映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

FOUJITA

2015年12月03日 | 邦画(15年)
 『FOUJITA』を新宿武蔵野館で見ました。

(1)オダギリジョーの久しぶりの主演映画ということで、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭は、1920年代のパリの裏街の風景で、屋根では猫が鳴いています。
 小屋のようなアトリエの中では、フジタオダギリジョー)がタバコを吸いながら、キャンパスに向かって絵を描いています。描かれているのは、女性の横顔の輪郭線。
 そばには自画像が置かれており、フジタは近寄ってきた猫を抱き上げます

 次いで、パリ市街。屋根から突き出ている煙突がたくさん見え、レストランの外ではギャルソンがタバコを吸っています。
 そこに、調子のよくなさそうなトラックが1台走って来て、止まってしまいます。
 仕方なしに、荷台に積まれている大きな絵(注2)を降ろして、二人で運んでいきます。
 それを見ていた果物屋の店主が妻に、「あれは、画家のフジタの絵。この男の絵は売れている。描かれているのは、モンパルナスの女王と言われているキキだ」などとしゃべります。

 再び、アトリエのフジタ。
 お湯を沸かしています。
 蓄えの切れたものを隣の家に借りに行こうとして、外に出て階段を登って行くのですが、なぜかためらって戻ろうとします。
 そこへ、先ほどのトラックの男がやってきて、「先生、キキの絵を届けてきました。領収書です」と大声で言うものですから、フジタは慌ててそれを制して階段を降ります。

 隣の家の中。
 フジタの2番目の妻・フェルナンドマリー・クレメール)が(注3)、日本人画家の小柳福士誠治)に、「オイシイサケ」と言うと、小柳が「それは名前ではない。美味しい酒という意味」と訂正します。フェルナンドは、さらに「良かったらここで描いて。あたしが絵を売ってあげる」と付け加えます。

 そのフェルナンドがフジタのアトリエにやってきて、「あなたは意地が悪い。あたしを悪者にしたいのでしょう」と言います。
 これに対して、フジタが「君を強制しているわけではない」と反論すると、フェルナンドは、「絵が売れるようになって偉そうにしている。誰のおかげ?フランス女のキッスの仕方を教えたのは誰?」と叫びます。
 さあ、これからフジタはどうなるのでしょうか、………?

 本作は、画家・藤田嗣治を描いた作品ながら伝記映画ではなく(注4)、時系列的な説明はほとんどなされませんから、ある程度その事績を知っている必要があるような作りになっています。毀誉褒貶の激しい藤田ですが、本作のように、1920年代の藤田と1940年代の藤田とを大きく比較して描き出すという手法は興味を惹かれたところであり、また主演のオダギリジョーの熱演もあり、大変面白く映画を見ることが出来ました(注5)。

(2)本作では、映画の中ほどで(注6)、何の説明もなしに、それまでパリで生活していたフジタが、いきなり青森の古びた旅館に滞在している姿が描き出されます。
 それも、戦争中で、陸軍美術協会のトップとして陸軍少将の待遇を受けている身です。
 そして、『アッツ島玉砕』(1943年)とか『サイパン島同胞臣節を全うす』(1945年)などといった戦争画の大作を制作するのです。



 同時に、フジタは5番目の妻・君代中谷美紀)と鎌倉へ出かけたり、田舎の疎開先(注7)で一緒に暮らしたりします。



 フジタは、パリで名の知れた画家の仲間入りをしましたが(注8)、それがどうしてこのような戦争画を描くに至ったのかが、この作品のテーマの一つとなっているように思われます。
 ただ、本作はフジタの履歴をなぞることを考えていませんから、これらの絵の前に描かれた戦争画は登場しません(注9)。
 1920年代にパリで描かれた絵画と1940年代に日本で描かれた絵画とがいきなり対比されているような感じを受けます。
 そうした視点に立つと、夜汽車の中でフジタが、仲間の画家に、「私はやっぱり情景的なものでは描いた気にならない。近くで人を描かないと駄目だ。戦争でもそう」と言っているのが分かるような気がしてきます。
 なにしろ、本作に登場するパリ時代の画にはどれも女性が描かれていますし、この映画で取り上げられている戦争画でも人がたくさん描かれています(注10)。
 にもかかわらず、両者の画の間に大きな違いが出てきているのは、この映画で対比されているように、西欧と日本の人々の暮らし向きの違い、あるいは置かれている環境の相違といった点が大きいように思えてきます(注11)。

 なにしろ、パリ時代のフジタは、「フーフー(お調子者)と呼ばれてもかまわない、すぐに私のことを覚えてくれるから」と言いながら、人々の間に入っていき、仲間と大騒ぎをしていました。



 他方、日本でのフジタは、まるで水墨画の中の登場人物であるかのように(注12)、大層静謐な暮らしを送る孤独な人間として本作では描かれています。
 あたかも、そうした画家が描くから、あのような戦争画が生まれたのだと言いたげな感じがしてきます。

 そして、映画は、戦争画の最後の大作の『サイパン島同胞臣節を全うす』(注13)から、エンドクレジットのバックに映し出されるノートルダム・ド・ラ・ペ礼拝堂の壁に描かれたフレスコ画(1966年)(注14)へと移行します。
 この壁画にもたくさんの人物が描かれており、「近くで人を描かないと駄目だ」と言うフジタの究極の作品なのかもしれません。

 本作は、日本とフランス(あるいは、西欧)との違いについて、これまでいわれてきた様々の見解にさらに付け加えられる一つなのでしょうが、絵画と映像という斬新な観点からのものであり、クマネズミにとっては大層興味深い作品でした。

(3)渡まち子氏は、「おかっぱ頭と猛特訓したというフランス語のセリフで熱演する主演のオダギリジョーの抑えた演技となりきりぶりに、感心した」などとして65点をつけています。
 村山匡一郎氏は、「映画は前半と後半で一対の絵画を見るような印象が強く、両者を貫くフジタの生きざまを見るものが想像するのをうながしているようで面白い」として★4つをつけています。
 秦早穂子氏は、「一見、やさしげな口調で女たちに接する彼と戦争を描く男。人間を凝視する冷徹さと複雑さは、どこか似通っている。藤田嗣治は、絵画だけを信じた」などと述べています。
 読売新聞の恩田泰子氏は、「いい画は、いつかは物語を超えて生き延びる。劇中、フジタがそんなことを言う場面がある。彼が肯定する「絵空事」の力が、映画そのものと反響し合っているかのような一本である」と述べています。



(注1)監督・脚本は、『泥の河』の小栗康平

(注2)フジタが描いた『ジュイ布のある裸婦(寝室の裸婦キキ)』(1922年)。

(注3)フジタの最初の妻は日本人で、3番目の妻が本作に登場するユキアナ・ジラルド)。

(注4)小栗監督は、公式サイトに掲載されているインタビュー記事の中で、「資料はざっと読んで、早く事実から離れる。それがシナリオを書く作業の始まりでした」と述べています。

(注5)出演者の内、最近では、オダギリジョーは『深夜食堂』、中谷美紀は『渇き。』、加瀬亮は『海街diary』、岸部一徳は『人類資金』、福士誠治は『スイッチを押すとき』で、それぞれ見ました。

(注6)小栗監督は、上記「注4」で触れたインタビュー記事の中で、「二時間強の映画になりましたが、20年代のパリと戦時の日本とをそれぞれ一時間ずつ、ほとんど真っ二つに断ち切ったように並置して、描いています」と述べています。

(注7)映画では明示されませんが、このブログによれば、神奈川県藤野町(現在は相模原市緑区の一部)が藤田嗣治の疎開先。
 なお、映画の中で、「慈眼寺の鐘が金物供出に出された」と馬方の清六岸部一徳)がフジタに言いますが、同寺は、藤野町のある津久井郡の相模湖町にあります(この記事)。

(注8)フジタがパリ時代に描いた画としては、映画の中では、『五人の裸婦』(1923年)などが映し出されます。



(注9)このブログの記事によれば、藤田嗣治には、『南昌新飛行場焼打』(1938年~1939年)、『哈爾哈河畔之戦闘』(1941年)、『十二月八日の真珠湾』(1942年)といった戦争画もあります。

(注10)本作で取り上げられなかった『南昌新飛行場焼打』で中心となって描かれているのは戦闘機ですし、『哈爾哈河畔之戦闘』では戦車、『十二月八日の真珠湾』ではハワイの飛行場で、人物は中心的に描かれてはおりません。

(注11)象徴的と思えるのは、君代が絶えずきちんとした着物姿で映し出されるのに対して、「フジタ・ナイト」の仮装舞踏会で、花魁に扮したキキが高下駄をうまく履けず腰が砕けてしまい、それをフジタが下から支えようとするところではないでしょうか。
 なお、小栗監督は、上記「注4」で触れたインタビュー記事の中で、「1920年代のパリでの裸婦と戦時中の「戦争協力画」との、絵画手法のあまりの違いに、あらためて驚かされたのです。この両者を分かつものはなにか。文化としての洋の東西、私たちが西洋から受け入れてきた近代の問題など、そっくりそのまま私自身に引き戻される課題でした」と述べています。

(注12)特に、夜間にフジタが、棚田の畦道を歩くシーンが印象的です。
 また、本作では、疎開先でフジタが出会う人物として、馬方の清六とか小学校の先生の寛治郎加瀬亮)が登場します。清六は、寛治郎に2度目の赤紙が来ているかもしれないとフジタに伝え、出征直前の寛治郎はフジタにキツネの話をします。あるいは、キツネは、古くからの日本を象徴しているのかもしれません(ただ、ラストの方で突然飛び跳ねるキツネが映し出されますが、あるいは寛治郎の戦死を暗に意味しているのでしょうか?)。

(注13)軍が画家を集めた会議において、本作のフジタは、サイパン島で日本人女性が崖から飛び降りるところを写した写真や動画を見ます。でも、これらは米軍側が撮影したもののはずです。仮に入手出来たとしても、そんなものを軍部が民間人に見せるとはとても思えないため、とても不思議なシーンになっています(実際のフジタの画の中に、バンザイクリフから投身する者の姿が描かれているので、一概にこのシーンを幻想によるものとも思えないところです)。



(注14)例えば、この記事が参考になるでしょう。



★★★★☆☆



象のロケット:FOUJITA

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6 コメント

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フーフー (PineWood)
2015-12-10 06:32:34
昨日、新宿武蔵野館で本編を見て来ました。戦前のアバンギャルドなパリでの藤田の裸婦像と戦争中の軍依頼の絵画スタイルの変容と断裂はこの映画のキー・ポイントですね。フーフーとしての道化の生き方と謎の狐の存在ー。真実を探るのは見終わってからに成りそうです…。
Unknown (クマネズミ)
2015-12-10 18:56:00
「PineWood」さん、わざわざコメントをありがとうございます。
おっしゃるように、「戦前のアバンギャルドなパリでの藤田の裸婦像と戦争中の軍依頼の絵画スタイルの変容と断裂」をこの映画を見てどのように考えるのかが、見た後に残されるお土産だと思います。「PineWood」さんはどのように考えられるのでしょうか?
オーギュスト・ルノワール (PineWood)
2016-03-07 03:25:29
画家が好きなモチーフと売絵を分けている事は伝記などにも登場する。例えばオーギュスト・ルノワールの生の歓喜のような裸婦像に就いても、生きる上で描かざるを得ないモチーフの売れ筋絵画としての裸婦像にはどうも辟易している様だ…。藤田嗣治も異邦人としてパリでやっていく上で裸婦の白い肌の絵を描くのに理科の実験室のようなアトリエでアンリ・マチスのような厳格さで臨んでいたのだろう。苦心のあとが顔料の調合の秘訣として語り継がれているー。竹橋の東京国立近代美術館で纏めて公開された戦争画にも夜の戦場をリアルに仕上げた作品もあった。裸婦の白い肌が、ここでは夜景の兵士の黒い肌に変容していた。(戦争)というモチーフが後に、動物の闘争本能の戯画を描くレオナール藤田にとって売絵としての裸婦像以上の腕を発揮できるジャンルであったことは確かだろう。だから、画家・藤田本人にとっては一貫していた。今から見ると藤田の絵画は不思議な変容で断裂なのだがー。
リーフェンシュタールという記録映画監督がナチスの協力で(美の祭典)という宣伝映画を撮って独裁を美化した事があった。映画手法やモンタージュでは伝説的な作品。藤田嗣治の場合、映画にも出てきたように報国絵画展では生きる軍神として戦争画の前に仁王立ちして敬礼していた。絵画を見てひれ伏し泣き出す観衆もいたというからリアルさが感激を呼んだし、作品によっては内容の暗さに軍部から駄目出しが出たともー。
Unknown (クマネズミ)
2016-03-07 07:03:35
「PineWood」さん、再度のコメントをありがとうございます。
藤田嗣治の「絵画スタイルの変容と断裂」に関し、「(戦争)というモチーフ」と「売絵としての裸婦像」とが合わさり、「裸婦の白い肌が、ここでは夜景の兵士の黒い肌に変容してい」て、「画家・藤田本人にとっては一貫していた」と述べておられます。
本作を見ると、随分と説得的なご見解だと思います。
ただ、本作で取り上げられなかった人物を二の次にしている藤田の戦争画については、どう考えたらよいのでしょうか?あるいは、藤田の本領が発揮されなかった絵画だとみなせば済むのかもしれませんが。

室内画・静物画・風景画 (PineWood)
2016-03-13 04:52:14
人物が不在か、点景として描かれた作品には確か室内画・静物画・風景画があった様に記憶しています。戦争画では屋外なので風景画ですが戦車或は戦闘機のメカやその巨大さなどが視覚的に工夫されていて、写真やフイルム的な視野で捉えられリアルに写実されていました。兵士や人物群像を、マシーン類と拮抗させて描く事も出来たのでしょうが、恰もボタニカル・アートで背景にあるものを省略する様に人物への関心は薄れています。
画家・靉光の(眼のある風景)が闇で見詰める眼球と獅子のような肉塊のような無気味な絵画として半具象画の傑作だとすれば、藤田のメカニックな戦争画は余りに表層的に見えてしまいます。
とわいえ、即物的表現でグラフィテカルな藤田絵画の魅力は、元々、血の通っていないような人物造形表現(浮世絵のような白い肌や同じ顔のキューピッドのような児童画)のもつ性格一面ですから、当然とも言えますがー。
Unknown (クマネズミ)
2016-03-13 09:53:54
「PineWood」さん、再々度のコメントをありがとうございます。
なるほど、藤田の人物が描かれていない「メカニックな戦争画」をその「室内画・静物画・風景画」との繋がりで捉え、さらに、「血の通っていないような人物造形表現」という視角から見ると、藤田の絵画全体を把握できるのかもしれません。
貴重なご見解をありがとうございました。

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