原石鼎

一枝の椿を見むと故郷に
 『頂上の石鼎』 深夜叢書刊
『二冊の鹿火屋ーー原石鼎の憧憬』 邑書林

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臘月や檻の狐の細り面    大正七年

2012年11月30日 | 11月・石鼎俳句鑑賞
 臘月が陰暦十二月の異称と知ったのは、俳句と出会ってからだった。臘月の臘と、蠟燭の蠟は、もちろん字が違うのだが、なぜか白蠟のあの質感、色、つやが、いつの頃からか十二月にふさわしいと思うようになった。蠟燭が一年をかけて燃え尽きる。そういう気持ちにも適うからだろう。それが掲句とどこかで響きあっているようにも思う。

 臘は、冬至の後の第三の戌の日(臘日)に行う祭のこと。それを臘祭といい、猟の獲物を先祖百神に供える。それでこの月を臘月というのだそうだ。
 臘日は十二月八日にもあたり臘八ともいう。釈迦が悟りを開いた日とされている。季語にもある臘八会が行われる日。それがひいては僧侶の出家後の年数、または年功を積んで得た地位や身分にも使われる漢字になったのであろう。
 臘は、臈とも書き、臈は臘の俗字でもある。

 狐の面を入口として入った空間を、そういうことを考えながら見渡していると、さまざまなことが見えてくるような気がする。そのさまざまなことは臘月という大いなる季節に包まれていて、しなやかさ、孤独さ、透明感に満ちている。冷たい空気の張りがあるが、霧のような乳白色の流れもある。生の衰えも感じられる。狐の面がまたくっきりと浮かんでくる。(有住洋子)
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