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だれかの木琴

2016年09月28日 | 邦画(16年)
 『だれかの木琴』をシネマート新宿で見ました。

(1)常盤貴子池松壮亮が共演する作品というので、映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、メゾネットタイプの家が立ち並んでいる早朝の光景が映し出され、その内の1軒に明かりが灯り、居間のカーテンが開かれ、海斗池松壮亮)が自転車を外に出します。一旦、居間の戸が閉められ、今度は、玄関のドアが開けられて海斗が出てきます。海斗は自転車に乗って外を走ります。

 海斗は、外から戻ってくると、食事の準備をし、2階に向かって「できたよ―」「早くしないと遅れるよ」と叫びます。
 すると、2階から佐津川愛美)が降りてきて、テーブルにつきます。
 彼女は、「じゃがいもの味噌汁だ」「おいしい」と言い、海斗は「スーパーで売っているダシだけど」と応じます。
 その後、唯は「また来週」と言って家を出、海斗も「連絡する」と答えて、外にある自転車を家の中に入れます。

 場面は変わって、美容室のMINT。
 サイレンが鳴るので、客の小夜子常盤貴子)が「火事かしら?」と尋ねると、美容師の海斗は「駅前みたいですね。今日はこれで2回目ですよ」と答え、小夜子が「放火かしら?」と訝しがると、海斗は「でも、真っ昼間の放火って」と言い、小夜子も「変ねー」と応じます。

 終わって、海斗が「お疲れ様です」と言いながら、手持ち鏡を使って後ろの仕上がり具合を見せると、小夜子は「結構です」と言います。
 受付で、小夜子が料金の2,500円を支払うと、海斗が「メンバーズカードです」と言ってカードを差し出します。
 小夜子は、「あたし、ここに越してきたばかりで。偶然、このお店見つけたの」と応じます。そして、海斗が差し出した名刺を見て、小夜子は「やまだかいとさんとおっしゃるの、綺麗ないい響きね」と言います。



 これが小夜子と海斗との最初の出会いですが、さあこれから物語はどのように展開するのでしょうか、………?

 本作は、夫が働き盛りで仕事に集中しており、一人娘も中学生で手がかからなくなった中年女性を巡る物語。郊外の一軒家に引っ越してきて落ち着いて安定した生活を送れるはずのところ、心の空洞にイケメン美容師が入り込んでしまいます。よくありそうな話で、少々ダレる感じもしますが、常盤貴子と池松壮亮の魅力で、2時間近くの映画を引っ張ります。

(2)本作における小夜子たちの家の状況が、前回取り上げた『オーバー・フェンス』における白岩の東京での家の状況にやや類似するのではという気がしました。
 同作できちんとは描かれていないものの、話からすると、白岩(オダギリジョー)は、仕事にかまけて家のことを妻に任せきりにしたら、ある日帰宅すると、妻が子どもの顔の上に枕を押し付けているのを発見したとのこと(注2)。
 本作における小夜子の家でも、夫・光太郎勝村政信)が仕事に脂が乗ってきて副部長職に昇進かと噂されていて、家のことよりも会社のことの方が気になる様子です(注3)。



 また、一人娘のかんな木村美言)も中学生になって、親の手から離れつつあります(注4)。
 家族間のコミュニケーションが、白岩の家と同様に、かなり希薄になっているようです。
専業主婦の小夜子には、身の持って行き場がない感じが強く漂っています(注5)。
 そんなところから、海斗からメールを受け取ると、彼が自分に対し濃密なコミュニケーションを取ろうとしているのだ、と小夜子には思えたのでしょう(注6)、彼女は、自分ではそれと知らずに、海斗に対しストーカー的な行為に及んでしまいます(注7)。



 本作よりもさらに状況が厳しくなっているのが、以前見たことがある『家族X』(2011年)ではないか、と思います。
 同作においては、夫・健一田口トモロヲ)がリストラ寸前で、家の中でもほとんど話しませんし、一人息子・宏明郭智博)も大学卒業後正社員になれずに派遣職員としていろいろな職場を転々とし、これまた家の中では口を開きません。
 家族の間におけるコミュニケーションが、殆ど取れなくなってしまっています。
 そして、ある時、妻・路子南果歩)は、台所の物を次々に放り投げたかと思うと、いきなり外に飛び出して、あてもなくドンドン歩いて行ってしまうのです(注8)。

 『家族X』で描かれているのは、本作の小夜子の家の状況がモット進んだ段階を表しているように思えてきます。小夜子の家においても、家族相互のコミュニケーションがうまくとれなくなっているとはいえ、それでも『家族X』ほどではない感じがします。
 そして、『家族X』では、ラストで、夫・健一は妻・路子を、昔家族でよく行ったことのあるレストランで発見し、一応の決着を見るとはいえ、本作における娘・かんなのように(注9)、家の状況を心配してなんとかしようとする存在を見いだせないために、本作のラストほどにはその将来に光明を見いだせないように思えます(注10)。

 全体として、本作では随分と範囲の狭い舞台で起こることが繰り返し描かれるために、2時間弱の作品としては少々ダレた感じがするものの、相変わらず美しい常盤貴子と若さ溢れる池松壮亮の魅力によって、映画を引っ張っていきます(注11)。

(3)毎日新聞の細谷美香氏は、「小夜子の行為はストーカーと呼ばれても仕方のないものだが、映画はわかりやすいサスペンスには舵(かじ)を切らず、彼女を断罪する気配もない」、「超自然的な動きをするブランケットが小夜子を包むシーンに、東監督のみずみずしい感性とヒロインに寄り添う優しさを感じた」などと述べています。


(注1)監督・脚本は、『酔いがさめたら、うちに帰ろう。』の東陽一
 原作は、井上荒野著『だれかの木琴』(幻冬舎文庫:未読)。

 なお、出演者の内、常盤貴子は『汚れた心』、池松壮亮は『セトウツミ』、佐津川愛美は『ヒメアノ~ル』、勝村政信は『龍三と七人の子分たち』、河井青葉は『二重生活』で、それぞれ見ました。

(注2)驚いた白岩は、妻と子どもを連れて妻の実家に行きますが、結局は離婚するに至ります。

(注3)さらに、夫の光太郎は、倦怠期にもあるのでしょうか、街で行きずりの女(河井青葉)と会うと、ホテルに直行したりします。

(注4)例えば、かんなは学校から帰ると、小夜子に「合唱コンクールの練習があった」と手短に報告し、「おやつは2階で食べる」と言って、さっさと自分の部屋に入ってしまいます。

(注5)最初の美容院から戻ると、男が「お邪魔いたします」と言いながら、突然家に上がり込んできます(鍵を開ける音はしません)。その男が、小夜子を見て、「美容院に行きました?」と尋ねると、小夜子は「ええ、初めてのお店」と答えます。男は「いい匂い」と言って、ソファーに座る小夜子に抱きつきます。しばらくして、その男は「じゃあ行くよ。髪、すっきりしてる」と言って玄関の方に行き、小夜子は「ありがとう。いってらっしゃい」と応じます。
 これは実に不思議なシーンです。というのも、この男は、小夜子の夫の光太郎なのですから!
 クマネズミには、このシーンは、小夜子の願望(夫にもっとかまってもらいたい)による幻想ではないかと思えてしまいます(あるいは、イケメン美容師の海斗にときめいてしまった自分を罰するために、このようなシーンを妄想したのでしょうか?)。

(注6)海斗から「またのご来店をお待ちしてます」とのメールが小夜子の携帯に入ったのに対し、小夜子は「今日のカットとシャンプー、とても気に入っています。今後とも宜しくお願いします」と返信します。それを見たMINTの店長(日比大介)は、「営業メールにレスとは珍しいな」と驚きます。

(注7)海斗は優しい性格なのでしょうか、唯という恋人がいるにもかかわらず、小夜子のストーカー的な行為に対して、それほど拒絶的な態度を取りません。業を煮やした唯は、小夜子の家にまで乗り込むものの、事態が解決しないとなると、海斗から身を引いてしまいます。

(注8)『家族X』の路子の場合は、自分に対しコミュニケーションをとってくれる人間が周囲になかったために、外に飛び出して目的もなしに歩き回るという行為になったものと思われます。

(注9)かんなは、勤務中の父親に電話をかけて、「今日は早く帰ってきて、お母さんが変。髪を短く切ったりして。お家の中が事件になっちゃったよ」と言います(光太郎が仕事で取り扱ってる警報装置を自宅に取り付けることによって、外からの事件に対して家が安全になるとしても、家の中で事件が起きてしまったらどうしようもない、といった感じのことがそれまでに父親とかんなの間で話されています)。

(注10)本作のラストでは、ソファーで横になっている小夜子の上に毛布が次第に被さっていき(とてもファンタジックなシーンです)、彼女の寝顔はとても幸せそうなのです。
 そして、木琴のきれいな音も流れます。
 これは、小夜子が、以前の幸せな状態に戻った姿とも受け取れます。

 ただ、その前のシーンが問題のように思われます。夫が部下を家に連れて来た際に、小夜子は手料理を出したのですが、後で夫から、「部下が大層褒めていた」と聞くと、その部下に小夜子は「是非また食事においでください」とのメールを送るのです。事態は、海斗の時と何も変わっていないようなのです!
 それに、いくら家庭内に問題があるからといって、夫の光太郎は、会社を辞めるわけにいかないでしょうから、結局は以前と同じ勤務状況でしょうし、娘のかんなにしても、どんどん大人になって親離れが進むことでしょう。
 映画のラストは、あるいはこれからのことを逆に暗示しているのかもしれません(もしかしたら、小夜子は、夫の部下の家を探すことになるのではないでしょうか)。

 なお、タイトルにもある「木琴」ですが、小夜子が見上げた家の2階から木琴の音が流れてくる場面が2度ほど挿入されています。ただ、その際には、調子の狂った音しか聞こえません。それについて小夜子は、「弾いている子は、自分の中の音楽を探しているのだ。自分自身が一つの音楽になりたいのだ。でも、それができないことに苛立っている。あそこにいるのは、幼い時の私だ」などと呟きます。
 ラストのシーンでその木琴の音がきれいなものになったということは、小夜子の自分の中のものが調和したということでしょうか?
 それにしても、この木琴を巡っての本作の描き方は、如何にも思わせぶりであり、ことさら必要なものなのか疑わしいようにクマネズミには思えます(タイトルに持ってくるほど重きを置かれていないようにみえるのですが)。

(注11)とはいえ、池松壮亮演じる海斗について、もう少し説明的なものを加えた方が、もっとリアルな感じになるのでは、と思いました。海斗は、「俺も22の時、ちょっと危なかった」「昔、自分の母をクソババアと言った男を殴り倒した」などと言うものの、その背景はまったくわかりません。それに、美容師になっておそらく7、8年経過するのでしょうが、自分の将来をどうするのかということが念頭に浮かんでくるのではないでしょうか(このまま、MINTで働き続けることはできないでしょうから、腕を上げて都心の美容室に移るとか、お金をためて独立するとか、色々考えることがあるでしょう)?でも、海斗からは、今を楽しむくらいの雰囲気しか感じられませんでした。



★★★☆☆☆



象のロケット:だれかの木琴


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