映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

お盆の弟

2015年08月14日 | 邦画(15年)
 『お盆の弟』を新宿のK’s cinemaで見ました。

(1)脇役として活躍している渋川清彦(注1)が主演の映画だということで映画館に行ってきました。

 本作(注2)の冒頭では、主人公のタカシ渋川清彦)がスーパーで野菜を選んでいると、近所の女(稲川実代子)がやってきて言葉をかけてくるので、「兄が具合が悪くて」と答えると、女が「大腸がんだって?」、それから「見たわよ、映画「ピッチャー」」と言うものですから、「いや「キャッチャー」」と応じます(注3)。

 スーパーを出たタカシは、自転車に乗り、玉村町役場の前を通って玉村八幡宮にやってきます。



 そして、本殿の前で「今日も1日よろしくお願いします。今考えている新作の企画が通りますように。妻とヨリを戻せますように」と祈ります。

 その後、タカシは家に戻って食事の支度をしていると、兄のマサル光石研)が帰ってきます。



 マサルが殆ど食べないものですから、タカシが「規則正しく食べないと駄目だと言われている」と言うと、マサルはいきなり、「お前、裕子渡辺真起子)さんとはどうなっているんだ?俺の看病で戻ってきて2ヶ月も経っている。いつまでいるんだよ」と尋ねます。
 タカシが「兄ちゃんが良くなるまで」と答えると、マサルは「良くなるわけがない。出て行けというつもりはないが、お前らもう駄目なのか。お前の荷物がどんどん送られてきている」、「全く、料理ばっかりうまくなって」、「やっぱ、仕事が無いのが原因か?」などと言います。

 タカシは、1ヶ月ほど前、裕子から「兄さんの看病であんたがいなくても、やってやれないことはなかった。一人でいることが清々しかった。だから別れることを考えて欲しいの」と言われたことを思い出します。



 他方で、タカシは、同じように故郷に戻っている親友のシナリオライター・藤村岡田浩輝)を説得して、起死回生の次回作を制作しようとしています。



 さあ、話はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、売れない映画監督の主人公が、大腸がんを患っている兄の看病をするということで、群馬の実家に戻っている際に起きた出来事を巡って展開されます。主人公は、自身が離婚の危機にあるにもかかわらず、兄の相手を見つけようとしたり、また次回作の映画製作を夢見て、同じくシナリオライターでありながら群馬に引っ込んでいる親友と構想を練ったりしているわけです。モノクロ映画であり、また出演するいろいろな役者が芸達者なこともあって、渋いながらも大層味わいのある作品に仕上がっていると思いました(注4)。

(2)本作は、映画監督が主役の映画とは聞いていたので、フェリーニの『8 1/2』(1965年)とか北野武の『監督・ばんざい!』(2007年)とかと似たような傾向の作品かなと思っていたのですが(注5)、確かに主人公・タカシは映画監督ながら、昔に1本撮っただけのことで、今では全く売れずに、出来上がった脚本を知り合いのプロデューサー(田中要次)に読んでもらっても、すげなく突き返されてしまうほどです。映画の撮影風景は1回映しだされますが、むろんタカシが監督をしているわけではありません。

 むしろ、本作では、監督業とは関係のないところで引き起こされる出来事が次々に映しだされます。
 そして、それで描き出されるのは、40間際の男の“自立”といったことではないかと思われます(注6)。
 例えば、タカシは、不本意な離婚の危機にあるにもかかわらず、「病気すると、身辺に誰かいないと困るでしょ」と言って兄のマサルのために女性を見つけてやろうとし、挙句は、自分に好意を抱いている涼子河井青葉)を兄に紹介し、結局、2人は結婚してしまい、タカシとは別の生活を営むことになってしまいます。
 でも、そうなることで、兄に生活費を頼ることができなくなり、アルバイトをしながら映画製作に挑むという自活の道を歩み出すことになります。

 また、親友のシナリオライター・藤村も、タカシが間接的に後押しした結果、伴侶を得て家業の焼きだんご屋に専心することとなり、タカシには、「俺はもう無理。友人の脚本家を紹介するし、何だったら自分で書いた方がいい。とにかく、ちゃんと人と向かい合う必要がある」と言い放ちます。
 これまで、自分がたてた企画に従って藤村が書いたシナリオをいくつも会社に提出してきたところ、良い返事をもらえなかったとのことですから、もしかしたらタカシにとって、今後映画製作の面で新しい局面が開けてくるかもしれません。

 そして妻の裕子も、タカシが不在だったことによってシングルマザーに目が開き、ファイナンシャル・プランナーの資格を獲得し自立できるようです。
 幸い、慰謝料も養育費も要らず、タカシが気にかけている娘とは好きなだけ会わせてくれるとのことですから、タカシも吹っ切れて自分の生活を取り戻せるのではないでしょうか。

 要すれば、タカシは、あれこれ動きまわって、結局、自分の親しい人たちの“自立”を促してしまっただけのことかもしれませんが、反面それによって、自身の“自立”も図られたことになったものと思われます。

 ただ、そうは言っても、長い間かかって蓄えたものを全部使い果たしてしまった感じでもあり、タカシには、今後生きていくための蓄えとして何が残っているのか、少々疑問に思えてしまいますが。でも、それが“自立”ということなのかもしれません(注7)。

(3)日経新聞の古賀重樹氏は、「大崎(監督)と足立(脚本)の実人生の要素が詰まっているというが、私小説ではない。画面の中の誰もが不器用ながら奮闘する。人生賛歌なのだ」として★4つ(「見逃せない」)をつけています。
 森直人氏は、「温度感はぬるま湯でも、タカシの状況は結構どんづまりだ。それでも本作は一筋の光明を探り、笑いの精神を失わず、飄々とした味わいに満ちている。モノクロ映像でつづられる、その描出の深みは絶品」と述べています。
 樋口尚文氏は、「そんな素直で普通すぎる主人公が映画監督の資質にふさわしいかどうかは置いておくとして、しかし『お盆の弟』にあってはその素朴さゆえに垣間見える彼の心のさざなみが観る者をとらえて放さない。デカくてものものしい、または子ども向けの企画ばかりが闊歩しがちな邦画メジャーでは、逆にこういう滋味ある作品はこしらえ難いだろう」と述べています。



(注1)渋川清彦は、『ラブ&ピース』とか『深夜食堂』(第2話「とろろご飯」)などで見ています。

(注2)監督は大崎章、脚本は『百円の恋』の足立紳

(注3)本作を制作した大崎監督も、タカシと同様に群馬県出身で、本作が『キャッチボール屋』(2005年)以来の監督第2作目(この点でもタカシと似ています)。
 ちなみに、主演の渋川清彦も群馬県出身。

(注4)出演者の内、最近では、光石研は『バンクーバーの朝日』、渡辺真起子は『2つ目の窓』、河井青葉は『マエストロ!』(『私の男』、『さよなら歌舞伎町』と順調に出演しているものと思われます)、田中要次は『WOOD JOB!(ウッジョブ)~神去なあなあ日常~』、稲川実代子は『百円の恋』で、それぞれ見ました。

(注5)そういえば、ウェス・アンダーソン監督の『ライフ・アクアティック』も主人公(ビル・マーレイ)が映画監督でした〔この拙エントリの(3)をご覧ください〕。

(注6)ラストでタカシは、お盆に両親の墓参りに行って、「死ぬまでになんとかあと1本、いや2、3本。来年40だし、死ぬほど頑張ります」と墓に向かって誓います。

(注7)なお、このインタビュー記事を読むと、映画のキャラクターに、大崎監督とか脚本の足立氏の行状がずいぶんと反映しているようです。
 それなら、大崎監督の次回作がどんなものになるのかずいぶんと楽しみになります。
 尤も、本作自体が、タカシが映画の中で実現しようとしている“次回作”なのかもしれませんが!



★★★★☆☆





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2 コメント

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Unknown (ふじき78)
2016-02-09 23:04:37
> 40間際の男の“自立”といったことではないかと思われます

渋川清彦は人を安心させる役者だと思う。だから、映画内で彼が自立をしていず、精力的に非自立生活をエンジョイしていても、そのお金はどこから出てくるのだろうとかあまり意識にのぼらない。「自立」こそしていないが、とても能力があり、何かお金を稼ぐシステムに組み込まれれば食いっぱぐれなさそうに見える。ちょっと珍しいニュアンスを持った役者だと思う。
Unknown (クマネズミ)
2016-02-10 06:45:54
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
主演の渋川清彦について、「人を安心させる役者」とされていますが、本作からはまさにそのように思います(「ふじき78」さんのブログでは、「「人間として」抜群の可愛らしさがある」とか「見ている観客がどうしても許しちゃう俳優」と述べられていますが、そんな感じがします)。
ただ、クマネズミは、渋川清彦というと、『生きてるものはいないのか』とか『11.25自決の日 三島由紀夫と若者たち』を思い出してしまい、そんなところからすると、なんでもこなしてしまう幅の広い俳優という印象を持っています。

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