映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ル・アーヴルの靴みがき

2012年05月29日 | 洋画(12年)
 『ル・アーヴルの靴みがき』を渋谷のユーロスペースで見ました。

(1)本作は、フィンランドのカウリスマキ監督の作品で、前作『街のあかり』(2007年)をDVDで見て印象深かったので(注1)、この作品もと思いました。

 物語は、コンテナに隠れて密入国しようとしたアフリカの少年を、主人公をはじめとするル・アーブルの街の人の協力で、少年が希望するロンドンに出国させるというごく単純な人情話です。
 ただ、それを、劇場用パンフレット掲載のメッセージで監督自身が述べているように、「このとかく非現実的な映画」の中で描き出すことにより、人々の思いやりの深さが却って浮き彫りになっていて感銘を受けました。

 例えば、
・主人公マルセルアンドレ・ウィルム)はかなりの歳なのですが、とても靴みがきを業とする者とは思えないほど、外見はバリッとしています(注2)。どうも若い頃パリにいたようなのです(注3)。
・アフリカから来た少年イドリッサは、主人公と出会うといきなりフランス語で話し出すのです(ただこれは、フランスの旧宗主国からやってきたと考えればいいのでしょうが:注4)。



・マルセルは、収入が少ないために近所のパン屋や八百屋に借金が溜まっていて嫌がられているところ(注5)、彼の妻アルレッティカティ・オウティネン)が入院したことやイドリッサを匿っていることが知れると、街の人々の態度が途端に一変し、そればかりか、入院中のマルセルの妻を見舞いに行ったパン屋の女将は、カフカの『短編集』の朗読までしてあげるのです(注6)!
・マルセルは、ダンケルクにある難民キャンプに行ってイドリッサの祖父に会おうとしますが(ロンドンにいる彼の母親の住所を知るために)、その所長に対し、自分は当人の弟で弁護士だと言い張るところ、いくらなんでも「白子」だから色が白いというのは言い訳として凄まじすぎます。
・アフリカの少年の捜索を知事から厳命されたにもかかわらず、警視モネジャン=ピエール・ダルッサン:注7)は少年の脱出を見逃します。



・医者に余命いくばくもないとされた主人公の妻(注8)は、驚いたことに完全に治ってしまうのです(注9)!




 ただ、こんなところをいくらご都合主義だ何だと批判しても全然始まりません。
 監督が先刻ご承知で意図的にそのようなストーリーにしていることはみえみえですから。
 むしろ、このように「非現実的」な雰囲気の中でストーリーを展開することによって、人々のお互いの思いやりの深さとか、さらには人々が移民に対して日々どのような態度で接しているのかも逆によく見えてくるといえるでしょう。

 なお、本作には往時の日本映画的な雰囲気がかなり漂っているところ、さらに、マルセルの自宅の食卓の上にはなぜかお猪口が置いてあったり、ラストでは庭の桜が咲いていたりもして、日本に対する監督のこだわりがうかがわれるところです。

(2)本作の主人公に扮するアンドレ・ウィルムは、カウリスマキ監督の2作品に出演しているとのことですが、未見です。
 ただ、その妻を演じるカティ・オウティネンが主演の『浮き雲』のVTRをこのほど見てみました。

 物語は、有名だったレストランの給仕長のイロナ(カティ・オウティネン)は、夫でバスの運転手のラウリ(カリ・ヴァーナネン)と幸福な生活を送っていたところ、ラウリは不況のため解雇され、他方、イロナも、レストランのオーナーが代わったため辞めざるを得なくなって職探しの身に、さらに色々の難題が2人に降りかかるものの、レストランの前のオーナーに偶然出会って話をしたことから、資金援助を受けられることになり、レストランの開業にこぎつけるに至る、というものです。

 ラスト近くまでは、厳しい現実に次々に打ち負かされる2人をこれでもかと見せつけられて、映画を見る者はやるせない気持ちで一杯になってしまいますが、ラストに至り、『街のあかり』と同様に、心の中の希望の光が灯されたような感じになります(前のオーナーがアトになって資金援助するくらいなら、どうして当初乗っ取りにあったときにその資金を出さなかったのか、とも言いたくなりますが、そんな野暮なことは言いっこなし)。

 本作も、ロンドンに向かう船の甲板に出てル・アーヴルの港を眺めるイドリッサを見ると、それらの作品同様の感慨に浸されます。

(3) 本作では、移民問題が一つのテーマとなっています。
 マルセルが匿うイドリッサは、脱走した不法移民としてモネ警視が捜査しますし、マルセルはダンケルクにある不法移民キャンプを訪れたりします。



 さらに映画では、TVニュースの映像として、機動隊が不法移民が住んでいる場所を急襲してそこを閉鎖してしまった様子を映し出します(そこにいた300人は行き場がなくなってしまった、ともされています)(注10)。

 こうした流れは、先般のフランス大統領選挙でも争点の一つとなり、次のような報道もありました。
 「サルコジ氏は6日、仏テレビの討論番組で「フランスには移民が多すぎて住宅、職場、学校が機能しない」と、移民が経済・社会問題の原因との説を展開し、「(新しく入国する)移民の数を半減させる」と表明した。 サルコジ氏自身、ハンガリー系移民2世だが、発言はイスラム系移民を念頭に置いたものとみられる。2日には、サルコジ氏の側近であるゲアン内相が最大野党・社会党候補のオランド前第1書記(57)が掲げる 「外国人への地方参政権付与」にかみついた。「外国人の地方議員によって、学校食堂でイスラム教の戒律に沿った食事の提供を義務づけられたり、男女が同時にプールを使用できなくなるのはごめんだ」と述べた」(3月9日毎日新聞)。

 実際には、大統領選ではサルコジ氏が敗れ、移民規制に消極的なオランド氏が新大統領に選出されましたが、不法移民取締強化の流れは底流として続くのではないかと思われます。

 さらに、カウリスマキ監督は、劇場用パンフレット掲載のメッセージにおいて、「何とかして諸外国からEUへやってこようとする難民たち」に言及しているところ、次のような新聞記事に遭遇しました。
 昨今のギリシャはきっと財政問題でテンヤワンヤになっているに違いないと思っていましたら、5月23日の朝日新聞記事によれば、どうもそればかりでもなく、移民問題も重要のようです。
 すなわち、ギリシャ国家警察の広報担当は、「アフリカ、南アジア、中近東。三つの地域からの移民が、海から陸から押し寄せてくる。これは我が国だけではなくて欧州全体の問題だ」と述べています。
 これは、「欧州の政府債務危機の震源地であるギリシャだが、移民にとっては豊かな「先進国」であり、欧州の玄関」とみられているため。
同紙によれば、「昨年ギリシャで拘束された不法移民は約10万人。国籍は111に上った」が(ギリシャでは、「警察当局によると、70万人の不法移民と100万人の外国人住民が暮ら」し、これは「人口の2割近くにあたる」)、さらに、 「トルコとの国境は約230キロ。ギリシャ紙によると、昨年10~12月に欧州全域に入ってきた不法移民3万人のうち、75%はここを越えてきた人々」とのこと。

 どうやら、本作のイドリッサのように直接フランスに入り込もうとするだけでなく、ギリシャなどを経由して「EUへやってこようとする難民たち」も大勢いるようです。

 なお、日本については、『サウダーヂ』を取り上げたエントリの(2)において若干触れておりますので参照していただければ幸いです。

(3)渡まち子氏は、「フィンランドの巨匠アキ・カウリスマキの新作「ル・アーヴルの靴みがき」は心温まる現代のおとぎ話。移民問題を“善意”を主人公に描ききる名人芸に唸る」として75点をつけています。




(注1)このブログで『ヤコブへの手紙』を取り上げたエントリの(3)を参照して下さい。

(注2)だいたい、駅で客を待っている時も、普通であれば低い腰掛に座っているところ、マルセルは、もう一人のチャングと並んで突っ立っているのです。そして、上から見下ろしながら、前を通過する人々の靴の汚れ具合に厳しい目を走らせています。

 そうしたところに、カバンを大事そうに抱えた男が客となりますが、途中で周りにいる男たちに気がついて立ちあがって画面から消えてしまったところ、銃声が聞こえます。その男は、カバンが原因で殺されてしまったものと推測されるものの、この話は以後映画の中では展開されません〔ただ、「佐藤秀の徒然幻視録」の5月8日のエントリには、「マルセルに酒を振る舞うバーの店主クレールエリナ・サロ)の夫らしい」との注目すべき記載が見られます。なお、この男は、IMDbのキャストではL'Italien とされていて、『街のあかり』で強盗団のボスを演じていたイルッカ・コイヴラが演じています。このサイトの記事によれば、本作の冒頭のシーンとこの作品との繋がりも見出されるようです〕。

 なお、マルセルと一緒にいるチャングですが、彼の話によれば、自分はIDに記載されているチャングではなくベトナム人なのだ、このIDを取得するのに8年間もかかった(南仏では簡単に手に入るらしい)とのこと。

(注3)主人公マルセルは、イドリッサに、「若い頃パリにいた」などと話しますが、劇場用パンフレットに掲載されている秦早穂子氏のエッセイ「カウリスマキは前進する」によれば、カウリスマキ監督の『ラヴィ・ド・ボーム』(1992年)のマルセル(「パリで雑文などを書いていた自称芸術家」)が「パリから移り住んできた」とのこと。そして、その作品でマルセルに扮しているのが、本作でマルセルを演じているアンドレ・ウィルムです。

(注4)映画を見ている際には気が付きませんでしたが、劇場用パンフレットに掲載されている「Story」によれば、アフリカ中部に位置するガボンからやってきたとのこと。
 ただ、Wikipediaによれば、産油国で中心国レベルの国民所得があり、中国からの移民を受け入れているとのこと。そんな国から、教育程度が高そうなイドリッサが、危険なコンテナを使って(酸欠になる恐れがあります)フランスに不法に入り込もうとするのかと、疑問が湧いてしまうところですが、これもよくわかった上での設定なのでしょう。

(注5)所持金がないために、パン屋からパンを持ち出そうとして、「そんなことをしたら万引きだ」とパン屋の女将に言われてしまい、またマルセルが近づくと、八百屋はシャッターを下ろしてしまいます。
 さらには、あろうことか靴屋の店先で営業をしようとしたために、マルセルは靴屋の店員に大層邪険に追い払われてもしまいます。

(注6)マルセルの妻アルレッティの評判はものすごく高いものの(バーの女将クレールは「あなたには過ぎた人よ」とマルセルに言います)、それにしてもという感じです(わざわざ、カフカの『短編集』が画面に大写しにもなるのです)。

(注7)少年時代をル・アーヴルで過ごした画家のクロード・モネにちなんでのことだと思われます。

(注8)妻のアレッティが、病室で手渡されたレントゲン写真を見ながら、「わずかな望みもない?」と医者に尋ねると、医者は「奇跡でも起きなければ」と答えるくらいなのです。

(注9)マルセルは、妻のアルレッティから、「あなたといると心が乱されるから、これから2週間は会わない、2週間経ったら黄色い服を持ってきて」と言われてしまいます。
 2週間目の日には、抜け出せない用事のため、マルセルは黄色い服をイドリッサに届けてもらいますが、翌日、マルセルが病院に行くと、なんと彼女が別室でその服を着て待ち構えているのです!
 なお、マルセルの抜け出せない用事というのは、イドリッサがロンドンに向かうに必要な費用3,000ユーロを捻出すべく、リトル・ボブのロック・コンサートを開催すること(といっても、1945年生まれのロッカーの姿も凄まじいものがあります!)。

(注10)こうした記事も関連するのでしょう。
「フランス移民当局は22日、母国の戦乱を逃れたアフガニスタン人らが移住先のフランス北部カレーに築いた「不法移民キャンプ」を強制撤去、276人を取り調べた」(2009年9月23日産経新聞)。



★★★★☆






コメント (4)   この記事についてブログを書く
この記事をはてなブックマークに追加
« ポテチ | トップ | ファミリー・ツリー »
最新の画像もっと見る

4 コメント

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (佐藤秀)
2012-05-29 21:09:50
まあ、他に考えられないでしょうねえ。イタリア人ということはマフィアで必ずしも誤射じゃないということですかね。
クレールの夫 (クマネズミ)
2012-05-30 22:16:11
「佐藤秀」さん、TB&コメントをありがとうございます。
「佐藤秀」さんがおっしゃるように、冒頭に登場する男がバーの女将クレールの夫だとなると、この映画を覆っていた霧が随分と晴れる気がします。その男はイタリア人とされていますから、あるいはイタリアマフィアなのかもしれませんし、別のサイトの記事にあるように、『街のあかり』に出てくる強盗団リーダーのなれの果てということであれば、強奪した宝石をフィンランドから持ってきたのかもしれません。
削除依頼 (kintyre)
2012-09-09 22:44:51
こんばんは、誤って違う作品のTBを送って申し訳けございません。削除して頂ければ幸いです。
Unknown (クマネズミ)
2012-09-10 05:04:34
kintyreさん、わざわざご連絡ありがとうございます。

コメントを投稿