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ヤコブへの手紙

2011年02月09日 | 洋画(11年)
 『ヤコブへの手紙』を銀座テアトルシネマで見てきました。

(1)この映画は、さあこれからさらにどんな展開がというところで幕となります。ただ、そういう思いにさせられるのは、映画のそこまでの展開からのことではなく、単にその短さのためです。終わってみれば、確かにあの時点で幕ということは理解できますが、なにしろたったの75分の作品。このところ2時間を超える映画を見つけているせいでしょう(たとえば、『モンガに散る』141分、『海炭市叙景』152分)、その半分の長さでは見る方にどうしても食い足りなさが残ろうというものです。

 でも、この映画は、その規模の小ささが逆に売りなのかもしれません。主な登場人物はわずか4人、それも主人公に仮釈放のことを伝える刑務所長は最初だけですから、実質的には3人で構成される映画といえます。

 主人公は、12年間入っていた刑務所から仮釈放された40過ぎの女性レイラ。彼女は、当てがないこともあり、仮釈放されるとヤコブ牧師の元に行きます。といのも、牧師からは、目が見えないので、自分のところに送られてくる手紙を読んでもらいたいという要請があったから。
 レイラは、牧師の家へ行くと、どうやら彼の申請により自分は仮釈放されたことがわかってきます。自分としては終身刑のつもりであって、こんな風に社会に放り出されたいとは思っていなかったところから、余計なことをしたと牧師に辛く当ります。
 ついには、牧師を冷たい礼拝堂の中に放り出したまま、家に戻って自殺までしようとします。
 ちょうどそこに、やっとの思いで牧師が戻ってきて、自殺を思いとどまったレイラと向き合い、そしてそこから物語はやや明るさを取り戻してきて、レイラも心を開くようになって……。

 レイラは、前半では、周りから差し出される援助の手を振り切って、自分の中に頑なに閉じこもり、周囲に対しては冷たい態度しか示しませんが、心が開かれる後半になると若干ながら眼差しが変わってきます。そうした微妙なところを、レイラを演じる女優(カリーナ・ハザード)が大層うまく演じているなと思いました。



 また、ヤコブ牧師を演じるヘイッキ・ノウシアイネンは、実際は65歳にもかかわらず、まるで80歳すぎの老人の感じを出していて、その言動が確かな説得力を持つに至っています。



 『ソーシャル・ネットワーク』といった超現代的なテーマを扱っている映画を見た後では、設定が現代に近いところとされているにもかかわらず、パソコンや携帯電話などの先端的なIT機器を何一つ登場させずに、大自然の中で静かに暮らす様(とはいえ、心の中は激しい葛藤があります)を描いている本作品は、一杯の清涼飲料のような効果をもたらします。

(2)劇場用パンフレット(注)にも記載されている点ですが、この映画の謎は郵便配達人ユッカ・ケイノネン)でしょう。これまでずっと毎日のようにヤコブ牧師に郵便を届けてきたところ、レイラが牧師の家にやってくると、途端に郵便物が届かなくなってしまうのです。それに、夜中に、牧師の家に忍び込んでも来ますし、なぜか使っている自転車が新品になるのです。
 その種明かしはされていませんが、見る側としてはこの人に注目せざるを得ません。



 なにより、この映画は、郵便配達人が郵便物をヤコブ牧師に届けなくなってから、局面が実質的に大きく変化するのです。
 元々ヤコブ牧師は、届けられる手紙に書かれている相談事・悩み事に対して、相談者を力づけるように聖書を引用しながら答えを用意することで、毎日を過ごしてきました。
 ところがそれがトンと来なくなったものですから、牧師は、却って自分を見つめ直す時間が出来たのでしょう、ついには、手紙に返事を出すことで相談者に生きる力を与えてきたとこれまでは考えていたのですが、むしろ、自分自身こそが手紙によって生かされていたこと、そういう真の自分の姿に思い至ります。

 あえて言えば(単なる一つの解釈に過ぎませんが)、これまで届けられた手紙は、まさに手紙の体裁をとってはいるものの、本来的な手紙、真の意味でヤコブ牧師に届けられるべき手紙ではなかったのかもしれません。 
 そうした非本来的な手紙が来なくなったという事実がヤコブ牧師に送り届けられたことによって、ヤコブ牧師にとってはそれこそが真実の手紙―いわゆる手紙の外見をしてはいませんが―となったのではないでしょうか?
 そんな真実を手にした牧師を前にすれば、レイラは自分の犯した犯罪のことを包み隠さず打ち明けることもできたのでしょうし、これから生きていく方向も見出せたのでしょう。
 レイラも、自分の過去を語る前に、雑誌のページを破って音を立てて封筒を開けたように見せかけ、あたかも実際の手紙を読んでいるかのようなふりをして、牧師に話すのです。無論、牧師の方も、そんなことはスグに分かります。真実をつかむためには、現実の手紙は却って邪魔になる、むしろ真実そのものが手紙なのだ、ということなのかも知れません。
 ただ、牧師の方は、そんな真理を得たことの代償を払わずにはいられないのでしょう、レイラにコーヒーを振る舞おうと家の中に戻りますが、……。


(注)通常の冊子形式ではなく、映画にちなんで封筒の中にはがきや手紙の形式で差し挟まれていて、そのアイデアには驚きました。

(3)そういえば、3年ほど前に、同じフィンランドのカウリスマキ監督の『街のあかり』を見ましたが、そちらも本作品同様こじんまりとした映画でした(78分)。
 とはいえ、街の暴力団や、その女、宝石商強奪事件、等々、内容的には激しいところがあります。でも、何度も女に騙されながらもなんとか認めてもらおうとグッと堪える主人公とカ、路面電車が走るヘルシンキの街の様子などは、いかにも北欧的だなと思わせるところがあります。

 なお、フィンランド関連のことは、『トイレット』についての記事の(2)の注をご覧下さい。

(4)渡まち子氏は、「まるで善悪両方の境界線のような謎の郵便配達人の存在が、この映画の不思議な余韻の原因のひとつかもしれない。役者はほとんどなじみがないし、監督のクラウス・ハロも日本では無名に近い。だが優しくて清廉なこんな作品を作るハロ監督という人に、今後注目してみたくなった」として75点を与えています。



★★★★☆



象のロケット:ヤコブへの手紙
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2 コメント

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みすくみ (ふじき78)
2011-11-07 23:41:05
ちょっと強引な事を書きます。

郵便配達夫が謎は存在に見える。それは彼が運ぶ郵便によって、ヤコブとレイラの運命が変わるからだ。だが、郵便その物が神の啓示とするなら、郵便配達夫も神に操られて役割をコロコロ変えているに過ぎない。

1、レイラ登場時。
郵便配達夫はものすごい嫌悪をレイラに示す。それは人間である郵便配達夫にとってレイラは悪魔であり、ヤコブは神であるから。

2、郵便枯渇時。
郵便を配達できない事で郵便配達夫はヤコブにとっての悪魔となり、ヤコブは人としてのもろさを露呈する。レイラはヤコブをただ神のように保護する。

3、嘘郵便配達
郵便配達夫はレイラにDM雑誌を与える事で啓示を与える。神の啓示をもとにレイラは人としての弱さをヤコブに見せる。ヤコブは鬼籍に入り悪魔の管理下に置かれる。

最後のが強引だ。

役割 (クマネズミ)
2011-11-08 05:52:06
「ふじき78」さん、TB&コメントをありがとうございます。
なるほど、「裏の裏の裏の裏」を読むと、そういう解釈になるのかもしれませんね!
ただ、「1」については、郵便配達夫の「役割」が「コロコロ変」わる場合の一つに相当しないようにも思えるのですが(単に、レイラを嫌っただけのことですから)?
また、「3」においても、郵便配達夫は、「神の啓示」を単に配達しているに過ぎませんから、「役割」が変わっているようにも思えないのですが?
としても、あるいは「役割」の意味合いをクマネズミの方で取り違えているかもしれません。

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