BBの覚醒記録 

無知から覚醒に至る一つの記録です。「是々非々」がモットーで必要なら、
支持する政治家や弥栄を願う皇室への批判も厭わず。

個人「明仁」と「天皇」と立て分けねばならない時代

2018-01-21 08:04:21 | 皇室問題

 

 

皇室を浄化、本来の皇室に立ち戻るべきと思う方は、
ポチ参加で意思を表明してください。

 

こうも天皇の恣意で、憲法までもが犯される平成というこの異常災害の多い
時代、 「天皇は犯すべからざる神聖な存在」であるというあらまほしき伝説は
すでに瓦解しています。

大日本帝国憲法 第三条

『第三條 天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス』

が成立していたのは、言わずもがな天皇とは日本という国体と民を守るもの、という
不文律が前提にあってのこと。そのために、ふさわしい帝王学が幼児期より厳しく仕込まれたわけです。
だが、敗戦を機に皇太子時代の今上には、戦勝国側の家庭教師という名の洗脳係が
張り付き、そのかたわらGHQ側からは少年にとっては、えげつないほどの恫喝。
もともと偏差値のさして高くもない学習院を落第する程度の頭脳のお方、
GHQの狙い通り、「立派な」左翼運動家としてお育ちです。

そこへ更にGHQと癒着していた正田家から、そこの娘の入内でこの娘も
自虐史観左翼。

一つの作戦として、当分の間書くのにさして時間のかからぬ記事を必死で多連発することに
したので、天皇無謬説へのカウンターとしての記事を書くほどのゆとりがなく
定住の読者さまにお願いしたら、小論文が仕上がって来たので掲載させて
頂きます。(文字強調はBB の恣意による。グリーンはBBの個人的感想なので、必ずしもらむ子さまの
ご意見を代行するものではないかもしれません)

...........以下、コメ欄より転載の小論文です。 小論文とは失礼な言い方かもしれない、立派な著作だと思います。熟読のほどお願いします。

 

 

神聖にして侵すべからずの天皇は、人としての◯仁さんの事ではありません ⑴ 

(らむ子)2018-01-20 01:38:42

 

BB様、やっと書けました😅 長いし遅いし。使えるか心配です。3篇に分けます。付録に無法地帯の平成皇室 これをコメするか?冗長か?

BB 「平成になりチェック機能を喪失してた皇室」は、文字通り「無法地帯」です。
天皇を盲目崇拝するのは、新興宗教の教祖並みにむしろ天皇を引きずり落とすこと、金正日を崇め奉るのと
同次元です。

 


左翼リベラル派や女性宮家推進派は、皇室破壊を目指しての工作で、天皇無謬なんてはなから思っていやしませんからここでは論じないとして。

保守派の「天皇無謬の論拠」は、大日本帝国憲法『天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス』では?
ここで恐れ多いと思考停止されているように思います。

 

BB 「無謬」の本来の意味は、周りでその言動を洗い抜き、取捨選択した上での行動であり、言説だから
「無謬」なのです。現代のように、皇后陛下に操られるままの天皇が恣意で・・・・感情や、自らの自虐史観に則った個人レベルのお考え表明や行動は、無謬ではあり得ません。

天皇のお考え「大御心」は全て正しいものなのか?
天皇の話す事は全て「詔勅」として「承詔必謹」と従うべきものなのか?
天皇は訴追懲戒の埒外で、法律を超越しているから、守らなくても極悪非道でも良いのか?

記紀を始めとする歴史書や研究。法制での天皇皇族の扱いを調べてみました。


【大御心・天皇の私心】

天皇にも「私心」が有るが。天皇は皇統継承という大事に対する自身の意向を臣下は無論、皇子達にもあからさまにすることは無く。一個人の恣意に依る事を戒め、私情を超えた高次の道理を尋ねる自覚を持つ存在である事と。
「大御心」といえども、結局更に上の次元から働く摂理の示す方向は変えられないと示すエピソードが、「古事記」の応神天皇の巻に有ります。
またこれは「おおみこころ」の言葉が歴史的に初出した文章でした。

小堀桂一郎さんが別冊正論No.14に寄せた記事の中で紹介され、上記の理を述べていらっしゃいます。物語を要約すると…
…………………………………………………………………………………………………………………………
登場人物は、応神天皇と、その第二皇子大山守命、第四皇子大雀命、この二人より遥かに若い宇遅能和紀郎子。

応神天皇は内心、一番若い宇遅能和紀郎子に皇統を継がせたかった。
だが年長の王子達の思惑も考慮せねばと、大山守命と大雀命に「汝らは年上の子と年下の子とではどちらが可愛いか。」と暗示的謎として尋ねられた。
大山守命は正直に「兄の方が可愛いです。」と答えた。
一方大雀命は、応神天皇は宇遅能和紀郎子が意中にあると思い、天皇が安心するよう「上の子はそれだけ経験を積んでいますから放っておいても安心ですが、まだ幼い子はその点が心配で、より可愛いものです。」とこれまた間接的言葉で答えた。
応神天皇は喜び安心し、宇遅能和紀郎子を次代と定め、大雀命を後見する宰相とし、大山守命は山野の部民の統帥に就かせた。

応神天皇が崩御され宇遅能和紀郎子が即位する段になり、宇遅能和紀郎子は兄の大雀命こそ皇位つかれるべきだと「昆上而李下」の道理(=「夫昆上而季下聖君而愚臣古今之常典焉」皇位継承は「兄=聖君、弟=愚臣」と見做すルールで進めるとの宣言。末子相続から長子相続に切り替えた。)を主張し登極せず。大雀命は御遺詔を守って弟の即位を促し譲らず、こうしたやりとりが続き3年間空位にあった。宇遅能和紀郎子がこれでは人民が困惑すると遂に自死され(日本書紀による)、已むを得ず大雀命が即位し、今も名高い仁徳天皇となられた。

ご参考 : 古事記をそのまま読む 様より(原文と現代語訳と解説があります)
中つ巻(応神天皇6)応神天皇崩御後の皇子達の話
h ttp://himiko-y.com/scrp1/kojiki-37.html
…………………………………………………………………………………………………………………………

「美智子はやはり皇太子の系譜に皇統を継がせたいと申しているんですよ。」とごく親しい人に内々にと、皇位継承への「私心」を軽々と口外されてはいけないという事ですよね。

さらに小堀さんは、この不文の禁忌を侵して天皇が『私意』を押し通したために禍を招いた例に、後醍醐天皇を挙げられています。

新井白石が「讀史餘論」の中で「朕が新義は未来の先例たるべしと、新たなる勅裁、漸漸聞りえり」あら某女帝そっくり。「綸言朝に変じ、夕に改り」こういう上司だと組織が疲弊する。その行いを淡々と記述し、最後に「按ずるに後醍醐不徳にておはしけれども、北条が代のほろぶべき時にあはせ給いしかど、やがて又天下みだれて、ついに南山にのがれ給き。」「然れども終に運祚のひらけ給ふことなかりしは、皆是創業の御不徳によりて、天のくみし給わぬなるべし」と厳しく天皇が国政に私情を反映した事が誤りで『不徳』と言い放ち。これでまた武家に支配されることになってしまったじゃないの!と。



良き例として応神天皇から仁徳天皇への継承を。
悪い例として後醍醐天皇を挙げました。
恣意的であってはいけない。私心をあからさまに表に出してはならない という不文律が天皇にはある事がわかりました。

 

 

神聖にして侵すべからずの天皇は、人としての◯仁さんの事ではありません ⑵ (らむ子)
2018-01-20 01:42:49
 
 
【承詔必謹・詔勅】

ところで、天皇陛下のお言葉は全て正しく。NHK放映のお言葉を「詔勅」と呼んで有り難がったり。「承詔必謹」だから譲位して頂くのが良き事だとする方がいらっしゃいますが。

「詔勅」と認められるには大変なプロセスがありました。
以下、チャンネル桜【討論】皇室・皇統を考える[桜H29/1/21]での、学者の藤森馨さん、新田均さん等のお話の要約です。

「承詔必勤」とは、その時々の天皇が言った言葉が「詔」ではなく。充分に臣下の間で練って練ってできあがった言葉が「詔」となり、 それに従うといっています。聖徳太子が書いた時は血で血を洗う争いがあった時代でした。その武力闘争で主張するところから、天皇と臣下が十分知恵を出し合い。決めたならこれに皆で沿っていこうという決意でした。

昔は太政官の会議で駄目が出れば戻されて出せず。それを繰り返し、全員の認可の署名を貰って漸く「詔」と認められ発表できました。
まず、天皇が御意志を持つ。それを中務省の内記が文章化する。中務卿、中務大輔、中務少輔などが署名して陛下に戻す。これは律令に依る(養老・大宝など)。天皇は、良ければ御画日・御画可即ち日付と「可」の文字を入れる。それで太政官に送る。そこで太政大臣以下の今で言えば閣僚に回され、修正がなければ認可の署名を貰う。そして陛下に戻される。

このプロセスを経るのは、まずいところを指摘する事を前提にしており、
『天皇の恣意的な言動を抑える為のもの』で。公になるまで簡単ではありませんでした。
天皇が仰る事と角度を変え、異なることを考えに考え検討した上でお返しし、詔となる。
この体制が戦前まで続きました。
そして戦後はこのような詔は一度も出た事がなく。それは日本憲法下では国政に関わる権利を有しない為かもしれません。(以上要約終わり)

ところで今上陛下の今回のお言葉は、内容を全会一致で閣議決定して発表になりましたか?
放送前に原稿を官邸に見せ、官邸が法に触れる部分の修正を指摘したそうですが。日本国憲法第三条の内閣の助言を受けた形を作りたかったのでしょう。官邸抜きで宮内庁とNHKで放送を決めてしまったのに…

 

 

 

神聖にして侵すべからずの天皇は、人としての◯仁さんの事ではありません⑶ (らむ子)
2018-01-20 01:43:56
 
 
【天皇、皇族は懲罰を受けるのか】

●江戸時代まで〜朝廷内や幕府により天皇も処罰され、天皇も対象とした法令も設けられました。

BB様が記事に、流刑に処せられた天皇を6例挙げられています。後醍醐天皇もです。
江戸初期に徳川幕府は禁中並公家諸法度を発令し、天皇も対象にとしました。

●明治から戦前まで〜皇族は皇室典範に訴訟懲戒が示され、天皇にはありません。

明治から戦前の法制に於いては、天皇への訴追は法令に無く。一方、皇室典範 第十条に皇族は国民からの民事訴追を受けること。大日本帝国憲法により、宮内庁に懲罰審議組織(宗秩寮審議会)を置き、皇族の不行状に対する罰則を審議することとしました。天皇は皇族の監督をする立場で、懲罰の宣告が明文化されていました。但し、裁判することも勅許の元。審判も勅裁としていました。

ということは、天皇は皇族の長として最も模範をしめすべき存在で。大日本帝国憲法 第三条『天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス』と示されますが。伊藤博文の「憲法義解」の第三条解説に。「君主は言うまでもなく法律を敬い重んじなければならない。」そして法律を敬い重んじる君主に対し「法律は君主を責問する力は持っていない。」と示されています。『天皇』とは当然法を敬い重んじるものであって。逆に法律を軽んじ守らない天皇は、前提条件に於いて侵すべからざる天皇から逸脱します。もしそうなってしまい悪影響大なら、昔の天皇のように何らかの責めを受ける可能性は有るとも考えられます。
法律の埒外と言えども、天皇になったら何しても罰せられないと思ってはいけないのでしょう。

さらに嘗ては、言うべきことは身を挺して諫言する忠臣がいました
松平慶民氏は皇族や華族を問題有ればビシバシ問責し、宗秩寮審議会の長も務めて「閻魔大王」と言われ、その働きを昭和天皇は讃えられました。
天皇自身も幼き時から親元を離れ、あらまほしき天皇となるようz養育されました。

●戦後以降〜 皇族、天皇共に訴訟懲戒の法律は明文化されていません。

戦後、明文化された皇室典範の「皇族訴訟及懲戒」、宮内庁から「宗秩寮審議会」が消えて懲罰審議機構が無くなりました。また、天皇が皇族を監督する条文も消えました。

皇室典範 第二十一条と、国事行為の臨時代行に関する法律 (訴追の制限)第六条 に、
摂政や天皇の国事行為の臨時代行者は、その任にある時は訴追されず。このために国民の訴追の権利は害されないこと。これしか法令で定められていません。

一方前提として、天皇である限り訴追されないこと。他の皇族は訴追されることが行間に示されていると言えます。

あまりに当たり前のことは条文にしないという事があります。不文律というものです。
明治の大日本帝国憲法を定める時。その第二条 『皇位は皇室典範の定むる所に依り皇男子孫之を継承す』という条文に、男子一系なのは当たり前なのだから、「男子」と入れなくて良いという意見が明治21年5月28日の枢密院の会議で出ました。でも伊藤博文は、男系の文字を削れば、将来皇位継承法に女系も取り入れるようになり、上代の先祖から伝えられた常に守るべき掟に背く事になる。と答え、これを退けました。

目下、明記されていても変えようとされている程で、伊藤博文の先見の明には感嘆させられます。

ですから、旧皇室典範の第十条 訴訟及懲戒は残されるべきだったと思います
天皇が法により責問されない。これが、宮内庁や捜査機関に忖度されて、どうも皇族にまで解釈が広げられているように見えます。ヤフオク事件を不問にするなど…

これもGHQの戦略でしょうか。皇室内の腐敗が放置され、自滅するようにとの。
 
 
 
BB そうですね、もともと正田美智子さんがGHQ由来のトロイの木馬でした。皇室破壊のカトリックとGHQ左翼史観の娘の仕込みの後は、絵に描いたような自虐売国史観小和田恒の娘の入内で、こちらは創価。
いえ、小和田の場合は「自虐」ではないですね。出自が半島(おそらく北)なので。

 

 

 

らむ子さま (BB)
2018-01-20 10:53:55
近いうち アップさせて頂きます。



ありがとうございます。

 

 

 

BB様 (らむ子)
2018-01-20 13:10:31
 
ありがとうございます。

ちょっとツッコミが甘かったかな?と。

>放送前に原稿を官邸に見せ、官邸が法に触れる部分の修正を指摘したそうですが。日本国憲法第三条の内閣の助言を受けた形を作りたかったのでしょう。官邸抜きで宮内庁とNHKで放送を決めてしまったのに…

この部分など…
内閣の助言受けたよ!とアリバイ作りしたんでしょ。勝手に宮内庁とNHKで放送を決めてしまっといて🔥😤🔥
官邸が、憲法違反になるから兎に角ウチに見せて〜と頼み込んだのかもしれませんよね。

 

・・・・・・・・・・小論文はここまでですが、同じ読者さまによるこのコメントも有効であろうかと、これも
転載させて頂きます。↓

 BB様、申し訳ありません。学習中です。 (らむ子)

2018-01-18 01:12:55

 

BB様仰る、
>天皇無謬説を嗤う、という記事にはどれをコピペして末尾に於けばいいのか、また置いてもいいのか

どれを?と仰られると思いつつ、あーだこーだとコメントをチミチミ書きながら学習中で。
これでドンピシャ一発というコメントは未だ出来ていません。🙇🏻‍♀️💦


ひげ坊主様仰るところの…
>「天皇という『存在』は無謬である。
しかし、『器』としての天皇は、ただの人間である。飯を食い、糞を垂れ、性交もする存在。犯罪もなすかもしれない」。

これ❣️これなんですよ〜〜

仏教の言葉を借りれば、お釈迦様の法身と色身のような。悟りの境地にある身と人としての肉体を背負った身の区別。

BB 報身(悟りの本体)と色身(肉体)とに立て分けて、天皇という存在を端的に示されました。
報身のほうの側面が「天皇無謬であり神聖にして侵すべからず」領域であり、色身が「天皇、屁もすりゃ糞もする」の部分ですね。
色身が目を背けるほど、あられもなく前面に出てきたのが平成という時代です。


天皇というのは、公に言葉を発するにしても、大勢の官吏の推敲と承認を経るもので、天皇の身位にある◯仁さん個人を超えた、国家の意思に磨き上げられてのものだったし
二つの身の極端な乖離が無いように、神々の御心を受け止められるだけの器を作り、そう見えるよう周囲が育て支え本物にしていった(浜尾さんがナルちゃんを育てたように。でも結婚後劣化して元の木阿弥。)。
天皇は祭祀に努め、祈りを磨き上げて神々の意志を一心に受け止め、天皇たらんとされていた。そうした謙虚な存在だったと思うのですよ。

だから、昔は皇族…もっと昔は天皇も、道を踏み外さないよう厳しく躾られ、長じても監視されていたし、行き過ぎたら外され罰せられていた

でも、明治維新以降、天皇は神聖にして侵すべからず。と難しい言い回しを伊藤博文が憲法に入れた為か、一般ピーポーの中で、そそっかしい人はここだけどう鵜呑みにしたのやら、全知全能完全無欠の西洋風の創造主みたいな神さまが地上に降りて来たように思い込み。天皇カルト信者になっちゃった❗️

…という事なのか?

そそっかしい人と言いましたが。
はっきり言って依存的で安易さを好み、アイデンティティーの確立が今一つの人がカルトに引っかかり易い傾向にあります。思考停止出来て楽なんでしょうね。

BB そうです。無条件にひれ伏す人々の思考形態と感性は、新興宗教やオームに盲目的に従った人々の、
レベルです。自我の放棄が結局、ラクなのです。アイデンティティの放棄。



何を仰っても、全て正しいとか。
憲法違反生前退位電波ジャックを、「詔勅」なんて言って有り難がったり。

 

BB まず盲信ありきだと、詔勅の定義すら置き去りなんですよね。



チャンネル桜の討論で、学者さん達が言っていたけれど。
先に述べたように。昔は「詔勅」とするには、物凄い人数の官僚のチェックと論議を通過して、太政官だったか何人ものお墨付きを付けて何度も行ったり来たりしてようやっと…でしたよね。決して天皇の生の声ではなく、国家として出せる文言にして発表されるものを「詔勅」と言ったわけで。

伊藤博文の「憲法義解」の第三条の解説における「天皇」は、「天皇位」を指していますよね。法身としての天皇の話をしている。

その前に『第一条 大日本帝国は万世一系の天皇之を統治す』が有ります。憲法義解に…
『(一部抜粋)いわゆる「しらす」とはすなわち統治の意味に他ならない。思うに、歴代天皇はその天から命じられた職務として重んじ、君主の徳は八州の臣民を統治するためにあって、一人一家に奉仕する私事ではないことを示された。これは、この憲法の拠りどころであり、基礎とするところである。』
と、天皇の在り方を述べています。

皇后の言いなりで、ベタベタくっついてご鑑賞に励み、「美智子はやはり皇太子の系譜に皇統を継がせたいと申しているんです」なんて言う人は天皇ではないという事です

第三条の解説でも、君主は言うまでもなく法律を敬い重んじなければならない。と言っています。
憲法に定められた摂政は嫌だ。天皇辞めるんだ!と憲法違反しちゃいけないんです
法律を敬い重んじる君主に対し、「法律は君主を責問する力は持っていない。」ということ。
法律守らない天皇は、前提条件に於いて侵すべからざる存在に値しない。となりませんか?

BB このロジックが通じない層が、相当あるでしょうね・・・・・。


『天皇無謬の論拠を突き崩す』というテーマ・・で、指摘するとすれば。

先ずは、この大日本帝国憲法の『天皇ハ神聖ニシテ侵スヘカラス』の解釈辺り。

戦後からは、GHQが仕込んだとおりに皇室の自浄機能が失われ、宮内庁職員と皇后の皇室改悪が進み、ご自愛リベラル一直線。
それをよく見ようともせず、相変わらず条件反射的に有り難がたがっている国民。

・・・・・・・・・・・・転載はここまで

 

らむ子さま、ありがとうございました。

BBのコメント他、不本意な箇所があれば 訂正致します。

  

「天皇無謬説」の幻想を嗤う

 

2018-01-16 14:00:31 | 売国奴
 
以下はアクセスレポートです。ご協力に感謝します。

◆1月20日のアクセス数

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↑ これ勝手にこの分野に移動させられてたのですが、4千ブログ中で1位だった
前の状況と、今回のわずか1087ブログ内のトップの違いが全く
解らずいます。ブログ村って「動かせられた」って、割に聞くのですが、意味が
解りません。BBがそれほど、場違いのエントリーをしてましたっけ?

 

コメ欄 Unknownは読まぬまま、削除しています。

記名漏れを避けるためにも、タイトルをおつけください。

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コメント (13)   この記事についてブログを書く
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13 コメント

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誤字修正 (おら)
2018-01-21 11:12:10
すみません、タイトルが「個人『裕仁』と…」となっていますが、記事では今上陛下のことを書いていらっしゃるので、「個人『明仁』と…」が正しいのではないでしょうか。
後醍醐天皇 (裕文)
2018-01-21 11:24:43
BB様

まだ、半年ほどですが、毎日、勉強させて頂いており、更新を楽しみにしています。

後醍醐天皇は南朝のあった吉野山で崩御されました。
古文は苦手なのですが、南山というのは吉野山のことかなと思います。
そうすると、結びの隠岐の島とはつながらないように思えるのですが。
いかがでしょうか?

コメントを掲示していただくほどの内容ではないので、ご覧いただくだけということで、お済まし下さい。
先週は5位でした。 (みぃ)
2018-01-21 14:12:00
政治ブログランキングにおいて先週は、ずっと5位をキープしていました。


著作があったり自身が議員であったりなど、著名な保守系ブロガーと並んでの堂々上位ランキングです。


今上陛下は、端的に言えば『天皇としてのアイデンティティーが未熟なまま』天皇の地位にだけ就いた天皇だと思います。


元来天皇家の子育ては、獅子が子を谷底に突き落とす位の厳しいものだそうです。

孤独に耐え自らを厳しく律し、天皇として必要な帝王学と精神性を身に付ける為に、皇太子は幼少期に、親元から離され養育されます。


その事をアメリカ人家庭教師の洗脳もあるかもしれませんが、今上陛下の場合、自らを世界一孤独な生い立ちとして憐れみ、幸せな家庭を知るまでは死にきれないなどと言って、正田美智子さんとニューファミリー的な家庭を築くことを悲願のようにしてご成婚に至っています。

美智子さんの方も、孤独な皇太子を幸せにしてあげられるなら、皇室という伝統的な閉鎖的な世界にも自らを犠牲にしてまで嫁ぎます的なシンデレラストーリーを描きながらの入内でした。(今思えばこのストーリーの描き方こそキリスト教でよく称えられる自己犠牲の精神)



続き (みぃ)
2018-01-21 14:19:04

これって、要は高次の意識を獲得する為高僧が長年厳しい修行を行うのと同じで、天皇になる為の幼少からの厳しい精神修養の過程が天皇家の子育てのノウハウだったのに、その天皇家の子育ての意義を理解せず途中で修行に脱落したも同然の状態で、天皇としての高次元での精神性とアイデンティティー並びに天皇家の奥義を獲得できないまま、身分だけ天皇の地位を得たのが今上陛下ではないでしょうか。


だから平成の皇室は、明仁さんと美智子さんご一家に私物化されているような気がしてなりません。

皇統に関してもそうです。

それが丸分かりなのが東宮と雅子の暮らしぶりです。
国民が浄財でお支えする価値が見いだせないようなご一家です。
唯一の望みだった秋篠宮様もやはり甘い部分があるように感じました。

特に眞子様の件で。
眞子様の婚約会見でやたら個人としての自由を自ら何度も主張されていました。そんな貴方様とキム小室の為に一億超えの持参金とご結婚費用は国民の負担ですかね。


短期間での仮住まいの高輪邸を多額の税金で改装らしいですね。そんな改装の必要あります?仮住まいなのに。

後は、眞子様と無職のキム小室に住まわせる為かもです。女性宮家として朝鮮系キム小室一家を税金で食べさせていく為に。

BB様。裕文様。 (らむ子)
2018-01-21 14:29:09
BB様、拙コメをアップ頂き、感謝申し上げます。

僭越ながら、私も、おら様同様に貴記事のタイトル中の「裕仁」は「明仁」? と思ったのですが。

神聖にして侵すべからずと定められた戦前に立ち戻っても、あの立派な昭和天皇でも、天皇という身位にある天皇と、人の身を持った個人としての陛下は立て分けられていたのだ。という意味かな?とも思いました。

そもそも、昭和天皇の「人間宣言」とメディアが呼んだ詔書は、GHQに出せと言われたものであっても、側近の努力で昭和天皇の御意志の入ったものにし。ご自身では、明治天皇の五箇条のご誓文という立派な日本オリジナル民主主義がある。自信を持って皆で国を再建しようという意図のものだと、昭和30年代に御用邸に集まった記者達にお話されています。

昭和天皇が為されてきたのは。明治天皇の、それは五箇条のご誓文であり、大日本帝国憲法に支えられたもので、現人神というプロパガンダとは異なるものでした。

実際、戦争に走る状況にあっても。戦争に至らないように、天皇独自に英国に交渉をしていた形跡が英国のかつての機密文書に記録されていました(英国機密ファイルの昭和天皇 徳本英一郎著)


即ち…昭和天皇実録に…

詔書
《21.1.1実録》
朕と爾等国民との間の紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とに依りて結ばれ、
単なる神話と伝説とに依りて生ぜるものに非ず。
天皇を以て現御神とし、且日本国民を以て
他の民族に優越せる民族にして、
延て世界を支配すべき運命を有すとの架空なる観念に基くものにも非ず。(原文片仮名)

21.1.1実録
なお、天皇はこの詔書の目的について、
昭和52年8月23日、那須御用邸における宮内記者会とのお会いの中で、
五箇条の御誓文を国民に示すことが第一の目的であったとされ、
民主主義の精神は明治天皇の採用されたところであって、
決して輸入のものではないことを示し、
国民に誇りを忘れさせないように詔書を発せられた旨を御回想になる。


話は変わって。裕文様が仰るように、後醍醐天皇は吉野で崩御されましたが。
その前に、鎌倉幕府を倒そうとした事から隠岐の島に流されており。隠岐より脱出されたとのこと。

彼らの働きで鎌倉幕府は倒れましたが。でも、建武の新政が、天皇・公家しか中央に取り立てず、そうして応援した武士達をも蔑ろにするものでしたから不満が出て離反。足利尊氏等が蜂起します。側近が天皇に融和を諫言しますが聞き入れず、足利尊氏に負けて吉野に逃げ、南朝を建てるものの数年で病没されたと…

我を通すものだから、また武士に政権を取られ、新井白石は不徳の天皇と批判しました。

私の、
>結局、後醍醐天皇は島流しに……

の、「結局」という言葉がおかしいですよね。もとより我を張るので、島流しの憂き目に遭う天皇という事なのですが。足利尊氏と争って島流しになった意味に読めますね。



BB様。お手数おかけし大変恐縮ですが。
⑴の、新井白石の後醍醐天皇の評価の下にある以下の文を削除して頂けませんでしょうか?

>結局、後醍醐天皇は島流しに……

ありがとうございます。 (紫陽花)
2018-01-21 15:10:12
BBさま、らむ子さま

ありがとうございます。
いつも学ばせていただいております。
ぐうの音も出ないほど、全くの正論だと思います。

実は、週刊新潮の2017.11の記事で、
「安倍総理が蓋をしたい・・・美智子皇后の乱」というものがありまして、
官邸が1か月前に天皇陛下に面会してもらうルールを守ったにもかかわらず、
美智子さまが「私はトランプさんに会いたくない」「陛下を(トランプさんに)会わせてもいいものか」と漏らされた。というものがありました。
リテラも喜んで記事にしていますが、
https://www.excite.co.jp/News/society_g/20171123/Litera_3604.html

その内容を見る限り、今上陛下のスケジュール等々を握っているのは美智子さまと思われます。
果たして一介の民間人に皇室の意思決定権を握らせてはダメなんじゃないですか?
GHQの皇室典範にすら「摂政」があるのにそれも無視なんですから。
記事によれば、官邸と宮内庁も犬猿の仲のようですね。
今の皇室の異常さを拡散していきたいと思います。
ふたつの理由として (源治郎)
2018-01-21 16:56:17
BBさま

私も美智子皇后は何故ゆえに皇太子殿下と愛子さまを優遇後押しするのかということが、最近はいつも気になっていますが、真相はどうなのだろうかと思います。
もちろん美智子皇后がその理由をお話しになられないので、私達はそれを推測するしか術はないのですけれども、私の手前勝手な想像を一応書いてみます。
 
 1:皇太子(長男)の血統を後継として残したい
 2:秋篠宮さまのことが好きではない

当然ながら他にももっと理由は考えられますが、シンプルにするために二つの大まかな理由にしていみました。
私は皇室典範に逆らってまで美智子皇后がここまでなさるからには、それなりの理由が間違いなくあるはずであり、そう考える方が自然な考え方だと思います。
《1》であるとすると、皇室典範を変更してでも皇太子の血統にこだわることは、天皇即位の歴史から考えても、必ずしも皇太子が天皇になるのは当然としても、愛子さま女性であるために「皇位継承」は現状有り得ないことです。
当たり前のことですが、秋篠宮さまは次男で「悠仁」さまという男の子供がいるので、「皇位継承順位」から自然に皇太子さまの次は悠仁さまが皇位継承をすることになるのはなんの問題もありません。
それは長い天皇の歴史からいっても筋の通った決まりですから、これに反対してまで「皇太子の子供」に拘る理由が極めてミステリーであることは誰もが感じる疑問でしょう。

《2》という私独自の奇妙な理由ですが、おそらくはほとんどの方から却下されるものだと私も思っています。
私は以前にBBさんのブログコメントにおいて書かせていただきましたが、私の母が「徳仁さまと文仁さまは異母兄弟である」というような内容の会話を私が少年時に耳にしたので、極めて薄弱な理由ではありますがあえて理由としてあげた理由です。
もし所謂「腹違い」であるということであり、文仁さまの実母は美智子さまとは違うということであれば、これは得心のいくことで、自分の血筋を優先するという気持ちは皇后陛下という立場ではなくとも、一女性としてむしろ自然な感情だといえるでしょう。
秋篠宮さまは自分の公務について「公務は受け身のもの」という考え方を公に話されました。
皇太子さまは「時代に即した新しい公務」ということを50歳の誕生日に話されています。
つまり、皇太子さまと秋篠宮さまでは「公務」に対する考え方が「真逆」なのですね。
しかも皇太子さまの御発言の後に、それを受けるかたちで秋篠宮さまの御発言があったので、御兄弟間においてあまりいい関係状態ではないということが伺われます。
他にも秋篠宮さまによる皇太子さまへの色々な発言には、「抵抗」や「反対」の気持ちが入ったものがよく窺えるので、そうした兄弟関係の可能性は高いように思えます。

《1》については私でなくとも、他の方やBBさんの方が多くの情報や考え方を持たれているので、私が書くようなことは無いのですが、《2》という突拍子もない理由ではありますが、可能性として考えてみる価値はあるkとおなのかなと私は思っております。
BBさんさんは《2》についてどう思われるでしょうか?
皇民放棄。 (爺)
2018-01-21 17:03:56
大石主税良金享年16歳(元禄16年2月4日、切腹)。
主君の為に落命した偉人ですね。>逸話としても・・。

引き換え戦時中は疎開で逃げ回り、嫁は民間からなんて・・。

最後は疲れたから「譲位」?

全く皇民を冒涜する情けない存在ですな!
2つ前でご紹介のブログ (山芙蓉)
2018-01-21 18:08:41
このブロガーさん、システムエンジニアだと思うのですが、天皇陛下も「システムの一員」という観点から
「例外を持つ事なくお辛くとも役割を果たして頂きたかった」とし、次のように締めくくっています。

>『御意向である』事を理由にすると、思わぬ事態・・女系天皇や渡韓謝罪などが万が一発生した時に、矛盾が生じる。

>システムには、システムを運用するための厳格なルールがあり、突発的な例外を認めると思わぬ波紋が生まれ、想定外の場所に穴が生まれる隙が生じます。

>もし私が、我々が普段いる陣営と思っている陣営の人間でなく、対立している陣営の人間であれば、必ずその穴を狙う。

>そんな不安があります。

ttp://blog.livedoor.jp/japan_and_korea/archives/73278066.html

このブロガーさんのシステム論は一理あると思いますね。
昭和天皇 昭和21年元旦の詔書 (らむ子)
2018-01-21 22:27:09
BB様、修正頂きありがとうございました。🙇🏻‍♀️

前コメントで触れたメディアのいう「人間宣言」の原文の全文を貼らせていただきます。
読み易いように片仮名を平仮名に直しています。


ここに新年を迎う。かえりみれば明治天皇、明治のはじめに、国是として五箇条の御誓文(ごせいもん)を下し給(たま)えり。
いわく、
一、広く会議を興し、万機公論に決すべし。
一、上下心を一にして、盛んに経綸を行うべし。
一、官武一途庶民に至るまで、おのおのその志を遂げ、人心をして倦まざらしめんことを要す。
一、旧来の陋習(ろうしゅう:悪い習慣の事)を破り、天地の公道に基づくべし。
一、知識を世界に求め、おおいに皇基を振起すべし。
叡旨公明正大、また何をか加えん。朕は個々に誓い新たにして、国運を開かんと欲す。
すべからくこの御趣旨にのっとり、旧来の陋習を去り、民意を暢達し、官民挙げて平和主義に徹し、教養豊かに文化を築き、もって民生の向上をはかり、新日本を建設すべし。
大小都市のこうむりたる戦禍、罹災者の艱苦、産業の停頓、食糧の不足、失業者増加の趨勢等は、まことに心をいたましむるものあり。しかりといえども、わが国民が現在の試練に直面し、かつ徹頭徹尾文明を平和に求むるの決意固く、よくその結束をまっとうせば、ひとりわが国のみならず、全人類のために輝かしき前途の展開せらるることを疑わず。それ、家を愛する心と国を愛する心とは、わが国において特に熱烈なるを見る。いまや実に、この心を拡充し、人類愛の完成に向かい、献身的努力をいたすべきの時なり。
思うに長きにわたれる戦争の敗北に終わりたる結果、わが国民ばややもすれば焦燥に流れ、失意の淵に沈淪せんとするの傾きあり。詭激の風ようやく長じて、道義の念すこぶる衰え、ために思想混乱あるは、まことに深憂にたえず。しかれども、朕は汝ら国民とともにあり。常に利害を同じうし、休戚を分かたんと欲す。朕と汝ら国民との紐帯は、終始相互の信頼と敬愛とによりて結ばれ、単なる神話と伝説によりて生ぜるものにあらず。天皇をもって現御神とし、かつ日本国民をもって他の民族に優越せる民族として、ひいて世界を支配すべき使命を有すとの架空なる観念に基づくものにもあらず。
朕の政府は、国民の試練と苦難とを緩和せんがため、あらゆる施策と経営とに万全の方途を講ずべし。同時に朕は、わが国民が時難に決起し、当面の困苦克服のために、また産業および文運振典のために、勇往せんことを祈念す。
わが国民がその公民生活において団結し、あいより助け、寛容あい許すの気風を作典興するにおいては、よくわが至高の伝統に恥じざる真価を発揮するに至らん。かくのごときは、実にわが国民が人類の福祉と向上とのため、絶大なる貢献をなすゆえんなるを疑わざるなり。
一年の計は年頭にあり。朕は朕の信頼する国民が、朕とその心を一にして、みずから誓い、みずから励まし、もつてこの大業を成就せんことをこいねがう。
御名 御璽
昭和21年1月1日

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