写真は、6歳の息子と1歳半の娘。
最近、娘がしきりに「ぱぱぁー」と僕に呼びかけてくる。
それが、ただ呼んでいるだけなのである。
娘:「ぱぱぁー」
僕:「なぁに」
娘:「ぱぱぁ」
僕:「はぁい」
娘:「ぱぱぁ」
僕:「なぁに」
このやりとりを5回ぐらいすると、娘は満足し、ぷいっと別のことを始めたりする。
これが無性に嬉しい。
「しょうがないなぁー」なんて愚痴りながらも、実は「ぱぱぁー」の連呼を心待ちにしていたりもする。
つまり簡単にいえば「親バカ・ハリケーン」ってことなんですけどね・・・。
最近、「自己有用感」とか難しい言葉を良く耳にするが、
僕にとって1歳半の娘の「ぱぱぁー」は、「自己有用感」の塊のようなものである。
用事がある訳ではなく、ただ呼びかけられる。
その行為の中には、その存在そのものを肯定されている、多幸感がある。
実は、友だちでも、仕事の仲間でも、そういうことってある気がする。
声をかけられたり、誘ってもらえることって、単純に嬉しいじゃないですか。
そういう関係をずっと持ち続けられる友だちや仲間をどれだけ持てるか、
それによって人生の豊かさって決まるのかもしれないですよね・・・。
なーんて難しいことをいいながら、明日も娘の「ぱぱぁー」を待ち望む40歳男子であった。