言の葉収集

思ったこと、感じたこと、出逢ったこと
いろいろ気ままに書きたいと思っています。

貴ノ花(双子山親方)

2005-12-23 15:02:25 | Weblog
今日Yahooのニュースで、「二子山株、貴乃花親方に戻る」の見出し。
これでやっと一件落着なのだろうか?
忘れかけていたあの騒動が蘇った。

私にとって、双子山親方の死は、今年のショックなニュースのひとつであった。
当時、ブログを始めたら書こうと思って書いていた文章(下書き)が出てきたので、今日改めて投稿したいと思う。

二子山親方が逝ってしまった。
若貴兄弟横綱の父親として、また貴ノ浪、安芸ノ島、貴闘力ら
個性的な関取の親方としても有名な名伯楽である。
だが私が思い浮かぶのは、何と言っても現役時代の「貴ノ花」である。
細く小さい体であったが、強靭な足腰で驚異的な粘りを見せ、
最後の最後まで勝負をあきらめない「行事泣かせ」の異名を持つ関取であった。
晩年はサーカス相撲と揶揄され、攻められても攻められても、残しながら
丸い土俵を無限に使って粘りを見せる、「貴ノ花」にどれだけ気持ちを込めたことか。

ワイドショーのコメンテイターの女性が、こんなことを言っていた。
「貴ノ花という関取は、相撲をスポーツにした人です」。
違うと思う。むしろ逆である。時代を逆行した感がある。
貴ノ花は他のどの力士よりも、相撲を武道として伝えたのではないか。
対戦相手への尊敬の念、芸術的な四股、礼儀を重んじる数々の所作、
取組もさることながらその一挙手一投足が見事な関取であった。

相撲の世界では、稽古をつけてもらった番付上位の関取に、本場所で勝つことを
「恩返し」という。力をつけて勝つことが相手に対しての礼なのである。
また、倒れた相手に手を差し出すことは当たり前であり、
礼儀であり常識であった。
倒れた相手を尻目にコーナーポストによじ登り、観客に向かって吠えたりしないのである。
それら相撲の素晴らしさを貴ノ花から感じることができたのは私だけだろうか?

昨今は「格闘技」ばりの睨み合い、勝負が決まった後のダメ押し、相手に合わせようとせずに、技術を優先した立ち合いなど、これらは相撲の美を損なうものだと感じる。

メディアはこぞって若貴兄弟の確執を取り上げていたが、
もっと大きく彼の偉大な足跡を伝えてほしかった。残念でならない。

沢山の一般ファンも葬儀を見届けに来ていた。出棺の際に現役の四股名「貴ノ花ー」
と叫んだファンもいた。

インタビューで、こんな事を言っているファンがいた。
「会社が倒産して夜逃げをしようと思っていたとき、貴ノ花の相撲を思い出したんです。
あの小さい身体で、たとえ相手がどんなに強くても最後まであきらめずに一生懸命に相撲をとっている、それに比べて俺はなんだ、なんて弱いんだ。もう一回頑張ってみようと、必死になって困難を乗り超えることが出来ました。あの時貴ノ花がいなかったら今の私はありません。葬儀には顔を出すつもりです」

すごい相撲取りだった。合掌。

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