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バスーンふぁんたじあ

アマチュアバスーン吹きのメモ書き。

最近の作業と丸材到着

2024年08月30日 | リード組み立て

 チャンカヤ材×Fox2シェイパーでプッペを組むことに。この組み合わせは初めて。まずは、かまぼこまで加工してあったケーンをシェイプし、プロファイラーをかけて、組み立て。

 

  また別の日にコマツ材×Fox2シェイパーで20本プッペを組み立てる。以前シェイパーまでかけてあったので、組み立てから。


  組み立てるとき、私は第3ワイヤー→第2ワイヤーの順で巻き、第1ワイヤーはリードを削り始めるときに巻くことにしているので、組み立ての際に補助糸を巻くのは必須になる。

 このとき、巻き始めに力を入れすぎると糸を巻く方向にケーンの上下がズレてしまうことがあるので、巻き始めはやさしく3~4周目からきつく巻く。

 この後、マンドレルを入れるのだが、このときケーンのチューブ側は隙間が狭くマンドレルを入れづらい。なので、組み立て用マンドレルを使う。組み立て用マンドレルには、先の細いものやリーガーのBär modelのように少し平たくなったものがある。
  
  私は、リードの師匠に教えていただいた組み立て用マンドレルを参考にして、既存のマンドレルをヤスリで削って作った自分用の組み立てマンドレルを普段使っているが、友人にリードの作り方を伝えるとき、このマンドレルを差し上げるわけにはいかないので、何か代わりになるものがないか、と考えていた。で、随分前にあるもので代用できないか、と作っておいたマンドレルを今回初めて試してみることにした。

何を差したかというと、

ドライバー。先端は、角をとってなめらかにしてある。これなら一本数百円だし、加工もさほど難しくない。

Bär modelと比較するとこのくらい薄い。


引き抜くとこのくらいの隙間ができるので、ここに組み立て用マンドレル(リーズンスタッフ製)を差し込んで、捻じらないようにぐっと押し込む。

 上下がずれないように。

といってもずれる原因は様々なので、ずれていなければ組み立てとしては大成功といえる。ただ、ずれているから悪いリードというけではなく、ずれていない方が後の調整がしやすい、ということ。まぁ、ずれていないほうが振動しやすいとは思うけれど。

このとき重要なのが、第1ワイヤー付近をどのくら開いておく(立てておく)か、ということ。開きすぎると割れてしまうこともあるし、薄くて柔らかい材料だとブレード部分が変な形で形成されてしまう。まぁ、ここの加減は好みなのだろう。
 
 ということで、20本。


 ついでに、次回用にコマツ材プロカマ20枚をFox1シェイパーにかけておく。

 

 さらに、思わず購入してしまったまだ試したことの無い丸材がリーズンスタッフから到着。

GÜNERの丸材1㎏。また暇をみて加工しよう。

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ドナティ材加工

2024年08月11日 | リード

 先月、丸材から加工したドナティ材は、ほとんどが柔らかく100枚ほどあるうち、自分の使えそうなところは7枚しかなかった。これは、湿度が高いからに違いないと湿度が低い日に測り直してみたが結果は同じ。がっくりきた。その丸材は、リンプルで購入したもので以前同じドナティ材を加工したときも柔らかいものが多かった。ドナティから直接購入した丸材は、柔らかめではあるが半分以上は自分にとっては使える数値に入っていたので、たまたまそのロットが柔らかいものに当たってしまったのかもしれない。

 そのショックと仕事が忙しく次の丸材加工になかなか手がつかなかったが、やっと時間がとれたので、再びドナティ材(ドナティから直接購入)を加工することにした。

 これまで何度も加工過程はあげてきているが、気合入れるために写真を撮りながら作業することにした。

 まずは、一晩水に浸けておく。

 これだけ中の成分が出て水がにごる。

最近、「糖分あり」というケーンを見かけるが、おそらく加工過程の中で水に浸す時間を減らし、この成分が出ないようにしているのでは。

 次にケーンスプリッターで割る。このとき、シワや濃い斑紋が中央にこないように見極めながら割っていく。


 プレガウジャーにかける前に、最終的な長さ(120㎜)よりも指2本分くらい残してケーンカッターでカットする。長すぎるとプレガウジャーの台に乗らないし、できるだけ歪みの少ない部分を残すようにする。

 

 そして、プレガウジャー。この作業が一番楽しい。簡単だし、やってる感がある。

 

 ガウジング前に120㎜にカット。

このとき、きっちり120㎜にすることが肝要。市販のケーンの中には、ほんのわずかに短いものもわりとあったりする。120㎜きっちりだとガウジングの台にも、ストレートシェイパーに入れたときも、きちきちで取り出しにくいこともあるが、特にストレートシェイパーを使う場合はゆるいと左右の長さが対等で無くなり組み立ての際にカラーのズレが生じるので、かなり大切なところ。

 ガウジングにかける前に、20枚ほど落選。色の悪いものやプレガウジャーがうまくかからず薄くなり過ぎたものなど。

 残りは70数枚。

 ガウジング。厚さ1.4~1.35㎜を目安。このとき刃のかかり方と削り屑で何となく硬さが分かる。プレガウジャーをかけるときも何となく分かる。

 ガウジング中に数枚落選し、結果74枚。どうか使えるところが多くありますように。

追記:後日計測したところ、33枚が使用圏内だったので、まぁ良しとしよう。

今後、ドナティ材をリンプルで仕入れるかドナティ社から直接仕入れるか迷っている。

 ドナティ社にはメールで発注し、ペイパルで支払う。リンプルはサイトでネット発注しカード決済。㎏単価はドナティ社の方が安いが、リンプルの方が㎏単位の本数は多い。ドナティ社の場合丸材1本の長さが長いままで送られてきて形状のあまり良くないものもある。リンプルではドナティから仕入れた丸材を適度な長さに切り、選別しているのか、形状のきれいなものが多い。
 
  前回リンプルで仕入れたものが、たまたま柔らかいロットに当たってしまったのかどうか。多少高いがネットでポチっとするだけなので楽。ドナティ社には英語(グーグルさんありがとう)でメールをやり取りするので、多少手間がかかる。

 どちらにしても、すぐに必要ということではないので、この問題はしばらく放っておくことに。 

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師匠

2024年08月08日 | 音楽

  8月7日は、バスーン奏者田中雅仁先生の命日だ。2002年8月7日、カナダ・バンフで開催されたIDRSの大会におけるコンサートを成功させたその夜、帰らぬ人となった。

  私は1990年から田中先生からご指導をいただいた。その当時は東京に住んでいたので、月に一度師匠(田中先生)のご自宅にて、1時間ほどのレッスンだった。地元静岡に帰ってからは数カ月に一度、最後の2年ほどは伺うことができなかった。それでも、年に一度でもよいからレッスンに行きたいという思いと、リードを作ってみたいという思いは捨てられず、2002年8月頭に、懇意にさせていただいていた楽器店の方から、田中先生がバンフに行かれる前に楽器の調整に来店することを教えていただき、その日に合わせて上京し師匠にお会いすることができた。

 少しの時間だったが、リード製作を教えていただけるようお願いし、バンフから戻られたらリードレッスンをしていただく約束をしていただけた。しかし、その8月の9日ごろだったと思うが、同じく楽器店の方から師匠の訃報が届いた。

 私が師匠の演奏を初めて聴いたのはCD「Romantic Bassoonworks」だった。その演奏の虜になり何度も繰り返し聴いていた。ちなみにブログ名は、師匠のCD「BASSOON FANTASIA」からいただいている。

 

  師匠が活動拠点を海外から日本へ移してから初の演奏会を上野東京文化会館の小ホールで聴き、その生の音の響きと音楽に圧倒された。そのとき一緒に演奏会に行った、知り合いで桐朋学園大学で田中先生に師事されていた方が、師匠の楽屋まで挨拶に行くのに同行し、その方から師匠に弟子入りしたい旨を伝えていただき、後日連絡をさせていただくということで、レッスンにつくことができた。

 師匠が亡くなられてから、私は師匠最後のCD「BASSOON BRILLANTISSIMO」を毎日聴き続けた。おそらく10年以上は。

同時に、他のバスーン奏者のCD 等は一切受け付けられなくなってしまった。リードも、師匠の音に近づくためにはどうしたらよいか、を模索し続けたし、楽器も師匠が最後に吹いていたピュヒナーを使い続けている。しかし、5、6年ほど前から、やっと他の奏者の演奏に興味が出てきて、リードも自分の体力や技術にあったものに変化していき、楽器もピュヒナーにこだわり続ける必要もないだろう、と考え方が変わってきた。

 しかしながら、バスーン奏者田中雅仁氏は、そのCDを初めて聴いたときから、初めてホールで演奏を聴き、レッスンで間近にその音を聴き、そしてCDでしかその音を聴くことができなくった今でも、私にとっては神さまであり、ヒーローであり、憧れの演奏者であり続けている。

 もうすぐ還暦の私であるが、ここまでバスーンを続けられたのも、リードを作り続けられているのも、わずかな時間ではあるが師匠の弟子の末席に座ることができたからだろう。

 今年は、師匠の二十三回忌。いつまでも師匠の音楽が世界中に遺り続けますように。

 

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