Negative Space

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ラインラントからパリへ:『笑う相続人』『ディヴィーヌ』

2014-08-07 | マックス・オフュルス



 初期オフュルスのコメディー2題:


 『笑う相続人』(1932年)

 ラインラントの郷土色も豊かな風俗喜劇。『セヴン・チャンス』+『ロミオとジュリエット』? 身分を隠した要人という設定はオフュルス好み。ライティングの陰影と画面手前に物を配することで奥行きを演出したフレーミング。今は亡き経営者の肖像画と親族たちの切り返しショット(レコードとかれらの「会話」)は愉快。
 主役のハインツ・リューマンは『狂乱のモンテカルロ』、『ガソリンボーイ三人組』のスター。相手役のリエン・ダイヤースという女優はラングの『スピオーネ』に出ている。



 『ディヴィーヌ』(1935年)

 コレットが自作を脚色した艶笑喜劇という触れ込みで売り出されたが、それまでのオフュルス作品としてはもっとも客が入らなかった。

 「わたしを魅了したのは、コレットが脚本を正確に映画的な観点から組み立てていたことだ。短いシーン、きりつめられた台詞、メインの主題と周辺的なことがら、登場人物、フレーズの切れ端、ひとつの世界の全体をすばやく概観できるいくつかの視点、それによって生まれる物語の含蓄、的確な雰囲気、その世界を構成する人たちに対する瞬時の理解といったことだ」。
 
 「わたしが『ディヴィーヌ』でやろうとしたことは、ミュージックホールの雰囲気を主観的に[ヒロインの観点から]描くことだった」。

 男性が支配する舞台と女性たちのコミュニティが形成される楽屋のはざまの「舞台裏」という空間の力学。「舞台裏」とはまた、きらびやかな出し物(スペクタクル)の虚構を暴き立てることでもある。ヒロインは脱衣に抵抗して舞台をぶち壊す(とはいえ皮肉にもこのアクシデントは観客に受け、出し物の一部として回収される。The show must go on.)都市と田園という物語上の二項図式を無効化する演出。ミルクという小道具(乳牛、牛乳屋、授乳)。ハッピーエンドのキスシーンが檻を思わせる格子模様越しに眺められるアイロニー。

 パリの踊り子(水商売の女性)が田舎に来て地元の人の心を騒がせるというのは『快楽』。屋根裏部屋でのシルエットの脱衣(ロベルトはリュドヴィーヌの体が踊り子向きであることを知る)、ウォークも『快楽』。階段。ヒロインがはじめて劇場を訪れる場面の360度のパン。アパルトマンの移動撮影(撮影ロジェ・ユベール)。『ルヴュ・デュ・シネマ』の批評家ジャン・ジョルジュ・オリオールが脚本に名を連ねているのが目を引く。編集にレオニド・モギー。ヒロインにシモーヌ・ベリオー(オフュルスのヒロイン中もっとも精彩を欠く)、ミルクマンにジョルジュ・リゴー(『Liebelei』『明日はない』『巴里祭』)。その他、レズっけのある同僚(ジナ・マネス)、金ぴかメイクの催眠術師的俳優にして麻薬密売人、ネロ役のデブの俳優……。