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怪道vol.113 高松さんちの桃太郎~中巻

2008年11月09日 02時02分57秒 | 怪道
引き続き、鬼ヶ島in高松です。

吉備津彦命と鳴釜神事の伝承を核として展開・錯綜する岡山側の桃太郎伝説は江戸の頃からあったような記憶があるようなないような、なわけですが、これに対し女木島をはじめとする香川の桃太郎伝説の吹聴はそもそもいつにはじまったのかというと、意外に最近でどうも昭和6年を前後する頃のようです。その立役者とも言うべき人が、高松郊外の鬼無村は上笠居小学校にて当時教師をしていたという、橋本仙太郎氏。

それというのも大正の末年、時の大臣・大隈重信が高松へ遊説に来た際に、高松郊外の「鬼無(キナシ)村」を訪れた。地名をネタに大隈は、心に鬼を棲ませぬ人となるがよいと説諭。この時の大隈の言葉、鬼が無しとはハテどういうことだろうとの疑問にかられ、人生を狂わせた人――それが仙太郎センセィその人だったわけです。たちまちフィールドワークを開始したセンセィ、土地の伝承、古老の語りを調査の結果、「鬼」とは昔話の桃太郎に退治された鬼であり、鬼無周辺には180に及ぶ桃太郎遺跡があるとして、それを体系づけたというのですね。かの洞窟内にあったすべての怪説および桃太郎written by 菅原道真も、仙太郎センセィ発するところの説を基としていることをお伝えしておきましょう。

センセィは女木島こそが鬼ヶ島であろうとの信念のもと、島にわたり、そして昭和6年。今日の「その時」です(by松平アナ)。島の北部に円錐状にそびえる鷲ヶ峰山頂付近で、全長400メートル、総面積4万平米に及ぶ洞窟を発見、これぞ鬼の棲みかであったに違いないとされたわけですな。

女木島に上陸するとまず目に飛び込んでくるのが、まるで城壁のように海岸線にのびる石垣。島の人が「オーテ」と呼ぶそれは、高さ約3~4m、厚さはなんと1mほどもある。このオーテは、女木島特有の自然環境の元にうみだされたもので、おおまかに言うと島は南北に細長く、稜線を島の中心線にとる山がこれまた南北に縦貫しておるんですが、この山に瀬戸内の季節風である西風が吹き付けると、「オトシ」と呼ばれる烈風が島の東側に吹き下ろすのだそうです。それが海面の水をまきあげ、東浦の集落を直撃する。そのために、かくも頑強な壁が作られたそうなんですが。

東浦の集落は山のクチにある住吉神社から海側へと扇状に広がり、オーテがそのぐるりを囲っております。また集落の内部はオーテの隙間から路地が細く複雑に入り組んでいる。仙太郎センセィ、ムラのこの構造をみて、これぞ襲撃にそなえる海賊(=鬼)のシマに違イナイと判断したらしい←単純ですネ、ものすごく。ていうかただ襲撃にそなえるだけなら千数百年以上も経った現在にまで残ってると思うか(退治されたんは崇神天皇の頃ですからね)、島の人は風がきつぅて海から波が吹きつけてねぇ、て言わはらへんかったかw?と申し上げたいわけで。ということは、仙太郎センセィは鷲ヶ峰山頂の例の洞窟は最後の砦的存在で島全体が鬼の棲む所だと思うたわけですよね。・・・女木島の人、ちょっと怒った方がいいと思いマスョ。


海岸沿いに続く「オーテ」。

周囲9kmに満たない島でありながら、この島には様々な伝承が伝わります。「コンナウエ山」なる山(島の南部の方らしいです)の山頂に祀られるミーサンは祈雨の神サンで、ミーサンを祀る祠の傍らの松を切ったらタタリで病気になった人がいたとか、俵石なる10m大の巨石にコトワリをいれてからでないと山の木は切ってはいけないだとか、鷲ヶ峰と日蓮山の間にあるマルヤマは平家の落ち武者が宝物や甲冑を埋めたところとされ、掘るとタタラレるだとかですね(落ちるもなにもココは戦場真っただ中ぐらいだと思うんですケドw)。なんだかタブーに関わる伝承が多いようですね。ちなみにタタリを恐れぬ現代人によって調査されたマルヤマは5世紀頃の古墳であるらしく、朝鮮系の耳飾りなんかが出てるようです。

日蓮山というのはですね。日蓮のでっかい像が立ってるんですよ、この山には。なのでここは日蓮宗の島なんでしょうな。四国本土はほぼオダイシに支配されてますから、ほおりだされた感が漂っててなかなかヨロシイ。ちなみに日蓮像、南東である高松すなわち四国本土に向いて立っておりますわけで、蒙古にケツを向けてでもお大師にガンとばしておるんですネ。・・・日蓮、オマエは正しいゾ。

島の案内板によると、東浦の集落には「谷の神石」なる石があるという。なんでも誰の墓だかわからないけれども長く供養されている墓があったために、ある時、家のヒトが祈祷師を呼んでうらなってもらった。すると祈祷師、「タニ!タニ!」とうなり続けたので、きっと谷サンという平家方の武士の墓にチガイナイということになった。以後、谷の神石と呼ばれ、厚くおまつりされているという。それは・・・なんてテキトーなw

そんなオモシロイ石は見ずにおられるわけがない、ということで、フェリーの出発時間までのヒマツブシに出かけたところ、これなかなか見つからない。畑仕事をしているオバァチャンに遭遇したので、「タニノカミイシ」はどこにありますかと聞いたら、見るからに「???」。5回ぐらい説明してようやく「」となって、飛び出した言葉が「あぁ、谷さんトコの石のことやな」。おばぁちゃんによりますと「谷の神石」とは、どうやら谷さんの家のウラで祀られてる石、ということらしい。整理された民俗伝承は時に地元の認識とズレがある・・・というのは間々あることです。埋葬されている人の名前もそれをお祀りしている人の名前も谷サンとなると・・・上の話は「谷」姓を名乗る由来になった伝承だったりするのでしょうか。


これが谷さんとこの石。

今回は洞窟と東浦のみの探索しかでけませんでしたが、西浦や島の北端、そして島の南部にも、まだまだ散歩のしがいがある場所が埋もれていそうですゾ。
というわけで、次回は高松本土の桃太郎伝説の地へと突入していきます。



港にそびえるモアイ像(とワタシ)。イースター島でのモアイ修復の実験用に使われたものをもらってきたそうで。立ち位置的にコイツは日蓮像と見つめあってるんじゃないかと思われマス。


このヒトが、橋本仙太郎センセィ(洞窟入口にて)。
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3 コメント

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おまえかー! (いつきの…)
2008-11-09 05:50:03
とセンタローセンセの胸倉つかんでおいてから「ありがとう」って言ってあげたい(爆)。
その祈祷師は (つん太郎)
2008-11-09 11:03:01
クレイジーキャッツのファンだったに違いない。
えぇ〓 (主催者)
2008-11-09 18:25:55
>いつきさま
まったくですw

>つん太郎さま
なるほど!…ガチョーン(゜ロ゜)。

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