
『大統領の料理人』を渋谷のル・シネマで見ました。
(1)本作は、ミッテラン元仏大統領の専属シェフだった女性の実話に基づいて制作された作品です。
フランスの一地方(注1)で農場などを経営する主人公のラボリ(カトリーヌ・フロ:注2)は、三星シェフの推薦を受けて、フランス大統領の専属シェフになります。
大統領が、「祖母の味さえあれば満足」で、「素材の味を生かしたシンプルな料理」を希望していることがわかり、それならと助手たちと力を合わせて料理を作ります。

ですが、大統領官邸(エリゼ宮)の主厨房の面々(すべて男性)は面白くありません(注3)。何しろ、自分たちの職域と思っていたところに、いきなり外部の人間、それも女性が入り込んできたのですから!ラボリが食材を自分で調達するようになってからは、その対立が一層厳しくなります。
さあ、どうなることでしょうか………?
日本のレストランで出されるフランス料理も、レストランによりますがそれなりに美味しいものの、この映画の画面いっぱいに映しだされるフランスの素朴な料理は、きっと美味しいに違いないと思え、一度は食べてみたい気にさせられます。
(2)実は本作は、南極の場面から始まります。
ラボリは、大統領官邸の専属シェフの職を2年で辞め、そのあと、南極地域にあるクローゼー諸島に設けられているアルフレッド・フォール科学基地の料理人を1年間勤めます(注4)。
本作では、オーストラリアのTVクルーが、ラボリの様子を撮影しようとやってきて、あれこれ探るうちに彼女がエリゼ宮にいたことがわかってくるという構成をとっていて、途中何度か南極基地での映像が挿入されます。
これで思い出すのが、以前見た『南極料理人』。ちょうど今、TVドラマ『半沢直樹』の主役を演じている堺雅人が、南極料理人・西村の役に扮しています。
こうした南極基地の住人は、気象とか地質など大層地味なものを相手に調査研究をする科学者たちで、変化の酷く乏しい環境でしょうから、食事が大きな楽しみとなり、必然的にそこにいる料理人は注目される存在となるのでしょう、ラボリにしても西村にしても隊員たちに可愛がられます。
ただ、西村については、隊員たちと一緒に帰国したので送別会は催されませんでしたが、ラボリは、途中で帰国することになったため、かなり盛大な送別会が科学基地で開催されました。
とはいえ、西村は子供まである妻帯者でしたし(注5)、昭和基地には女性隊員がいなかったので、色恋沙汰がなくて当然ながら、ラボリの場合は独身であったにもかかわらず、そして科学基地の住人は男性でしたが、どうやら色恋沙汰はなかったようで、埠頭での淡々とした別れの場面が映しだされ、ちょっと残念な気がしました。
本作は、男性の代わりに、料理(特に、トリュフやフォアグラ)を愛してしまった女性の物語と考えたらいいのかもしれません(注6)。
(3)また最近、DVDで、ジャン・レノが出演するコメディ『シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(昨年末公開)を見たばかりのところ、同作では本作と違い、本格的なフランス料理が画面にいくつも登場します。

ですが本作と似ているのは、三星レストランのベテラン・シェフのアレクサンドル(ジャン・レノ)が、レストランのオーナーから強く批判され、窮地に立たされてしまうという点でしょうか(注7)。
ただ、本作では、ラボリはいろいろな攻撃を受けて2年でその職を辞してしまうところ、同作の場合は、ジャッキー(ミカエル・ユーン)という天才的な料理人が、救い主としてアレクサンドルジャン・レノの前に現れるのです。
このジャッキーは、元々アレクサンドルを尊敬し、そのレシピを完全に記憶しています。こんなところは、料理本を読むのが好きだと大統領に答える本作のラボリに似ているといえるでしょう(注8)。
なお、同作では、アレクサンドルが調理する伝統的なフランス料理が古臭いと言われ、「分子料理」なるものがフランス料理の新しい傾向として映しだされます。
映画ではそれがどんなものかきちんと説明されないのですが(あるいは、料理界では周知のことなのかもしれません)、一皿分の料理を1個のキュービックに凝縮したり、液体窒素の煙がモクモク立っていたりする料理が出たりします。
ネットで調べると、「分子料理」とは、どうやら素材や調理法などを科学的に分析し、その成果に基づいて作られる料理のようなのです(注9)。
同作では、かなり皮肉っぽく滑稽に「分子料理」が描かれていますから(注10)、それこそが新しい料理だと言いたいわけではないにせよ、伝統的な古臭いフランス料理に問題ありとは言いたいのでしょう。
こんなところからすると、本作が、ラボリの作る郷土料理や家庭料理を前面に出しているのも、現在のフランス料理の主潮流に対する批判という意味が込められているのかもしれないと思えてきます。
(4)渡まち子氏は、「女性が奮闘し周囲を良い方向に変えていく、さわやかな感動ストーリーかと思っていたが、ストーリーの根底にあるのは、挫折と諦観。それでも新世界を目指すヒロインの“その後の行動力”にこそ本当の勇気を見るべきだろう」として60点をつけています。
(注1)ペリゴール地方(パリの南方)。
(注2)カトリーヌ・フロは、最近見た『タイピスト!』のデボラ・フランソワが出演している『譜めくりの女』で、主役の女性ピアニストを演じています。
(注3)主厨房では、1年間に7万食を24人の料理人が作るとされています。
(注4)ラボリのモデルとなったダニエル・デルプシュ氏は、1942年生まれで(このサイトの記事によります)、南極の科学基地にいたのは2000年から14ヶ月間といいますから、60歳前後。
なお同氏は、若いころ結婚していて25歳までに4人の子供を設けていましたが、離婚したとのこと。また、エリゼ宮にいたのは46歳頃。
(注5)西村のもとに家族からFAXが送られてきますし、帰国した際には、彼らが愛情を込めて彼を出迎えます。
(注6)ラボリは帰国の船の中で、オーストラリアのTVクルーの女性に対して、オーストラリアにトリュフに適した土地があるか探しに行ったことがあるが、実際にはニュージランドで見つかった、南極に来たのもトリュフ農園を作るための資金を稼ぐため、などと話します。
(注7)オーナーは、アレクサンドルに対して、アレクサンドル画提出したメニューを見て「前世紀のメニュー」だと貶し、「冷凍やレンジ食品に使える食材なら原価を下げられる」などといって、流行の「分子料理」をとリ入れるよう求めますが、アレクサンドルは受け付けません。
この食材の価格については、ラボリは、エリゼ宮の官房長官から、「食材の購入価格が主厨房の3倍もしているので、コストを削減してほしい」と要請されます。
(注8)ラボリのモデルとなったダニエル・デルプシュ氏は、インタビューで、「昔の料理の本を読んでいます」、「いわゆる料理のレシピ集ではなく、料理文学を読むんです。1830~50年代、料理人が書いた料理文学に面白いものが多いのです」云々と語っています。
映画では、ラボリとの面談中に、大統領自身も、エドワール・ニニョンの書いた『フランス料理讃歌』(1933年)を愛読して、いくつかの文章は暗記までしていると言うのです(ニニョンについては、このサイトの記事が参考になります)!
(注9)例えば、このサイトの記事とかこのサイトの記事。
ちなみに、「分子料理」で著名なレストラン「エル・ブリ」については、ドキュメンタリー映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』(2011年)で描かれているとのことですが、未見です。
(注10)アレクサンドルとジャッキーは、変装してライバルのレストランで食事をするところ、アレクサンドルがサムライで、ジャッキーがゲイシャの格好というのではフザケすぎです!
それでも正体はバレず、分子ガストロノミーで作られた料理を味見し、密かに持ち帰ったりします。
★★★☆☆
象のロケット:大統領の料理人
(1)本作は、ミッテラン元仏大統領の専属シェフだった女性の実話に基づいて制作された作品です。
フランスの一地方(注1)で農場などを経営する主人公のラボリ(カトリーヌ・フロ:注2)は、三星シェフの推薦を受けて、フランス大統領の専属シェフになります。
大統領が、「祖母の味さえあれば満足」で、「素材の味を生かしたシンプルな料理」を希望していることがわかり、それならと助手たちと力を合わせて料理を作ります。

ですが、大統領官邸(エリゼ宮)の主厨房の面々(すべて男性)は面白くありません(注3)。何しろ、自分たちの職域と思っていたところに、いきなり外部の人間、それも女性が入り込んできたのですから!ラボリが食材を自分で調達するようになってからは、その対立が一層厳しくなります。
さあ、どうなることでしょうか………?
日本のレストランで出されるフランス料理も、レストランによりますがそれなりに美味しいものの、この映画の画面いっぱいに映しだされるフランスの素朴な料理は、きっと美味しいに違いないと思え、一度は食べてみたい気にさせられます。
(2)実は本作は、南極の場面から始まります。
ラボリは、大統領官邸の専属シェフの職を2年で辞め、そのあと、南極地域にあるクローゼー諸島に設けられているアルフレッド・フォール科学基地の料理人を1年間勤めます(注4)。
本作では、オーストラリアのTVクルーが、ラボリの様子を撮影しようとやってきて、あれこれ探るうちに彼女がエリゼ宮にいたことがわかってくるという構成をとっていて、途中何度か南極基地での映像が挿入されます。
これで思い出すのが、以前見た『南極料理人』。ちょうど今、TVドラマ『半沢直樹』の主役を演じている堺雅人が、南極料理人・西村の役に扮しています。
こうした南極基地の住人は、気象とか地質など大層地味なものを相手に調査研究をする科学者たちで、変化の酷く乏しい環境でしょうから、食事が大きな楽しみとなり、必然的にそこにいる料理人は注目される存在となるのでしょう、ラボリにしても西村にしても隊員たちに可愛がられます。
ただ、西村については、隊員たちと一緒に帰国したので送別会は催されませんでしたが、ラボリは、途中で帰国することになったため、かなり盛大な送別会が科学基地で開催されました。
とはいえ、西村は子供まである妻帯者でしたし(注5)、昭和基地には女性隊員がいなかったので、色恋沙汰がなくて当然ながら、ラボリの場合は独身であったにもかかわらず、そして科学基地の住人は男性でしたが、どうやら色恋沙汰はなかったようで、埠頭での淡々とした別れの場面が映しだされ、ちょっと残念な気がしました。
本作は、男性の代わりに、料理(特に、トリュフやフォアグラ)を愛してしまった女性の物語と考えたらいいのかもしれません(注6)。
(3)また最近、DVDで、ジャン・レノが出演するコメディ『シェフ! 三ツ星レストランの舞台裏へようこそ』(昨年末公開)を見たばかりのところ、同作では本作と違い、本格的なフランス料理が画面にいくつも登場します。

ですが本作と似ているのは、三星レストランのベテラン・シェフのアレクサンドル(ジャン・レノ)が、レストランのオーナーから強く批判され、窮地に立たされてしまうという点でしょうか(注7)。
ただ、本作では、ラボリはいろいろな攻撃を受けて2年でその職を辞してしまうところ、同作の場合は、ジャッキー(ミカエル・ユーン)という天才的な料理人が、救い主としてアレクサンドルジャン・レノの前に現れるのです。
このジャッキーは、元々アレクサンドルを尊敬し、そのレシピを完全に記憶しています。こんなところは、料理本を読むのが好きだと大統領に答える本作のラボリに似ているといえるでしょう(注8)。
なお、同作では、アレクサンドルが調理する伝統的なフランス料理が古臭いと言われ、「分子料理」なるものがフランス料理の新しい傾向として映しだされます。
映画ではそれがどんなものかきちんと説明されないのですが(あるいは、料理界では周知のことなのかもしれません)、一皿分の料理を1個のキュービックに凝縮したり、液体窒素の煙がモクモク立っていたりする料理が出たりします。
ネットで調べると、「分子料理」とは、どうやら素材や調理法などを科学的に分析し、その成果に基づいて作られる料理のようなのです(注9)。
同作では、かなり皮肉っぽく滑稽に「分子料理」が描かれていますから(注10)、それこそが新しい料理だと言いたいわけではないにせよ、伝統的な古臭いフランス料理に問題ありとは言いたいのでしょう。
こんなところからすると、本作が、ラボリの作る郷土料理や家庭料理を前面に出しているのも、現在のフランス料理の主潮流に対する批判という意味が込められているのかもしれないと思えてきます。
(4)渡まち子氏は、「女性が奮闘し周囲を良い方向に変えていく、さわやかな感動ストーリーかと思っていたが、ストーリーの根底にあるのは、挫折と諦観。それでも新世界を目指すヒロインの“その後の行動力”にこそ本当の勇気を見るべきだろう」として60点をつけています。
(注1)ペリゴール地方(パリの南方)。
(注2)カトリーヌ・フロは、最近見た『タイピスト!』のデボラ・フランソワが出演している『譜めくりの女』で、主役の女性ピアニストを演じています。
(注3)主厨房では、1年間に7万食を24人の料理人が作るとされています。
(注4)ラボリのモデルとなったダニエル・デルプシュ氏は、1942年生まれで(このサイトの記事によります)、南極の科学基地にいたのは2000年から14ヶ月間といいますから、60歳前後。
なお同氏は、若いころ結婚していて25歳までに4人の子供を設けていましたが、離婚したとのこと。また、エリゼ宮にいたのは46歳頃。
(注5)西村のもとに家族からFAXが送られてきますし、帰国した際には、彼らが愛情を込めて彼を出迎えます。
(注6)ラボリは帰国の船の中で、オーストラリアのTVクルーの女性に対して、オーストラリアにトリュフに適した土地があるか探しに行ったことがあるが、実際にはニュージランドで見つかった、南極に来たのもトリュフ農園を作るための資金を稼ぐため、などと話します。
(注7)オーナーは、アレクサンドルに対して、アレクサンドル画提出したメニューを見て「前世紀のメニュー」だと貶し、「冷凍やレンジ食品に使える食材なら原価を下げられる」などといって、流行の「分子料理」をとリ入れるよう求めますが、アレクサンドルは受け付けません。
この食材の価格については、ラボリは、エリゼ宮の官房長官から、「食材の購入価格が主厨房の3倍もしているので、コストを削減してほしい」と要請されます。
(注8)ラボリのモデルとなったダニエル・デルプシュ氏は、インタビューで、「昔の料理の本を読んでいます」、「いわゆる料理のレシピ集ではなく、料理文学を読むんです。1830~50年代、料理人が書いた料理文学に面白いものが多いのです」云々と語っています。
映画では、ラボリとの面談中に、大統領自身も、エドワール・ニニョンの書いた『フランス料理讃歌』(1933年)を愛読して、いくつかの文章は暗記までしていると言うのです(ニニョンについては、このサイトの記事が参考になります)!
(注9)例えば、このサイトの記事とかこのサイトの記事。
ちなみに、「分子料理」で著名なレストラン「エル・ブリ」については、ドキュメンタリー映画『エル・ブリの秘密 世界一予約のとれないレストラン』(2011年)で描かれているとのことですが、未見です。
(注10)アレクサンドルとジャッキーは、変装してライバルのレストランで食事をするところ、アレクサンドルがサムライで、ジャッキーがゲイシャの格好というのではフザケすぎです!
それでも正体はバレず、分子ガストロノミーで作られた料理を味見し、密かに持ち帰ったりします。
★★★☆☆
象のロケット:大統領の料理人