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戸板(といた)販売時代の出版人

2008-06-11 20:08:42 | 出版業界

 戸板(といた)販売、というのをご存知だろうか。

 敗戦直後、闇市が盛んだった頃、人は食べるものに飢えていたが、本にも飢えていた。

 岩波文庫などが発売されると、人々は列をなして本を求めた。書店の店舗はまだ復興されていない。そこで店の前や道に、戸板を並べ、本を置いて販売した。これが戸板販売の始まりだ。

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 その後、店舗が復旧しても、婦人誌新年号などの発売時期に、書店は店舗前に戸板(もう少し時代が経つとワゴン)を置き、道行く人に声をかけて拡売を図ったものだ。 銀座通りに面した教文館書店では、最近まで社長自らが店頭で戸板販売を行なっていて、人目をひいていた。

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 そんな時代を、ぼくはある意味、羨ましいと思う。

 ぼく自身は正真正銘の戦後生まれだから、ノスタルジーというわけでもない。でも、貧しいながら、人々が活字を求め、本が求められていた時代。共通の小説を幅広い世代で話題にできた時代。 それは、敗戦という挫折から立ち直りつつあった、当時の日本人の姿と重なる気がするのだ。

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 去る4月29日、角屋正隆氏が93歳で老衰のため逝去した。大手取次店の元社長だ。

 ぼくは、「こどもたちよ」の詩が注目された20年前、当時会長だった角屋氏に呼ばれ、30分ほど直接お話したことがある。一社員だったぼくを会長室に招き、詩のこととか、本のこととか、仕事のことを語ってくれた。帰り際には「これ、ボクから」と、箱入りの洋酒一本を持たせてくれた。

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 なんというか、懐の深い人だな、という印象が今も残っている。

 角屋氏は大正3年生まれ。敗戦の年を30歳で迎えた勘定になる。おそらくは東京堂-日配(日本出版配給株式会社)を経て、戦後出版会の復興を、それこそ戸板販売で支えてきた世代だ。

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 苦難は時として人間に深みを与える。そんなタイプの大人が少なくなっている気がするのは、ぼくだけだろうか。

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 心からのご冥福をお祈りいたします。


秋田魁新報に掲載・加賀谷書店の雑誌袋

2008-05-13 20:29:10 | 出版業界

◎夢は「想像の翼」でつかめ

書店封筒の詩「こどもたちよ」読書の大切さ伝え20年

 上記のような見出しで、当ブログ4月2日で取り上げたエピソードが、秋田魁(さきがけ)新報に記事としてとりあげられました。光栄なことと喜ぶとともに、偶然の不思議さをあらためて感じている次第です。

 その回のブログは、ぼくが20年前に作った「こどもたちよ」(1月2日に掲載)という詩を、秋田の加賀谷書店さんが今も雑誌袋に印刷しているのを偶然知り、感激したという話でした。

 加賀谷さんがぼくの職場に貼ってあった古いポスターを見つけた偶然。その場にぼくが居合わせて会話できた偶然。そして、秋田魁新報の記者が、このブログを見てエピソードを知ったという偶然。偶然は過ぎてしまえば必然だとは言うものの、その綱渡りぶりに今はただ驚くばかりです。(最初は加賀谷さんが魁新報社にブログを教えたと思っていたのですが、記者はまったく単独でこのブログを見つけたそうです)。

 まず加賀谷社長に取材し、東京のぼくのところにも取材に来てくれました。

 記事は秋田魁新報のネット版で見られます。「秋田魁 加賀谷書店」で検索すると「見聞記」のタイトルで見つかるはずです。そこには加賀谷社長とぼくの写真も載っています(恥ずかしながら……)。

 

ぼくの文中での扱いがちょっと格好よすぎる気もしないではありませんが、ここは素直に喜んで、文章だけですが以下に再録しました。なお、これまで自分はハンドルネームで通してきましたが、今回は記事どおり実名表記にしました。

 ただ、ひとこと付け加えるなら、現状の書店業は、それこそ封筒一枚にもコストダウンが求められる厳しい状態にあります。そこの部分をくみ取った上で加賀谷書店さんの活動の意味をあらためて考えていただければ、と願うものです。

【秋田魁新報「見聞記」2008.5.11】より

 読書の大切さを伝えようと20年前に作られた詩を封筒に印刷し、客に渡し続けている書店が秋田市にある。詩の作者は東京の出版マン、書店経営者は出版マンのかつての後輩。封筒は捨てられてしまう運命にあっても、詩に込めた2人の活字への思いは、静かに"読者"の胸に染み渡っている。

 「こどもたちよ」と題したこの詩は、書籍流通(取次)大手のトーハン(東京)に勤める茨田(ばらだ)晃夫さん(51)=東京都大田区=が1988年、読書推進キャンペーンに合わせて作った。詩に登場する「私」は、わが子に残せるものを列挙する。その一つが「書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣」だ。「私」は「読書を怠るな」「想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない」と説く。

 「もう一度書けと言われても書けない」(茨田さん)という詩は、出版業界誌の広告や、書店の店頭ポスターとなった。評判が良く、いくつかの書店から書籍用封筒に使いたいとの打診があった。その一つが、秋田市の加賀谷書店だった。

   同書店社長の加賀谷龍二さん(49)は当時、3年ほど勤めたトーハンを辞め、妻の実家である同書店に入って数年というころ。詩の作者が同じ部署の先輩だった茨田さんと知って驚き、感心した。

 加賀谷さんは当初、この詩を大きなボードに記して掲示。しかし、もっとたくさんの来店者に読んでほしいと考えた。多くの客が手にする「媒体」は何か―。思い付いたのが、書籍用の封筒だった。

 書籍用の封筒は消耗品。多くの書店は、広告付きでコストを抑えられるものか、業者がデザイン済みのものを使う。だが加賀谷さんは、都内の業者にわざわざ詩を印刷した封筒を発注している。いわば特注品だ。

 反響はすぐにあった。「誰の詩ですか」と問い合わせが相次いだ。今も時々、同じ質問がある。「1人でも2人でも、気付いて読んでくれればいいんです」と加賀谷さん。何人が手にしたのか尋ねると、「どれぐらいかなあ」。数を気にする様子はない。

 加賀谷さんは一時期、詩を替えようと考えた。わが子を思い自ら筆を執ったが、その詩はお蔵入り。「茨田さんを超える自信がなくて」と苦笑する。

 今年3月、久しぶりに茨田さんの職場を訪ねた加賀谷さんは、詩が載った広告が壁に張られていたのに気付き、今も封筒に印刷していることを伝えた。「社内でも詩の存在を知っている人は少ない。北国の後輩が自分の店で残していてくれたとは」。茨田さんは感激した。

 活字離れと、それに伴う出版不況。良書を広めたい気持ちがあっても、本を商う環境が厳しさを増す中、思うに任せない書店は少なくない。

 それでも加賀谷さんは「読書の楽しさを発信していくのは、活字に携わる者の務め」と、茨田さんの詩に自らの思いも託す。茨田さんも詩が今も命を与えられている喜び以上に、「彼が変わらない信念を持っていてくれた」ことに感慨を深めている。

 詩にはこんな一節も。「幸いにお前は、インクの染みのような活字の羅列から、物語を想像できる力を持っている」。20年を経てなお色あせないメッセージは、これからも活字にこだわる2人の心意気を伝え続ける。(2008.5.11付)

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秋田・加賀谷書店の雑誌袋

2008-04-02 23:14:51 | 出版業界

 このブログの、1月2日で紹介した「こどもたちよ」という詩がある。20年前にぼくが書き、ポスターなどで使用されたものだ。

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 これが約20年間にわたり、秋田の本屋さんの雑誌袋に印刷され、多くの人の目に触れ続けていたことを最近になって知った。

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  先日、旧知の間柄である秋田市・加賀谷書店の社長が、ぼくの職場にやってきて、壁に貼ってあった古いポスターに目をとめて言った。

「久里浜さん(ぼくのこと)、これ、今でもうちの店で使っていますよ」と。すると、同行していた秋田の読書会関係のご婦人方が、「あっ、これ知っています。いいですよねー」と口々に賛同してくれたのだ。

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. 発表した当時、業界内ではそれなりに話題になり、包装紙などに使いたいという書店さんが何件かあったことは知っていたが、よもや20年も東北の都で使い続けられていたとは! 加賀谷書店といえば秋田の老舗であり、名門書店。20年間、何人の目に触れてきたことだろう。 さっそく実物を送っていただき、今、あらためて感激しているところだ。

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  長く出版業界に勤めてきて、良いときもそうでないときもあった。

 この詩を書いた20年前は、今よりはもう少し業界に余裕があり、ぼくにも余裕があった気がする。でなければ、この詩が世に出ることもなかったと思う。

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 そして紆余曲折があって、今年、この詩を自らの原点として見直そうとブログにも書いた。そうしたら、北の地から、嬉しい便りが届いた。ぼくはこれを偶然だとは思わない。

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「想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない」と20年前の自分が書いている。ならば、厳しい時代だからこそ、少しでも理想に向かって想像の翼をひろげていこう、とあらためて思う。


初心にもどる

2008-01-02 22:20:40 | 出版業界

 

 最近はこのブログ、おススメ本ばかりでタイトルに偽りあり状態になっていて、申し訳ない次第です。 で、久々にちょっといい話をひとつ(ただし個人的にですが)。

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 1988年だから、ちょうど20年前。ぼくが32歳のときに作った下の詩(このブログの1回目にも載せましたが)が読書推進のポスターに使われたことがありました。 当時、業界内ではけっこう話題になったのですが、自分でも過去のものだと思っていました。

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 ところが覚えていた後輩がいて、昨年暮れ、わざわざ 「あれは良かったです」 と言いに来てくれたのです。そこであらためて読んでみると、この20年間で自分が忘れていた何かが甦ってきた気がしました。

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 今年も読書感想文ばかりのブログになるかもしれませんが、自分の感受性に水やりを怠ることなく、ハートウォーミングな話を探していく姿勢だけは続けたいと思っています。

こどもたちよ。

私がお前たちに遺してあげられるものは、あまりにも少ない。

兄弟げんかも起こらないほどの僅かな財産と、

正直なだけが取柄の血筋、何枚かの写真。

そして、書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣……。

伝えるものは、それですべてだ。

地位や名誉が欲しければ、自分で手にすればいい。愛もまた同じだ。

それは、私が遺していくべきものではない。

自分で考えろ。自分で選べ。自分で生きろ。

そのために必要なことは教えてきた。

ただひとつだけ言っておこう。

読書を怠るな。

もちろん本からの知識がすべてだとは言わない。

多くの人と出会い、経験を重ねることによって、人は真に成長する。

時には書を忘れ酒盃をくみかわすのもいい。

しかし、読書は怠るな。

想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない。

幸いにお前は、インクの染みのような活字の羅列から

物語を想像できる力を持っている。

小さな頃、寝床で本を読んできかせると、お前は目を輝かせていた。

その頃の興奮を忘れないでほしい。

こどもたちよ。

私がお前たちに遺してあげられるものは、あまりにも少ない。

兄弟げんかも起こらないほどの僅かな財産と、

正直なだけが取柄の血筋、何枚かの写真。

そして、書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣……。

 


こどもたちよ。

2006-03-09 23:09:00 | 出版業界

こどもたちよ。

私がお前たちに遺してあげられるものは、あまりにも少ない。

兄弟げんかも起こらないほどの僅かな財産と、

正直なだけが取柄の血筋、何枚かの写真。

そして、書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣……。

伝えるものは、それですべてだ。

地位や名誉が欲しければ、自分で手にすればいい。愛もまた同じだ。

それは、私が遺していくべきものではない。

自分で考えろ。自分で選べ。自分で生きろ。

そのために必要なことは教えてきた。

ただひとつだけ言っておこう。

読書を怠るな。

もちろん本からの知識がすべてだとは言わない。

多くの人と出会い、経験を重ねることによって、人は真に成長する。

時には書を忘れ酒杯をくみかわすのもいい。

しかし、読書は怠るな。

想像の翼を持たない者は、いつまでも夢にとどかない。

幸いにお前は、インクの染みのような活字の羅列から

物語を想像できる力を持っている。

小さな頃、寝床で本を読んで聞かせると、お前は目を輝かせていた。

その頃の興奮を忘れないでいてほしい。

こどもたちよ。

私がお前たちに遺してあげられるものは、あまりにも少ない。

兄弟げんかも起こらないほどの僅かな財産と、

正直なだけが取柄の血筋、何枚かの写真。

そして、書棚の古びた本と、読書を苦痛に感じない習慣……。