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映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

フェルメール展

2012年08月01日 | 美術(12年)
 フェルメールに対する世の関心の高まりは、今や最高潮に達しているといえるかもしれません(注1)。

(1)クマネズミも、そうした流れに乗り遅れまいと、東京都美術館で開催されている「マウリッツハイス美術館展」(~9月17日)に行ってきました。
 勿論、お目当てはフェルメールの「真珠の耳飾りの少女」です。
 出かけたのが土曜日の午後だったものの、チケット売り場や入口で並ぶこともなく、簡単に中に入れましたので、今日はツイテいるな(あるいは、真夏の暑い盛りに美術館に行こうという物好きも少ないのかな)と思ったところ、「真珠の耳飾りの少女」が置いてある部屋の入口から中を覗くと、やっぱり黒山の人だかり。
 これじゃあ何時間も待たなくては絵を見ることが出来ないのではと悲観しましたが、入口で、「最前列で絵を見たい方は、左側の列にお並びください。30分ほどで見ることができます」と案内係の女性が言っています。
 それなら、最前列でなければどうかと目を凝らすと、絵の前に10人ほどの人がいるだけ。
 どうやら、最前列で見たい人に対しては規制がなされている一方で、そうでない人は自由のようなのです。
 クマネズミは、別に2列目、3列目でも、絵を見さえすれば十分と思っているので、喜びいさんで部屋の中に入りました。
 すると、目的の「真珠の耳飾りの少女」の前には1列分空けてロープが張ってあり、ずっと並んで待っていた人がロープの前を次々と足早に通り過ぎていくではありませんか。案内係が、「お待の方が大勢いますので、立ち止まらないでください」と規制していて、なんのことはない、20~30分待った挙句に、チラッと絵を見ただけでその場を通り過ぎなくてはならないのです。
 他方、そのロープの外に立つ我々は、前に人が次々に入るものの、立ち止まらずにどんどん流れて行くので、そんな人たちの間からでも、じっくりとその絵を見ることができるというわけです。
 おまけに、大部分の人は列に並ぶ方を選択し、ロープの外から見ようとする人の数はごく少なく、結果として、自分がいたいだけそこにいて絵を見ることができるのです。
 見たい絵の前で立ち止まってよく鑑賞しようというのは、至極当たり前の行動です。いくら大勢のお客さんがいるからといっても、それができない、またそれができなくてもかまわないというのは、何か非常におかしな感じがします。そのくらいならば、最近の進んだ技術で作られている画集で絵を見る方が、遥にましなのではないでしょうか。

(2)それはともかく、お目当ての絵を見てしまったので、時間が予定よりも余ってしまい(注2)、それならついでに、近くの国立西洋美術館で開催されている「ベルリン国立美術館展」(~9月17日)のフェルメールをも見ようと、そちらの方にも足を延ばしました。
 こちらでは、「真珠の首飾り」を見ることができます。



 驚いたことに、東京都美術館では、話題の絵を見るのに30分ほどかかるとされていたのに対し、こちらでは比較的閑散としているのです。同じフェルメールの絵なのに、どうしてこうも人々の関心が異なってしまうのでしょうか?
 あるいは、前者の主催者として朝日新聞社とかフジテレビジョンが掲げられているのに対して、後者の後援のマスコミとしてTBS一社しか挙げられていないためなのかもしれません。
 クマネズミにしてからが、まずはとりあえず「真珠の耳飾りの少女」を見なくては、と思っていたのですが、よく考えてみると、何故そういう気になったのか、自分自身でよくわからないところでもあります。まあ、新聞やTVでよく目にする方、そのPRの仕方の上手な方に関心が行ってしまった、というしかありません(注3)。

(3)それにしても、本年は、フェルメールの絵を随分と見たものです。
 昨年末から本年3月まで渋谷Bunkamuraのザ・ミュージアムで開催されていた「フェルメールからのラブレター展」では、「青衣の女」、「手紙を書く女」、「手紙を書く女と召使い」の3作品を見ました(注4)。

 それから、フェルメールセンター銀座で開催されている「フェルメール光の王国展」(~8月26日)です。
 同展は、「現存する全フェルメール作品を最新のデジタルマスタリング技術によって、彼が描いた当時の色調とテクスチャーを推測して、原寸大で、所蔵美術館と同じ額装を施して一堂に展示する」というもので(注5)、実際にフェルメールの37点の全作品(注)がずらっと壁に掛けられて並んでいる様は、いくらコピーとはいえ、壮観です。

 同展でとりわけ興味深かったのは、館長の福岡伸一氏が英国王立協会で発見したスケッチ画(レーウェンフックの書簡に挟み込まれていました)を紹介するコーナーです。
 福岡氏は、顕微鏡で著名なレーウェンフックと画家のフェルメールとの関係に関して、次のような事実を挙げます(注6)。
・レーウェンフックは、フェルメールと同じ1632年10月にオランダの小都市デルフトに生まれ、4日違いで同じ教会で洗礼を受けたこと。
・レーウェンフックは、フェルメールの死後、彼の遺産管財人となったこと。
・フェルメールの作品「地理学者」と「天文学者」は、レーウェンフックを描いたのではないかとする研究者がいること。



 そのようなことから、福岡氏は、次のような仮説を立てます。
・狭いデルフトの街で、二人の距離は想像以上に親密だったのではないか。
・二人は光学的な興味を共有していたのではないか。

 そして、さらに福岡氏は、ロンドン王立教会に送られたレーウェンフックの書簡に挟み込まれていた顕微鏡観察のスケッチ画に衝撃を受け(注7)、レーウェンフックの初期の書簡には、“自分で上手に描くことはできないので、熟達の画家に依頼した”と記されていることもあって、それらのスケッチ画の作者がフェルメールである可能性を示唆しているのです(注8)。




(4)福岡伸一氏は分子生物学者ですが、他方、哲学者もフェルメールに着目しています。
 昨年末に翻訳の出た、フランスの哲学者ジャン=クレ・マルタンの『フェルメールとスピノザ 〈永遠〉の公式』(杉村昌昭訳、以文社:原書も2011年刊行)では、フェルメールと哲学者のスピノザが出会った可能性(注9)について言及しています(注10)。
 マルタンが取り上げるのは、上記(3)で触れたフェルメールの作品「天文学者」についてです。



すなわち、
・「われわれの手元に残されているスピノザのクロッキーと、この絵の主人公の姿とのあいだには類似点がある。髪型も同じなら鼻も同じで、額も完全に似通っている」(P.78)。
・他方、「「天文学者」と現存しているレーウェンフックの多数の肖像画とのあいだにはまったく類似性がない」(P.83)。
・さて、「フェルメールが使っていた箱に、不完全ながらすでにレンズが取り付けられていたかもしれない」が、その不完全性は、「「少女」におけるおぞましいほどのデフォルメが証明している」(P.84)。
・ところで、「“カメラ・オブスキュラ”と名付けられた一種の“写真箱”」には、「顕微鏡や望遠鏡のレンズとはちがった機能を持つ大きな磨かれたレンズが必要とされた」が、「この仕事を遂行するのに、オランダでは、その細心綿密さで知られたスピノザ以上の適格者はいなかった」(P.83)。
・そこで、「フェルメールがこのゆがみをもたらすレンズを修正するためにスピノザに助けをもとめ、ことのついでに世間でよく知られた社交人レーウェンフックよりも、むしろあまり目立たない人物であったスピノザに敬意を表して作品化したと考えてもおかしくないだろう」(P.84)。
・「こうした一連の経緯から、この二人の人間が協働関係にあったことを想定することができる。一方はその絵(「天文学者」)によって、スピノザの器用さと同時に彼の光学的知性を表現しようとし、他方は、画布の織地のなかで屈折的に反射する光と色彩についての論文(失われた「虹彩の論文」)を構想する」(P.87)。

 スピノザも、レーウェンフックと同じく1632年の生まれ(生地はアムステルダム)で、この3人の間に親密な関係性があったことになれば、また様々興味深い見解も生み出されてくることでしょう。

 松岡正剛氏は、「フェルメールについては、これまでさまざまな議論が絶えず、いまでもその余波が世界に波を送ってい」ると喝破しているところ、まさにそんな状況といえそうです。



(注1)クマネズミも、フェルメールについて「ミーハー」的な関心に従っているだけながら、「ギターを弾く女」という絵があることも少しは与っているでしょう。



(注2)「真珠の耳飾りの少女」の絵のある部屋に行く途中で、同じフェルメールの「ディアナとニンフたち」に遭遇しました。この絵は、2008年に、同じ東京都美術館で開催された「フェルメール展 光の天才画家とデルフトの巨匠たち」でも見たことがあります(その際には7点の作品が展示されました)。

(注3)あるいは、「真珠の耳飾りの少女」を題材にして作られた映画『真珠の耳飾りの少女』(2003年)のせいでしょうか。何しろ、スカーレット・ヨハンセンが出演しているのですから。

(注4)ただ、同じ美術館で昨年中ごろに開催された「フェルメール≪地理学者≫とオランダ・フランドル絵画展」は、残念ながら見逃してしまいました。
 でも、今年だけで、クマネズミは都合6点ものフェルメール作品を見たことになります。
 なにも、フェルメールの全作品を見てみようなどとは思ってはおりませんが、Wikipediaの該当記事このサイトの記事などを参考にしますと、これまでクマネズミは13点ほどフェルメールの作品を見たことになります。
 なお、フェルメール研究の第一人者小林頼子氏は、フェルメールの作品として32点を挙げています〔『フェルメール論 神話解体の試み』(八坂書房)〕(小林氏によれば、「注2」で触れた「ディアナとニンフたち」は、真作とは認めがたい作品とのこと)。
 さらに、このサイトの記事によれば、確実にフェルメールの作品とされているのは、37点のうちの26点のようです。

(注5)この展覧会の総合監修にあたっている福岡伸一氏によるもの。

(注6)以下の記述は、3月1日付け朝日新聞のこの記事、及び福岡伸一著『フェルメール 光の王国』(木楽舎、2011.8)の第7章「ある仮説」によります。

(注7)特に、福岡氏は、描かれている昆虫の脚には、「なめらかに変化する光のグラデーションをつなげようとする芸術家の目線があ」り、さらには、その「観察スケッチは1676年の半ば以降、急にそのタッチとトーンに変化が生じている」ことに注目しています(フェルメールは、前年末に亡くなっています)。

(注8)福岡氏は、「私はこのスケッチがフェルメールの手によるものではないかと主張したいわけではない。ただ奇妙な事実についてだけ指摘しておきたいのである」と述べているところです(上記「注6」で触れた『フェルメール 光の王国』P.249)。

(注9)夙に、朝日新聞の2005年1月13日の文化欄において、加藤修氏が、「17世紀オランダの画家フェルメールは、カメラ・オブスクラという装置を使つたのだが、そこに取り付けられていたレンズは、哲学史に残る思想書『エチカ』を著した哲学者スピノザが磨いたものだった」とする初夢を描いているところですが。

(注10)むろん、マルタンは美術史家ではなく哲学者ですから、「永遠を要約する」(P.4)という自分の思想的営みを記述する中でフェルメールとスピノザとの関係を取り上げているに過ぎず、とりわけ以下の諸点については、「われわれの立場はむしろベルクソン的なフィクションの自由によるもので、一見あり得なさそうなことが、確かなことよりもずっと創造的な空間を開くという確信に基づく」と述べているところです(P.73)。

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