Negative Space

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桜の森の満開の下:「妖刀物語 花の吉原百人斬り」

2013-09-05 | その他


内田吐夢監督「妖刀物語 花の吉原百人斬り」(1960年、東映)


 雪の日に夫婦が捨て子を拾う。赤ん坊の顔の右半分には大きな痣がある。

 月日は流れ、かつての捨て子・次郎(片岡千恵蔵)は大規模な製糸問屋を切り回す実業家に成長している(三十歳には見えないけど)。使用人を家族のように扱う経営方針と無類の人柄のよさゆえに使用人と取引先のだれもから慕われているが、容姿のせいで嫁の来手がない。

 江戸に見合いに行き、売れ残りの年増と見合いするが、先方の返事はまたしても「しばらく考えさせてほしい」。

 そそくさと栃木に帰ろうとすると、見合いの話をもってきた得意客から吉原に誘われる。無礙に断るのもわるかろうと誘いに応じる。

 吉原では次郎の容姿をこわがって、ついた遊女がつぎつぎとチェンジを要求、仕方なく血筋のわるい見習い(水谷良重)をためしに遣ったところ、次郎の容貌を気にする様子もない。「心の内側にも痣があるわけじゃないだろ」(記憶により引用)

 はじめて女性にやさしくされた次郎はすっかり上機嫌。堅物とはいえそこは男、吉原通いがはじまるのは理の当然。

 水谷は格の低さゆえに日頃から花魁連中からパワハラを受けており、松の位の太夫になって見返してやろうという野心に燃えている。太夫にすることを次郎に約束させる。店の主人(三島雅夫)も話題作りにしようとの魂胆から次郎の酔狂に乗る。

 ここから吉原という無情なシステムの歯車が動き出し、少しの狂いもなく作動して、うぶな田舎者を食い物にし、破滅させるまでのプロセスが、息苦しいほど冷静な観察眼によって正確無比に記録されていく。

 おりわるく天候不順で蚕が全滅、次郎の商売が傾きかける。実の親がのこした唯一の財産である名刀を金に換えようとするも、なんと!不吉な刀という評判ゆえに引き取り手がない。金が尽きた次郎は罵られながら吉原を追い出され、笑いものになる。

 妖刀を携えて数日間部屋に籠った次郎は心をきめた様子。かわいがっている若い番頭とその許嫁に店を譲り、じぶんは上方へ行って一から出直すとのこと。

 主人が結婚できないばっかりに若い二人は自分たちの結婚を長いこと見合わせていた。その二人の簡素な婚礼の式を次郎が司り、祝いの歌を一節うなる。泣き崩れる新郎新婦。

 上方へ出発の日はたまたま(?)遊女が太夫としてお披露目する日。仲見世を埋め尽くした見物客にまじって、頬かむりをして様子をうかがう次郎の姿があった。傍らの見物客たちの会話から自分が騙されていたことを知り、奉納しようとたまたま(?)持参していた刀を振り上げ、遊女に向かっていく。とめようとした男たちは魔物の乗り移った刀によってばったばったと斬り倒されていく。

 次郎の刃を必死に逃れ、着物の裾を乱しながら這うように大門の方へとにじりよっていく女。しかし無情にも大門は頑丈な閂によって堅く閉ざされたままだ。毒々しい緑色もあざやかなその門にすがりついたまま妖刀に体を刺し貫かれる女。振り返り、門を背に一帯を睨回しながら、妖刀を振りかざし、門内全体に響き渡ろうかというおそろしい叫びをふりしぼる異形の男。吉原のわるいやつ、全員出てこい!

 クレーンがゆるやかに後退し、フェイドアウト。 終

 史実に想を得た河竹新七作の歌舞伎「籠釣瓶花街酔醒」を依田義賢が脚色している。古典的な風格をたたえつつラディカルな政治性をこめた現代的な作劇法が冴える。

 心の寛さをもちあわせながらも境遇のうみだした怨恨ゆえに男を裏切らざるを得ない女の哀しさ。捨てられた過去を背負い、かんばせに刻み込まれた消せない傷ゆえに未来をも閉ざされた男は、その孤独ゆえに女を求め、果ては殺さざるを得ない。二人の情念の響き合いとすれちがい、二人の弱者が吉原というシステムによって容赦なく押し潰される一部始終を悠揚迫らざる悲劇の詩法に則って綴っている。

 依田の天才は、次郎を商才ある経営者と設定し、それを吉原的な経営のあり方と皮肉っぽく対比していることだろう。強大なシステム対無力な個人という図式の影に二つの経営哲学の対決という図式を重ねることで物語が豊かさを増している。

 冷害が出ると次郎は下請け的な問屋を救済する義務を負う。もちろん下請けを無礙に切り捨てることなどできない。
「こんな立派なお屋敷にお住まいなのに千両やそこらの金が工面できないというのはにわかには信じられませんな」
「手広く商売をやっておりますとそのぶん損失もまた大きくなるものでして」(記憶により引用)

 タイトルバックで糸を織る工女たちをとらえたなめらかな移動撮影にはじまり、流麗なカメラワークが全篇を彩る。クライマックス、満開の桜の花ごしに血腥い惨劇を追うクレーンショットが凄みを帯びる。

 吉原を再現したセットと豪華絢爛な色彩設計も見事である。日本映画の歴史のなかでもっとも完成された作品のひとつだろう。

 これほどまでの傑作が日本でDVD化もされていないのは、顔に痣のある主人公を「化物」扱いする差別的な台詞が多いせいだろうか。ヨーロッパ版の見事なディスクが入手可能。