華氏451度

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「拉致問題集中報道」要請と70年前の政府の指導

2006-10-23 23:59:06 | マスコミの問題

 御存知の方も多いと思うが、『資料 日本現代史』という13巻の本がある(発行は大月書店)。閣議決定されたナントカ要綱などのいわゆる公文書や、政府の調査、ナントカ局長の演説、といったものを集めた資料集である。

 難点の1つは高価なこと(約20年前の発行当時で1巻1万円近い定価が付いている。私は以前古書店でみつけたものの、さすがに全巻揃いは手が出ず、バラで出ていたものを一部だけ買った)だが、多分大きな図書館には置いてあるはずなので、暇な時に見掛けたらめくってみられては? もう1つの難点は……資料の多くが「漢字とカタカナ」であることだ。ひらがな混じり文の読み書きが習慣になっている現代人にとっては、かなり読みにくい……。これは私だけかも知れないが、普通の文章を読むのに比べてスピードが20~30%ぐらい落ちる感じがする。だから斜め読みでは頭に入りにくいのだけれども、正確に記憶しておこうなどとは思わず、現代史を理解する助けになれば程度の感覚で漠然と眺めるにはそれなりに結構おもしろい。

 それはさておき。ちょっと必要があって第10巻「日中戦争期の国民動員」をめくっていた時、偶然に「新聞指導要領」(1939年4月26日、内閣情報部)のページが開き、思わず本棚の前に座り込んで全部読んでしまった。これは日中戦争期の世論指導策の一環として、政府が新聞に対して「報道の基本方針」を示したものである。全文紹介する気はむろんないが、基本方針の第一は次のようなものである。(漢字は新漢字に改めてある。またこの文書は珍しくカタカナではなく平仮名を使用)

【新聞は政治、経済、社会、其の他各方面に於て(一)東亜新秩序建設の意義 (二)時局の多難複雑性 (三)時局打開の諸対策 (四)国民精神の昂揚 につき国民の理解啓発を促すことを編集の根本態度とすべきこと】

 そしてたとえば「新東亜秩序の建設は正義であり、それを完成するのが国民の栄光ある責務であること」、「列国(英米など)が我が国の国力の消耗を企画しつつあるため、国際関係が複雑・重大になる可能性があること」等々の趣旨に添って記事を作るようにという具体的な指導がなされている。また、海外のニュースの取り扱いや国際問題の解説については、「英米仏が日独伊の連帯を阻害するために宣伝謀略を用いて我が国の世論の分裂をはかっているので、それをよく考慮した上で扱うように」、「列国の干渉圧迫は断固として排撃するという世論の確立を目指すように」といった指導もあった。

 読みながらふと思い出したのが、総務省がNHKに対し、短波ラジオ国際放送で拉致問題を重点的に扱うよう要請したというニュースである。既に新聞各紙でも報道されているし、ハムニダ薫さんなどのブログでも扱われているので、皆さんよく御存知のはずだ。

 多くの方は「冗談じゃないぜ」と憤慨なさる、あるいは不快感を覚えられるはずなので私までシタリ顔で意見述べる気はない。ひとつだけ、感想を書いておくにとどめる――マスコミは原則として、何ものにも縛られない自由な立場であるはず。むろん政党や宗教団体の新聞雑誌もあるし、企業のPR誌というものもある。そういう「立場のはっきりした」媒体も存在してかまわないし、存在意義もあるけれども、ジャーナリズムというのは元来は「歪められない事実」の報道者であると共に記録者であり、権力の暴走に歯止めをかける役割を担っているはずだ(これは理想論であり、現在のマスコミがそうだと言っているわけではない。ただ、理想は失ってはいけない)。おかみから「これを報道せよ」「こういう方向で報道せよ」と言われ、それを受け入れた瞬間に、メディアは死ぬ。

(狭義でも広義でも)権力なるものを握っている者達は、必ず「報道」を制しようとする。およそ70年前の日本も、まさしくそうだった。いつか来た道という言葉があるが、私達は本当にその道を辿らされ始めているような、いやぁな感じがある……。

追記/拉致問題という言葉に反応して、反日がどうの、という人がおられるかも知れないのであらかじめお断りしておく。私は“拉致問題だから”政府が重点報道を要請するのがいけない、と言っているわけではない。ちょっと妙な話だが、今の政権がひっくり返って国旗と国歌が別のものになり、メディアに対してその新しい国旗・国歌に関する報道の要請がおこなわれたとしたら――? もちろん私はそれに反対する。当たり前ではないか。拉致問題などという、感傷をくすぐる話を真っ先に持ってくるなんて、ズルイよ。

コメント (3)
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