映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

ベル&セバスチャン

2015年10月09日 | 洋画(15年)
 『ベル&セバスチャン』を新宿武蔵野館で見ました。

(1)良作との情報を得て映画館に行ってきました。

 本作(注1)の冒頭では、鷹が悠然と空を飛んでいます。
 次いでカメラは、老人のセザールチェッキー・カリョ)と少年のセバスチャンフェリックス・ボシュエ)とが、猟銃を肩にして山の尾根を連れ立って歩いている姿を捉えます。
 遠くにカモシカもいます。

 セザールが地面を見ながら、「この足跡は狼じゃない。“野獣”だ。尾根から降りてきた。今週は、羊を3頭もやられた」と言います。



 その時、遠くで銃声が。
 撃たれたカモシカが山の斜面から落下します。
 セザールは「なんてことを!子育て中の雌を撃つなんて」と叫び、セバスチャンに「あの子を助けるぞ」と言い、現場の方に向かいます。
 セバスチャンは、セザールが支えるロープを伝って下の岩場に降りて行き、子供のカモシカを背中のリュックサックに入れて上がってきます。
 セザールはセバスチャンに「とんだ獲物を拾ったな」と言い、飼育している羊の小屋に戻ると、そのカモシカにヤギの乳を飲ませます。

 セバスチャンと別れてセザールは牛の様子を見に行きますが、途中で村人に遭遇します。
 どうも、彼らがカモシカを撃ち殺したようですが、その中の一人が「川沿いの道で“野獣”に足を噛まれた」と話します。

 一方、セバスチャンは川沿いの道を歩いて家に戻ろうとしたところ、途中で“野獣”に遭遇します。でも、“野獣”はセバスチャンを襲おうともしません。
 セバスチャンは、「セザールが君のことを“野獣”と言っているよ」、「セザールは僕のおじいさん。血は繋がっていないけど」などと話しかけます。

 こうして、セバスチャンと“野獣”(実は飼い犬だったグレートピレニーズで、セバスチャンは“ベル”と名づけます」)との交流が始まります。ですが、時は1943年7月、セバスチャンたちが住むサン・マルタン村にナチスドイツ軍が進駐してきます。
 セバスチャンとベルはどうなるのでしょうか、………?

 本作は、戦時中のフレンチアルプスを舞台に、幼い少年と犬との交流を主に描いたもので、原作が児童文学ですからまあこんなところかという点はママあるにしても、緊迫する社会情勢が物語の中に取り込まれサスペンス性が増す作りになってもいて、何より背景に映し出されるアルプスの季節ごとの風景は実に見事だなと思いました。

(2)本作にも、色々指摘できる点はあるように思います。
 例えば、外からやってきたドイツ兵ならともかく、山をよく知る村人が、授乳期のカモシカを銃で撃ち殺してしまうというのはよくわからないところです(なぜ、セザールだけが山のルールを知っているのでしょうか)。
 また、村に進駐したナチスの将校が、「峠越えしてスイス側に密出国する者(ユダヤ人でしょう)を案内する組織を潰すことについて、親衛隊の方から白紙委任された」として、「我々を甘く見るな」と村人たちを脅しつけますが、映画で見る限り厳しい捜査が行われているように見受けません(注2)。



 さらに、ベルは銃で撃たれますが、医師のギヨームディミトリ・ストロージュ)が持っている化膿止めの注射をするくらいで全快してしまうものなのでしょうか(注3)?
 それに、セザールの姪のアンジェリーナマルゴ・シャトリエ)とセバスチャンとベレがユダヤ人の一家の峠越えを道案内しますが、ドイツ軍の追跡を逃れるためにアンジェリーナは、クレバスに架かっていた雪橋を皆が渡りきった後に破壊してしまうのです。アンジェリーナと別れて(注4)単独で村に戻ることになったセバスチャン(それにベレ)は、どうやってクレバスを越えていくのでしょうか(注5)?

 でも、こんなつまらないことはどうでもいい事柄です。
 本作は、小学校1年生位の年齢の少年が、犬とか家族や村人とのふれあいを通じて成長していく様子がみずみずしく描き出されていて感動的な作品であり、その少年のセバスチャンを演じるフェリックス・ボシュエは大勢の子どもたちの中から選ばれただけあって、とても可愛らしく、かつまたその素直な演技には、子役にありがちな嫌味は少しも感じられません。



 また、クマネズミは、動物が活躍する映画は、人が調教した痕が伺えて好まないのですが、本作に登場するグレートピレニーズは、それが感じられるシーンもあるとはいえ、大部分はいかにも自然に振舞っている感じが出ていて、違和感を覚えませんでした(注6)。



 でも、本作で特筆すべきはなんといっても素晴らしい自然の景色でしょう(注7)。これは、『わたしに会うまでの1600キロ』で描き出されていたシエラネバダ山脈などの景観にも勝るとも劣らないものであり、それだけを見に映画館に行ってみてもいいくらいではないかと思いました。

(3)秋山登氏は、「特筆すべきは自然をとらえる映像の美しさである。緑の夏山と白一色の冬山、青い湖、オオカミ、カモシカ、リス……。冒頭から色彩が目に染み、詩情に酔う。ここには、自然保護活動家ヴァニエ(監督)の面目が躍如としている」と述べています。
 遠山清一氏は、「自然と動物と人間との関係にとどまらず、原作にはない戦争と人種差別の物語が挿入されシンプルな人間性の成長だけでなく理不尽な社会へと一歩踏み出していく厚みも盛り込まれている」と述べています。



(注1)監督はニコラ・ヴァニエ
 原作は、セシル・オーブリー著『アルプスの村の犬と少年(Belle et Sébastien)』(学習研究社)〔1965年に発表された原作は、日本で『名犬ジョリィ』としてアニメ化されています(1981~1982年)〕。
 原題は「Belle et Sébastien」で、続編も制作されています。

(注2)真っ先に疑われそうな知識人のギヨームは、自由に山歩きをしている感じなのです。
 どうも、村に駐留するナチスドイツ軍を率いるピーター中尉(アンドレーアス・ピーチュマン)にいわくがありそうですが、よくわかりません(なぜ彼は、ドイツ軍の捜索隊が出ていることをわざわざ峠越えを案内するアンジェリーナに密告しようとしたのでしょう?アンジェリーナの身の上を思ってのことかもしれませんが、道案内役がギヨームからアンジェリーナに代わったことは知らないはずではないでしょうか?)

(注3)銃弾の摘出をしなくてもいいのでしょうか?

(注4)アンジェリーナは、ユダヤ人一家と一緒にスイス側に入り、イギリスに行ってド・ゴールが率いる「自由フランス」に参加するとのこと。

(注5)ここらあたりに詳しいベルがセバスチャンに付いているから大丈夫ということでしょうが、いくらベルが一時野生化していたからといって、雪山まで詳しいとはとても思えないところです。それに、セバスチャンが帰り道でドイツ兵と遭遇したらどうなるのでしょう(子供だとはいえ、雪山に入り込んでいるのを疑われるでしょう)?

(注6)犬が全面的に登場する映画としては、10年ほど前に『イヌゴエ』を、渋谷東急デパートの前にあったミニシアターで見たことがあるくらいです。

(注7)この記事によれば、本作は、「フランス・アルプス山脈地方にて、夏、秋、冬の3シーズン、計13週間にわたり撮影」されたとのこと。
 なお、ロケ地は「オート・モリエンヌ・ヴァノワーズの谷(la vallée de la Haute-Maurienne Vanoise)」で、地図で調べると、スイスとの国境沿いではなく、イタリアとの国境沿い(山向うはトリノ)に位置するようです。



★★★★☆☆



象のロケット:ベル&セバスチャン