馬郎の日記Ⅲ

大切なことは、何をしたかではなく、何をしようとしたかだ。
過去の自分を、現在の自分が、未来の自分に伝えよう。

仙台へ

2018年09月06日 | 暮らしの記録
9月4日(火)

雨。

台風21号が接近する中仙台に出発。

家人の母親が、誤嚥肺炎で病院に入院したとのこと。

1週間前のことだが、小康状態を保っているとのことで、今日行くことにした。

10時に出発、常磐道を走り多賀城の義弟の店に1時半に到着。

途中前が見えない程の豪雨に出会う。

家人の兄弟は男ばかり5人いるが、次男と三男はすでに他界している。

主に末弟が介護施設に入っている母親の面倒を見ている。

10日に退院して介護施設に戻るが、食事はとれず点滴のみの生活になるので、長くて2、3ヶ月の寿命ではないかとのことだ。

昼食をとり、石巻の日赤病院へ。

義母は、血色はいいがすっかり観念した様子でベッドに横たわっていた。

家人が話しかけても反応しない。

小1時間、家人はいろいろ話しかけたり、ノートとサインペンを買って来て筆談を試みるが、やはり反応なし。



97歳だ。

天寿全うと言えるのかもしれない。

今夜は秋保温泉のニュー水戸屋に宿をとった。

6時に到着。

素泊まりで、食事は館内の和食屋ですることにしていたが、8時半から営業とのこと。

温泉に入り時間を潰す。

以前日帰りで入ったことがあるが、中々いい温泉だ。

8時半に和食屋に。

客は誰もおらず、適当なつまみを取り酒を飲む。

中々いい酒だ。

店長が酒に詳しく、これもいい酒ですよと試飲させてくれる。

刺身の3点盛、ホヤの塩辛など中々酒に合う。

結局、店長と歓談して11時過ぎまで酒を飲んでしまった。


9月5日(水)

晴れ。

台風は関西地方に上陸後、日本海側に抜けて行ったようだ。

行きつけの床屋に行く。

今日は仙台の中学校の駅伝大会。

店の前がコースになっていて、女子のチームが通ってゆく。

このコースを3周するそうだ。

60チームが参加、全国でも最大規模の参加数だという。

上位8チームが県大会に参加できる。

どこかの中学のコーチらしい男性がいろいろと教えてくれた。







女子駅伝は好きだ。

まじかで見ると、選手たちの息遣いが聞こえ、思わず頑張れよと声をかける。

オリンピックの種目にすべきだと思う。

その他の所用を済ませ、3時過ぎに帰途につく。

7時半に帰宅。

800㎞弱の運転で、多少疲れる。

そういえば今日は家人御誕生日だ。

しかしお祝いする雰囲気でもない。

また、近いうちに仙台に行くことになるだろう。

全て終わったらゆっくり、食事にでも連れて行こう。

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日々雑多で多忙

2018年09月04日 | 暮らしの記録
9月3日(月)

曇り、時々雨。

最強の台風21号が近づいているそうだ。

今年は台風に翻弄された。

亜熱帯化が進み、毎年こんな気候になるのかもしれない。

8月26日から何かと多忙でブログをつける気にならない。

ほとんど庭仕事に精をだしていた。

庭のデッキを降りたところはレンガを敷いたのだが芝生が覆い尽くしてしまった。

そこだけ1段低いので、知らない人は驚く。

気になっていたので掘り起こし、土を盛って芝を植え直した。





裏庭のテーブルと椅子を完成させ、芝生を植えた。

2年もすれば芝で埋まるだろう。



合間を縫って、マンマ・ミーア! ヒア・ウィー・ゴーを観に行った。

マンマミーアを観た人はぐっとくる映画だった。

28、29と鎌倉の墓参りにも行って来た。



遠いので、長男の会社の保養所に一泊。

森戸の海岸の上にあり、便利だ。

昔この付近に住んだことがあり、娘たちを連れてこの海岸で泳いだこともある。

遠い昔のことだ。

しかし、あの当時の光景がはっきりと思い出される。



帰りは久里浜からフェリーで金谷に渡り、帰って来た。

9月2日は町内会の月例会議。

前日帳簿を確認したら、現金と1万6000円も合わない。

焦って、再確認したら、エクセルの数式ミスで今度は72円も現金の方が多かった。

会計係はしんどくていやだね。

1日潰してしまった。

今日は、銀行に行って秋祭りの費用とか50万を下す。

赤十字と、社会福祉協会とやらにそれぞれ5万円の助成金を町内会で払う。

市役所まで行って払ってきた。

帳簿をつけて出力しようとしたらうまく印刷できない。

ブラザーのサポートサイトでチャットで対応してもらう。

ヘッダーをクリーニングしろとのことで、その通りにしたら一時的に復活したが、また印刷できなくなった。

修理が必要かもしれないとのことだが、プリンターを買い替えた方が安い。

こんなことで半日も無駄にした。

夕方宅配便が届いた。

村ぶろ仲間のkggさんからのバレンシアオレンジだった。



kggさんは毎日村ぶろをつけていた。

真面目な生活ぶりは、見習うべき点が多々あった。

FBに昔の村ぶろの皆さんが参加しているが、本名なので戸惑う。

それにFBは断片的な日常がメモのように書かれるので、物語性がなく、あまり面白くない。

ただ、皆さんが元気な様子を知るだけだ。

kggさんはFBに参加していない様子だ。

善さんとか、INOMURAさんとか、どんな暮らしをしているのだろう。

バレンシアオレンジを眺めながら、懐かしさがこみ上げてきた、



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26日

2018年08月27日 | 暮らしの記録
8月26日(日)

晴れ。

風もなく、猛烈に暑くなりそうだ。

裏庭のテーブルに座る。

ひと夏で木々はぐんと伸びる。

見上げれば、シラカシや山桜が空を覆っている。



6時過ぎだ。

夜明けとともに木々たちも目覚め、光合成の活動を始めるのだろう。

出来立てのオゾンが辺り一面に降り注いでいるような気がする。

蝉たちが鳴きはじめる前に、小鳥たちが鳴く。

ヤマガラが気をつつく音が聞こえる。

小さな小鳥が飛んできて、ベンチの背もたれに止まった。

首を傾げてこっちをみている。

何て言う鳥なのだろうか。

野鳥に囲まれながら、野鳥の名前を知らない己が情けない。

花の名前も覚えようとしない。

長い間の都会生活が、自然に対する興味を失わせたのかも知れない。

おや、生まれつき鈍感なのだろう。

仕事仕事に明け暮れた。

それがいったい何だったのか。

仕事を完遂することに一生を捧げる。

仕事と言っても会社を儲けさせるだけの仕事だ。

そのおこぼれを給料としてもらう。

ロクでもないものを作り売る。

考えて見ればバカバカしいことだ。

ほどほどに仕事をして、ほどほどの暮らしをして、好きなことに打ち込む。

そんな生き様が理想だったのかも知れない。

鳥の名前も、花の名前も知らない。

寂しいことだ。

小鳥は元気よく朝日の中に飛び去った。

蝉が鳴きはじめる。

アブラゼミの鳴き声がシャワーのように聞こえていた夏は過ぎた。

生き残りのアブラゼミが飛んできて鳴きもせず木の幹に止まる。

もうメスだけしか残っていないのかも知れない。

交尾を終えたメスは、枯れ木や樹皮の裏に穴をあけ産卵する。

卵は冬を越し、翌年の梅雨の頃に孵化する。

孵化した幼虫は地上に落ちて土に潜りこみ、2年から7年、穴の中で成長するのを待つ。

外国には17年ゼミと呼ばれ、17年間も地中にいる蝉もいるという。

梅雨の時期に孵化するのは土が柔らかくなっているから。

だから卵は梅雨になるのをじっと待っているのだそうだ。

そして、成長した幼虫は穴から出て、殻を破って成虫となる。

そして僅か7日間生きて、交尾し、子孫を残す。

今時生きている蝉は、どうにかして相手を見つけやっと卵を産みつけているメスなのだろうか。

アブラゼミに代わってツクツボウシが鳴きはじめる。

オーシンツク、オーシンツク、オーシンツクを20回も繰り返し、

チョコイーヨス、チョコイーヨス、チョコイーヨスを3回繰り返し、ジーで終わる。

横隔膜を震わせ、かなりのエネルギーを使うだろう。

透明の羽根をした小さなすばしっこい蝉だ。

子供の頃、虫取り網でツクツクボウシを捕まえるのに熱中した。

なぜか鳴き終わるまで飛ばない。

全神経を集中して近づき、気づかれないように網を持ち上げ、被せる。

上手く網の中に入った時の快感。

あの少年時代の記憶が鮮やかによみがえる。

あの日からこれまで、いったい何をして生きてきたのだろうか。

懸命に生きてきた。

ホントかね。

どうにか生きてきて、やっとここまでたどり着いた。

何を成し遂げた訳でもない。

どうにか生きてきただけだ。

家人がコーヒーを運んで来た。

家人とはもう30年一緒に暮らしている。

都会のアパートを転々としてしながら、いろいろな地方を旅した。

70を過ぎた両親を連れて北海道や北陸、山陰を旅したこともある。

両親が亡くなってから10年以上になる。

シベリヤに抑留されていた父親が帰還したのは4歳の時だ。

生まれてすぐ戦争に行ったので、父親の記憶はない。

初めて出会ったときは、全く見知らぬ人に過ぎなかった。

以来打ち解けて話し合うことはなかった。

お互い気まずい思いをいだきながら数十年が過ぎた。

その間を取り持ってくれたのが家人だった。

持ち前の明るさから、父親とはすぐに打ち解けた会話を交わすようになった。

母親とは実の親子のように可愛がられた。

お父さん、一緒に旅に出ましょうよ。

それがきっかけで一緒に旅に出るようになった。

キャンプを張っての旅だったが、ランタンの灯りの下で料理を並べワインを飲み、歌を唄った。

いつの間にか、父親ともフランクな会話を交わす仲となっていった。

1ヶ月も実家に顔を出さないと、今度はいつ来るのかと催促の連絡が入るほどになった。

父親が心筋梗塞で倒れ、1週間ほど入院して回復し、明日転院して療養という日に見舞いに行った。

帰り際に、父親が呼び止める。

お前たちには世話になった、ありがとう。

その翌日父親は逝った。

母親はそれから3年生きた。

養老マンション住まいだったが、短歌の教室を開き気の合った仲間に囲まれて、一緒に住もうと提案しても断られた。

家人は、月に2、3回、母親のもとを訪れ、病院に行くときは付き添ってくれた。

やはり、心筋梗塞で倒れ2週間入院したが、その間ずっと病院に詰めてくれた。

母親は家人にわら半紙に文字を書き、意思を伝えた。

延命処置を断固として断り、早く父親の待つ天国に行くことを楽しみにしていた。

わら半紙に書かれる文字は日ごとに乱れていったが。

最後の文字は、やはり、ありがとう、とても楽しかったよ、だった。

そんな家人に、口では言わないが、深く感謝している。

涼しくて気持ちがいいねえ。

コーヒを飲みながら家人がシラカシを見上げて言う。

お父さん、お母さんも呼んであげたかったね。

きっと、大喜びしただろうね。

不思議なことに、思っていることが一致することが度々ある。

お母さんはお花に詳しかったから、一緒に庭づくりがしたかったなあ。

20歳まで過ごした吉祥寺の実家は60坪程度の広さだったが、庭木を植え、芝生を植え気持ちのいい庭だった。

やがて葉山の一色の海が遠望できる丘の中腹に700坪の土地を手に入れ移り住んだ。

野生の山桜に囲まれ、父親は春になると客を呼び花見の宴を催していた。

広い芝生を刈りこむのを手伝いに時々訪れた。

こうして風に吹かれているとあの頃の風景が思い出される。

商社マンだった父親も、晩年は都会の雑踏を離れた静かな暮らしがしたかったのかもしれない。

何だかその気持ちが分かるような気がする。

今日は暑くなりそうだ。

のんびり休もうか。

潮来の温泉に行こうか。

いいねえ、あたしも行きたいと思ってた。

ホントかね。






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どうにか完成

2018年08月27日 | 畑と庭仕事の記録
8月24日(金)

晴れ。

テーブルを作り始めて1ヶ月以上になる。

ほんの2、3年前なら2、3日で完成していただろう。

歳をとったのかね。

いや、怠け癖がついたに過ぎない気がするね。

一気に仕上げてしまおう。

家人も動員してペンキ塗りに1日励む。



乾いたら塗りの繰り返しだ。

腰が痛くなる

斜向かいの大工のタッちゃんの女房が家の前に草むしりをしていた。

一番下の中2の息子が手伝っている。

こっちも一段落したところで声をかけて麦茶を入れる。

息子はサッカークラブに入っている。

一番上は専門学校を出て働いている。

2番目は高校生だ。

10年前にここに来た時はまだ赤ん坊だった。

タッちゃんの女房はすごく若く見える。

上の2人は前妻の子で、一番下がタッちゃんの女房が産んだ子供かと思った。

親しくなって、全部あたしが産んだ子よということが分かった。

今でも若く見える。

裏庭の木陰でしばし世間話。

女同士の話は尽きない。

ホームセンターにテーブルの下にタイル敷く買いに行く。

24枚買って帰るとまだ話していた。

車からタイルを下すのを手下ってくれた。


8月25日(土)

晴れ。

暑さがぶり返し、暑い日が続く。

早く起きて、ペンキを塗る。

乾いて見るとまだらが目立つ箇所がある。

きりがないね。

温泉にでも浸かって一息入れよう。

潮来の温泉にでかける。

30分ほどで上がり、食堂でナマズの天麩羅で生ビールを飲む。

1時間たってようやく家人が上がって来た。

ざるうどんを食べて帰る。

テーブルの下に敷いたブルーシートを外す。

位置を決めてタイルを敷き、テーブルの脚を載せ、天板を載せる。

天板は重いので、家人がひっくり返った。

ケータイで長男を呼んでいる。

長男が来て、どうにか所定の場所にテーブルを設置する。

地面を整地しなけては水平がとれない。

ま、今日はこれまで。

長男とビールと焼酎を飲む。

やわらかな風が出てきた。

もう一息だ。

居心地のいい場所にしよう。






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ペンキ塗りに励む

2018年08月24日 | 畑と庭仕事の記録
8月22日(水)

さて、椅子のペンキを塗ってしまわねば。

お向かいの奥さんがゴミ捨てのついでに覗きに来る。

立派なのが出来ましたね。

家人がコーヒーを入れて来る。

器用なのね、ホントに今まで大工仕事をしたことなんですか?

都会のマンション暮らしだと、せいぜいドライバーとペンチくらいがあれば十分生きていける。

お向かいの奥さんは、小屋や本棚を作るたびに覗きに来てホメてくれる。

こんなの設計図を書いてから作るんですか。

1年くらいかけて設計図を書いてからね。

ふ~ん。

うそばっかり、ちょこちょこって書いてすぐ作り始めるの。

横から家人が口を出す。

どれ、手伝ってもらおうか。

テーブルの天板を外し、椅子を持ち上げてテーブルの脚の上に載せる。

ホームセンターにペンキを買いに行く。

戻って来たら、まだ2人でお喋りしていた。

家人に手伝わせてペンキを塗る。

2つの椅子の脚を塗るだけで昼になった。

1度塗っただけではダメだ。

猛暑がぶり返したように暑い。

裏庭は木陰なので涼しいが、日向に出ると眩暈を起こしそうだ。

3時過ぎから2度目のペンキ塗りをする。

2時間近くかかる。



このペースじゃ全部塗り終わるのに1週間はかかりそうだ。


8月23日(木)

晴れ。

そばが食べたくなる。

7時過ぎから3度目のペンキを塗る。

10時過ぎに蕎麦屋へ出発。

久しぶりに十割蕎麦屋へ。

今日の蕎麦はいかにも十割蕎麦という感じ。

今日の蕎麦は美味かった。

あたしね、今日の蕎麦は自分でも上々に打てたと思ってたんです。

若い女将が嬉しいという。

今日はうまくいかなかったとか、試行錯誤の毎日だと以前に言っていた。

帰りに植木屋に立ち寄る。

裏庭の道路沿いにアジサイを植えたい。

もうアジサイのシーズンも終わった頃だし、10本ほど安く手に入れようと目論んでいる。

親方も奥さんもいなかった。

2時頃に戻りますと張り紙が出ていた。

久しぶりに広い園内を歩く。

10年前、ここでいろいろ植木を物色したのを思い出す。

毎週のように来て、悩んだ。

最終的に20本ほどの植木を選んで植えてもらった。

あれから10年、今の庭が出来上がった。

懐かしいね。

今日も暑い日だ。

園内を1周したら汗が吹き出した。

また出直そう。

台風20号、21号が続けてやって来る。

家に戻り、大雨に備えてペンキなど片付けた。
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