映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

草原の椅子

2013年03月13日 | 邦画(13年)
 『草原の椅子』を渋谷TOEIで見てきました。

(1)佐藤浩市が主演というので映画館に出かけたのですが、なかなかの出来栄えだと思いました。
 ただ、映画館の入りは悪く、平日の最終回とはいえ10名ほどでは、“邦画の隆盛”とはとても言えないお寒い状況ではないかと思いました。

 物語は、妻と別れ大学生の娘と二人で暮らしている50歳の遠間佐藤浩市)が主人公。



 彼は、取引先のカメラ販売店社長の富樫西村雅彦)と友人として付き合うことになります。



 その一方で、ひょんなことから縁のない子供・圭輔の面倒を見る羽目になり(注1)、さらには、陶磁器の店を出している女性・貴志子吉瀬美智子)と知り合うようになります(注2)。



 圭輔の養育で行き詰った時に、遠間は、富樫や貴志子、それに圭輔と一緒に、写真集で知ったパキスタンのフンザ(地球に残された最後の桃源郷とされているようです)を訪れることにします。
 さあ、そこで問題の解決を見い出せるでしょうか……?

 この映画の俳優陣は、やや野暮ったい感じの(それでいて頗る魅力的な)佐藤浩市(注3)が主役で、さらにはかなり風変りな俳優の西村雅彦(注4)とか38歳の吉瀬美智子(注5)が出演しているところからもわかるように、大層地味で、トンデモ女を演じる小池栄子(注6)の話を除いては、話自体も至極真面目、これでは映画が大衆受けしないのではという感じです。

 でも、遠間と貴志子はバツイチですし(注7)、富樫は浮気が妻にばれたりし、また圭輔はDVによって満足に口がきけないという設定(注8)になっているなど、今の世の中でよく見かける家族状況をふんだんに取り入れています。
 こういう現代的な視点は、現代の家族に焦点を当てていると称する『東京家族』では全く見られないもので、それだけでも本作を高く評価してあげたい気になります。

(2)とはいえ、様々の設定はいかにも現代的ながら(注9)、お話自体は随分と幻想的な(悪く言えば、おとぎ話的な)感じがします。
 色々な出来事がいちどきに遠間の周辺で起きたり、富樫の父親が、これまた『東京家族』ばりに瀬戸内海の島に住んでいたりというように(注10)。

 さらに、幻想性を増すのが、二つの写真(その一つは写真集ですが)です。
 一つは、瀬戸内海の島で撮影されたもので、野っ原に身障者用の椅子(注11)が置いてあるところを映した写真(これは、富樫の店に展示されています)。
 もう一つは、パキスタンのフンザを撮った写真集(AKIRA扮するプロの写真家が、現地に出かけて撮影してきたとされます)。

 前者の瀬戸内海の小島では、そこに連れて行ってもらった圭輔が、皆の愛情に包まれて言葉を発するようになりますし、後者のフンザは、その地を訪れることで、遠間たちは再出発をしようとするきっかけをつかむことになります。



 ただ実際には、そんな場所へ行ったからといって本当に何かが変わるわけのものでもないでしょう。特に、フンザの場合、いくらその地が桃源郷だとしても、遠巻きに眺めるだけで(写真を撮ったりするだけで)中に入り込まないのであれば、写真集を日本で見るのとあまり違いはないのではないでしょうか?

 でも、人が生きていく上で何か踏ん切りとなる出来事も必要でしょう。そうしたものを、こうした旅行や場所が象徴的に示しているとも考えられます(注12)。
 そんなこんなで、幻想的な物語なのではないかな、そして幻想的だからといって本作の出来栄えが悪いわけでもないのではないかな、と思ったところです。

(3)渡まち子氏は、「不器用な大人たちが傷ついた少年との出会いで新たな人生に踏み出す「草原の椅子」。桃源郷・フンザの映像が素晴らしい」として60点をつけています。



(注1)遠間の娘・弥生黒木華)のアルバイト先の店長〔妻(小池栄子)と離婚〕が世話していた4歳の圭輔(妻の連れ子とされています)を、短期間(店長の出張中)だからというので遠間が面倒を見ることになりますが。

(注2)遠間が、タクシーの窓からちらりと貴志子を見たのがきっかけです。

(注3)佐藤浩市については、『最後の忠臣蔵』についてのエントリの(1)で触れましたが、最近では『のぼうの城』における正木丹波守がよかったと思います。
 本作では、そのもっさりとしたところが、圭輔の養育に次第にのめり込んでしまう遠間に合っているように思われ、さらにその確かな演技力も相俟って、主役として本作の出来栄えを支えているなと思いました。

(注4)西村雅彦については、『Dear Heart』についてのエントリでも触れました。
 本作では、妻に石油をかけられてしまったり、突然遠間に「親友になって」と言い出したりするという富樫の役柄にぴったりの感じがしました。

(注5)吉瀬美智子については、最近では、『死刑台のエレベーター』での演技が印象的でした。
 本作では、和服にはやや背が高すぎるのかなという感じもしますが、思慮深く落ち着いた役柄を的確にこなしています。

(注6)小池栄子については、最近作としては、『グッモーエビアン』の先生役を見たばかりです。

(注7)遠間は、妻に男を作られて逃げられたことになっていますが、それ以前には彼がいろいろ浮気をしていたようです(このことは、妻のみならず、娘も気が付いていました)。
 また、貴志子は、旧家に嫁いだものの子供に恵まれず、不妊治療も失敗してその家に居づらくなって出たのだと遠間に話します。

(注8)母親(小池栄子)は双極性障害であり、満足に育児をしなかったようで、その影響をもろに圭輔が被ってしまいました。
 なお、この母親は、遠間が圭輔の面倒を見ていることが分かると、彼の会社までやってきて、涙を流しながら礼を述べつつ「近いうちに圭輔を引き取りに来る」と言いながらも、暫く経つと今度は遠間の家に乗り込み、「引き取ることはできない」と言いだし、挙句は、彼が風疹で寝込んでいたことが分かると、烈火のごとく怒りだして彼を打ちすえて家を飛び出ていきます(お中の胎児に悪影響があるとして)。
 こうした両極端を表す女性を、小池栄子は実に巧みに演じて素晴らしいなと思いました。

(注9)上記「注8」で触れたように、今まさに大流行を見ている「風疹」まで取り入れているのですから(この記事によれば、「過去5年間と比べて最悪のペースで流行している」とのこと)!
 とはいえ、遠間と貴志子とが付き合いだして暫くしてから、夜、それぞれの家で同じ写真集を見ながら同じラジオ番組で同じ曲(矢野顕子が歌う『中央線』)を聞くというのはどうでしょう。
 今時、普通の会社員(それも働き盛りの50代の)が夜ラジオ放送に耳を傾けるものなのか、甚だ疑問なのですが。
 ただこれも、頗る幻想的な本作故、二人の思いが一致していることを象徴するためのシーンとして、あえてラジオを持ってきたと考えられないこともありません。
 なにしろ、『中央線』の歌詞には、「今頃君は 流れ星くだいて 湯舟に浮かべて 僕を待っている」などといったフレーズが入っているのですから。

(注10)これで、富樫の父親が、富樫の住む大都会(大阪、あるいは東京)に様子を見に瀬戸内海の小島からやってくれば、第三の『東京物語』が作られることになるでしょう(特に、富樫を演じる西村雅彦は、『東京家族』において長男役を演じていることでもあり!)。

(注11)富樫の父親は、身障者一人一人の障害の特質に応じて一つ一つ椅子を手作りしているとされています。
 様々の問題も、その問題を抱える人それぞれごとに解決法も違ってくるのでしょう。
 ですから、フンザという桃源郷に出かけて行っても、この映画のようにそれぞれが抱える問題がいっぺんに解決するというのは、幻想的だと言わざるを得ないところです。
 でも、それが映画で描かれる“お話”というものではないかとも思われるところです。

(注12)たとえば、富樫は、フンザの長老が「正しいやり方を繰り返しなさい」などと当たり前のことを言ったのを踏み台にして、「東京から撤退すると決めた!」などと叫びます。
 でも、それは、以前から内心決めていたにもかかわらず、単に言い出せなかった事柄にすぎないのではないでしょうか?
 さらに、貴志子も、長老が言ったことなどによりながら、遠間に、一緒に圭輔の面倒をみようと言いますが、フンザへの旅に加わりたいと言った時には(あるいは、その前にも)、内心そう決めていたことではなかったかと思われます。
 二つの場合とも、はっきりと決めるための契機を探していただけのことであり、言ってみれば、どこであっても何であってもよかったのかもしれません。
 しかし、そう言ってしまっては身も蓋もありません。この映画を見る観客が、この映画の象徴的な雰囲気を感じ取ればそれでいいのではとも思えるところです。



★★★★☆



象のロケット:草原の椅子

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空想旅行? (milou)
2013-03-27 19:43:01
今日の1回目を見ましたが、そこそこ(50人ぐらい)入っていました。やはり客層は年齢が高く、おばさんたち中心でした。上映が始まる前のおしゃべりがうるさく嫌な予感がしたが幸い上映中は静かでした。

例によって前情報ゼロで見たが佐藤浩市が登場して、多分見るに堪えるだろうと期待した。あまり好きではない西村雅彦の下手な方言は嫌だったが、やはりあまり好きではない吉瀬美智子には好感が持てた(過去に4本見ているが初めてえくぼに気づいた)。

話としては子供を預かるきっかけ以外は普通ではないとは言えあり得なくもない話でまあ好感の持てた作品。そのマズイきっかけには目をつぶるべきかもしれないが、すでにカルト宗教にでも洗脳されているかのような非常識な論理で子供を押しつけるが、確か妻(好きな小池栄子)が出て行って2年たつはずだが、喜多川(嫌いな中村靖日)はその間子供をどうしていたのか、当然保育園に預けていたはずだが、であれば子供が昼間に父の職場(デパート?)に1人で訪ねてくるはずがない(父親が連れてきたのだった?)。そんな生活を2年も続けられたなら今回のような1週間の出張(??)でも対処できるはずだが実は父子家庭という状況を知っているはずの会社が1週間もの出張を命じるはずがない。そもそも今時外国ならいざしらず国内で1週間の出張など技術職でもなければあり得ないと思うが。

トガシカメラは現実はともかくカメラを愛する人に納得して買って貰いたい(中国人団体客は拒否する)という(父親同様に?)昔気質の“小さな”カメラ店のはず。ところがリストラ対象になりうる社員が10人いたという。ということは少なくとも30人以上は社員がいるような大きな店舗のはずだがそうは見えないし、あり得ない。

例によって些細なことだが、まず貴志子の店。最初は画廊だと思ったが普通の高級品(?)を扱う店。であれば遠間が初めて来店したとき黙って会釈ではなく“いらっしゃいませ”というはず。そして貴志子が店の名刺を渡すのは当然としても遠間が最初に名刺を渡すことはあり得ない。短期間に10万と18万の2回も(2回目など値段も知らず)買うという上客ではあるが(もちろん女に対する下心からならあり得るが)100万でも買ったのか、あるいは見ただけで値段が分かる目利きなのか(入門書を買う素人だったが)。

遠間は別れた妻と大学の同期だというがクラブ活動などでありうるのかもしれないが普通医学部は他の学部と場所そのものも違い出会う可能性は極めて少ないと思うのだが。

パキスタンに行ったとき。乗り合いバスかチャーターか不明だがバスの上にも車内にも大量の荷物があるから乗り合いバスのはずだが彼らが砂漠に降り立つときカメラ以外に何の荷物も持っていない(圭輔のぬいぐるみまで)。チャーターならバスに置いて来たことも考えられるが普通少なくとも女性は何らかのバッグを持つはず。何日滞在したか不明だが少なくとも3回は服が違いラストでは圭輔のみリュックを背負っていたが。
また圭輔に、あの山の上まで行き砂を取ってこいと言ったが、まさか遠くに見える山ではないはずだし、どこまで行くのか分からない。幻想的などと言う言葉にふさわしくないが、まるでパキスタンのシーンは現実ではないかのようにすら思える。そうだとすれば不自然な子供を預かるきっかけもすべてが現実ではないのかもしれない。
2回(写真とパキスタン)出てくる草原の椅子も“見た目は”広い草原のようだが実はちっぽけな空き地、というように見かけ(幻想)と現実のギャップがテーマなのでしょうか…

『愛・アムール』で水道のことを書いたが、この映画で遠間は植木に水をやり手元で水は止まるのに、わざわざ蛇口の方も閉めてくれた。
そうそう遠間が喜多川を訪ねたとき電気メーターの回転が異常に速かった。室内はゴミ屋敷のようにゴミ袋が積まれていたのに。恐らく中にスタッフがたくさん居たのでしょう。

確かに深夜(11時半)ラジオを聞く場面も不自然ですね。貴志子が1人店で聞くのはあり得るが時間的に不自然(しかもステレオに電源は入ってなかったはず)、遠間の方は枕元の机の上のポータブルだから(僕同様)睡眠薬代わりに聞く習慣があるかもしれない(電源は入っていた)。

なお僕はいつも映画を見ながらメモを取るのだが、この映画のようにメモの量が多いということは書くのは文句ばかりでも作品として語るに足りるという意味で評価しているからこそです。例えば続いてみた『ジャックと天空の巨人』など結構面白く楽しんだがメモは3行程度で語るほどのこともない。
Unknown (クマネズミ)
2013-03-27 21:03:44
「milou」さん、コメントをありがとうございます。
本作については、「書くのは文句ばかりでも作品として語るに足りるという意味で評価しているからこそ」とのことながら、いろいろ違和感をもたれたようですね。
クマネズミも、当初はこの作品に対して余り現実的ではないのではと思いました。ただ、制作者側は、むしろリアリティの追求はそこそこにして、中年が再度出発する姿を絵にしてみようとしたのではないか、それだったらこうしたゆるい作品もありなのかな、逆にその方がより効果的なのかな、と思えてきました。
なお、「milou」さんのご指摘の点については、例えば、次のように思いました。
・トガシカメラは、大阪が本店で東京は支店ではないでしょうか(富樫がフンザに行って決めたのも、「東京支店の閉鎖」ではないでしょうか)?大阪の店の規模は東京の店よりもズット大きいのではとも考えられます。
・遠間は、陶器については全くの初心者で、専ら「女に対する下心から」、訳も分からず陶器を購入してしまったものと思います。
・例えば東大とか北大の場合、医学部は他学部の大部分と同じキャンパスにあります。
・遠間が「わざわざ蛇口の方も閉め」たのは、ガスの元栓を閉めるのと同じ感覚ではないでしょうか?

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