映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

玉川上水緑道

2009年08月10日 | その他
 以前なら1度に10㎞以上ジョギングしても疲れを覚えませんでした。ですがそのうち、走る度に太股の内側に痛みが走るようになり、自然と走ることから遠のいてしまいました。

 これといった運動もせずにいたところ、NHK番組「ためしてガッテン」(6月10日)で、スロージョギングの方が通常のジョギングよりも効果がヨリ高いのだ、との常識を覆す話が持ち出され、なんだこれなら足も痛まず健康にもプラスだし一挙両得ではないか、とランニングの再開を思い立ちました。
 とはいえ、今年は雨の日が多く、それにスローの方が効果的なのか半信半疑だったため、まだ愚図愚図していました。そうしたら、8月5日の同番組でも再度スロージョギングが取り上げられ、具体的に「(1)歩幅を小さく(2)音を小さく」 の2点を守るべしと言われ、一度ならず二度までも言うのならやってみようかと重い腰を上げることとしました。
 
 何しろ我が家の近くには、玉川上水緑道という格好のランニング・コースがあるのです。

 玉川上水は、多摩川の羽村取水堰のところから四谷大木戸まで全長約43㎞。そのうち、浅間橋(井の頭線富士見ヶ丘駅南方)から東の新宿へ向かう区間は、大体暗渠化されていますが、その西の多摩川へ向かう部分では、開渠になっていて、かつかなりのところに土の露出した緑道が設けられています。
 春から秋にかけて、繁茂する川岸の木々に沿って緑道を走るのは、何とも言えず爽快です(森林浴といえるでしょう!)。雨が降った後はぬかるんで大変なのは確かですが、とにかく、コンクリ―トで舗装された道に比べて膝に与える衝撃がずっと少ないのです。
 
 にもかかわらず、都の道路計画(放射5号線)によって、この素晴らしい道に変化が加えられようとしています。牟礼橋(人見街道と上水とが交叉するところ)から浅間橋までの約1.3㎞の区間に、片側30mで2車線の道路を建設しようというのです。

 尤も、計画によれば、車道と上水との間に遊歩道が設けられる予定です。ただ、それが土の露出した緑道になるとは思われず、たとえそうなったとしても、そこでウォーキングやジョギングをする人は、スグソバの車道を走る自動車の排気ガスをマトモに吸い込むことになるでしょう。ジョギングに最適のコースが、一転して劣悪なものになってしまいます(尤も、今回計画されている約1.3㎞の区間の内、兵庫橋から岩崎橋までは、以前から緑道部分が舗装されています)。
 そればかりか、自動車の排気ガスや騒音などは、川の土手の木々などにも大きな影響を与えるに違いありません(都の計画に反対する住民の動き等についてはこのブログを参照)。

 この計画は現在かなり進捗しており、上水両側の道路予定地に建てられていた家屋の大部分は撤去されてしまいました(マダ何軒かは残ってはいますが、時間の問題と思われます)。
 完成予定が平成24年度とされていますから、これから建設のピッチが上がるものと予想されます。

 東京都は、一方で、環境に配慮するために、ディーゼル車排ガス規制によって都心への車の乗り入れを規制していながら、他方で23区内に残る貴重な自然を破壊しようとしているのです。

 ところで、玉川上水は、今年生誕100年を迎えた太宰治が入水した川として有名です。ただ、それだけでなく、余り知られてはおりませんが、国文学者・金田一京助の手になる石碑が、今回の計画の中に入っている場所に据えられています。
 兵庫橋から上流へ50mほど行ったところの柵内にある小さな供養塔で、表に「水難者慰霊碑」とあり、昭和24年に投身した愛娘を含めた水難者の霊を慰めるために建てられています。石碑の裏面には、昭和27年に詠んだ歌「うれいなく さちかぎりなく あめのくにに さきそひいませ とわやすらかに」が刻まれているそうです(柵に阻まれて裏面を見ることが出来ません)。

 そんな文学的でもある玉川上水の自然破壊を憂えることもあるのでしょう、東大教授の松浦寿輝氏が、川の土手に住むクマネズミ一家を主人公とする小説『川の光』(中央公論新社、2007.7)を著しました(元は読売新聞に連載)。

 むろん、小説で重要な役割を与えられている川が「玉川上水」と名指されているわけではありません(小説の「あとがき」にも、「土地にも登場人物にもそっくりそのままのモデルがあるわけではありません」とあります)。
 ただ、表紙の見返しに描かれている地図の中で、北東から南西に走る「石見街道」とは「人見街道」を指していると思われますし、裏表紙の見返しの地図にある「木原公園」は「井の頭公園」でしょうし、駅の部分では川が地下に潜っていますが、これは三鷹駅の上水の現況とそっくりです。
 なにより、父親と2人の兄弟タータとチッチからなるクマネズミ一家が、長年住み慣れた川岸の巣穴から退去を余儀なくされるのは、東京都建設局が立てかけた看板に「放射※号線の建設に伴い、この川の暗渠化工事が9月※※日から始まります」と書いてあったことによるのです。

 とはいえ、舞台が玉川上水であるとしても、この小説で取り上げられている工事は、ずっと昔に行われた暗渠化工事であって、これから本格化する道路敷設工事ではありません。ですが、どちらの工事によっても、川を取り巻く貴重な自然が破壊され、それが付近の動物たちに様々な影響を与えるのは間違いないところです。

 この小説は、クマネズミ一家が「新天地を求め手川を上流に遡ってゆく冒険」を物語るのが主眼としても、その背後には、やはり人間による自然破壊を嘆く気持ちがあるものと考えます(「プロローグ」では、「年寄りネズミ」が、「人間は地面が欲しい。…だから川にふたをして、そのうえを地面に変えようってわけさ。烏滸の沙汰ってもんじゃあないか」、「とんでもないことをやるんだ。あいつらは」と嘆きます)。

 クマネズミ一家は、手に汗を握る波瀾万丈の冒険の末に、無事新しい巣穴を確保できて幸せな生活を営むことになります。一方、人間の生活の方はこれからどうなるのでしょうか?環境破壊は止められるのでしょうか?
 いうまでもなく、現状維持ばかり求めていては住民エゴになりかねません。多摩地域の住民のことにも配慮しなければならないでしょう。と言って、この貴重な玉川上水の景観はそのままにしておきたいし…、そんなアレコレを考えながらスロージョギングに励んでいるところです。

 なお、この小説に基づいたアニメが、6月20日にNHKで放送されました。

(画像は、玉川上水に架かる牟礼橋)


最新の画像もっと見る

2 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
おじゃまします。 (黒犬)
2009-08-14 07:40:23
はじめてコメントさせていただきます。
クマネズミさんの名前の由来と、その命名に対する想いの一端が垣間見えて、面白かったです。
どんなにきれいな遊歩道を作るとしても、あの冒険心を誘うような鬱蒼とした川の雰囲気を留めることはできないのでしょうね。
でも、松浦氏の小説のように、失われていくものたちの記憶を、大声を上げるのではなく、静かに保持することはできる気がします。
スロージョギングもそうですが、物事をゆっくりと感じることを心がけていきたいですね。
返信する
スロー・ライフ (クマネズミ)
2009-08-15 05:25:25
誠に適切なコメントに感謝します。

年齢を重ねてくると新陳代謝のスピードが遅くなるため、時間のスピードは変わらないままなのに、世の中の進行が早く感じられるようになる、と生物学者・福岡伸一氏が述べていますが(『動的平衡』)、逆にそうだからこそ“スロー”を十分意識して「物事をゆっくりと感じることを心がけていきたい」ものだと思います。
返信する

コメントを投稿