映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

トランスフォーマー3

2011年08月27日 | 洋画(11年)
 『トランスフォーマー ダークサイド・ムーン』を吉祥寺で見てきました。

(1)映画の評判が大層よさそうなので、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』と同様、シリーズの他の作品は見ていないのですが、映画館に出かけてみました。

 物語の方は、邪悪なエイリアンが地球を乗っ取ろうと攻めてくるのを、主人公らの必死の闘いで撃退するという、マアお定まりの至極単純なストーリーに過ぎません。
 そのため、今回の映画は、第1作、第2作を受けての完結編ながら、これを単独で見ても、冒頭でこれまでの経緯を極く簡単にですが描いてくれていることもあって、舞台設定のあらましはスグに飲み込めます。




 もう少し映画の内容に近づくと、人類を支配しようとする邪悪なエイリアン(メガトロン)だけでなく、なぜか人類と共に彼らと闘ってくれる善良なエイリアン(オートボット)もいるという点が、このシリーズの特色でしょう。
 それに、エイリアンが、瞬時に車などに変形できる金属生命体であるのも、特異な点でしょう。とはいえ、ガンダムのモビルスーツに、車の部品が所狭しと貼り付いている感じの外形は、かなり滑稽です(といっても、これは部品を貼り付けているのではなく、エイリアンの体の各部が部品に変形しているのでしょう。そうでなければ、瞬時に車に変形できないでしょうから;注1)。



 それに、エイリアンは、善と悪のサイド共に英語が堪能でコミュニケーションに何の不自由もなく、また目に相当する部分を破壊されると視界が遮断されてしまう欠陥を持つなど、人間の単なる相似形でしかないという点も、ナンダかなあという気にさせます(エイリアンは遠い異星からやってくるのですから、本来なら思いもよらない姿形をしているのではないでしょうか。尤も、それでは映画のわかりやすさが犠牲になってしまうでしょうが!)。



 どうやら、エイリアンといいながら、実のところは、人類のうちの邪悪な者たちと善良な者たちの誇張された姿にすぎないように思えてきてしまいます(注2)。

 こうしたエイリアン達と絡むのが、主人公のサムシャイア・ラブーフ)です。
 サムは、大学を卒業して就活中ながら、会社社長ディランパトリック・デンプシー:実は邪悪なエイリアンと通じています)の秘書をしているカーリーロージー・ハンティントン=ホワイトリー)と恋愛関係にあるというわけです。
 サムは、一方で、恋人がディランに取られないように頑張らなくてはならず、他方で、上記のエイリアンの戦いに呑み込まれてもいきます。さらに、地方からサムの状況を見にきた両親も絡んできて、気の休まる暇もありません。



 サムの両親は、彼の窮状などそっちのけ、自分たちのことしか考えない実に愉快な存在なのですが、さらにまた、サムが就職することになる会社の副社長があのジョン・マルコヴィッツですから、サムの大変さはいや増すばかりです。
 なにしろ、この副社長は、常に新しいことを追求しなくてはならないなどと言いながらも、自分は、女性職員の実に些細なこと(自分が嫌いな色のジュースを飲んでいるなど)を見とがめてしまうような狭量な性格の持ち主なのですから!

 ですからこの映画は、トランスフォーマーに滑稽実を感じてしまうこともあり、全体としてコメディではないか、とも思えました(注3)。

 でも、この映画は筋立てというよりも、3Dを見てみたいということで出かけたもので、その点で言えば、3Dは昨年9月に見た『ヒックとドラゴン』以来ながら、専用メガネも随分と軽くなり、また画像自体も一段と見やすくもなり、悪くはないなと思いました。
 といっても、別にわざわざ3Dにせずとものストーリーだな、という感じがしてしまうのは相変わらずですが。

 なお、これまでに3Dは、『クリスマス・キャロル』と『カールじいさんの空飛ぶ家』や『アバター』を見ています。本来的には、IMAXを見るべきでしょう。ですが、そこまでお金をかけるのもいかがかと思え、実のところはIMAX方式の映画館まで行くのが遠くて大変なため、また別の機会としました。

 それでも、微細なところまで拘って作成されているCG画像の出来栄えは素晴らしく、おそらくこの一作を見れば、後1年くらいはSF物を見なくても済みそうだという気にはさせられます(昨年1月に見た『アバター』の時もそう思いました。なお、その後で見た『ヒックとドラゴン』は、何も3Dだからということで映画館に出かけたわけではありません)。

(2)上で、トランスフォーマーたちが、どうも人間のように見えてきてしまうと申しあげましたが、ソウ見てしまえば、この間の『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』でミュータントが活躍する世界までホンの一歩といえるでしょう。
 その映画においても、ミュータントが支配する地球を作ろうとするセバスチヤン・ショウたちと、人間と協力し合ってそれを阻止しようとするチャールズ・エグゼビアたちのミュータントたちが存在するのですから。
 おまけに、この映画で、人類の味方と思われたオートボットの司令官のセンチネルプライムが裏切る様は、『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』のエリック・レーンシたちを髣髴とさせるものがあります。センチネルプライムだったと思いますが、人間はオートボットのことを「機械めが」としか思っていない、といったような内容のことを言うわけで、それは、ミュータントたちが人間たちから受ける差別に悩むのと同じことのように思われます。

 そして、この映画と『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』との類似の極めつけは、両者にケネディ大統領の姿が映し出される点でしょう。前者にあっては、アポロ計画(人類の月面着陸)の推進者として、後者にあってはキューバ危機の当事者として。
 ただ、後者ではすべてニュース映画からの映像のところ、前者では、当初ニュース映画からの映像ながら、途中からなぜかソックリサンに代わるのです。こんなところで実話性にこだわっても意味がないように思えるものの、あるいはユーモア精神の表れと見るべきなのでしょうか?

 逆に、この映画と『X-MEN:ファースト・ジェネレーション』との相違点といったら、トランスフォーマーに「」の区別がなさそうな点でしょうか。ミュータントには、ミスティークといった魅力的なミュータントが登場しますが、戦闘員だからでしょうか、女性的な感じが漂うトランスフォーマーは見つかりません(注4)。
 でも、トランスフォーマーは、金属を身にまとうとはいえ生命体なのですから、「繁殖」は極めて重要な点であるはずです。この点はどうなっているのでしょうか?
 オートボットは、センチネルプライムに打ち勝ち人類の危機を救ったにせよ、このままでは次第にその数を減らすだけのことになってしまいます(メガトロンの軍団ディセプティコンには何体かやられているのですから、死を免れている存在ではないでしょう。としたら誕生だってありうるはずですが?)。(注5)

(3)渡まち子氏は、「シカゴの街が壊滅状態になり、悪の金属生命体が巨大ビルに巻きついて、建物をなぎ倒していくド迫力。3Dによる大がかりな破壊シーンが延々と続くのに、ほとんど眼が疲れないのだからお見事というしかない。2時間34分の驚異の映像体験。間違いなく料金の元が取れる」として65点をつけています。
 また、福本次郎氏も、「ラスト30分はスクリーン上で何が起きているかを正確に把握できないほど混沌としているが、それでも画面の隅々にまで神経の生き届いた表現力はCGの最新技術力の見本市のよう。このスケールの大きさが、他国やTVの追随を許さないハリウッドの底力なのだ」として50点をつけています。


(注1)「変形」→「transformation」→「転形」→「転形問題(transformation problem)」と連想が働くと、これはマルクスをもってしても解決できなかった難問なのですから、そんな簡単にエイリアンが自動車などに「変形」出来るわけがないとも思えるのですが!

(注2)アムロ達の地球連邦軍とシャアらのジオン公国軍とのモビルスーツによる戦いを連想すればいいのでしょうか。

(注3)さらには、すべてが片付いた後に、サムはカーリーに「どんなことでもするよ」と言うと、彼女は「私を離さないで」と言います。実際にどう喋っているのかは聞き取れなかったので、ここは想像でしかありませんが、もしかしたら、カズオイシグロの作品を原作とする映画『わたしを離さないで』の引用なのではないかとも思ってしまいました。
 ただ、その作品のパロディというには、もう少し検討する必要がありますが。でも、トランスフォーマー→ミュータント→クーロン人間という関係性を辿ることくらいはできるでしょう!
 さらに、原題の「Never Let Me Go」は「Let Me In」を思い起こさせますから、あるいは『モールス』までも行き着くのでは?

(注4)そればかりか、驚いたことに、この映画には、若々しく魅力的な雰囲気を持つ女優は、ロージー・ハンティントン=ホワイトリー以外に登場しないのです(もちろん、国家情報局長官ミアリングを演じるフランシス・マクドーマンドや、サムの母親役ジュリー・ホワイトといった貫禄ある女優も登場しますが、この場合は失礼ながら対象外とさせていただきます)。

(注5)この点で、高野和明著『ジェノサイド』(角川書店、2011.3)は、さすがに周到です。同書には、現生人類より知性がはるかに進化している「ヌース」が登場するところ、「生殖の相手」となる超人類をモウ一人(「エマ」)ちゃんと用意しているのです。
 なお、同書は、『本の雑誌』の2011年上半期ベスト10の1位だけあって、無類の面白さを持っています(とはいえ、超人類の精神構造を、現生人類である作者はどうして推し量れるのかといった問題点をいくつか抱え込んでいるのでは、とも思いますが)。



★★★☆☆



象のロケット;トランスフォーマー ダークサイド・ムーン

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4 コメント

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金属生命体 (ふじき78)
2011-08-27 09:07:11
あんな外観のくせにトランスフォーマーはロボットではなく、金属生命体だと言い張ります。なので変形するのは物体Xみたいなもんだと思えばいいのでしょう。

生物なので、「ジュラシックパーク」でオスしかいなかった筈の恐竜にメスが現れたように環境変化でメス化するんじゃないでしょうか? というか、あまりあのボディーで授乳とか考えづらいので、現時点で人間が見て分からないだけで、両性ともいるかもしれないですけどね。
ストーリーや論理性 (KGR)
2011-08-27 09:44:21
SFと言えば、無茶ぶりであったとしてもある程度観客を納得させる論理的整合性が必要だと思いますが、この映画は「そんなもの関係ない」と言わんばかりの無理やりな設定です。

ディズニーの偉い方が映画はストーリーなんか関係ないみたいなことを言って物議を醸してますが、まさにこれはその通りで、とにかくド迫力で魅せる映画でした。

オートボットが地球外の金属生命体だとして、形状や変形自体に疑問を持つと次から次へと疑問/矛盾が生じてしまいます。

監督やプロデューサーの目指すものは、ストーリーではなくとにかく圧倒的な迫力なんだろうなと思える作品でした。
Unknown (リバー)
2011-08-27 10:06:09
このシリーズはストーリーというよりかは
映像の迫力ですよね

特に今回はそれが顕著で
3Dのためのというか、後半はバトル続きで

流石にやりすぎ感もありましたが
繁殖の方法 (クマネズミ)
2011-08-27 11:26:13
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
確かに、「環境変化でメス化」することも考えられるかもしれません。
でもその場合は、「オス」が「メス化」するのでしょうが、その「オス」は、「メス化」が起きるまではどうやって“性欲処理”をしているのでしょう?
それで「人間が見て分からないだけで、両性ともいる」ことも考えられます。
ただ、オートボットは人類の味方なのですから、金属生命体の生態についてはもうつぶさに人類にわかっているのではないでしょうか(「繁殖の方法」のみならず、その「弱点」といったことも)?

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