BAR BOSSA通信

渋谷のワインとボサノヴァのバーのバーテンダーが色々と話します。

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ええと…

2006-11-08 13:30:22 | Weblog
 色んな人から「ブログ再開しろ」とか「今でも時々チェックしてるよ」とかって言われます。今、ちょっとアクセスを見ると本当に毎日50人くらいがチェックしてくれているようです。ありがとうございます。

 ええと、ここはもう本当に更新しません。ごめんなさい。

 で、ボッサ・レコードのコラム欄で、本当にたまに更新します。

 もし興味があればお付き合い下さい。

 ではまた。
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中島ノブユキさんのソロ・アルバム

2006-06-25 16:25:04 | Weblog
 中島ノブユキさんのソロ・アルバム「エテ・パルマ」(7月26日発売)が、すごく良いです。

 中島ノブユキさん、天才です。

 サンプル盤を先日いただいてから、もう何十回も聴いています。

 あんまり聴き過ぎると早く飽きてしまいそうで、ちょっともったいないから少し聴くのを我慢しようかな、なんて思うのですが、でもCDが終わったらまたリピートして聴いてしまってます。

 例えば「ヴィラ・ロボスのブラジル風バッハ5番のアリア」を演奏しているのですが、実は私、この曲大好きで、色んなヴァージョン(とにかく色んな人が演奏しています)を集めていたこともあるのですが、中島ノブユキさんヴァージョンが一番です。何回聴いても、美しすぎてため息が出てしまいます。

 本人のオリジナルも、もちろんすごく良いです。

 彼は大学で音楽を教えているそうなので、とても理論的に難しくて面白いことに挑戦している曲ばかりなんだとは思うのですが、そういうことは全くわからない私にも素直に感動できる曲ばかりです。

 でも、中島ノブユキさんには本当に失礼なのですが、このアルバム、何万枚も売れたりはしないと思います。

 こういう種類の音楽を好きな良心的なリスナーは日本に数万人は存在すると思うのですが、今の日本の音楽業界システムでは、そのリスナー達には届かないと想像します。悲しいことですが…。

 でも、何万枚も売れるべき音楽です。

 だからこそ、是非、買って下さい。絶対に良いアルバムですから。


追記;ブログ、やめたつもりだったのですが、「このアルバムのことだけは書いておこう」と思って、ついつい筆をとってしまいました。
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サッカーとカバの話

2006-05-30 13:37:51 | Weblog
 イヤなワールドカップの季節が近づいてきた。

 こんな事を書くと、非国民だと言われそうだが、正直な話、早く日本に負けて欲しい。お願いだから、予選なんか通過しないで欲しい。

 飲食店を経営している人は、もちろん理由はご存知だと思う。

 そう、ワールドカップの日本戦の日は、とにかくお客さんが来ない。オリンピックや大きい事件の日もお客さんはテレビに持っていかれてしまうが、やっぱりサッカーの時の影響が一番大きい。

 前回のワールドカップの時なんて、本当にひどかった。BAR BOSSAの場合、捨てる食材はあまりないし、人も雇っていないから損害はそんなにひどくはなかったが、大きいお店でナマモノの食材をたくさんあつかっているところなんかは、「いやー、ワールドカップの期間だけお店休んでいた方がましだったね」なんて声を良く聞いた。

 前々回の時に、結構痛い目にあって、前回のワールドカップからテレビを設置する居酒屋さんや、バーが増えた。「あー、悩んだ末の選択だったんだろうなあ」って感じのお店も時々見かける。

 
 そんなにみんな、サッカーのことが好きだったんだ、と驚く。

 そして、今回の盛り上がりはちょっと異常すぎるのでは、とも思う。

 たまたま今、あの戦争になぜ負けたのか(この本、すごく面白い)を読み終わったところだからかもしれないが、こんな状況ってとても恐い。こういう意見をなんとなく言いづらい雰囲気もちょっと変だ。


 こんなことを考えていると、小学生の時の「カバ」のことを思い出した。

 確か、小学校3、4年生くらいの頃だったと思う。

 工作の授業で、楽焼があった。

 先生が「今回の楽焼は何を作ってもいいです。みなさん自由に想像力を使って、自分だけの焼き物を作って下さい」というようなことを始めに告げた。

 私は色々と悩んだ末、「カバ」を作ることに決めた。私は正直、手先はあまり器用ではないのだが、カバの形を思い浮かべ、「カバのポイントは口とか歯のように見せかけておいて、実は耳と鼻だよな…」とかなんとか、あれこれ考えながら、土をこねくり回していた。

 授業の時間も進み、ふっと周囲に目を移すと、私の近くの生徒はなぜかみんな「お茶碗」を作っていた。「あ、なるほどな、お茶碗が流行ってんだ。まあ後で使えるものとかが良かったのかも…」とか思いながら、私は「カバ」の制作に戻った。

 休憩時間が来て、友人達の作品の途中経過を見に行くと、なぜかこれまた、みんな「お茶碗」を作っていた。不安になって、クラス中のみんなの作品をチェックすると、予想通り、なぜか全員が「お茶碗」を作っていた。

 私は「何か間違っていたのかも」と不安になり、先生のところに走り、こう訊ねた。「先生、自由に何を作っても良いんですよね?」

 先生はちょっと寂しそうに「そうだよ。自由に何を作ってもいいよ」と言ってくれた。

 
 色づけされ、焼きあがった作品がずらりと並ぶ。40個のお茶碗が並んでいる中に一つだけ私のちょっと不恰好な「カバ」がいた。別に目立とうと思ったわけでもないんだけど、別に意地張っていたわけでもないんだけど…

 「先生、自由に何を作っても良いんですよね?」
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Call Me

2006-05-15 01:51:44 | Weblog
 携帯電話を持っていない。

と告白すると、以前は「林君らしいね」なんて笑ってくれたのだが、最近は普通には信じてくれない。「家にいるか、お店にいるかのどちらかなので、そんなに無理しなくてもつかまるんです。まあ、それ以外の時は外で食事していたり、移動している時なので、電話なんて出たくないし…」と説明すると、やっと理解はしてくれるが、でも「なんかこいつ変わっている奴だなあ」という表情は変わらない。

 営業職で外を歩くのが仕事という人や、大工さんやイベント業の人のように現場が職場の人には携帯電話は必要なんだろうなとは想像できる。でも、それ以外の職種の人がそんなに必要なものなのかなあ、といつも疑問に思っている。


 「絶対に持たないぞ」と決めているわけではない。1ヶ月に一度くらい、「ああ、こんな時に携帯電話があればなあ」なんて思うのだけれど、結局携帯電話を手に入れようと動かないのは、たぶん私が電話が嫌いなのだろう。

 あまり知らない人に、仕事で電話をしなければいけない時がたまにある。そういう時は何かと後回しにして、出来るだけ「知らない人に電話をする」ことから逃げよう逃げようとしてしまう。

 友人たちに言わせると、そういう電話から逃げる態度って、「まだ大人になれていない証拠」なのだそうだ。普通、まずこの「知らない人に電話をする」という状況に慣れることが社会人の「第一歩」らしい。特に営業や編集なんかの仕事をしている人達は、考える前にダイヤル出来ているくらいじゃないと仕事にならないそうだ(もう、「ダイヤル」とは表現しないのかも…)。

 なるほど。

 でも、友人に電話をする時も、相手が今、「電話を受けられる状況なのかどうか」なんて色々と考えてしまって、どうしても躊躇してしまう時がある。

 そういうことを友人たちに話すと、「あのねえ、現代社会では、あなたに電話番号を教えている、ということは、よほど朝早いとか深夜とかでなければ、『いつ電話しても良いよ、出られない時はこちらも出ないから』と契約を交わしたのと同じ事なんだって」、と教えられた。

 そんなもんなんだろうか。


 BAR BOSSAに電話をかけたことがある人はご存知かもしれないが、私の電話の応対は、とても感じが悪い。「まあ、バーなんだから『お電話ありがとうございます!こちらバール・ボッサでございます!』なんて明るく言うのも変だ」、と自分に言い訳して、いつまでたってもボソボソとわかりにくい声で、お店の電話に出てしまう。たぶん、私の電話の応対だけで「このお店、行くのやめよう」と思った人もたくさんいるはずだ。


 ご存知のように、BAR BOSSAは場所がとてもわかりづらい。一度来てしまえばそんなにわかりにくくはないのだが、「まあ、たぶんあの辺だろうなあ」なんて気持ちで来れば、まず辿り着けない。

 私がこのBAR BOSSAの物件の地図を不動産屋さんにもらって、自分ではじめて来た時も、かなり迷ってやっと辿り着けたくらいだから、夜で、さらに酔っているお客様なんて、絶対に辿り着けないはずだと思う。


 さて、これまたご存知のように、週末の11時頃のBAR BOSSAは、かなりテンテコマイで、バーの作業をこなしている。そんな時に「あのー、場所がわからないんですが…」という電話がかかってくる。まあ、まず一回では辿り着けない。何度も電話をくれて、結局辿り着けなかった人や、「もう少し上手く説明できる人に代わってくれる?」なんて怒られたこともある。で、そんな電話対応をしている時に、お店で座って飲んでいるお客様が「注文しようかなあ、どうしようかなあ、でも、お店の人、何だか忙しそうだから帰ろう」なんて考えているわけだ。


 こういうBAR BOSSAの場所をたずねてくる電話で一番困るのが、相手が携帯電話を切ってくれない時だ。電話を片手に「あ、はいはい、富士そばが見えてきました。はい、真っ直ぐ歩いています。暗くなってきましたけどこのまま歩いていって良いんですか?」なんて感じで中継しながら歩く人だ。こればっかりは携帯電話がもたらした「悪の部分だ」、といつも感じてしまう。


 さて、何故今回、電話の話題をしたかというと、電話が原因で一つ謝らなければならないことがあったからだ。

 その電話がかかってきた時も、確か週末の11時頃で、その時は妻もいなく、私が一人でテンテコマイでお店をまわしていた。

 「はい、BAR BOSSAです」
 「あ、もしもし、ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど…」
 「はい、どうぞ」
 「あのー、そちらは車椅子のお客は行っても大丈夫なんでしょうか?」

 もう、向こうのテーブルからは「お会計」のサインが飛んできているし、作らなきゃいけないチーズのお皿と、注がなきゃいけないワインもある。そして、そこに新しいお客さんがやって来た。今は満席だけど、あの「お会計」のお客さんのテーブルが空くので「ちょっとだけお待ち下さい」と伝えなきゃいけない。

 車椅子のお客さん?大体、うちのお店の入り口はとんでもない段差があるし、もしトイレっていうことになれば、それまたすごい段差があるし、カウンターしか空いてない場合は付き添いの人が座らせてくれるんだろうか?、その間、こんな狭いお店のどこに車椅子を置いとけば良いのだろうか?、なんて考えていると、入り口のお客様が「満席ですか?」なんて言って帰ろうとしている。テーブルのお客様は終電の時間が近いのか、あせって「お会計」サインを出している。そうこうしているうちに、私はこう答えてしまった。

 「ごめんなさい…。ちょっとうちは…」

 彼女はすごく残念そうに「そうですか」と答えて電話を切った。

 たぶん、彼女は、インターネットか雑誌でBAR BOSSAの存在を知り、「素敵そうだなあ。今度渋谷に行ったついでにここでお酒が飲みたいなあ」なんて考えて、そして色々と悩んで、おもいきって勇気を出してダイヤルしたはずだ。悩んで悩んで、そして勇気を出してダイヤルする気持ちは、私が一番理解できる。


 このブログをまさか彼女は読んでいないとは思うが、もし読んでいたら謝りたい。そして、バーがヒマそうな曜日、時間帯にもう一度電話をかけ直してくれるか、あるいはメールで問い合わせをしなおして欲しい。その時は、ちゃんとどう答えれば良いか私は何度もシュミレーションをした。

 
 「はい、BAR BOSSAです」
 「あ、もしもし、ちょっとお伺いしたいことがあるんですけど…」
 「はい、どうぞ」
 「あのー、そちらは車椅子のお客は行っても大丈夫なんでしょうか?」
 
 「ええと、実は当店は、入る時も段差があり、トイレにも大きな段差があります。お店も小さくて車椅子で移動できるような広さではありません。そんな状況でも大丈夫なんでしょうか?僕は身近に車椅子の人がいないので上手く想像が出来ません。それでも、あなたがいらっしゃってくれるというのでしたら、『いつでもWELCOME』というお店の気持ちの用意は出来ています。この電話でも、後からメールででも結構ですので、こちらがどういう準備をすれば良いのかを教えて下さい。今日はお電話、本当にありがとうございました」
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中国人と韓国人が来店した時の話し

2006-04-10 15:09:13 | Weblog
 BAR BOSSAに中国人と韓国人が来店した時の話し。


中国人は私達が想像するところの典型的な成金中国人男性で、ハデなスーツに脂ぎった顔をしていて、声が大きかった。年齢はたぶん見かけよりは若く40才前後だったのではと思う。彼には日本人のガイドのような人間がくっついていて、その男は安っぽいスーツに真中分けの長髪でなんだかずっとニヤニヤしていて、私はすぐに「スネ夫だ」と思った。

 彼らは他のテーブル席もたくさん空いているのに、カウンターの真中を選んで座った(初めて来店したバーでカウンターの真中に座るお客には気をつけろ、というバーテンダーズ・ルールがある)。

 その中国人と日本人ガイド(スネ夫)は英語で会話をして、スネ夫が私に通訳をした。

 その中国人はかなり傲慢なタイプで、「このお店で一番高い酒はどれだ?」とか「この店の家賃はいくらくらいするんだ?」といった、あまり上品とは言えないような質問ばかりしてきた。

 私がずっと不快そうな表情をしているのに気付いたのか、そのスネ夫は私にこう言った。「実はこの方は中国の大連で大きい会社を経営してすごく成功されている方なんですね。で今度、大連で新しくバーを開きたいと考えられていて、東京の話題のバーを色々まわっているところなんです」。なるほど、スネ夫らしいフォローだ。

 結局彼らはその後も、「ここはどういう客層が多いんだ?」とか「どの時間帯が一番混むんだ?」といったあまりパッとしない質問ばかりを繰り返し、大きい会社の経営者のはずなのに全然たいしたお金を使わず、上機嫌で帰って行った。

 
 韓国人の時はこんな感じだった。

 3人組で、一人は40代後半の男性、ちょっと小太りで趣味の良いジャケットを着ていた。本人はそう思われないように気をつけているとは思うが、いかにもマスコミ業界人といった雰囲気で、私の想像だとオシャレな雑誌の編集長といった印象だ。

 もう一人は30代前半の男性で、おそらくその編集長の部下だと思われる。ひょろりと背が高く、髪は短めで、フチなしのメガネをかけ、ちょっと神経質そうな印象だった。

 最後の一人は20代後半の女性で、日本の代官山あたりを歩いていそうな雰囲気のオシャレな韓国人だった。彼女はたどたどしいながらも、学校できちっと習ったと思われる日本語をしゃべり、他の二人の通訳をしてくれた。彼女のファッションが一部の隙もなく日本人女性風だったので、おそらく彼女は日本に留学中で、他の韓国人男性達の日本での通訳兼アテンドとして雇われていたのではないかと想像する。

 彼ら3人はみんな声が小さく、とてもとても上品だった。私は韓国人は情熱的で押しが強いと勝手な偏見を抱いていたので、正直ちょっと驚いた。

 その編集長(勝手に決めてしまったが…)はかなりワインに詳しそうだった。ニコニコと10分くらいワインリストを眺め、のっぽのメガネ君とあれこれ話し合った結果、ボルドー、ポイヤック地方のレ・トゥレル・ロングヴィールを注文した。その時、その編集長は彼女を通して「これはピション・ロングヴィールのセカンドですよね?」と質問した。ちなみに彼らが1時間ほど滞在している間に私に質問したのはこれだけだった。

 彼らは店内でかかっているBGMのレコードのジャケットをチラチラとチェックしたり、メニューを何度も見てその女性に翻訳させたりと、いかにもうちのお店をチェックしに来ました、という雰囲気だった。

 彼らはお会計の時、安さに驚いた様子をちょっと見せ(たぶん、東京の高いお店ばっかり回ってきたんだろう)、最後に「良いお店ですね」と言葉を残して帰って行った。



 さて、私はここで「中国人と韓国人の比較をしよう」とはまさか思っていない。たぶん、中国にも上品でスマートな人はいるだろうし、韓国にも傲慢でいやな雰囲気の人もいることだろう。それは日本だってアメリカだって同じことだ。

 私が思ったことは、1980年代のあの時期に日本人が欧米に旅行し、そこで金にものをいわせ、色んなお店でやりたい放題やってかなりヒンシュクをかったり、変な行動をして気持ち悪がられたりしたという記憶のことだ。

 その当時、私はそういう報道には今ひとつピンと来なかった。「無理して欧米のやり方にあわせなくても、日本人としての感覚で旅行を楽しめば良いじゃん。それが異文化交流ってものだよね」くらいの気持ちだったのかも知れない。


 しかし、この中国人と韓国人のBAR BOSSAへの来店を経験して、その時の欧米人達が日本人旅行者に対して抱いた「お金は落としてくれてありがたいけど、なんかちょっと…」という複雑な感情がやっと理解できるようになった。異文化交流って難しい。
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美人の条件

2006-03-28 15:25:23 | Weblog
 その日系ブラジル人女性に出会ってほんの数秒間で、彼女が「上流階級出身だ」ということがわかった。


 私が昔働いていた渋谷のブラジリアン・レストランは、例えばN.Y.の日本レストランで働く日本人に様々な経歴の人間がいるように、色んな種類のブラジル人がいた。

 ほとんど騙されたような契約で来ている綺麗なモデル達。日本の田舎の工場で働くよりも刺激的な都会で働きたいと考えるオシャレな若いブラジル人。東京で学校に通いながら働く真面目なブラジル人。そして「実家はお金持ちなんだけど自分のルーツである日本でちょっと生活してみたいな」と気楽な気持ちでバイトをする日系ブラジル人。

 彼女はそんな典型的なお金持ちの日系ブラジル人3世で、おそらく気持ちは「まあちょっとブラジル・レストランでバイトでもして友達でもつくろうかしら」という感じだったのではないかと思う。


 彼女は私のことは他のブラジル人達から聞いていたようで、「あら、あなたがみんなが話していたブラジル音楽が好きでポルトガル語を勉強しているというシンジね、はじめまして」と言いながらサッと右手を出してきた。

 私は「握手の時は身分が高い人の方が先に手を出す」という国際ルールをその時身を持って実感できたし、彼女の「お友達になりましょうね」という微笑みが何故かとても光栄に感じた。

 たぶん彼女は私達一般日本人からは想像できないような豪邸で何不自由なく暮らしてきたんだろう。そして、彼女の周りにいた人達は「そんな上流階級の彼女と友達になれるなんてとても嬉しい」と自然と感じてしまうような環境の中でずっと彼女は生活していたんだな、とその瞬間に理解できた。

 階級や身分って、政治的な制度、あるいは経済的な裏付けで決定されるものではなく、こうやって個人と個人の関係で築かれていくものなんだな、とその時私は学んだ。


 
 これから書くことは、彼女にとってとても失礼なことだ。でも、このことを書かないと、この話しの核心に迫れない。

 彼女は正直な話し、全然綺麗じゃなかった。思い切ってもっと正直に言うと、彼女はいわゆる「ブス」とカテゴライズされるようなルックスだった。

 時々、日本国内ではあまり美人と思われるタイプではなくても、外国に行くとやたら男性にもててしまう日本人女性って存在する。本当に彼女には申し訳ないのだが、百歩譲っても彼女はそういうタイプでもなかった。 


 しかし彼女は自分がまるで絶世の美女であるかのように振る舞った。

 そして私達男性スタッフも何故か不思議なことに彼女を美人として扱った。みんなが心の中で「あっかんべー」をしていた訳ではなく、本当に心の底から彼女を美人として接していた。


 もしかして彼女は自分のことを本当は綺麗ではないと自覚していて、相当なコンプレックスを抱えていたのかもしれない。

 あるいは、先日、民間人の男性と結婚して話題になったある極東のプリンセスのように、自分のことを客観的に見ることなんて出来ないくらい上流社会という閉じた世界で育ったのかもしれない。

 あるいは、ブラジルならではの考え方で、「女性は常に自分が美人として振る舞うべきよ」という教育を小さい頃から受けてきたのかもしれない。

 その辺の本当のところというのは結局わからずじまいだったが、彼女は常に美人として振る舞い、私達はそれに従った。


 実際、私は彼女が美人であるかのように感じていた。例えば、私が彼女に何か冗談を言って、彼女がそれに微笑んでくれたとする。そんな時、私はまるですごい美人に笑ってもらえたかのような感覚で嬉しかった。→※


 そして私は気付いた。美人の条件は本当に美人であることではなく、「美人として振る舞うこと」なんだと。




 ※男性は理解してくれると思うが、差別的な表現で本当に申し訳ないのだけれど、すごい美人が笑ってくれるのと、普通の女性が笑ってくれるのとでは、微妙に意味が違う。これは恋なんかとは関係はなく、社会的な制度の問題だと思う。
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目のやり場

2006-03-14 14:04:02 | Weblog
 発展途上国の男性は女性のお尻を、先進国の男性は女性の胸を性的対象として眺めるという話しはご存知でしょうか。

 例えばブラジルには「ブンダォン」という言葉があります。これは「大きいお尻」という意味なのですが、ブラジル人男性はこの単語を「すごく色っぽい」というような感覚で使います。ちょっと下品な表現で申し訳ないのですが、ブラジル人男性が「あの尻のでかい女さあ」と言った時、「あのすげえ良い女さあ」と言っていることになるわけです。

 そしてブラジル人男性は女性の胸に関しては、私達日本人男性が女性の「肩」に全く興味がないのと同じくらい全く興味を示しません。「胸?そう言えばそんなのあったね」って感覚です。彼らはお尻が全てなんです。→「何言ってんだ林!俺は女性の肩でご飯を3杯は食べられるぞ」という男性がいたらすいません。

 何かで読んだのですが、日本人男性も昔はそんなに女性の胸に性的関心を持たなかったそうです。結構、公共の場で赤ちゃんに授乳したり、ほとんど胸がはだけているような着物を着ていたりしても、決して淫らな雰囲気ではなかったそうなんです。しかし、戦後のアメリカの影響で日本人男性の女性への性的興味の対象は下半身から上半身へと移ってきたということです。

 この辺、文化人類学的にもっと突っ込んでいけば面白いことがわかりそうですが、もちろん話しはそんな高尚なところには向かいません。


 暖かくなってくると「困ったなあ」と思うことがあります。女性の服装が薄着になり、肌の露出が多くなることなんです。

 ちょっと告白しておくと、私は女性の胸に関してそんなに特別な思い入れはありません。それよりも上から下までのトータル的なバランスやその人オリジナルのかもし出す雰囲気とかの方に性的魅力を感じます。

 でも、でもですね、胸元のあたりがガバッと開いている女性とか、身体のラインにピタッと密着して胸のあたりが強調されている女性とかが目の前に突然現れると、「ええ!この人すごく大胆!」と思ってどうしてもチラッと見てしまいますよね、普通。

 バーで注文を聞きに行く時、あらかじめ「あ、この人すごく胸元が開いているから絶対に見ないでおこう」と考えていても、偶然チラッと見てしまったりすることってあるんです。すると、なんかそういう人に限って手で押さえて隠していたりするんですよね。

 どうなんでしょうか?やっぱり彼女達は私のことを「このスケベおやじ」と思っているのでしょうか?だとしたら納得がいきません。


 ちなみに妻に、「どうして彼女達はあんなに大胆な服装をするんだろう」と質問してみたことがあります。すると妻いわく「あなたみたいな男性がドギマギしているのが楽しいのよ」と言うことでした。

 うーん、困るなあ。
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ヤング・グループがデビュー!

2006-03-07 11:56:03 | Weblog
 土信田くんが今度CDデビューします。

 このブログで友人のCD紹介みたいなものはやめておこうと決めているのですが、今回はうちの家族全員がお世話(PCを直してくれたり、ドライブに連れて行ってくれたりしています)になっている土信田くんなので許して下さい。

 土信田くんが「CDのコメントを書いてくれ」と言ってくれました。

 私はコメントを求められたら複数のパターンのテキストを書いて、アーティスト本人、あるいは事務所の人に選んでもらうというスタイルをとっています。

 で、今回もヤング・グループのデビューCDのために3パターン考えました。

 どれが採用されたかは是非CD屋さんの店頭でチェックして下さいね。



 ルイ・フィリップを初めて聴いた時、「もう昔のロック友達とは音楽の話が出来なくなっちゃったな」と思った。
 ベン・ワットを初めて聴いた時、「失恋して一人ぼっちになってもこの音楽があれば大丈夫」と思った。
 アントニオ・カルロス・ジョビンを初めて聴いた時、「世界中の友人と音楽の美しさについて話したい」と思った。
 ヤング・グループを初めて聴いた時、「こういう友人がいて良かった」と思った。



 普通20歳を超えるとバンドなんかやめてしまってギターは実家の押入れの奥でホコリまみれになってしまう。
 普通25歳を超えるとCDやLPも買わなくなってしまって、あんなに嫌いだったカラオケで歌えるようになってしまう。
 普通30歳を超えると新人の部下を相手に居酒屋で「昔のバンドブーム」の話なんかをしてしまうようになる。

ヤング・グループはこんな名前なのに平均年齢が35歳!デビュー・アルバム!
がんばれヤング・グループ!



 たぶんこのCDを買ったみんなも同じようなことを感じるんだと思うんだけど、ヤング・グループを聴くと「風」のことを思い出した。
 海から吹いてくる風とか、高原の風とかじゃなくてある時期のちょっと切ない「風」のことだ。

 まだ私が小さかった頃、近所のお屋敷に洒落た家族が引っ越してきた。遊びに行くとちょっと肥満児気味のさえない男の子がいて標準語をしゃべった。お母さんはとても綺麗で髪が長くて白いワンピースを着ていた。私は革張りのソファに座り、初めてミルクティというものを飲み、ハチミツがいっぱいかかったホットケーキを食べた。リビングは庭に面していて、その綺麗なお母さんが「外で遊ぶ?」と言ってガラス扉を開けた。広い庭は芝生で敷き詰められていて、テレビでしか見たことないような外国の大きな白い犬がいた。その肥満児気味のさえない男の子が「ジョン!」と呼ぶとその白い犬がすごく嬉しそうにこちらに向かって走ってきた。そしてその時、その「風」が吹いた。



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日曜日、休みます

2006-01-18 16:19:43 | Weblog
 昨年の暮れ、とにかく忙しくて、営業中に動悸が激しくなり5分間くらい立ち上がれなくなりました。

 ちょうどその時、1月23日に渋谷で※「Bar Blen blen blen」というブラジル・ファンク・バーを始めるGOさんがカウンターに座っていました。そんな彼が「俺、3ヶ月間一日も仕事を休まない時があったんですけど、そんな時って周りの全員が何故か敵に感じてくるんですよね。林さん、お店のためにも休んだ方が良いですよ」と言ってくれました。

 ある成功された方に「30代は休むな。そしたら50代になった時、すごく楽になるから」と言われたことがあったので、BAR BOSSAは定休日なしで9年間営業してきました。でもちょっと無理みたいです。実は今年、BAR BOSSAは10年目なのですが、ついに休むことにします。

 3月から定休日は日曜日になります。祝日とかいろんなこと関係なく日曜日がお休みです。

 日曜日のライブを楽しみにしていただいた方、あるいは「ライブやらせろ!」と声をかけていただいていた方、本当に申し訳ありません。そんな事情で日曜日ライブはひとまずお休みとさせて下さい。

 今回はこんなお話ですいません。
 
 これからもよろしくお願い致します。

※Bar Blen blen blen 渋谷区道玄坂1-17-12野々ビル2F 03-3461-6533
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タバコのこと

2006-01-11 13:32:15 | Weblog
 BAR BOSSA開店当時からの常連さんであった飯田夫妻が茅ヶ崎で「odara」というカフェを始めました。大通りから少し入った一軒家の一階部分のそのお店は天井が高く、客席側全体がガラスになっていて海に近い太陽の光がたくさん入りとても開放感があります。かと言ってあの辺によくあるワイルド、ザワザワな感じではなく、「お二人のご自宅に招かれた感」もありとても落ち着きます。友人だから言うわけではなく本当に良いお店ですのでみなさん茅ヶ崎に行かれた際は是非お立ちより下さい。

 そんなodaraさんで「やられた」と思ったことがありました。なんと店内が禁煙なんです。別にこの時代、「禁煙カフェ」くらいでは驚きません。そういう流れだよなあって実感はしています。odaraさんで驚いた理由は、ご主人はかなりのヘビースモーカーで、奥様もかなりのヘビースモーカーだったんです。

 禁煙に踏み切った理由は「日本人の喫煙率が3割を切ったから」なんだそうです。うーん、すごい決断力です。ご自分が吸うのに7割の吸わない人をとったんです。こういう姿勢をプロって呼ぶんですよね。


 さて、こういう時は「自分の立場」というものを正直に言っておかなければ、なので申し上げますと、私は非喫煙者です。タバコは今まで3回くらいしか吸ったことがありません。どうやら身体にあわないようなんです。だから、どこかで外食する時ももちろん禁煙席に通してもらうし、あまりにも煙モクモクのお店だと入り口で「あ、やっぱりやめます」なんて言って帰る時もあります。

 でもBAR BOSSAは「喫煙OK」です。禁煙カフェはありでも、禁煙バーはたぶん経営的に難しいだろうなあ、と私は想像します。喫煙者にとって、バーはタバコが堂々と吸える最後の砦であるべきだと思っています。

 そしてこのバーテンという仕事を始めた時点で「二次喫煙で肺ガンになる」のは覚悟しています。バーってそういう場所だと思うんです。


 さて、バーテンという仕事を始めて色んなことを発見したのですが、タバコに関してある法則を見つけました。バーでトラブルを起こす人はまず「非喫煙者」だという事実です。ここでは書けないような色んな酒場でのトラブルを見てきて、色んな危ない目にあったのですが、そういうトラブルメーカーってまず「非喫煙者」です。

 もちろんこれは「非喫煙者」がダメな人が多いと言っているのではありません。逆なんです。「喫煙者」はトラブルを起こさないということに気付いたんです。

 主観的な言葉で申し訳ないのですが、「喫煙者は良い人が多い」んです。バーカウンターという垣根を越えて「友人になりたいなあ」と思うお客様は「喫煙者」であることがよくありますし、私の友人の多くはヘビースモーカーです。

 理由は色々と考えてみましたがよくわかりません。でも「喫煙者」に良い人は多いんです。


 ところで、あるシーンでの「喫煙者」には私はとても厳しく接しています。「お店に入ってくる時に火がついた煙草をくわえている人」はお断りすることにしているんです。そういう人をお店に入れて良かったことって一度もありません。


追記;ちなみに「odara」はもちろんカエターノ・ヴェローゾの名曲からとっているそうです。もうひとつちなみに奥様は伊藤ゴローのボサノヴァ・ギター教室の第一期生で、彼女の素敵なオリジナル曲もあります。もうひとつちなみに、「odara」に決まる前の名前の候補には「白と黒のポートレート」というのもありました。良い名前なんだけどなあ…。
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