映画的・絵画的・音楽的

映画を見た後にネタバレOKで映画を、展覧会を見たら絵画を、など様々のことについて気楽に話しましょう。

春との旅

2010年06月24日 | 邦画(10年)
 『春との旅』を吉祥寺バウスシアターで見てきました。

 実は、公開直後に同じ映画館に出向いたのですが、同時に「爆音映画祭」を開催していて音漏れがありますなどと言われてしまったので、見るのを遅らせたものです。
 実際のところも、実に静かでしっとりとした作品ですから、音漏れのない環境で見ることができてよかったと思いました。

(1)さて、映画の方ですが、出演者には名だたる俳優が目白押しといった感じで、それだけでも十分に見ごたえがあります。主人公・忠男は仲代達也、その兄弟に大滝秀治と柄本明、姉に淡島千景、弟嫁に田中裕子、忠男の娘の元の夫が香川照之といった豪華メンバー(ほかにも、菅井きん、小林薫、美保純、戸田菜穂)。

 物語は、孫娘・春(徳永えり)と二人で暮らす老いた漁師の忠男が、春の勤め先がなくなってしまうのを機に、自分は身内の誰かに面倒を見てもらう一方で、孫娘は東京に出して独り立ちさせようと決め、二人で身内を訪ねる旅に出ます。
 ですが、どこでも色よい返事はもらえません(注)。
 とうとう娘の元の夫のところまで行きますが、そしてそこでは現在の嫁さん(戸田菜穂)から一緒に暮らしましょうとの申し出を受けるものの、いくらなんでもそれはできないと、また元の家に向かうのでした。ですが、……。

 妻に先立たれ孫娘と二人きりに取り残された老人が、蓄えもなしにこれからどうやって生きていくのか、身内に頼っても、特に今の不景気の時にはいい顔をしてくれず、かといって公的な機関は空きを待つ人が多数、ときたら、いったいどうしたらいいのか、と厳しい現実を突きつけられ暗い気分にさせられます。
 ですが、この映画は、老人をどんなことがあっても面倒を見ようと決意を固める孫娘を配することで、明るい春の希望の光が射してくるようで、実に感動的です。

 主演の仲代達也の演技はいうまでもなく立派なものですが(いつもそのオーバーな演技に辟易してしまうところ、この映画ではあまりそんな感じはしませんでした)、孫娘を演じる徳永えりも、豪華メンバーに押しつぶされることなく実によくやっていると思いました。特に、監督の注文のようですが、とても現代の19歳の女性とは思えないほど、歩き方などに田舎丸出しのダサイ感じを至極上手に出しているのには感心しました。

 勿論、問題がないわけではないでしょう。
 たとえば、旅の途中で、鳴子温泉とか仙台駅前が出てきて、彼ら2人が現在どこにいるのかが観客にようやく理解できるのですが、そこをそれだけ明確にするのであれば、彼らの出発点や途中の地点がどこなのかもはっきりさせるべきではなかったか、と思います。
 むろん、具体的な地名を明らかにしないで描いていく方法もあるでしょう。ただそうならば、仙台駅前のシーンなどない方がすっきりします。
 それに、忠男と春が暮らしてきた北海道の町の具体的な様子は、この物語にとってかなり重要ではないかと思えるにもかかわらず(忠男が元気なころはニシンが獲れたものの、今では小学校が廃校になるくらいに寂れてしまったようです)、ほとんど映画では描かれません。
 そして、その町を離れて二人は身内を訪ね歩きますが、いったいどういう経路でどのくらいの日数をかけて仙台に辿り着いたというのでしょうか?

 また、忠男は左足が悪いとされていて、時々転んだりするものの、その病名は明らかにされません。ただ、民宿で春のいない隙にカップ酒を貪るように飲む様子とか、弟(柄本明)と口論した際に、“足を切って頼ってくるなら面倒は見る”と弟に言われていること、などから糖尿病を患っていて歩行障害の症状が表れているのではと思えるところ、そうだとしたら実際にあれほど歩けるものなのか、特に我が家に帰還できる直前に死んでしまいますが、それほど病状が悪化していたのか、と不思議に思ってしまいます。

 とはいえ、何もかも映画で説明してもらう必要はないわけで(観客が自分で補えばいいのですから)、小林薫は、またずっと横顔しか映らないチョイ役にもかかわらず(クレジットで初めてわかります)、実にうまく演じていますし、さらに香川照之も、忠男の自殺した娘の元夫という難しい役どころをさすがの演技力でこなしているなど、見どころがあちこちに転がっていて、おすぎがいうように「秀作」といえるでしょう。


(注)こうした粗筋から、忠男とその身内との関係を父と3人の息子との関係に置き換えれば、シェイクスピアの『リア王』に基づいて制作された黒澤明監督の『』(1985年)と類似する構図に思い当たることでしょう。それも、『乱』の主役を演じているのが、他ならぬ仲代達也なのですから〔尤も、クマネズミは、映画『乱』が嫌いなのですが〕!

(2)この映画で大層驚いたことは、86歳の淡島千景のすこぶる元気な姿です。



 それも、昔のように背筋をきちんと伸ばし、弟役・仲代達也に向かって実にはっきりと喋るのです(あのようにズケズケ言われたら、誰だって頭が上がりません!)。むろん、昔のような独特の声ではなくなりましたが、旅館を一人で取り仕切っている女将の風情が十分にくみ取れる姿でした(79歳の八千草薫よりも溌剌としている感じでした!)。

 そんなことが気になったのも、逆に主演の仲代達也の方が、まだ78歳でこれからとも言えるにもかかわらず、『老化も進化』(講談社+α新書、2009.6)なる本を出して、「老化」とか「人生も終盤を迎え」などと姦しく、挙句は同書の最終章は「グランドフィナーレの幕が上がる」と銘打ってしまっているからです〔尤も、その言葉は、亡くなった仲代達也の夫人・宮崎恭子氏の手帳の最後のページに書かれていたフレーズに基づくものですが〕(注)。
なにより、この映画で兄・重男を演じている大滝秀治が85歳なのです!


(注)同書の第1章「妻に先立たれるということ」は、1996年に亡くなった仲代氏の夫人のことが綴られていますが、仲代氏の様に、夫が、自分より先に亡くなってしまった妻の思い出を書いたものとしては、最近では、評論家・川本三郎氏の『いまも、君を思う』(新潮社、2010.5)があります〔他にも、西部邁氏の『妻と僕』(飛鳥新社、2008)、古くは江藤淳氏の『妻と私』(文藝春秋、1999)〕。


(3)映画評論家の論評は少ないものの、渡まち子氏は、「家族、失業、高齢化社会。物語からはさまざまな問題が浮び上がるが、祖父と孫という大きな年齢差の二人がコンビを組むことで、どこかトボけた面白味も。自分の過去に向き合い、後悔してもそれを口に出して言えない男の旅は、観客に生きる難しさを教えるものだ。脇役まで実力派俳優が固めていて、決して華やかではないこの作品を陰からサポートしている」として60点をつけています。


★★★★☆



象のロケット:春との旅