清水宏の『泣き濡れた春の女よ』(松竹、1933)。
汽船に男たちが次々とのりこむ。なかにシャベルをかついでいる男がいる。北の炭坑に出稼ぎに行く男たちだ。
船上には、玄人らしき女性たちの一群もいる。
ふたつのグループのあいだにまもなくなにかがおこるだろう。
デッキの階段に腰かけた男が、落ちている煙草を拾おうとする。傍らに立っていた女がその煙草を踏みつけ、自分の煙草を差し出す。だまって箱から一本拝借する男。ありがとうくらいいったら、と女。無言のまま煙草をもとの箱に差し入れる男。ついと立って少し離れた場所へ。小さな女の子がこんどはかれに菓子を差し出す。ありがとう、と言って受け取る男。
女は岡田嘉子。男は大日方傅。女の子は女の娘である。
女たちは女給の口を求めて同じ炭坑の町へ向かうところだ。
小さな炭坑の町は雪景色がわびしくも目にしみる。
女は男の気をひこうとするが、男のほうは女の妹格の少女に恋心をいだく。
男の親友も同じ少女に思いをよせている。一方、男のふとった「上官」が女に岡惚れし、つきまとっている。
「上官」の体格が、スタンバーグ作品や『男の敵』につうじる画面の雰囲気とあいまって、ちょっとヴィクター・マクラグレンをおもわせる。親友のほうは『黄金時代』のガストン・モドーに似てコミカル。
女は部屋に男を連れ込み、「お話」を聞かせる。むかしあるところにおじいさんとおばあさんがあったみたいな話かい? 似た話かもしれないわ。 むかしあるところに男と女がいたの。 それから? 女は男のシャツを洗濯してやったの。 それから? これからもいつも洗濯してやりたいとおもうようになったの。 それから? それだけでは満足できなくて所帯をもちたいとおもうようになったの。 それから? だけど男は女のきもちを感じないらしいの。 それから? (女が男の腕をとって)まだ感じないらしいの。それから? (男の腕を揺すって)まだ感じないのかしら?
男は女に気がないようす。とはいえ、女の娘をかまってやっているうちに、忘れていた純真なきもちをとりもどす。うれしそうに女にそう話してやる男のやわらかな表情。夫のいない女は生き抜くのに必死で、子供をかまってやるこころの余裕をもてないでいた。
母親と「だいすきなおじさん」が部屋にいるあいだ、ひとりぼっちの女の子は「上官」に連れられて家を出る。家の角を曲がって見えなくなる二人の後ろ姿がゆっくりとフェイドアウトする。
なにかよからぬことが起こりそうな一抹の不安。このへんの間合いは『M』そっくりだ。
案の定、炭坑で落盤事故が起きる。男の親友が犠牲になる。
娘の姿が見当たらない。必死にさがしまわる母親。雪を踏みしだいて急ぐ足のアップ。
娘は無事だった。はじめて子守唄を聞かせ、添い寝してやる女。
事故死した親友の身の上について上官が口にしたこころない言葉が男の怒りを買い、二人は闇夜の雪原でとっくみあう。上官は身につけていた飛び出しナイフをとりだす。もみあうふたりの姿は土手に隠れてはっきり見えない。どちらかがナイフで傷ついたらしい。吹雪のなかを逃げる足のアップ。追っ手が何度も名前を呼ぶ声が雪原にうつろにひびく。
女は男をかくまう。上官がさがしにくる。女は上官の目をごまかすために部屋に招き入れる。「お話をきいてほしいの」。
女は恋敵の少女に男を連れて船に乗り込むようたのむ。
上官とふたりきりの部屋。汽笛が聞こえる。窓をあける女。雪がふりこめている。大雪になりそうだな、と旦那気取りの男。沖が荒れなければいいのだけど、と女。
男は女の子に書き置きをのこした。ミツチヤン サヨナラ アバヨ。おじさんはどこかに行ってしまったの? きょうもだっこしてねんねしてくれる? ええ。これからはいつだってだっこしてねんねあげるわ。頬を濡らす涙を娘が拭い取ろうとする。
淪落の女とおさない娘。船上での出会い。炭坑にふりこめる雪。遠い汽笛。南へむかう船。
トーキー初期ならではの独特の静けさに浸された画面と表現主義の影響も色こいスタイリッシュなライティングが、これらのモチーフを最大限に輝かせる。メロドラマのいちばん幸福な時代だったのかもしれない。
やはりこの時期ならではの繊細な実験精神も随所に。
汽船に男たちが次々とのりこむ。なかにシャベルをかついでいる男がいる。北の炭坑に出稼ぎに行く男たちだ。
船上には、玄人らしき女性たちの一群もいる。
ふたつのグループのあいだにまもなくなにかがおこるだろう。
デッキの階段に腰かけた男が、落ちている煙草を拾おうとする。傍らに立っていた女がその煙草を踏みつけ、自分の煙草を差し出す。だまって箱から一本拝借する男。ありがとうくらいいったら、と女。無言のまま煙草をもとの箱に差し入れる男。ついと立って少し離れた場所へ。小さな女の子がこんどはかれに菓子を差し出す。ありがとう、と言って受け取る男。
女は岡田嘉子。男は大日方傅。女の子は女の娘である。
女たちは女給の口を求めて同じ炭坑の町へ向かうところだ。
小さな炭坑の町は雪景色がわびしくも目にしみる。
女は男の気をひこうとするが、男のほうは女の妹格の少女に恋心をいだく。
男の親友も同じ少女に思いをよせている。一方、男のふとった「上官」が女に岡惚れし、つきまとっている。
「上官」の体格が、スタンバーグ作品や『男の敵』につうじる画面の雰囲気とあいまって、ちょっとヴィクター・マクラグレンをおもわせる。親友のほうは『黄金時代』のガストン・モドーに似てコミカル。
女は部屋に男を連れ込み、「お話」を聞かせる。むかしあるところにおじいさんとおばあさんがあったみたいな話かい? 似た話かもしれないわ。 むかしあるところに男と女がいたの。 それから? 女は男のシャツを洗濯してやったの。 それから? これからもいつも洗濯してやりたいとおもうようになったの。 それから? それだけでは満足できなくて所帯をもちたいとおもうようになったの。 それから? だけど男は女のきもちを感じないらしいの。 それから? (女が男の腕をとって)まだ感じないらしいの。それから? (男の腕を揺すって)まだ感じないのかしら?
男は女に気がないようす。とはいえ、女の娘をかまってやっているうちに、忘れていた純真なきもちをとりもどす。うれしそうに女にそう話してやる男のやわらかな表情。夫のいない女は生き抜くのに必死で、子供をかまってやるこころの余裕をもてないでいた。
母親と「だいすきなおじさん」が部屋にいるあいだ、ひとりぼっちの女の子は「上官」に連れられて家を出る。家の角を曲がって見えなくなる二人の後ろ姿がゆっくりとフェイドアウトする。
なにかよからぬことが起こりそうな一抹の不安。このへんの間合いは『M』そっくりだ。
案の定、炭坑で落盤事故が起きる。男の親友が犠牲になる。
娘の姿が見当たらない。必死にさがしまわる母親。雪を踏みしだいて急ぐ足のアップ。
娘は無事だった。はじめて子守唄を聞かせ、添い寝してやる女。
事故死した親友の身の上について上官が口にしたこころない言葉が男の怒りを買い、二人は闇夜の雪原でとっくみあう。上官は身につけていた飛び出しナイフをとりだす。もみあうふたりの姿は土手に隠れてはっきり見えない。どちらかがナイフで傷ついたらしい。吹雪のなかを逃げる足のアップ。追っ手が何度も名前を呼ぶ声が雪原にうつろにひびく。
女は男をかくまう。上官がさがしにくる。女は上官の目をごまかすために部屋に招き入れる。「お話をきいてほしいの」。
女は恋敵の少女に男を連れて船に乗り込むようたのむ。
上官とふたりきりの部屋。汽笛が聞こえる。窓をあける女。雪がふりこめている。大雪になりそうだな、と旦那気取りの男。沖が荒れなければいいのだけど、と女。
男は女の子に書き置きをのこした。ミツチヤン サヨナラ アバヨ。おじさんはどこかに行ってしまったの? きょうもだっこしてねんねしてくれる? ええ。これからはいつだってだっこしてねんねあげるわ。頬を濡らす涙を娘が拭い取ろうとする。
淪落の女とおさない娘。船上での出会い。炭坑にふりこめる雪。遠い汽笛。南へむかう船。
トーキー初期ならではの独特の静けさに浸された画面と表現主義の影響も色こいスタイリッシュなライティングが、これらのモチーフを最大限に輝かせる。メロドラマのいちばん幸福な時代だったのかもしれない。
やはりこの時期ならではの繊細な実験精神も随所に。