カームラサンの奥之院興廃記

好きな音楽のこと、惹かれる短歌のことなどを、気の向くままに綴っていきます。

井辻朱美さんと角宮悦子先生のこと

2007-04-14 12:34:31 | Weblog
 井辻朱美(いつじあけみ)さんと角宮悦子(つのみやえつこ)先生のことです。

 以前の日記に書いたことがありますが、私は井辻さんの詠まれた族長の歌が好きです。

  族長らの眼のごとき天の青 岬に立てば創世の潮寄る  井辻朱美(歌集『水族』1986年刊)

 私はちょうど2000年の1月頃から急に(不思議なことですが、まったく突如として)歌を読むのが好きになり、そして自分でも歌のようなものをつくるようになりました。その頃から今に至るまで愛唱している歌はいくつもありますが、それらの作者のうちのお一人が井辻さんです。井辻さんの透明でファンタスティックでSF的な広がりのある作品が私は大好きです。そして、すごく偶然なのですが、私が2000年の春ごろに角川書店の短歌雑誌『短歌』に投稿した歌を偶々ご覧になって短歌初心者の私に温かく有難い励ましの手紙を下さったのが角宮悦子先生でした。井辻さんと角宮先生とは、もともと前田夕暮創刊の「詩歌」(夕暮子息の、歌人前田透先生が夕暮亡き後、そのあとを継いで主宰されていた短歌結社)所属の同門で、井辻さんよりも先輩の角宮先生は、前田透先生ご存命中はその高弟のおひとりとして、前田先生が不幸な輪禍で亡くなられて「詩歌」解散となった後は、あらたに歌誌「はな」を立ち上げられ、その主宰として現在も活躍されています。

 そんな、井辻朱美さんと角宮先生に関するメモです。

(以下、引用させていただきます)

早坂類さんのブログ日記(2007年1月8日(月)井辻朱美さんのこと)
http://d.hatena.ne.jp/hayasaka_rui/20070108

 短歌ヴァーサス10号、出ています。『続・ヘヴンリー・ブルー』の8回目が掲載されていますので、読んでみても良いよと思われる方はこちらから出版社に直に注文すると早いです。
http://www.fubaisha.com/index.html
 10号の特集は井辻朱美さん。今号、わたしが書いているのは連載の短歌作品だけなのですが、井辻さんとは何かとご縁があるので、今日は少し井辻さんとわたし自身の思い出について書きます。わたし自身の経歴と井辻さんは切っても切れず、単に彼女の仕事について客観的に書く事は無理なので、わたし自身のことがかなり入ります。
 すこし回り道になりますが、もともとわたしは詩を書いていて、わたしの母が短歌を作っていました。(彼女は今も『群炎』という小さなところで書いています)下関の片田舎の本屋には「現代詩手帖」も「ユリイカ」も売られておらず、なかなか普通の本屋で専門誌に出会うのは困難だったのですが、母が定期購読していた短歌専門雑誌「短歌研究」だけは身近にありました。そして下関の本屋にあった唯一の詩の雑誌は、やなせたかしさんがサンリオから発刊しはじめたばかりだった、当時まだ季刊の「詩とメルヘン」で(これを当時お小遣いの少なかったわたしは毎号欠かさず立ち読みで全部読んでしまっていました)わたしにとって、短歌雑誌と言えばまず「短歌研究」、詩の雑誌と言えばまず「詩とメルヘン」でした。18才で上京し、はじめて「現代詩手帖」や「ユリイカ」を手にしたのですが、わたしは「詩とメルヘン」も欠かさず読んでいました。で、あるとき、「詩とメルヘン」に素晴らしく気になる詩が一編、掲載されたのです。何か、雑念のたくさん混じった(と言うと誤解を生みそうですが、どこか渾沌とした)エネルギーを感じました。それが、井辻朱美さんの詩でした。(あとから気付いたのですが井辻さんの詩はその時たった一度きりの掲載でした)タイトルは忘れましたが、椿か山茶花か、赤い花のイラストが添えてありました。当時、詩を掲載された方の住所が「詩とメルヘン」の最後のページに掲載されていて、わたしはその時とても気になった井辻さん宛てにお手紙を書きました。そうしたところ、井辻さんからお返事が来ました。そこには「短歌研究の新人賞を受賞したので、よかったらそちらも見て下さい、あまり良くない顔写真が載っています」とありました。何故「短歌研究」なんだろうと思いましたが、さっそく本屋に飛んで行き、見慣れた「短歌研究」を開くと、そこにはまさに、23才の井辻さんの顔写真があり(ふっくらとした奇麗な顔写真でした)受賞作「水の中のフリュート」30首と、生方たつゑ、近藤芳美、前田透、上田三四二、前登志夫、岡井隆、の評が掲載されていました。その号は今もわたしの手元にあります。

  春の雲もまれあう空とおくみゆ愛とは理由なくきしもの

  珈琲カップのふちを汚さず飲めぬゆえかなしきままに対い合いたり

  なんでもないことかも知れぬかんかんと照る朝ふいにめざめてみれば

  きらきらと夕光の笹ゆれあうをみぬ 存在も思慕もかぜなれ

  ふんすいのまわりをあるくさらさらと陽をとじこめるひとりを愛して

  ゆうなみのいくつの死をこえさんらんともりあがりくるわが生わが詞

           「水の中のフリュート」より

 井辻さんの歌は、なにか天上の風に吹かれたような印象でした。しばらく交わした井辻さんとの手紙でのやり取りの中、短歌結社「詩歌」へのお誘いがありました。「詩歌」は牧水や白秋と非常に親交の深かった歌人前田夕暮(口語自由律短歌の祖)がはじめた雑誌で、発行当時は、夕暮や斎藤茂吉といった歌人のみならず、萩原朔太郎、高村光太郎、三木露風、山村暮鳥、室生犀星といった詩人たちからの寄稿もありました。前田夕暮が亡くなったあと、ご子息の前田透氏が「詩歌」主宰をひきついでおり、そこに、井辻朱美さんは所属されていました。わたしも誘われるまま19才の時「詩歌」へ入会しました。そしてはじめて歌会へ行った時、場所がわからず辺りをうろうろしていると、お歳を召した女性数名がむこうから歩いて来られ、その方たちに「《詩歌》の歌会はこちらでしょうか」と訊ねると、とても奇麗な笑顔で「はい、そうです」と答えて下さいました。その方が前田雪子さん(前田透氏の奥様)であったことに、後になって気付きました。その日の会の中で前田透氏から、角宮悦子さんの短歌についてどう思うか訊ねられて不思議に思いました。わたしは角宮悦子さんの短歌を当時の「詩歌」の歌の中でも別格に美しいと思っており、灰色の背景の中に深紅の花が咲いているようなそんな印象を持っていたので、気持ちを表明できるのが嬉しくてそのままに答えました。お菓子のつつみが配られ、お茶が配られ、なごやかな会でした。わたしは、ショートカットでメガネをかけ、ジーパン姿で男の子のようだったので、女性らしいブーツをはいた井辻さんがわたしの隣で真っ直ぐにお菓子に手を伸ばしているのが、非常にきれいで羨ましかったのも妙に鮮明に覚えています。歌会へはその時行ったきりで、あとは、作品を提出するだけになりました。やがてわたしは体調を崩し、下関へ帰省して下関から作品を出すようになりました。そのうち井辻さんからも次第に遠のき、やがて交流はまったく途絶え、わたしはその後詩に専念しました。時が経ち、短歌結社「詩歌」は前田透氏が不慮の事故で亡くなられたことで解散しました。井辻さんは前田透氏亡きあと短歌同人誌「かばん」を立ち上げられ、そこから、穂村弘さんや東直子さん、山崎郁子さんといった方たちが出ました。(山崎郁子さんは穂村弘氏の最初の歌集の編集者でもあります)わたしも28歳の時に「短歌研究」新人賞に挑戦して次席になり(「短歌研究」新人賞は、当時、次席受賞者が活躍するというジンクスがあり実は私は投稿時に次席になるよう願を掛けました。願いは届きました。)、短歌結社「未来」(岡井隆欄)を経た後現在はどこにも所属せず、ふわふわと短歌を書いています。が、井辻さんとの出会いがなかったなら、多分、わたしは何ひとつ書いていなかっただろうと思います。
 「短歌ヴァーサス」10号では、歌人としての井辻朱美のことが主に書かれていますが、詩人としての井辻朱美もあり、ファンタジー翻訳者としての井辻朱美もあります。寺山修司が編集していた「あなたの詩集シリーズ」に草薙汐美という名前で作品を出し続けていたのも彼女でした。(『詩を書く東大生』という寺山の言葉が毎号くっついていました)わたしにとっては、常に目の前を走っている非常に近い先輩という感覚。そしてわたしにとって、どこか未だに「詩歌」と「水の中のフリュート」の井辻朱美さんなのですが、彼女のことをよく知らない方は、どうぞ、ヴァーサス10号で、確認してみて下さい。また、ヴァーサスのみにとどまらず、彼女の手がけた翻訳本も確かめてみて下さい。ちなみに哲学者の黒崎政男氏は井辻さんのパートナーです。調べてみて下さい。あなたの世界が必ずひろがりますから。(了)

*****

〔K美術館・館長雑録:2007年1月9日(火)〕
http://web.thn.jp/kbi/zatu7011.htm

 霜柱サクサク~壮麗な落日。冬の一日。
 詩人・歌人の早坂類さんの8日のブログに心が騒いだ。短歌の角宮悦子と井辻朱美を取り上げている。角宮悦子という歌人をどれほどの人が知っているだろう。そのごく少数に早坂類さんがいたとは。そういえば、早坂さんとは二十年ほど手紙メール電話で連絡しているけど一度も会ったことがない。角宮、井辻は本を読んだだけ。自宅からここへ持ってきたのは角宮悦子歌集「ある緩徐調」短歌新聞社1974年と井辻朱美歌集「地球追放」沖積舎1982年の二冊。
 処女歌集「ある緩徐調」は、以下の歌を読みたくて買った。

  純白のトックりセーター着て行くはひそかにイブの血を隠すため

  のけ者にされつつ空にみとれゐし鉄棒に逆さの少女期のわれ

  抱へたる薊に刺されて乳房あり告白するときめてはをらぬ

 二十代、歌集を手に愛唱止まなかった歌々だ。

 これらの歌は「短歌研究」昭和34年9月号の新人賞候補作だったと思うのだけど他の歌、

  真二つに割りし林檎は血をもたず唐突にわれは嫉ましくなる

  満天の星ひびき合ひわがための鎖となりて落ち来る怖れ

 はこの歌集に収録されていないようだ。うーん、残念。

  「地球追放」はその題名で買った。中井英夫の詩「地球追放」からとったのでは、と思った。

  風ふけば輪廻の鎖揺るるごと羊水の中の青き堕天使

 昼食後のお散歩でブックオフ長泉店へ行く途中、車から声をかけられる。飯を食おうと誘うので付き合う。それから二人でそばのブックオフへ。彼は久しぶりのお買いもの。1905円も。私は手ぶら。ポイントカードを持っていない彼は代金を置いてすたこら。すかさずカードを差し出すワタクシ。100円券ゲット。

 聞いたことのない旅行会社から電話。サイトを観ました、バス旅行で寄りたい、無料なんですね、バス停められますか。運転手が良ければ。きょうも内田公雄だからか無料だからか老若男女いろんな人が来る。拙ブログを読んでいる若い女性も来館。いやあ、こんなオジサンが恥を書き捨ててます、はい。(了)

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〔雑記帳210 2007/2/24〕
http://homepage3.nifty.com/hiro1961/etc/zakkicho21.html#z210

* この街の抜けみち裏みちかくれんぼお墓にみんないつてしまつた  角宮悦子
* 忘れもの取りにもどりぬ煎餅をいまも焼いてるゆふやけ小路(こうぢ)
* 人はみなそしらぬかほにすぎゆけり擦れ違ひつつ泣きたいやうな

 歌誌「はな」第125号(2007年2月)の角宮悦子さんの作品「羽子板市」10首から引きました。
 角宮さんは私と同じ横浜在住の歌人。年に何度か会合でお会いしますが、いつもやわらかな笑顔でおられます。そんな角宮さんらしい作品だと思います。
 しかし、単にやわらかなだけでなく、こまやかに組み立てられたことばたちです。たとえば一首め。「みんなお墓に」ではなく「お墓にみんな」なのです。前者であれば、散文的なつぶやきでしかありませんが、後者であるから一首が作品として成立する。この違いをさりげなく置くのが角宮さんなのだと思います。(了)
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