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日本会議らしい末路だったな 野次馬 +  核戦争の準備をさせられている日本の運命 櫻井ジャーナル

2019-01-01 23:07:18 | 日記
日本会議らしい末路だったな 野次馬 (2019年1月 1日 18:23)
http://my.shadowcity.jp/2019/01/post-14558.html

これ、半分、アベのせいだろ、というのが流行っているんだが、富岡八幡宮の惨殺事件、まさにアベのせいだわなw 神社とかお寺とか、規模が大きいと利権そのものになってしまう。坊さんとか神主とか、そもそも寺社の「オーナー」ではない。神社仏閣には相続税がないんだからw ところが、現実には世襲で管理人の座を独占し、そこから生じる利益を独占する。日本会議とか神社本庁とか、そうした利権集団の集まりだ。

https://www.zakzak.co.jp/soc/news/181212/soc1812120006-n1.html
東京都江東区の富岡八幡宮で、宮司の富岡長子さん=当時(58)=が、元宮司の弟=同(56)=に殺害された事件から1年。
現場となった長子さんの豪邸は更地になっていた。事件の記憶も風化しつつある一方、人事をめぐる火種はくすぶっていると指摘する関係者もいる。
 事件は昨年12月7日夜に発生。元宮司と妻は、日本刀などで長子さんを殺害し、運転手の男性を負傷させた。元宮司は妻を殺害後、自殺した。
 複数の関係者に届いた元宮司の遺書には、息子の宮司就任がかなわない場合、《怨霊となり、神輿総代会の幹事総代とその子孫達を永遠に祟り続ける》と書かれていた。警視庁は今年1月、殺人や殺人未遂などの容疑で元宮司と妻を容疑者死亡のまま書類送検した。


アベ政権というのは、そうした利権屋の集団で、この事件も利権を姉弟のどちらが独占するかの、カネカネカネの醜い争いです。



核戦争の準備をさせられている日本の運命(1/4)櫻井ジャーナル 2019.01.01
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901010000/ 

 歴史は大きな節目にさしかかっている。アメリカを中心とする支配システムを支えてきたドル体制が揺らぎ、新しいシステムへ移行する可能性が高まっていると考える人は少なくない。新秩序をどのようなものにするかで軍事的にも経済的にも緊張が高まっている。

 そうした中で日本はアメリカ支配層のコントール下、軍事力を増強してきた。本ブログでは繰り返し書いてきたが、1992年2月にネオコンが作成した世界制覇プランに基づき、日本は95年からアメリカの戦争マシーンに組み込まれてきた。そのひとつの結果が目の前に出現しつつある。

 イージス・アショア、MV22オスプレイ、F-35Bといった兵器をアメリカの軍需企業を儲けさせるだけのために購入するわけではない。ARDB(水陸機動団)の創設と同じようにアメリカの軍事戦略が深く関係、その戦争マシーンの一部として機能するために必要なのだ。

 第2次世界大戦後、アメリカの軍事戦略は中心に核兵器が据えられた。例えば、SAC(戦略空軍総司令部)が1954年に作成した計画では、600から750個の核爆弾をソ連へ投下、約6000万人を殺すことになっている。この年の終わりにアメリカ軍はヨーロッパへ核兵器を配備した。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 1957年になるとアメリカ軍の内部でソ連に対する先制核攻撃を準備し始めるている。(James K. Galbraith, “Did the U.S. Military Plan a Nuclear First Strike for 1963?”, The American Prospect, September 21, 1994)この年の初頭、アメリカ軍はソ連への核攻撃を想定したドロップショット作戦を作成、300個の核爆弾をソ連の100都市で使うことにしている。(Oliver Stone & Peter Kuznick, “The Untold History of the United States,” Gallery Books, 2012)

 核攻撃を実現するためには核兵器を運搬する能力が必要。そのためには兵器を小型化し、戦略爆撃機やICBM(大陸間弾道ミサイル)を準備する必要がある。しかも相手国、つまりソ連がそうした準備のできない段階で攻撃しなければならない。

 テキサス大学のジェームズ・ガルブレイス教授によると、リーマン・レムニッツァーJCS議長やSAC司令官だったカーティス・ルメイを含む軍の好戦派は1963年の終わりに奇襲攻撃を実行する予定だったというが、その計画を当時の大統領、ジョン・F・ケネディが阻止、そのケネディ大統領は1963年11月22日に暗殺されてしまった。
 
 ライマン・レムニッツァーやカーティス・ルメイはアレン・ダレスCIA長官やチャールズ・キャベルCIA副長官とも手を組んでいたが、ダレスは1961年11月に、またキャベルは1962年1月に解任された。

 レムニッツァーは統合参謀本部議長の再任が拒否され、1962年9月に退任、通常は退役なのだが、エリザベス2世女王に近いイギリス軍のハロルド・アレクサンダー元帥の口添えで欧州連合軍最高司令官に就任している。

 アレクサンダーは1940年5月から6月に行われたダンケルク撤退を指揮したが、レムニッツァーをアレン・ダレスに紹介したのもこの人物。レムニッツァーとダレスは1945年3月にナチスの幹部と秘密交渉を行った。サンライズ作戦だが、その前からアメリカ側の一部はドイツ側と秘密裏に接触、戦後のことを話し合っている。これはフランクリン・ルーズベルト大統領に無断で行われていた。(つづく)


核戦争の準備をさせられている日本の運命(2/4) 2019.01.01
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901010001/

 第2次世界大戦は1939年9月に始まった。領土問題の交渉が進展しないことに業を煮やしたドイツがポーランドに軍事侵攻、それを見たイギリスとフランスがドイツに宣戦布告したのだが、それから半年ほど戦闘らしい戦闘は行われていない。いわゆる奇妙な戦争だ。

 戦闘が始まるとイギリス軍やフランス軍は簡単に総崩れの状態になるのだが、アドルフ・ヒトラーは機甲部隊に前進をやめるように命令している。少なくとも結果としてヒトラーはイギリス軍が撤退する余裕を与えたわけだ。

 1941年5月にはドイツのルドルフ・ヘス副総統が単身、飛行機でスコットランドへ飛ぶ。イギリス側の要人と何らかの話し合いがもたれたはずだが、詳細は今でも不明だ。

 その翌月、ドイツ軍はバルバロッサ作戦を開始する。西部戦線へ90万名を残し、300万名以上をソ連に向かわせたのである。常識的に考えると西を守るために半数は残しておくべきなのだが、ヒトラーの命令でこの非常識な作戦は実行された。イギリスはそれを傍観する。

 ドイツ軍は1942年8月にスターリングラード(現在のボルゴグラード)市内へ突入するのだが、11月に入ってからソ連軍が反撃を開始、ドイツ軍は壊滅し、翌年の1月に降伏する。

 それまで傍観していたアメリカやイギリスがワシントンDCで緊急会議を開いたのは1943年5月。そして米英両軍はその年の7月にシチリア島へ上陸する。ハリウッド映画で有名になったオーバーロード作戦は1944年6月、ドイツの敗北が決定的になってから1年半後のことだ。

 サンライズ作戦が実施された直後、ドイツが降伏する直前の1945年4月にルーズベルト大統領は執務中に急死、ホワイトハウスはファシズムを信奉するウォール街の住人に奪還された。

 ドイツが降伏するとウィンストン・チャーチル英首相はJPS(合同作戦本部)に対してソ連へ軍事侵攻するための作戦を立案するように命令。5月22日にはアンシンカブル作戦が提出されている。7月1日に米英軍数十師団とドイツの10師団が「第3次世界大戦」を始める想定になっていた。この作戦が実行されなかったのは参謀本部が拒否したからである。(Stephen Dorril, “MI6”, Fourth Estate, 2000)

 チャーチルは7月26日に退陣するが、その10日前にアメリカのニューメキシコ州で原子爆弾の爆破実験が実施され、成功した。翌1946年3月に彼はアメリカのミズーリ州フルトンで「バルト海のステッティンからアドリア海のトリエステにいたるまで鉄のカーテンが大陸を横切って降ろされている」と演説、「冷戦」の幕開けを告げている。その翌年、1947年にはアメリカのスタイルス・ブリッジス上院議員と会い、ソ連を核攻撃するようハリー・トルーマン大統領を説得して欲しいと頼んでいたと報道されている。

 その後、アメリカ支配層はソ連に対する先制核攻撃の準備を本格化させるのだが、佐藤栄作首相の密使を務めた若泉敬によると、「重大な緊急事態が生じた際には、米国政府は、日本国政府と事前協議を行った上で、核兵器を沖縄に持ち込むこと、及び沖縄を通過する権利が認められることを必要とする」というアメリカ側の事情に対し、日本政府は「かかる事前協議が行われた場合には、遅滞なくそれらの必要をみたす」ということになっていたという。(若泉敬著『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』文藝春秋、1994年)(つづく)


核戦争の準備をさせられている日本の運命(3/4) 2019.01.01
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901010002/

 ケネディ大統領が暗殺された翌年の1964年に中国が初めて核実験を実施、日本政府はこの出来事にすぐ反応、内部で核武装への道を模索する動きが具体的に出始めている。(Seymour M. Hersh, “The Price of Power”, Summit Books, 1983)

 NHKが2010年10月に放送した「“核”を求めた日本」によると、1965年にアメリカを訪問した佐藤首相はリンドン・ジョンソン米大統領に対し、「個人的には中国が核兵器を持つならば、日本も核兵器を持つべきだと考える」と伝えている。

 佐藤首相は1967年の訪米時、「わが国に対するあらゆる攻撃、核攻撃に対しても日本を守ると言うことを期待したい」とアメリカ側に求め、ジョンソン大統領は「私が大統領である限り、我々の約束は守る」と答えたという。(「“核”を求めた日本」NHK、2010年10月3日)

 その一方、日本政府は1969年2月に西ドイツ政府と秘密裏に会談し、核武装によって超大国への道を歩もうと持ちかけたという。

 この提案を西ドイツは拒否したというが、それでも日本側はあきらめない。10年から15年の期間で核武装すると想定、核爆弾製造、核分裂性物質製造、ロケット技術開発、誘導装置開発などについて調査し、技術的には容易に実現できるという結論に達している。

 日本政府が西ドイツ政府と秘密会談していた1969年にアメリカの大統領はリチャード・ニクソンになっているが、その大統領補佐官を務めていたヘンリー・キッシンジャーは彼のスタッフに対し、日本もイスラエルと同じように核武装するべきだと語っていたという。(Seymour M. Hersh, “The Samson Option,” Random House, 1991)

 それに対し、1977年1月から81年1月までアメリカ大統領だったジミー・カーターは日本の核武装に反対、兵器級のプルトニウムを生産させないために高速増殖炉の常陽からブランケットを外させたという。

 しかし、1981年にロナルド・レーガンが大統領に就任するとアメリカ政府の内部に日本の核武装計画を支援する動きが出てくる。例えば、東海再処理工場に付属する施設として1995年に着工されたRETF(リサイクル機器試験施設)はプルトニウムを分離/抽出するための施設だが、この施設向けににアメリカ政府が提供した技術の中には「機微な核技術」、つまり軍事技術が含まれていた。

 ジャーナリストのジョセフ・トレントによると、東京電力の福島第1原発が過酷事故を起こした当時、日本には約70トンの兵器級プルトニウムがあったという。トレントに限らず、アメリカの情報機関は日本が核兵器を開発してきたと確信している。
 
 ロナルド・レーガン時代のアメリカでは増殖炉計画がスタート、1980年から87年にかけての期間にエネルギー省は160億ドルを投入したというが、87年に議会はこの計画への予算を打ち切る。そこで目をつけられたのが日本の電力業界。共同研究という形で研究資金の大部分を負担させ、その代償として核関連の技術を格安の値段で売り渡すことにしたのだ。そして高性能プルトニウム分離装置がサバンナ・リバー・サイトからRETFへ移転されたのである。

 福島第1原発が事故を起こす3日前に出たインディペンデント紙、つまり2011年3月8日付けの紙面には石原慎太郎のインタビュー記事が掲載されていた。それによると、外交力とは核兵器なのであり、核兵器を日本が持っていれば中国は尖閣諸島に手を出さないだろうと石原は発言したという。核兵器で脅せば相手は屈するというネオコン的な発想だ。

 こうした発想が石原だけのものではないだろう。どこかの時点で日本政府が隣国を核兵器で威嚇しても不思議ではない。ロシアのウラジミル・プーチン政権は核兵器の使用が破滅的な結果をもたらすと再三警告しているが、それを日本の支配層、つまりネオコンのようなアメリカ支配層の代理人が理解できるかどうかは不明だ。少なくとも石原は理解できていなかった。(つづく)


核戦争の準備をさせられている日本の運命(4/4) 2019.01.01
https://plaza.rakuten.co.jp/condor33/diary/201901010003/

 アメリカにとって日本は属国であり、自分たちの利益を実現するための道具にすぎない。アメリカ支配層と同盟関係にあると言えるのはイギリスやイスラエルの支配層だけだろう。

 それを象徴する連合体が存在する。アメリカのNSAとイギリスのGCHQを中心とする電子情報機関で編成されたUKUSA(ユクザ)だ。

 このUKUSAはファイブ・アイズと呼ばれることがある。それはNSAとGCHQのほかにカナダのCSE、オーストラリアのASD、ニュージーランドのGCSBがその連合体に参加しているからだが、最初の2カ国と残りの3カ国では立場が全く違う。

 言うまでもなく、この5カ国はアングロ・サクソン系。イスラエルとは緊密な関係にあり、アングロ・シオニストと総称されることもあるが、他の「同盟国」に主体性はない。そうした「同盟国」の大半には情報機関が存在するが、いずれもアメリカ支配層の指揮下にあると見られている。

 かつてソ連の内務官僚は支配下の国々をコントロールするため、各国の情報機関を利用していた。同じことをアメリカの支配層も行っている。さらに、NATO、ANZUS、安全保障条約といった軍事同盟も支配のために使われてきた。

 日本には世界情勢を客観的に分析せず、闇雲に軍事力を誇示したがる人が支配層にも被支配層にもいる。そうした人々を操ってきたのがファイブ・アイズの支配層だが、歴史の転換期に日本人を暴走させ、その結果の責任をすべて負わせようとする可能性は否定できない。(了)





https://twitter.com/y77k99/status/1079335971756269568

悪人d@y77k99 3:18 AM - 30 Dec 2018

正月初詣は神社に行ってはなりません
行ってもお賽銭はしないこと

そのお金は全て「嘘つき安倍晋三内閣」「右翼日本会議」のふところに行く







「原発 国民反対ではつくれない」 経団連会長 1/1(火) 11:52配信 テレ朝 news All Nippon NewsNetwork(ANN)
https://headlines.yahoo.co.jp/videonews/ann?a=20190101-00000015-ann-bus_all

 経団連の中西宏明会長は年頭にあたり会見し、今後の原発政策について、国民の反対が強いのに民間企業がつくることはできないとして、理解を進めるために一般公開の議論をすべきだという考えを示しました。

 経団連・中西宏明会長:「お客様が利益を上げられてない商売でベンダー(提供企業)が利益を上げるのは難しい。どうするか真剣に一般公開の討論をするべきだと思う。全員が反対するものをエネルギー業者やベンダーが無理やりつくるということは、この民主国家ではない」

 中西会長は沸騰水型の原発をつくる日立製作所の会長で、震災後8年経っても再稼働していません。こうしたことから、原発を存続させるためには国民的議論が必要だという考えを示したといえます。


東電迷走中 野次馬 (2019年1月 4日 00:43)
http://my.shadowcity.jp/2019/01/post-14566.html

日本でも風力発電の適地というのはあるんだが、特に有望なのが、浜岡。原発から西側、既にとんでもない数の風車が立ち並んでいる。
https://twitter.com/cpvvnukij521y66/status/948751786831110144
なんでここに? というと、「人が住んでないから」です。戦争中までは、ここは陸軍の大砲試験場だった。開発した長距離砲を、大東町(今の掛川市南東部)から撃ち、着弾するのが浜岡砂丘。その間約10kmにわたって人家がない。今でもYAMAHAのテストコースくらいしかない。下が砂地なので、作物もロクに穫れないw また都合の良い事に、近所にはトヨタ、YAMAHA、スズキといった日本を代表する工場群がひしめいていて、「消費地に近い」というメリットもある。原発のあった場所というのは、送電線が整っているので、どれだけでも風車を並べるだけです。送電まで考えると、一番有望。

https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20190102-00050004-yom-bus_all
東京電力ホールディングスが、国内最大級となる洋上風力発電所の建設を計画していることがわかった。
原子力発電1基に相当する100万キロ・ワットを超える発電能力を想定し、千葉県銚子沖などを候補地として念頭に置く。
福島第一原発の事故に伴う廃炉や除染などの費用を賄うためにも、世界の潮流となっている再生可能エネルギーの拡大に活路を見いだす。
計画によると、実績が豊富な欧州の洋上風力メーカーと提携し、1兆円規模の事業費を投じ、沖合に1基5000キロ・ワット級の風車を約200基設置する。風車の土台を海底に設置する着床式とする。平均的な家庭で約30万世帯の年間の電力消費を賄える。


浜岡は中電の縄張りで、ここでは東電が話題になっているんだが、東電は銚子沖に目をつけているらしい。銚子からひたちなか市のかけての一帯です。鹿島灘に面している。浜岡が遠州灘に面しているのと、似てますね。「灘」とは何か? 海洋交通の難所だというんだが、つまり、風が強いところです。

https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%81%98
灘(なだ)は、沖合の中で波が荒く、潮流が速い所を指す。洋とも書き表される。さんずいに難という字の如く、古くから航海が困難な場所とされ、そのため沿岸には避難港が発達している。とりわけ、黒潮(日本海流)が流れる太平洋側に多く分布する。その反面、鹿島灘以北の太平洋岸には全く灘が見られない。これは、灘という地名の由来が、海運交通の発展と関係が深いと思われる。一方、瀬戸内海にも灘が多数分布する。だが、この灘は穏やかな水域が多く、本来の定義から大きく反する(後に詳述)。


このあたりも、戦争中までは軍事地帯だった。霞ヶ浦の予科練、ひたちなか市の水戸飛行場、戦後は米軍に接収されて、水戸対地射爆場だった。そういう土地には、いまでもヒトが少ない。低周波騒音だろうが何だろうが、やりたい放題できるw しかも、遠州灘も鹿島灘も、すぐ先に黒潮が流れている。風力発電で送電線を作れば、その先に海流発電の可能性が出てくる。政治家が原発に固執しているあいだに、現場ではとっくに、そこまで動いているのだ。

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