
かつて存在した私のHP「時代屋小歌」の旅編の記事を復刻する別ブログ「時代屋小歌(旅編)」のほうで、このほど新たに1編の記事を復刻しました。
その記事は「神津島の悲劇」というものです。
こちら ↓
http://blog.livedoor.jp/syunka16/archives/2344734.html
この内容は、当時の我々の「生物に関する無知」に起因するもので、今となっては恥ずかしく、愚かでもあり、なおかつ残酷な記憶でもあります。
だから、何十年も前のことなのに、今でもかなり強烈な記憶として覚えているのでしょう。
この記事を読んで下さる皆さん、どうか我々のマネなどしないで下さいね。
この記事がわずかでも教訓にでもなれば幸いです。
旅行自体は楽しかったのですが、この記事に書かれた記憶は若気の至りでありました。
犠牲になった生物にとっては、たまったものじゃなかったことでしょう。
私にとっては楽しい記憶と共に、こんな愚かな記憶も残っている神津島ですが、最近やたらと神津島が懐かしく感じられます。
当時毎年泊まっていた民宿は、もうとうにありません。
その頃入った店も、今ではもうなくなっているかもしれません。
当時の仲間も、近年ではめったに会うことはなく、中には行方不明の奴もいます。
私が今神津島に行っても、当時の神津島とは相当変わっていることでしょう。
でも、無性にまたいつか神津島に行ってみたい気持ちになっています。
前浜からはるかかなたの沖合に浮かんでいるのが見えた無人島「恩馳島」。
切り立った山が、いきなり海に落ち込んでいた多幸湾。
見晴らしのよかった天上山。
海底が透けて見え、素潜りに励んだ沢尻湾。
私らが泳いでいた時に、近くて水死体があがったという、長浜。
その他、思い出すことはいくつもあります。
私にとっては、神津島は十代の自分がいた島でした。
とても東京都とは思えない場所でした。











