生の分岐点で、そのようなプロセスだけで、うまくいったことが一度もありません。

手を尽くしたと思っているのに、結果が出ない。時間もどんどん過ぎて、焦ってくる。悩み、苦しむ。底にはまっているような感覚をかなり味わい、もうだめじゃないかとまで思った後に、ようやく浮上できたという記憶ばかりが残っています。

言い換えると、「なりたい」を通り越して、苦しい時間の中で「なってどうしたいのか?」がはっきりと意識できた後に、ようやくなれたのです。

たとえば、スポーツ記者になった時は、「スポーツが好きだから」とか「文を書くのが得意だから」とかではなく、「スポーツの話をスポーツの枠の中だけにとどめないで、伝えたい。スポーツは勝った、負けたと感動ストーリーだけじゃない」という自分の心の奥底にあるものを言葉につむぎだして、はっきりと自覚できた時に、ようやくその仕事につけたのです。ある面接でそう説明した時に「そういう分野の原稿は”部際”っていうんだよ」と教わったことを今でも覚えています。(思い返せば、当時からスポーツとビジネス、スポーツと社会というようなことを意識していたんだぁ…)

アメリカの大学院受験でも一度目に失敗した時は、仕事に追われていたこともあり、この自分の心の奥底を見つめることが足りなかったのだと思います。なんとなく、かっこよく聞こえるんだけど、心からのものではない言葉は、やはり人の心を動かせません。手間を惜しまず、考える時間も惜しまない。ひとつの課題を、ずうっと自分の中に置き続けるのは、重苦しく、しんどいことです。でも、それを経ないと先に進めませんでした。

会社や組織では、ビジョンやミッションというのを掲げています。それに似ていると言えなくもないのですが、僕個人の経験は、そんな洗練されたものではありません。まるで、まだ泥がいっぱいついたままだけど、ようやくジャガイモを土から取り出せたような感じです。それでも、一生懸命掘り出したものは、「ほら! こんな感じです」と人に見せる時に、ちょっぴり胸を張って見せられるじゃないですか。こういう微妙なところが、人生の分岐点のような大事なところでは、相手に伝わるのではないかと僕は思っています。

 

今回の就職活動では、最近になってようやく、「なって、どうしたいのか」が言葉として浮かび上がりつつあります。それは次回に、改めて書きます。


好きなことを仕事にするべきか?

2011-09-05 11:23:05 | 自分について

人生3度目の就職活動中です。学部を卒業した十数年前に就職浪人をしていて、その時以来となります。

仕事を探す時にいつも頭にあるのは、自分をどう生かすかということ。そして、昔の就職活動で一番悩んだのは、どの程度まで自分のこだわりを貫くのかということ、特に、「好きなことを仕事にするべきか?」ということでした。

自分の好きなこと、というのはもちろんスポーツに直接関わる仕事です。

一年目の就職活動に失敗した後、少なからぬ人から「もっと視野を広げるべきだ」とか「今は好きじゃなくても、やっているうちに愛着がわいてくることもあるよ」などと言われました。他のスポーツに関係のない仕事も見ておけ、というアドバイスでした。スポーツマスコミ関係の面接を何度受けても失敗するし、だんだん弱気になってきました。自分の力がないのか、センスがないのか、キャラクターが合ってないのか、などなど自問自答の日々。そのうち、「好きなことは仕事にすべきじゃない」という人の声が気になってきました。

迷いに迷って、ある日、スポーツの書き手の偉大な先輩に思い切ってぶつけてみました。「好きなことを仕事にするべきか?」と。今はこの方は亡くなってしまいましたが、当時、この方を中心にマスコミ志望の大学生を集めた塾みたいなものが開催されていました。このような切り口や、ぬくもりや、文章のトーンで書きたいなと手本にしている存在だったのです。その人の答えというのを今でもはっきりと覚えています。

「好きなことにせよ、嫌いなことにせよ、仕事で食べていくには、1日8時間とか10時間とか働かないといけない。1日の大半の時間は、好きなことをして生きていきたいと思わないかい?」

答えは言わずもがなです。

 

実際に仕事を始めると、別の観点も得ました。学生時代に比べて働いている人と接する機会が圧倒的に増えます。同僚や仕事相手、また、料理人や出張先のホテルの人など、名刺交換しないような人とも接します。何千人、何万人と。そして日本人に限らず外国の人とでも、短い時間でも直接その人の仕事ぶりに触れると、ホントに好きでやっているのかというは、伝わるものだと感じました。「ええっ! そこまでやるんだ」というような入念な準備や、人を驚かせるパフォーマンスを見せる人もいれば、文句を言いつつも、その仕事に愛着があって離れられないんだなという人もいて、それはわかります。

ひどい人もいました。タクシーの運転手に「道を知らないんですよ」とか「お客さん、行き方を決めてください」とか言われるとびっくりしました。人を運ぶのが仕事なのに、そのことへのこだわり、探究心はないのでしょうか?一瞬で伝わってがっかりします。さらに時間やお金のコストが余計かかった場合は、お客さんへの助けではなく、迷惑ですよね。それは仕事とは言えません。こういう反面教師を見るにつけ、「好きなことを仕事にするべきだ!」との思いがまた強くなりました。

 

こうした経験から、今は「一番好きなこと。そして、得意なことを仕事をにすべきだ」と確信しています。好きこそものの上手なれで、素晴らしいものを見せてくれる人は、そのことに莫大な時間とエネルギーを注ぎ込んで、どんどん質を上げています。そして、それが相手にも伝わるのです。 

これは、もしかしたら自分がやってきたことを正当化する一種のポジショントークかもしれません。そして、こうした考え方の持ち主なので、僕は嫌いなことを進んでやって、人から喜ばれたことがありません。ただ、この確信は苦しい時期を乗り切る軸になっていて、そうやって生きています。


違う方向に3歩歩いてみる

2011-06-14 20:47:58 | 自分について

 

前回投稿から少し時間が空いてしまいましたが、もう1回、学会に関係した話です。

学会に行ってみたいと話したときに「働きたいって言っているのに、なんで学会とかに行くの?」というシンプルな質問を、教授や友人から聞かれました。一番大きな理由というのは、「違う方向に3歩歩いてみる」ことが結構大事なんじゃないかと信じているからです。

「今の方向でがんばろう」という気持ちが湧き上がってくるのか、「違う方向でも思っていたよりも行けそうだ」と思うのかを、現場を味わうことで試してみるということです。

これに気づいた、というより気づかされたのは、スポーツ記者を目指して就職活動をしていたころにさかのぼります。十数年前ですが。

当時、いくつかの会社では、スポーツ記者と一般記者を分けて採用していました。僕はもちろんスポーツ記者で出願し、ある会社でなんとか最終面接まで残りました。重厚なつくりの役員会議室で幹部クラスがずらっと並んだ雰囲気に飲まれそうになりながら、必死に受け答えした時間の後、真ん中に座っていた一番えらそうに見えた方からこんな一言が発せられました。「○○君の興味の範囲はスポーツにとどまらず広い。スポーツ記者ではなく一般記者で頑張ったらどうか」。それで内定ってことかと思ったら、「じゃあ、来年また」と付け加えられましたが。

その後も面接に落ちまくって就職浪人となり、自信も方向性も見失っていた僕は、ひとまずこの経験豊富な方の助言を聞いてみようと思いました。違う方向に歩いてみよう、ということです。幸い、就職活動で親しくなった仲間には一般記者で内定していた人もいて、彼らにどんなことをしていたのか聞きました。不慣れながら僕も、憲法について考えるシンポジウムとか、アフリカの子供たちの写真展などに連れて行ってもらいました。大好きな雑誌「ナンバー」を買うのもしばらく我慢しました。

ただこういう頑張りを続けても、自分でも無理しているのがわかったし、もっと知りたいという欲求や、自然と自分の意見が沸いてくるようなことが全然ありませんでした。およそ4ヶ月続けた結論は「この方向で頑張っても、人様のためにお役に立てるところまでは至らない」。そのころ、友達に誘われてラグビーの早明戦を見に行って、久々にスポーツを味わいスカッとすると、「やっぱり、スポーツの世界で頑張ろう」という気持ちは固まりました。

3歩どころではなかったかもしれませんが、違う方向に歩いていってみることで自分の気持ちを確かめました。ゆるぎなく腹をくくったことが、その後の内定につながり、入社後の頑張りを支える土台となったと思っています。

 

これとは逆に、違う方向に歩いてみて、行けるかも、という感覚が得られることもあります。

僕の場合はビジネス講座に通ったことです。1日講座だとお金も、時間もそんなにかかりません。マスコミ関係、しかもスポーツ専門の人がそんなところに行くのは珍しかったようで、違う方向に進んでみて試している状態だったと思います。スポーツ取材の現場で市場分析だの戦略だのは考えたこともありませんでしたが、フレームワークを使うことなどは思っていた以上に興味深く、スポーツ界にあてはめて考えたりしていると、「この方向にいけるかも」という手ごたえがありました。それが大学院でスポーツマネジメントを学ぶことに発展していきました。

器用な人は、人から聞いた話や情報収集の結果、また論理的に考えてスパッと決められるのでしょう。僕の場合は、自分の感性を信頼しているので、実際体験して自分がどうなるか感じてみないと大事な決断は下せないタイプです。比較的最近の例では、大学院の行き先を決める時には5校を実際に回って、教授や学生と話したり、街の雰囲気を味わってから決めました(そのうち何校かは落ちましたが)。お金と時間はかかるのですが、決めた後の前向きさが全然違うと感じています。それは後々大きく影響してくることも経験でわかっています。

初めて学会に行ってみた結論として、自分は理論を突き詰めるより、実践にどう取り入れるかの方に興味があり、やっぱり現場で働きたいという気持ちを固めました。迷いはもうありませんね。


ブログを始めてここが変わった!

2011-06-01 06:28:39 | 自分について

昨年の6月1日にこのブログを開設したので、今回は1周年記念企画です。

最初は誰か読んでくれるかなぁと不安の中で始めましたが、今では1日に少なくても20人、更新すれば100人ほどの方が見てくれるようになりました。本当にありがたい限りです。時々想像します。100人が一箇所に集まって自分の話を聞いてくれているとしたら、すごいことだなと。

いくら記者としての経験があっても、取材相手が有名人であったり、会社のブランド力のおかげで人に読んでもらっているのとは、まったく別の感覚があります。内容が面白いかどうかだけでひたすら勝負するというのは大変ですが、やりがいもそれだけあるものです。PV数などは自動でカウントしてもらっているので、白黒はっきりしますし。

今回はこの1年、ブログを書き続けたことで、自分の何が変わったのかを3点、話したいと思います。

 

(1)情報発信するため、ものごとをよく見て、よく咀嚼して、よく考えるようになった

クラスで習ったり、本を読んだり、観戦したりするという日々の行動の中で、いつも「これはブログのネタになるんじゃないかな」という気持ちを片隅に持ち続けています。力を入れて意識的にやっているというのではなく、ブログを書くことが楽しいので、自然とそういう感じになっていました。

何かのスポーツイベントがないかスケジュールを調べますし、行った時には写真を撮ったり、メモしたりときちんと記録します。終わった後には何が面白かったのか、何がユニークなのか、他にも使えそうなアイデアかなどを考えて整理します。「あ~、面白かった」だけで終わらないということですね。スポーツ界で仕事をしていく人間の姿勢としてはこれが大事だと自分は信じています。

クラスで習ったことや、そこから考えたことはよくこのブログに書いていますが、その時も自分がきちんと把握してなければ、自分の言葉で書くことはできません。学んだことは人に説明するとよく身につくと思いますが、留学している今の環境だと、日本人に毎日あっているわけでもないので、ブログを書くことでちょうどよい整理になっています。それから、単に英語で学んだことを日本語にしているだけでなく、自分なりのポイントというのも付け加えるように心がけています。

続けているうちにこうした姿勢は身につくものです。それから、1年続けた今振り返ると、このブログでの自分の考えや発見、学んだことの蓄積が、すごく貴重なものになっていることに気付きました。いつでも取り出して使えますし。

 

(2)ソーシャルメディアへの怖さが消え、仲間が増えた

このブログの読者も含んでますが、1年でツイッターのフォロワーが330人を超えたのは正直言って驚きました。僕は長年、従来型マスメディアの世界にいたので、ソーシャルメディアにはちょっと慎重な姿勢でいたのですが、今ではすっかり楽しんでいます。ブログもツイッターも、書き手の人柄というのは現れるものだなということがだんだんわかってきてから、怖さがなくなっていったように思います。雰囲気が好きだなと思えばつながるし、そうじゃなければ離れるし、これはリアルな人間関係でも同じです。だから、ブログもツイッターも、多くの人にわかりやすく書こうとはしていますが、多くの人に気に入られようと思っては書いていません。

一つは大学でソーシャルメディアに詳しい教授から学んだこと、もう一つはブラインドサッカー仲間のU君の情報発信から学んだこと、そして、ブログやツイッターを通じて知り合った人からとのやりとりの中から学んだこと。この3つが混ざり合って、変わっていったように思います。ソーシャルメディアを通じた知り合いから、実際に会った人もいますし、これがなければ知らないで終わったであろうこともたくさんあります。先日もコーフボールというスポーツをやっている人から接触があったばかりです。

今振り返ってよかったなと思うことは、「beyond sports」というタイトルで「スポーツを中心に、その他の分野へのつながりを考える」との問題意識をくっきりと打ち出したことです。それによって、スポーツ好きな人が集まってきて、スポーツビジネスに関心のある人、スポーツと社会貢献に関心のある人などへ広がり、今は逆にビジネスや社会貢献活動をメインにしているスポーツ好きの人も集まってきています。こういう志向を持った人を、これだけの人数、リアルな社会で探し出してつながろうと思ったら、とても大変です。この人のつながりという財産は、必ずや実際の行動に結びつけ、少しでも世の中が変わるきっかけにしたいと思っています。

 

(3)言った以上はやらなくちゃ、と行動を律するようになった

こういうことを学んだとか考えたとか、たまには「こういうのはダメ」ということもブログには書いています。ブログを書き始めてから単に第三者的に感想を書いているだけでは面白くないなと思い、行動を宣言するような文言を入れています。これは少し意図的にやっていることです。なぜなら、仕事をやめて、今ここでスポーツマネジメントを勉強しているのは、知識を増やすのが好きだからやっている勉強ではなく、誰かに言われて仕方なくやっていることでもなく、仕事でこういうことができるようになるには、この知識が足りないと痛感したからです。つまり、行動に結びつかなければ価値は激減です。

そして、最も大きく自分に影響しているのは、このブログのタイトルを「beyond sports」と決めたことです。決めた由来は、このブログの第1回に書いてますが、当初は自分の中にある感覚的なもので、あまりはっきりとはしていませんでした。

スポーツがスポーツという枠の中に閉じこもっていては世の中において持続も出来ないだろうし、スポーツには今みんなが思っている以上の力があるはずだ。

そんな感覚だったと第1回のブログを読み直して思い出しました。

ブログに書くときには(1)で書いたような行動の軸が「beyond sports」になるわけです。自然とそうしたところに目がいきますし、そこについてもっと知ろうとします。例えば、試合を観戦に行って、社会的な活動に貢献しているかに気付いたり、このスポーツのこの特徴は他の場面に使えるかと考えたりします。そして、ブログでプロセスを書き、「これはできるのではないか」と100人ほどに向けて宣言するわけですから、潜在的に自分にプレッシャーが掛かった感じになります。また、外からそういう話が来ることもあります。先日もある人から「beyond sportsを掲げているんですから、是非このプロジェクトに力添えを」というような話がありました。

僕はそんなに厳しく自分を律することの出来るタイプの人間ではありません(それができるなら、英語もスポーツマネジメントも独学でいけたと思いますし)。環境や周囲の力を借りてなんとか自分を盛り上げていくタイプなのですが、ブログがそれに有効というのは気付いていませんでした。

 

自画自賛っぽい内容になってしまいましたが、ブログを書き続けることはこんな風によいことがいろいろあります。大学院生活も折り返し地点をすぎたばかり。まだまだ続けていくつもりです。

読者の方、よろしくお願いします。


信頼の貯金

2011-04-14 13:38:43 | 自分について

今回書く内容は直接スポーツには関係ないのですが、仕事の進め方や生き方に関係することなので、忘れないように書いておきます。

最近、「信頼の貯金」というのを感じる場面がいくつか続いたので。

今週のクラスでは、グループによるプレゼンテーションがありました。今学期が始まった1月から準備をしてきたものでした。僕のグループは4人いたのですが、そのうちの2人が残念ながら意欲的ではなかったんです。元々、この科目の必要性をあまり感じていないけど、卒業要件なので取っているということでした。

だいたい、グループワークは、与えられた課題をそれぞれの担当部分を決めて分割してある程度進め、その後持ち寄って、付け加えたらいいことや、別の見方や、もっとうまく説明する方法などをお互いに指摘するという形で進めます。しかし、2人が自分の担当部分をなかなかやってこない。ミーティングのたびに言い訳と、今度はやってくるから、と言うだけ。僕だったら、やることやらずに手ぶらでミーティングに出てくること自体、ありえないのですが。こういう時に、怒らせず、うまくやる気を出してもらえる言葉を言えればよかったのですが、正直、苛立ちもあって、どうにも出てこない。やっと出たのは「その部分はあなたの責任だ」という直接的な表現だけでした。確かに正しい主張なのですが、その後も態度は変わらず、相手の心に届いてはいませんでした。

何が足らなかったのか、と言えば、その2人に対する「信頼の貯金」だったと思います。もっと早い段階から、話をいろいろしたりして、自分のことをもっと伝え、心のつながりをつくっておくべきでした。そうすれば、同じ言葉でも、響きが違っていたのではないか、最後の発表でももっとよい出来になったはずだ、との後悔があります。

インターン探しもかなり苦戦しています。クラスメートはほとんど行き先が決まっているので、遅れているのは否めません。これも、自分にはこの国で自分の力を証明してくれる人が非常に少ないということがあります。普通は、ボランティア活動で参加した組織や、今のアルバイト先の人らが、仕事の能力を証明してくれたりするのですが、僕にはいません。英語がどのくらいできるかもわからない外国人を採りにいくのは、よほど必要がない限りはやらないでしょう。自分が申し込みをしている組織と自分の間に入って僕のことを説明してくれる人。そういう人に対する「信頼の貯金」が足りないのだと思います。粘り強くやっていくしかありません。

先日、僕がインディアナ大学に進学するきっかけになってくださった方と再会することができました。自分の大学時代の教授から紹介を受け、その方に校風などを聞き、さらにスポーツの勉強をしている別の日本人学生を紹介していただき、学べる内容がわかりました。この「人の紹介」というのは、それぞれの人の間にある「信頼の貯金」の連鎖に他なりません。それが僕の人生の進む道、こちらに来てからのあらゆる経験、考え方の変化などに広く影響しているわけです。

記者時代は所属先の看板が信頼となり、人に会うことはかなり有名な方でもさほど難しくありませんでした。しかし、今はそうしたものもなく、これまでに貯めた「信頼の貯金」と人のつながりだけが頼りです。ありがたいことに、会社を辞めた後も、快くさまざまな支えになっていただいている方も少なからずいます。そして、毎日の人との接し方、振る舞い、発言などすべてが問われているということも痛切に感じます。別に、こわがって身動きが取れなくなるわけではありません。「信頼の貯金」をためられているのかは、どこか意識の片隅においていますね。


できることをやろう

2011-03-12 20:31:45 | 自分について

東北地方の大地震、津波のニュースが気になって、他の事にあまり手がつきません。

家族は無事です。高校時代の友人を始め、岩手、宮城、福島などには知り合いもいるのですが、被害の大きかった地域の方はおそらく情報発信をできる状態にない方も多いと思われます。我慢も必要です。

 

アメリカでもユーストリームでNHKニュースなどを見ることができます。情報収集をしながら、これはよいと思う情報をツイッターやフェースブックで周りの人に知らせるというのが、まず、自分がやったことでした。ソーシャルメディアでは本当に役に立った情報や、人の温かさを感じることができました。少し遅れましたが、自分の持っているメディアでの情報伝達という意味ではブログも同じだろうと気付き、パソコンの前に向かっているところです。

スポーツに関する話では、サッカーの長友選手とそのクラブの素早い対応に驚きました。それから、日本人でNBAのオクラホマサンダーで働いている森岡氏(ブログを参照下さい)の行動にも心を動かされました。誠に勝手ながら引用させていただきますが、そのブログの中でNBAが日本への支援を呼びかけていることを紹介されています。スポーツ団体というわけではありませんが、アウトドア用品会社が物資の提供や人的支援に動いています

個人的には、寄付をすることは外国にいてもすぐできるので、いくつか済ませましたし、もう少しやります。

 

インディアナ大学は12日から1週間の春休みに入っており、21日までクラスはありません。主にフェイスブックで、クラスメートや友人から続々と心配してもらったり、励ましをもらったりして、本当に心強かったです。特に、中国からきたクラスメートから、「日本にはこういう歌もあるだろう」とZARDの「負けないで」のユーチューブ動画を送られたのにはぐっときました。

スポーツマネジメントを学んでいる日本人はクラスに僕一人なので、疑問があれば答えたいし、感謝を伝えることと支援の呼びかけはします。


敢えてマーケティング専攻にしたわけ

2011-01-15 21:35:24 | 自分について

春学期、つまり2学期目に入る前に担当教官と相談して、スポーツマネジメントの中での専攻を決めて履修計画を提出しなくてはなりませんでした。

全6分野を最低1科目取った上で、一つの分野の科目を多めに取得する(27単位中の12単位)ことが卒業に必要な条件となっています。僕の場合、記者経験を生かす方向で将来の仕事を考えており、普通に考えるとスポーツ・コミュニケーション(PR)専攻ということになるのですが、敢えてマーケティング専攻としました。それには理由があります。

 

(1)仕事で学べなかった「お金に関すること」を補強するというのがそもそも大学院進学の理由だった

スポーツ記者として仕事をしてきた中で、いろいろな団体に出入りし、実情や困っていることなどを数多く見聞きしてきました。僕の場合はプロ競技を取材した経験は少なく、五輪を目指すことがメインである競技を主に見てきました。なので、「どうしたらファンが増えたり、注目度がアップするのか」ということと、「やりたいことはいろいろあるけど、資金が足りない」という話を聞くことが非常に多かったです。他の競技や海外で目にした実例を伝えたりしていましたが、どうしてもお金に関することはアドバイスができませんでした。だからこそ、ビジネス的思考を身につけようという思いが増し、大学院進学を決断したのでした。ビジネスの中で、コミュニケーションよりもマーケティングの方がお金を扱うことに近いと思います。

この大学のコミュニケーションの科目で提供されている内容は記者経験でカバーできそうなものが多いように思いました。英語で学ぶ、理論を学ぶ、ということは考慮しましたが、学ぶことの伸びしろは少ないのではないかと判断しました。取りたい科目もいくつかはあり、「ソーシャルメディアとスポーツ」は先学期に履修しました。

 

(2)思っていたより、自分はマーケティングが得意だ

大学院進学を考え出したころから、記者の仕事しか経験していない自分に本当にビジネス的な素養があるのかを試そうと思い、東京でビジネスの1日講座や短期講座に何度か出席してみました。グループワークでケーススタディーに取り組む学習が多かったです。与えられたケースを読み、自分なりに現状を分析し、打ち手を考え、ディスカッションしていくわけですが、ビジネスの現場でバリバリやっている人ばかりの中で、「模擬試合」を経験し、自分の何が通用し、何が足りないのかを考えました。その中でマーケティングは特に面白く、感性を生かせて、プロに混じってもいくらか貢献できるアイデアを出すこともできました。こちらに来てからも、最初の学期に早速スポーツマーケティングのクラスを履修し、英語でやっても上位の成績が取れたので、「いける!」と確信しました。

少し話は変わりますが、個人的には、仕事というのは「自分の得意分野で他者のために役に立つこと」と考えています。例えば、道を覚えるのが苦手なタクシーの運転手は、いくら本人がやりたいと言っても、顧客からすれば迷惑です。スポーツ選手だって、他人から見てこれはすごいと認めるレベルになければプロとしてお金はもらえません。イメージとしては、特に意識せずにやっていた時にも他の人よりいくらか抜きん出ていて、さらにその道を追求することを苦にしない分野を仕事にすべきではないかと思っています。僕の場合はスポーツへの興味、関心というのは普通の人よりはある、と思ってきましたし、さらにビジネス的な分野の中ではマーケティングが使えるという判断をしたわけです。

 

(3)マーケティングとコミュニケーション(PR)は融合しつつある

これは最近得た感触です。あるスポーツ組織や個人と、外部にある関係者をリンクしていくという点で、マーケティングとコミュニケーション(PR)は似ています。前者は、主に顧客やスポンサーを対象としたリンクで、後者は主に地域やメディアを相手にしているという分類だと思います。また、僕の場合は、記者の仕事でどうすれば読み手に面白いと思ってもらえるかをひたすら考えてきました。これも自分が得た情報と顧客の間に立って、どのようにリンクするのかということです。これをマーケティングにコンバートした場合、イメージやメッセージを届ける点は似ていますが、購買行動、つまりお金を払ってもらって完結するところまでやるという点が違っているのではないかと思います。

そんなことをぼんやりと考えていた先学期に、「ソーシャルメディアとスポーツ」のクラスのテキスト「The New Rules of Marketing & PR」(David Meerman Scott)にソーシャルメディア上ではマーケティングとPRの境目はないというような内容が書かれているのを目にしました。ソーシャルメディアは、既存のメディア(TV、新聞、広告)をはさむのではなく、直接、顧客とやりとりするから、というのがその根拠です。実際、アメリカのスポーツチームのFacebookなどを見ると、チームの選手に関するニュースも、商品の宣伝も同じ欄に上がっており、ファンも特に違和感なく受け入れて、反応のコメントを残しています。

よって、仕事のポストとしてPRを選ぶとしても、マーケティング力に優れていることが必要な要素になっていると考えています。もしかしたら、分野を分けなくなる日も近いのかもしれません。

 

以上、3点つまり自分の状況と世の中の流れを考えた上で、マーケティング専攻とすることにしました。日本と違って、アメリカでは大学で勉強した内容が就職に直接結びついているので、この選択は非常に重要だと思っています。


春学期を前に

2011-01-08 12:22:10 | 自分について

街に学生が戻ってきました。

冬休みもあっという間に終わり、10日から新学期が始まります。

アメリカで最初の学期だった秋学期の反省を踏まえて、春学期の目標を設定しました。

 

(1)夏季インターンシップの獲得

アメリカで大学院に通っているのは、新たな仕事先を見つけるためのステップです。「いい経験をいっぱいできてよかった」ではないのです。仕事を見つける一歩がインターシップの獲得ということになります。この1月から3月ごろまでが、募集のハイシーズンです。ジョブフェアや企業訪問の機会の案内もポツポツと学校から配られています。不況で市場に人材があふれている状況なので、簡単にはいかないことは容易に想像できます。語学力、学問的思考力、仕事力、行動力、人的ネットワークなど総合力が問われます。

(2)勉強時間を削減しながら、よい成績を残す

宿題の分量が大変だったとはいえ、秋学期は一人黙々と図書館で勉強する時間が多すぎたと反省しています。仕事の場面をイメージすれば時間がふんだんにある局面と言うのは極めて少なく、限られた時間で完成度を高めることが必要ですだからです。春学期は(1)にも時間を割かなければなりませんし、ボランティア活動など実務的なことの経験も積みたいと思っています。すべての鍵は時間の使い方です。

(3)クラスでもっと周りの人を巻き込んでいく

英語力への不安からおびえて、思い切り自分を出すことができなかったのも、大きな反省です。クラスでの発言をもっと増やし、クラスメートにどんどん話掛けようと思います。また、教員にはスポーツマネジメントに造詣が深く、実務経験の豊富な人も多数います。クラスで分からなかったことを聞くだけでなく、もっといろいろな話をしていけば、多くのことを学べるし、僕の経験から提供できることもいろいろあると思っています。大きな循環をイメージしています。

(4)語学力の向上

以前にこのブログの「こちらでの仕事は掛け算」 でも書きましたが、英語力というのがすべてのすべて活動の土台になります。しかし、普段の生活の中で鍛えられるだろうとなんとなくやっていても伸びるものではありません。新聞やウェブからインプットを増やし、表現を一つでも覚えることに時間を割くことが大切です。今は韓国語も勉強しているので、それぞれ週2回ほど勉強する時間をスケジュールに組み込んでいます。

 

大学というところは、限られたスペースに何万人もが集まっているわけで、手の届く周りにリソースがたくさんあり、求めていけば多彩な経験が得られる場所だと思います。仕事に比べれば時間の余裕もあります。そのありがたみを大切にしながら、いろいろなことにトライしていこうと思います。


仕事だと思ってやる。

2010-10-18 22:27:46 | 自分について
あっという間に秋学期も半ばを迎えました。
「ミッドターム」の中休みがある学校もあるそうですが、インディアナ大学は基本的にその休みがありません。
ひたすらこのペースを継続して、勉強を続けています。

このところ、クラスでは実践的な課題が続いています。

○かゆいところに手の届いていない統計データを元に、野球のマイナーリーグのチケットの値段を決めるケーススタディ
○大学のバスケットボールが試合をする体育館のバルコニー席(コートから遠く、天井に近い席)のプロモーションを考える
○ソーシャルメディア(Twitter,Facebook,Youtube,Digg)を使って、大学のスポーツニュースをプロモーションする方法を考える

などがありました。グループでやったり、個人でレポートを提出したりします。
その際に常に意識していることは

仕事だと思ってやる。

ことです。
所詮は学校の課題だし、架空の設定じゃないか、とか
いい成績が取れるようにやろう、という気持ちでは絶対にやりません。
顧客が納得できそうなもので、グループのメンバーや教授をきちんと説得できるようにと心がけています。
たとえ、アメリカのスポーツの歴史であっても、「プロモーションにどう使えるか?」などとイメージしています。

例の3番目の大学のスポーツニュースの編集責任者は、実はその科目を教えている教員なのでした。
それを知っていて、「ソーシャルメディアで注目を集めるには現在のコンテンツでは力不足。スポーツニュースのウェブサイト自体を改善する必要がある。少なくとも見出しはもっと面白いものに変えるべき」とまで踏み込み、教室内に若干緊迫した空気が流れてしまいました。
そこまでやる必要はなかったかもしれませんが、「僕がもしコンサルティングを依頼された絶対指摘する」であろうことは、やってみました。仕事だと思って。
逆に言うと、クラスなので多少失敗しても、売り上げに響くとか、実害は出ないわけです。


もし自分が学部生のころに、今のような気持ちで真剣に課題に取り組んでいたら、どれほど伸びただろうかとたまに思います。
あのころは、「学んでいることは本当に社会に出て役に立つのか」と常に疑問が頭から離れませんでした。
今は、学んでいることを仕事の現場で使うイメージを常に持っていますので、全然違います。これが一度、社会に出てから学ぶメリットでしょう。
「こういうことを学びたかったんだよねぇ」と嬉しくなってくる時さえあります。

現在は無職ですので、ここで学んでいることを身につけられるかどうかは、まさに死活問題。
でも、悲壮感はありません。
真剣勝負の方が、面白いです。次のステージはインターンだな。