映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

バンクーバーの朝日

2015年01月13日 | 邦画(15年)
 『バンクーバーの朝日』をTOHOシネマズ渋谷で見ました。

(1)『ぼくたちの家族』や『舟を編む』の石井裕也監督の作品ということで映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、「海の向こうで3年働けば日本で一生暮らしていけるほど稼ぐことができるという話を聞いて、多くに日本人がカナダのバンクーバーにやってきた」とか、「日本人はよく働いた。10時間近く働いて賃金はカナダ人の半分。カナダ人の敵だった」などといったナレーションに続き、「一つの野球チームが結成されカナダ人リーグでプレーするようになった」と語られて、タイトルクレジットが入った後、日系二世の妻夫木聡が時間に間に合うよう急いで街を走りぬけ、働き場所の製材所に行き、同所で働いている勝地涼と材木を二人がかりで運ぶシーンとなります。

 この妻夫木が、野球チーム「バンクーバー朝日」のキャプテンであり(注2)、勝地もそのメンバー。他には、漁師の亀梨和也、豆腐屋の上地雄輔、ホテルのポーターの池松壮亮がいます。



 このチームは、カナダに移住した日系二世をメンバーとしますから、白人のチームとは体力差等が著しく、毎年、西海岸リーグの最下位に甘んじていました。ですがある時、バント戦法等を使った「brain baseball」によって開眼し、勝ち星を重ねるようになります。
 さあ、どこまで勝ち進むことができるでしょうか、………?

 映画では、バンクーバーに当時あった日本人街や野球場が上手く再現されていて、時代の雰囲気がよく出ているように思われ、また妻夫木聡などの錚々たる若手俳優も(注3)、微妙な立場にある日系二世を上手く演じたり(注4)、野球のシーンでは大いに活躍したりして、なかなか面白く見ました。

(2)とはいえ、この映画の作り方では、青少年向けの文科省選定映画といった感じがしてしまい、大人の鑑賞に十分に堪えるものなのかいささか疑問に思ってしまいます。
 石井監督は、「この映画では、彼ら(「バンクーバー朝日」のメンバー)の生き生きとした姿、イノセントな生き様を見せることこそが重要なんだ」と述べていて(注5)、それはそれでよく理解できるものの、果たしてこの描き方でその点が上手く達成されているのでしょうか?
 とりわけ、本上まなみ扮する娼婦のみならず、宮崎あおいの先生といった女性がいろいろ登場するものの、皆遠くから野球を見ているだけであり、チームのメンバーとは何も絡んでこないのです。
 常識的には、例えば、上地雄輔が娼婦の本上まなみと懇ろになってしまって妻の貫地谷しほりと大喧嘩するとか、妻夫木聡の妹役の高畑充希が池松壮亮と恋仲になり、港での別れ(注6)に際して愁嘆場を演じるとかのシーンが考えられるところです。
 ですが、そんなありきたりの古色蒼然としたシーンは無意味とばかりに、本作では逆にそうした絡みが一切描かれません。
 あるのは、ベランダに立って遠くから野球場の試合の様子を見る本上まなみとか、貫地谷しほりに嫌味を言われながらも野球場に出かけていく上地雄輔、あるいはチーム関係者の会合で皆の前で歌(注7)を歌う高畑充希といった女性たちの姿です。



 でも、それでは映画としての味わいにかけてしまうのではと思ったところです。

 また、本作では、妻夫木聡(遊撃手)、亀梨和也(投手)、勝地涼(二塁手)、上地雄輔(捕手)、池松壮亮(三塁手)の5人にスポットライトが当てられます。
 劇場用パンフレットに掲載されている様々な画像でも、ことさらにこの5人が強調されています(表紙は5人の集合写真!)。
 ですが、野球は9人でするもの、一塁手とか外野手はどうなったのでしょうか?
 勿論、2時間の映画で9人それぞれをクローズアップしていたら、映画はずいぶんと間延びしてしまうでしょう。
 でも、5人だけがことさらに描き出されることによって(注8)、なんだかこの映画からはあまり野球が感じられないのかもしれません。特に、「バンクーバー朝日」は、強打者の打撃で勝つというよりも、「brain baseball」を標榜していて、バント、盗塁、ヒットエンドラン、スクイズで少ない点をとり、それを固い守備で守っていくわけで、むしろ全員野球のはずです(注9)。

 更に言えば、「バンクーバー朝日」の周辺にいる登場人物も、皆、同チームのファンばかり(注10)で映画に厚みを与えません。



 なかでは、妻夫木の父親を演じる佐藤浩市が、屈折した心情を持つ日系1世を演じていましたが、それでもステレオタイプのような気がします(注11)。

 石井裕也監督の作品はこれまで随分と見てきましたが、最初の頃の作品(注12)で見受けられた突拍子もない面白さが、最近の作品では次第に消えてきていて(注13)、本作に至っては完全に消滅してしまったなという印象を持ちました。
 確かに、本作は、大層手堅く日系二世達の物語が描かれているものの、それだけではないのかと思え、何か自分らしさを付け加えようとの石井監督の意気込みがあまり感じられませんでした。

(3)渡まち子氏は、「20世紀初頭のカナダに実在した日系移民たちの野球チームを描く「バンクーバーの朝日」。野球映画というよりヒューマン・ドラマとして味わいたい」として65点を付けています。
 前田有一氏は、「野球経験者を多用しているわりには素人っぽい動きばかり感じさせる」し、「せっかく現代日本との唯一の共通事項である「移民」問題を扱っているのに、そこをリンクさせない点も残念」として35点を付けています。



(注1)本作の脚本は、『八日目の蝉』や『軽蔑』の奥寺佐渡子

(注2)映画のはじめの方で、仕事にあぶれてしまった2人がチームを脱退することとなり、監督(鶴見辰吾)から妻夫木が、一番年上ということもあってキャプテンに指名されます。
 妻夫木は「なにをすれば?」と戸惑いますが、上地に「チームをまとめればいいんだ」と言われます。

(注3)最近では、俳優陣のうち、妻夫木聡は『渇き。』、亀梨和也は『俺俺』、勝地涼は『阪急電車―片道15分の奇跡―』、上地雄輔は『超高速!参勤交代』、池松壮亮は『紙の月』で、それぞれ見ました。
 なお、高畑充希についてはこの記事を。

(注4)例えば、日系二世となると、家では日本語で、外では英語でというように使い分けることができる者が増えたと思います。そうなれば、日本人社会とカナダ人社会の間に挟まってもがき苦しむ者も出てくることでしょう。

(注5)本作の公式サイト掲載の「スタッフインタビュー」より。

(注6)映画で彼は、ホテルのポーターを解雇されてしまい、日本にいる親戚が用意してくれた仕事に就くためにカナダを離れて日本に行くことになります。
 ですが、彼は日系二世ですからおそらくカナダ国籍と思われ、仮にそうであれば、当時簡単に日本に入国できるのか疑問に思われますし、まして、日華事変で中国に派遣された日本軍の中に彼が入っていた(それを妻夫木らは、バンクーバーの映画館で上映されたニュース映画で知ることになります)というのは一体どういう経緯なのかと思ってしまいます(日本国籍を持たない者が日本の軍人になれるでしょうか?)。
 とはいえ、Wikipediaによれば、「近代日本人の海外移民は、第二次世界大戦以前は一時的な出稼ぎの要素が強く、「故郷に錦を飾る」ことを目標とする者が大半であった。そこで、この時期の移民にはおおむね国籍の離脱・変更といった行為が伴っていない」とのことであり(戦前の「日系ブラジル人」は自分たちを“大日本帝国臣民”だとみなしていて、それで『汚れた心』で描かれたような事件を引き起こしています)、さらにカナダでは、日本国籍を持ったままで永住権を取得できるようでもあり、そうであれば移住した池松壮亮の父親が日本国籍を持っている可能性があり、さらに、生まれた池松壮亮について日本領事館に申請すれば、その日本国籍を取得できるのかもしれません。

(注7)『Take Me Out to the Ball Game(私を野球につれてって)』。
 この歌については、例えば、このサイトの記事を参照。

(注8)5人というと、最近見た『フューリー』を思い出してしまいます。
 そこでは、ブラピを指揮官とする5人が乗り込むシャーマン戦車「フューリー」がドイツ武装SS大隊の300人と対峙するという場面がクライマックスです。
 本作も、もしかしたら、妻夫木以下の5人が、沢山のカナダ人野球チームと対戦する姿を描こうとする作品なのかもしれません!
 尤も、ウォーダディと渾名され部下を力強く引っ張っていくコリアー軍曹(ブラピ)とは違って、妻夫木が扮するキャプテンは、闘志を内に秘めた物静な男であり、両者はまるで違ったタイプといえるでしょうが。

(注9)その点からすると、「バンクーバー朝日」の快進撃が続くのですから、相手のチームはどうして「brain baseball」を取り入れなかったのか、少なくともその対策を講じなかったのかと思えてきます。
 確かに、それまでの大味の野球を緻密な野球に変えるのは、あるいは簡単ではないのかもしれません(練習しなくてはいけませんし、なによりも野球に対する姿勢を替えなくてはいけないでしょうから)。でも、弱小の「バンクーバー朝日」がやってのけたのですから、そしてそれによって彼らが次々と勝っているのですから、カナダ人の中に模倣するチームが出てきてもおかしくないはずです。
 本作について、「バンクーバー朝日」が対戦する相手チームに殆ど触れていないことによっても、まともに野球が描かれていないと感じてしまうのかもしれません。

(注10)例えば、妻夫木の父親の友人(光石研)、カフェの店主(田口トモロヲ)とか写真館の店主(徳井優)など。
 尤も、タクシー運転手(ユースケ・サンタマリア)は、最初のうちは、上地雄輔に対して(「野球に行くのを奥さんから)毎度うるさく言われるのだから、野球なんかやめちまえ」と言っていたのですが。

(注11)こうなるのも、故郷に錦を飾るという意気込みでカナダに渡ったにもかかわらず、現実のカナダは前もって聞いていた話とは大違いだったこと、英語が全く話せないこと、「飯、風呂、寝る」しか言わない亭主関白振り、大酒飲み等々の日系一世の特色めいた姿を、佐藤浩市一人に集中させて描き出したことによるものでしょう。

(注12)『川の底からこんにちは』以前の作品。
 同作以外の作品については、この拙エントリこの拙エントリ、及びこの拙エントリをご覧ください。

(注13)この点については、この拙エントリの「注8」をご覧ください。



★★★☆☆☆



象のロケット:バンクーバーの朝日


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11 コメント

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TBありがとうございました (atts1964)
2015-01-13 11:39:25
TBありがとうございました。
私も豪華なキャストの活かし方がちょっともったいないなあと感じましたし、あの戦法だけで、連戦連勝?、なんとカナダチームはざるなのか(^^)、と思いました。
扱っているテーマが、移民で、北米や南米に多くの日本で貧しかった人たちが中心となっていった時代の、2世たちの物語なんで、2時間足らずでは描ききれませんね。
だからもっとポイントを絞ったキャスティングで良かったのでは?と思いました。
NHKの夜ドラにして、連続の回で描いた方が合う作品でしたね。
こちらからもTBお願いします。
外国での暮らし (milou)
2015-01-13 14:35:37
どんなに下らなさそうな映画でも見れば意外と面白かったり好みに合うことがないわけではなく見なければ話も始まらない。とはいえチラシを見て女子高生(風)などが主演の多くの日本映画は見る気がしない(ちなみに女子中高生そのものは大好きです)。
そんな日本映画界のなかで、この監督の作品は題材や俳優など“大人の鑑賞”に値する“普通”の映画らしく応援したいとは思うのだが…

今回も冒頭からダメでした。まず家族で静かに食事する場面。何か意図があるのかカメラは敢えてテーブルの下の足下を映し彼らは全員靴を履いている。
もちろん靴を履いていても変ではないが、(調べたわけでもないが)僕自身もそうだったが現在でも外国に暮らす日本人の多くは自宅では靴を脱いで生活していると思う。
(クマネズミさんはブラジルでどうでした?)

もちろん、その国に同化したいと意識的に西洋風の生活をする人もいるだろうが彼らの日本人社会には銭湯があり豆腐屋があり居酒屋があり“日本人”であることに自覚的であるはず。ついでに言えばカナダ人の飲み屋には足を踏み入れることも許されないほど“隔離”された日本人社会の店にBean Cake や Pier Cafe といった英語の看板が氾濫している。まさか表示義務があったとも思えないが誰のための標示なのだろう。

次に彼らは10時間の過酷な(そうは見えなかったが)労働のあとで練習する。つまり(休日以外)練習は夜しかないはずだが球場にナイター設備はない。そもそもあの球場は彼らが占有使用出来るのか。公共の設備で“差別”があったなら恐らく夜間の使用は禁止されるはず。球場での練習場面はほとんどないが練習に出かけるときは昼間が多かった。しかも誰一人“バット”を持って行かない。そんな劣悪な環境下なら弱いのは当然で新聞記事の連戦連敗で“20-0”というスコアは納得出来る。ところが“brain baseball”で勝ちだしたスコアは“5-1”や“4-2”になっている。4点や5点を取ることは可能でも相手を1点や2点で抑えるためには相当優秀な投手と万全の守備力がなければならず、彼らの状況では考えられない。
そんなわけで『川の底からこんにちは』があまりにも面白かったから石井監督に期待したが、結局はあれも満島ひかりの魅力が8割以上だったのだろう…

関係ない個人的な話だが老老介護中で厳しい時間制約があり見たい映画も見逃し逆に見たくない映画もたくさん見たが、昨年は久し振りに200本以上見ることができた。
Unknown (クマネズミ)
2015-01-14 07:10:53
「atts1964」さん、TB&コメントをありがとうございます。
こちらの方こそよろしくお願いいたします。
本作については、おっしゃるように、「扱っているテーマが、移民で、北米や南米に多くの日本で貧しかった人たちが中心となっていった時代の、2世たちの物語なんで、2時間足らずでは描ききれ」ず、登場人物の人間関係などにつき表面的になぞっただけの底の浅い映画になってしまったのでは、と思います。
Unknown (クマネズミ)
2015-01-14 07:12:11
「milou」さん、お久しぶりのコメントをありがとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
相変わらず鋭い視点から映画をご覧になっておられるのですね!
イ)確かに、クマネズミがブラジルで暮らした時も、自宅の床は全て板張りでしたが、帰宅時にはサンダルに履き替えていました(日本での勤務先でも、仕事中はサンダルに履き替えます!)。
ロ)確かに、最近見た『ベイマックス』の方が日本語の看板を多く見られたかもしれません。
ハ)確かに、夜間の練習ではせいぜいキャッチボールと素振りくらいでしょうから、あのような「brain baseball」を身につけるのは至難の技だと思います(特に、「万全の守備力」を備えるには厳しいノック練習が必要でしょうから)。
それにしても、「老老介護中」にもかかわらず「200本以上」もご覧になったとは驚きました。「milou」さんのような厳しい環境にはないノーテンキなクマネズミは、100本見るので青息吐息です。

白人混成チーム (milou)
2015-01-14 20:41:58
バンクーバー朝日軍とカナダ移民について少しだけネットで調べてみた。というのも映画を見て日系二世がすべて英語の名前を名乗っていることに違和感があったから。

例えば香港では当時上司である英国人が部下の中国人の名前に馴染まず覚えにくいので半強制的にニックネームとして英語名を付けたことから現在に至るまで香港人の多くは英語名も持っている。

映画を見たかぎりではエミー以外はどちらかと言えば反カナダであり確かにカナダ人に雇われているが彼らと“交流”している雰囲気は一切なく子供に敢えて英語の名前を付けるのが不自然に思えた。もちろん現実の朝日軍の選手が(本名かどうかは別として)英語名を名乗っているから映画もそうしたのだろうが。

ところが最近のカナダ移民の人のブログを見て映画の“嘘”が分かった(もちろん余計な違和感さえ抱かせなければ映画が事実と反すること自体は問題ない)。

:今まで日系2世に結構会った事があるが、その殆どの人間は日本語が話せなかった。簡単にいえば、日系1世の日本人移民達が、自分達の子供に対し、敢えて、日本語を教えず、カナダに早く同化させたいという切ない望みがあったのだ。
http://2002mar.blog.fc2.com/blog-entry-568.html

映画では極端に被差別者としての日本人を意識させているが現実には相当の差別はあったにせよ、もっとカナダ人社会に同化していたと思われる。
その明らかな証拠が朝日軍の“強さ”だ。Wikiによるとチーム結成の5年後1919年にはマイナーリーグで優勝しチームも5軍まであった(とすれば選手は100人近くはいただろうが映画では補欠さえいないほど)。1921年に2代目監督笠原(映画の笠原は偶然?)と主力選手が退団(?)分裂し4人の“白人”選手を加え遠征し、その後“各地の白人チームから有力な選手を引き抜き"それまでの“守備”一辺倒のチームから機動力の“Brain Ball”に変身、1926年優勝、さらに開戦の41年まで5年“連続優勝”している。

つまり映画では非力な弱小チームが差別にもめげず“頭脳”で“やっと”優勝にまでこぎ着けました、という文字どうり漫画チックなステレオタイプの描き方をしたことが題材の面白さを半減しているのだろう。映画がオープンセットも含めどの程度事実を再現しているかわからないが一世たちが“カナダに早く同化させたい”と努力していたなら僕が持った2つの疑問、靴と英語の看板も逆に納得できることになる。実はわざわざテーブル下にカメラを向けたことや室内での靴音を意識させることに何らかの“意図”があるのではと邪推もしていた…

なおカナダチームが“「brain baseball」…少なくともその対策を講じなかった”に関しては、多分決勝戦だったと思うがスクイズを予想して前進守備をしていた三塁手の裏をかき強打して頭上を越すヒットで勝負を決める場面があったはず。
もうひとつ故意に頭にデッドボールを投げる場面があるが、すでに朝日軍はマスコミの注目を浴びていてカナダの新聞社も取材に来ていたのにマスコミはカナダの味方をして無視したんでしょうか…
もう少し補足 (milou)
2015-01-14 23:29:33
先に挙げたURLのブログ主は、かなり偏った考えの持ち主らしく、その意味では文章を鵜呑みにはできないかもしれないが少なくとも彼が会った日系二世の多くが日本語を話せなかった、ということが本当ならカナダの“日本人社会”で二世たちは英語が第一言語だったと思われる。
それはそれとして
朝日軍についての別のブログによると、初代監督の宮崎松次郎氏がバンクーバーで15歳ぐらいの日系二世の少年9人を集め少年野球チームを作った。4年後には5軍まで作られ選手は74名。5年後に“白人チーム”と戦うまでになり初戦で大差のコールドゲームで大勝しマイナーリーグで優勝。

つまり映画と違い最初は恐らく対外試合すらしていない(させて貰えない)“無名”のチームが“白人チーム”との初戦で大勝したからSleeping Tigers として白人社会で注目されたのでしょう。そうでなければ後に白人が“汚らわしい”移民のチームに参加するはずがない。
映画では時代は合わないが、いわばこのリーグ初優勝までの話を開戦に繋いだのでしょう。
しかし実際には26,30,33年にもリーグ優勝、さらに37から41年まで5連覇なら常勝の最強のチームで優勝しても“感動的”な場面にはならないでしょうね。

ちなみに過去のテレビ番組でも分裂した笠原監督が“3人の白人”を連れて日本遠征したことや3代目のハリー宮崎監督が白人チームから有力選手を引き抜いた、という部分は省略され映画同様日本人の“純血”を守っているようです。Brain Ball と評されたのもハリー宮崎監督率いる黄金時代の話です。
Unknown (クマネズミ)
2015-01-15 07:10:10
「milou」さん、大変参考となる詳細な二つの追加のコメントをありがとうございます。
日系二世の英語名の話から、「(日系人たちは)現実には相当の差別はあったにせよ、もっとカナダ人社会に同化していた」とされる「milou」さんのご指摘は説得力があり、本作では「非力な弱小チームが差別にもめげず“頭脳”で“やっと”優勝にまでこぎ着けました、という文字どうり漫画チックなステレオタイプの描き方」がなされているとの見方も頷けるところです。
それで、本作は実話に基づくとされていながらも、かなり観念的な作りとなっていて、それで登場人物(特に女性たち)が人間として上手く描けていない感じがするのかもしれません。

なお、「スクイズを予想して前進守備をしていた三塁手の裏をかき強打して頭上を越すヒットで勝負を決める場面」は確かにありました。そして、そんなヒットをギリギリの場面で打てるには、相当のバッテング技量が「バンクーバー朝日軍」に備わっていなくてはならないのに、いつの間にそんなものを身につけたのだろうと疑問に思ったところです。
実はリアルだった? (milou)
2015-01-15 10:15:43
最初のコメントで球場のことにも疑問を呈した。

少しのブログ類の一部を見ただけでは歴史的事実がどうだったかを正確に判断するには不十分だが、あくまで映画の中では(日本でのオープンセットでもあり)球場は1つしか出てこず練習も白人チーム(多分2チームだけ)との試合も同じ球場で行われていた。
レジーの父親に“この街は俺たちが作った”と言うような台詞があるが作るというのが建築(大工)過程も含むなら街に木造ではなく石造りのビルがあるのが不思議だと思っていた(もちろん、どこまでが日本人村かは判断できないが)。

映画で街を歩くカナダ人がゼロではないが(特に急いでいてぶつかりそうになるクリシェなど)、試合は別としてエミーの勤め先や女学校、製材所の現場監督、ホテルの客以外(パブは後述)カナダ人は登場しない。
つまり日本人村がネイティブアメリカンやアボリジニのように収容所に近いような隔絶した保護区にあるのではないにしろ基本的に日本人村にカナダ人は立ち寄らない感じがする。

例えば僕がよく知っているロンドンなどのチャイナタウンは街の中心部にあるが原則その一画内の店は(一応)中国人経営の中国人向けの店だけで西洋人向けはない。
(現在は観光地でもあり客も多様な人種だが)
しかし境界あたりの向かい合う通りには両方の店が混在している。まさにカナダ人用パブは日本人村境界の向かいにあり“お前たちの店はあっちだろう”と言わせる設定に便利なように作られているが恐らく現実には存在しなかった場所だろう。

つまり映画に登場する球場は日本人村内にあり試合は別として朝日のチーム以外が使う気配は見えなかったが日本人社会で野球チームは一部のファン以外からは無駄な存在とされ“自分たちの球場”を持つことなどあり得ず、だれもが使える(建前の)公共の球場なら日本人が自由に使うことは難しいだろうと見ていて引っかかった。

しかし現実は1人の努力で野球は日本人社会に広く浸透し自前の球場まで作ったが差別もあり白人チームとの試合は許されない。だから5軍まで作って紅白戦のように日本人同士が戦い“実力”は十分以上あったのだろう。
自前の球場があるなら当然ロッカールームもあり練習や試合に着替えの入ったバッグ以外の“道具”を持って行かないのも極めてリアルな表現になる。
であれば僕が疑問に感じたアンリアルな表現も実は暗号のように忍ばせたリアルな表現だったのかもしれない。

いずれにしろ映画としては“最初から”強いチームでは話にならないので球団結成もままならない“初期”の弱い段階を中心に据え、後の特色である Brain Ball を絡ませたのだろう。
公式HPを初めて見ました (milou)
2015-01-15 11:36:50
現実はともかく美術としては球場は日本人街と白人街の中間(境界)にあり一塁側が白人街、三塁側が日本人街を背負っているように造られ、当然西洋人街の建物は石造りで日本人街は木造を多用している。
確かに写真を見ればその通りだが見ているときは境界がよく分からなかった。なお球場はやはり朝日軍のホームグラウンドのようです(先攻も後攻もあったが…)。また実際はもっと簡素でダグアウトもなかったらしいのでロッカールームもないだろうが着替えは必要だし用具を入れる倉庫ぐらいはあったはず
おまけです (milou)
2015-01-16 00:38:36
公式HPのギャラリーに当時のものと思われる新聞記事が載っている(右の1938年7月18日付け)。
見出しは“相変わらずヒットなしで勝ち続けるAsahi”で記事内にはロイ・ナガニシ、トム・ミヤケ、ジョー・オカザキ、トニー・シシドという名前が見える。つまり映画での役名も(一部だろうが)実在の人物に合わせている。ということは1938年頃のチームを描いている(はず)だが映画は1年間の話として描いているので開戦直前の41年になり事実とは合致しない。
また左にも日付部分のない新聞記事があるが見出し下には“昨年最下位のAsahi が新戦術‘Small Ball’で上位を目指す”とあり、こちらなら少なくとも35年以前で場合によっては20年代の記事かもしれない。

まあ別に史実を忠実に描く映画ではないので無関係と言えばそれまでだが、それなら名前なども変えたほうがいいと思うが…例えば守備位置や打順、スコアも事実と違うはずだし。

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