バリん子U・エ・Uブログ

趣味、幸せ探し! 毎日、小さな幸せを見つけては、ご機嫌にハイテンションに生きているMダックスです。

涙の海2

2015-05-24 20:54:21 | お話 ペットロス
犬はいつも女の子に親切でした。
毎朝、目覚まし時計の鳴る3分前に、犬はぽわぽわの小さな前足で、優しく女の子の頬を叩いて起こしてくれました。
怖い番組を見た後で、びくびくしながらお風呂に入る女の子を、バスルームのドアの前で、犬はずっと待っていてくれました。
女の子が学校に行くのがいやでぐずぐずしている日は、叱るように、励ますように玄関まで誘導してくれました。
女の子は犬のいない世界で生きていける気がしませんでした。
犬が死に、女の子は自分のために泣きました。
お父様に新しい犬が欲しいと言いました。
お父様はお前が欲しいのは新しい犬ではなく、お前の犬だ。あの犬が帰ってくることはない。新しいお前の犬と出会えるときまでをお待ち。と、言いました。
つらくて、さみしくて女の子の涙は止まりませんでした。


涙の海1

2015-05-23 00:53:07 | お話 ペットロス
女の子の犬が亡くなりました。
女の子と犬はとても仲良しでした。
滑り台が大好きな犬のために、女の子は犬を抱いて、公園に行くたびに滑り台を滑りました。
抱きしめた温かい体。顔をくすぐる柔らかい毛。風を切って滑る爽快感。勢い余ってお尻から砂場に落ちることがあっても、女の子は決して抱きしめた犬を離しませんでした。何度も滑り台をせがむ犬に女の子も、喜んで付き合っていました。
草原を疲れて動けなくなるまで駆け回り、木陰でおやつを食べました。見上げる空。風に揺れる葉っぱの音。お花の香り。お花の根元に埋められた肥料の匂い。
犬はこの世界が大好きなようでした。
犬が死に、女の子は犬のために泣きました。
お母様が慰めてくれました。優しく抱きしめてくれました。
けれど、女の子の涙は止まりませんでした。



亡き犬のためのパヴァーヌ 富豪編 

2015-05-10 20:06:40 | お話 ペットロス
富豪の愛犬が亡くなった。
初めて会社を興したときに買った犬だった。
富豪は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
第一秘書は銅像を作ることを進言した。
専務は記念切手の発行を提案した。
飼育係りは、「ご愛犬の名前を付けた、捨て犬の保護施設の建設を。」と熱く語った。
その他、様々な人々が様々なことを進言した。
けれど、亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がした。
その時、富豪は思い出した。
犬はワゴン車の後ろの席に大きな身体を窮屈そうに押し込んではしゃいでいた。確かに、犬は大喜びをしていた。
はて、それは何だったのか。誰の提案だったのか。
富豪は一生懸命記憶を辿った。

急に決まった長期出張の前日、第一秘書はペットホテルを探し、専務はペットシッターの面接をしていた。
レッスンに来ていたドックトレーナーがそれを見て、「偉そうに若手起業家だ、新世代の実業家だ、何だって言っても、犬の子一匹まともに飼ってやれないんだな。」と、犬の首筋を撫でながら鼻先でせせら笑った。そして、封筒を差し出した。
「この犬を買うよ。」
封筒には100万円が入っていた。青年実業家は驚いた。
「この犬はこんな扱いを受けるべき犬じゃない。あんたにはもったいない犬だ。」
「忙しい中、自分でちゃんと餌もやって、散歩にも連れて行っている。」
青年実業家は憮然として答えた。
「それは、一日に一回の給餌と、一日二回五分間の排泄のための外出のことを言ってるのか。それさえしていないんなら、立派な虐待だ。犬は犬舎に閉じ込めておくオブジェじゃない。犬を飼う甲斐性もない奴が犬を飼うんじゃない。」
青年実業家はドッグトレーナーの言葉を聞いて、激怒しながらも、確かにそうだと納得した。そして、自分は犬もまともに飼えない実業家などではないことを示してやろうと決心した。
まず、青年実業家は犬を出張に連れて行くことにした。犬は大喜びした。
それから、青年実業家はいつも犬と行動を共にした。どれほど忙しくても、毎日必ず一時間は犬と散歩をした。
犬と移動するためにキャンピングカーを買い、自家用 ヘリコプターも買った。犬との散歩時間をとれなくなるような仕事は断った。犬を部屋にいれないホテルには泊まらなかった。そのうちに、犬を入れてくれなかったホテルも、レストランも特別室を用意してくれるようになった。青年実業家にとって、犬は自分がどれほど重要視されているかのバロメーターとなった。そして、アイリッシュセッターを伴った青年実業家はマスコミにも取り上げられるようになった。
犬はいつも飼い主の青年実業家と一緒にいれることを、ただ単純に喜んでいた。

年月が経ち、青年実業家は富豪になった。美しいアイリッシュセッターはいつも富豪の傍に控えていた。犬が富豪の傍にいることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、富豪はすっかり思い出した。そこで富豪はあの日のドッグトレーナーを呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜ばない。犬は亡くなったのだから。」
不機嫌きわまりない顔でやってきたドックトレーナーは、富豪の質問を聞くと吐き出すように言い捨てた。
それは富豪が一番認めたくないことだった。しかし、富豪はドッグトレーナーの言葉に頷くよりなかった。
「ただ、もし、これ以上あの犬を失いたくないと思うのなら、方法はある。」
富豪は思わず、身を乗り出していた。
「誠実になるんだ。」
「誠実?」
「犬のことを語るとき、実際以上に飾り立てる必要はない。実際以下に謙遜する必要もない。ただ、ありのままにあの犬のことを語るんだ。あんたの犬は最高の犬だった。あんたがあの犬をどんな風に利用しようと、あの犬は一途にあんたを愛した。あんたの横で幸せでいた。」
犬はフォトジェニックでパブリックマナーが良かったが、中身は富豪の祖父が飼っていた雑種犬と同じ、純朴でいたずらで愛情深いただの犬だった。富豪にはそれがわかっていた。そして、そんな犬が愛おしかった。それなのに取材を受けるとついおおげさに犬のことを話してしまった。
話すうちに、富豪はドッグトレーナーではなく、愛犬家の祖父に叱られているような気がしていた。
「その通りだ。私の犬はありのままで最高の犬だ。語るときはありのままの彼のことを語ろう。」
こうして亡くなった犬は富豪と命を分け合い生き続けた。

亡き犬のためのパヴァーヌ お姫様編 

2015-05-03 20:35:33 | お話 ペットロス
お姫様の愛犬が亡くなった。
お姫様と一緒にお嫁入りしてきた犬だった。
お姫様は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
家老は血筋の犬の後任任命を進言した。
大僧正は菩提寺の建立を提案した。
その他、様々な家臣が様々なことを進言した。
「わしらの犬はかようなことを望みはしないであろう。」とお殿様は言った。
お姫様も亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がしていた。
その時、お姫様は思い出した。
嫁いで来たばかりの頃、お殿様はお姫様と犬を野に連れ出してくだされた。犬は大喜びをした。
はて、それは何だったのか。誰の進言だったのか。
お姫様は一生懸命記憶を辿った。

輿入れして来たばかりのお姫様はひどく塞ぎ込んでいた。お城の薬師はいく種類もの薬を出し、僧侶達は夜毎日毎に加持祈祷を繰り返した。けれど、塞いだ気分は治らずお姫様はやつれ果て、連れてきた犬の相手も満足にしてやれなくなった。お殿様はたいそう心配していた。互いの祖父の代までは仇と呼ばれた両国の、和睦の証にと輿入れして来たお姫様が万が一にも身罷かられるようなことがあっては、戦が始まるかもしれないと危惧していた。
「薬草をご用意下さい。」
万策尽き果て、最後に里人達が仙人と呼んでいる山の端の薬師が呼ばれた。
「ただし、その薬草はお姫様の目の前で、お殿様がお摘みください。また、その折には日の入りから日の出までの間、お二人は野に出てお互いより他の人を目の中に入れてはなりませぬ。」
奇妙な処方であるとは思ったが他になす術もなく、お殿様は薬師の言葉に従った。
薬草は早々に摘み終わり、満月の光の中、手持ち無沙汰になったお殿様は、奥方様に従って付いてきた犬と鬼ごっこを始めた。犬は大喜びして駆け回った。喜び跳ねる犬を見て、お姫様は手を打って笑い声をあげた。お姫様の無邪気にはしゃぐ姿を見てお殿様も何だか嬉しくなった。
次に薬草を摘みに行くように指示されたのは、新月の夜だった。
薬草を早々に摘み終えたお殿様は、星明かりと一本の松明の灯りしかない野で、お姫様と身を寄せ合っていた。犬はお姫様のそばに控え、なにものかの気配を感じると吠えながら闇の中へ駈けていき、しばらくするとお姫様の元へ戻ってきた。お姫様は自分を守ってくれる犬の身を心配し感謝した。お殿様は犬とお姫様を見て、大事な人を守るというのはどういうことかを学んでいた。そして、そのうち、お殿様は犬が駆け出すと、刀を構え、お姫様を背中にかばうようになった。犬もお姫様もすっかりお殿様を頼りにするようになった。
何度か薬草を摘みに行くうちに、お姫様は健康を取り戻した。そして、お姫様と犬とお殿様はすっかり仲良くなり、お殿様は犬のことを、“わしらの犬”と呼ぶようになった。

お殿様とお姫様と犬がお忍びで野遊びすることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、お姫様はすっかり思い出し、お殿様にも話して聞かせた。そこでお殿様は山の端の薬師を呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜びません。お殿様、奥方様、犬は亡くなったのです。」
山の端の薬師はずいぶん老いていた。自分では城に上がることができず、お殿様とお姫様が山の端を訪ねた。
お姫様は泣き出してしまった。お殿様もとても悲しかった。しかし、二人は薬師の言葉に頷くよりなかった。
「それでもお二方が、あの犬に何かをと思われるのなら・・・・・強く優しい涙をお与えになるとよろしゅうございます。」
「涙?」
お殿様は思わず、身を乗り出していた。
「悲しみの涙でもなく、悔いの涙でもありません。お殿様は、戦で命を落とした家臣を思い出されるときに流されるのと同じ涙だけを、あの犬のためにお流しなさい。奥方様は、美しすぎる夕日やお国元での幸せな時間を思い出されるときに流されるのと同じ涙だけを、あの犬のためにお流しなさい。他の涙は流してはなりません。この世で一番美しい涙だけを犬にお与えなさい。」
いつからかお姫様とお殿様には薬師の言葉を借りて、神仏が話されているような気がしていた。
「わかった。そのようにすると約束しよう。確かに、わしらの犬はそのように遇されるのが相応しい犬じゃ。」
数年後お殿様とお姫様の間に待望のお世継ぎが誕生した。二人は生まれてきた赤ん坊が元気な泣き声を上げながらほろほろとこぼす美しい涙を見て、顔を見合わせた。
お殿様とお姫様は亡くなった忠義ものの犬が、二人の涙を返してよこしたのかと思った。けれど、それに答えてくれる山の端の薬師はもういなかった。
こうして亡くなった犬はお殿様とお姫様と命を分け合い生き続けた。

亡き犬のためのパヴァーヌ 王様編 

2015-04-23 20:42:25 | お話 ペットロス
王様の愛犬が亡くなった。
15年間も王様に仕えた犬だった。
王様は愛犬のために何かしてやりたいと考えた。
大臣は国葬を進言した。
公爵は勲章の授与を提案した。
王妃は、「王様が元気をお出しになることですよ。」と優しく言った。
その他、様々な家臣が様々なことを進言した。
けれど、亡くなった愛犬はそんなことをしても喜びはしない気がした。
その時、王様は思い出した。
犬が初めて命を救ってくれた時、王様は褒美を与えた。犬は大喜びをした。
はて、それは何だったのか。誰の進言だったのか。
王様は一生懸命記憶を辿った。

大臣はパレードを進言し、公爵は食べきれないほどのご馳走を与えることを提案した。
王妃は、「王様がご無事だったことが、この子にとっても何よりですよ。」と、中庭で、犬の首筋を撫でてやりながら言った。その時だった。
「寝室に入れて。」
足元に座っていた犬が言った。王様と王妃は、驚いて顔を見合わせた。
ほどなく、犬の後ろの茂みの陰から庭番の息子が連れてこられた。
「王様の犬は、寝室に入れて欲しいって言ってるよ。」
衛兵に引っ立てられてきた庭番の息子は臆することなく繰り返した。
「この犬は犬舎に入れられると、王様が恋しくて遠吠えをするんだ。放してやると王様のお部屋の下に行って、ずっとずっと敵が来ないか見張っている。」
王様は少年の言葉を、なるほどそんなこともあるかもしれない。そんな犬であろう。と納得した。
犬は王様の寝室に入れられた。犬は大喜びした。
それから、犬は5回も侵入者を捕まえた。犬は身を呈して、王様の身を守った。
けれど、それだけではなかった。王様が不安で気が狂いそうな時、孤独で引き裂かれそうな時、犬はそっと王様に寄り添って、王様の心を守った。それは、王妃も知らない秘密だった。

名犬の誉高い犬はいつも王様の傍に控えていた。犬が王様の傍にいることがあまりに当たり前になっていて忘れていたことを、王様はすっかり思い出した。そこで王様は庭番の息子を呼びにやらせた。
「亡くなった犬は何をしても喜びません。王様、犬は亡くなったのです。」
庭番の息子は立派な青年になっていた。賢明で率直な気性は昔のままだった。
王様はとても悲しかった。しかし、王様は青年の言葉に頷くよりなかった。
「それでも王様が、あの犬に何かをあげたいと思われるのなら・・・・・時間をお与えになってはいかがでしょうか。」
「時間?」
王様は思わず、身を乗り出していた。
「忘れるのではなく、覚えておくのではなく、あの犬が王様の元に、帰ってきたように思い出される時は、そのままあの犬のことをお心に浮かべてやって下さい。その一瞬の時間を犬にお与え下さい。」
いつからか王様には青年の言葉を借りて、愛犬が話しているような気がしていた。
「わかった。約束しよう。確かに、予の犬はそのように愛されるのが相応しい犬だ。」
こうして亡くなった犬は王様と命を分け合い生き続けた。

光る犬、桜の中に住む人 省略版

2015-04-16 20:15:35 | お話 ペットロス
光の中に住む犬がいた。
その犬の周りにはいつも優しい光があって、近付いてきた人も動物も植物も全てが光に包まれた。
光は冬の日の窓ガラス越しの日差しのようだったと、公園で隣のベンチに座った老婆は語った。
光は真夏の木漏れ日のようだったと、公園で子どもを犬と遊ばせた母親が語った。
海が見えたんだ。波間で煌めく光のようだったと、犬が散歩するのを店の中から見ていた美容師が語った。
誰もが犬の毛並みを誉め、陽気で温かい犬の気性を誉めた。
そして、ヒマワリ畑にいると、日差しがいつもより煌めいて感じられるのと同じことだ。
犬の容姿と性格が光の中にいるような錯覚を起こさせるのだ、と人々は考えた。
もちろん、気のせいなどではないことを、犬と一緒に暮らしている女は知っていた。
光は犬の中にあった。眩しく美しい光が犬の中にあって、暗闇の中でも犬はほんのりと光っていた。雨の日の室内でも、犬が歩くと、細かい光の粉が撒き散らされた。
女は犬の優しい光に包まれて、毎日を過ごした。何年も何年も美しい光の中で、犬と幸せに暮らした。そして、ある春の日に犬は光に溶けるようにして消えていった。


女はとまどっていた。
いつか犬がいなくなることはわかっていた。犬といられることは奇跡なのだと気付いていた。
そして、犬が消える時は、一緒に女も消えるのだと思い込んでいた。
けれど、消えたのは犬だけだった。
犬がいなくなっても世界は続き、その上、美しかった。


桜の中に住む人がいた。


  ( 中略 )





犬がいなくなっても、世界は美しかった。
それなら、綺麗なものの中で生きて行こうと女は思った。
  ( 中略 )
桜の絨毯の上を歩きながら女は考える。
たとえば、いつか桜の花びらが舞う中、花びらの絨毯の上を、光を撒き散らしながら犬は駈けて来るだろう。
たとえば、いつか青空の下、青い海に続く白い砂浜を、光を撒き散らしながら犬は駈けて来るだろう。
たとえば、いつか草原の中、自分の背丈よりも伸びた草の波間を、光を撒き散らしながら犬は駈けて来るだろう。
駈けてきた犬を抱きしめよう。
その日まで、綺麗なものの中で生きていこうと。



光る犬、桜の中に住む人1

2015-04-13 01:09:59 | お話 ペットロス
光の中に住む犬がいた。
その犬の周りにはいつも優しい光があって、近付いてきた人も動物も植物も全てが光に包まれた。
光は冬の日の窓ガラス越しの日差しのようだったと、公園で隣のベンチに座った老婆は語った。
光は真夏の木漏れ日のようだったと、公園で子どもを犬と遊ばせた母親が語った。
海が見えたんだ。波間で煌めく光のようだったと、犬が散歩するのを店の中から見ていた美容師が語った。
誰もが犬の毛並みを誉め、陽気で温かい犬の気性を誉めた。
そして、ヒマワリ畑にいると、日差しがいつもより煌めいて感じられるのと同じことだ。
犬の容姿と性格が光の中にいるような錯覚を起こさせるのだ、と人々は考えた。
もちろん、気のせいなどではないことを、犬と一緒に暮らしている女は知っていた。
光は犬の中にあった。眩しく美しい光が犬の中にあって、暗闇の中でも犬はほんのりと光っていた。雨の日の室内でも、犬が歩くと、細かい光の粉が撒き散らされた。
女は犬の優しい光に包まれて、毎日を過ごした。何年も何年も美しい光の中で、犬と幸せに暮らした。そして、ある春の日に犬は光に溶けるようにして消えていった。






犬神ばばぁ 完成版

2015-04-10 20:36:55 | お話 ペットロス
その街には犬神ばばぁと呼ばれる老女が住んでいる。
犬のためになることなら、犬神は街の人々にバカにされても、いやがられても気にしない。
だから、その街には不幸な犬はいない。


「あんたの犬は、庭で繋いで飼われていいような犬じゃないね。玄関先でもいいから、家に入れておやり。」
ある日、突然、呼び鈴が鳴らされ犬神が入ってきた。
男は驚き、そして怒った。
「あんたの犬を家に入れておやり。そうしないと、死ぬよ。」
男に言いたいだけ言わせると、犬神は厳かに言い残して、去って行った。
男は怒り狂っていたが、冷静になると、最近の暑さは若くはない犬の身には、辛くなってきているのかもしれないと思い直した。


「あんたの犬に、まともな食べ物をまともな量やることが必要だね。今すぐその産業廃棄物はお捨て。」
ある日、女が公園で愛犬におやつをやっていると犬神が近付いてきた。
女は驚き、そして犬神を無視した。
「あんたの犬にまともな物を食べさせておやり。それとも、この犬を殺したいのかい。」
犬神はじっと女と犬をみつめると、厳かに言い残して、去って行った。
女は憤慨していたが、冷静になると、獣医からも愛犬のダイエットを勧められていることを思い出した。


男の犬は玄関口に繋がれるようになった。犬は暑さ寒さをしのげることよりも、男の側にいられることが嬉しそうだった。犬は男が玄関を通る度に大喜びした。吠えてはいけないこと、飛びついてはいけないことをよくわきまえた賢い犬で、声を殺し、わふわふと喉声を出し、ちぎれんばかりに尻尾を振っていた。
そのうちに、犬は納戸にしていた部屋にサークルを入れてもらい、家の中を自由に歩き回るようになっていた。気がつくと、男は犬を愛犬と呼んでいた。


「礼を言いに来た。あんたがあいつを家に入れるように言ってくれたおかげで、私たちはずいぶん幸せに暮らしたよ。」
男は犬神が犬を散歩させに来るのを待っていた。あの日から、7年が経った。男の愛犬は男に看取られて、天に召された。
「ふん。本当の目的をお言いよ。いったい何を教えて欲しいんだい。」
「別にその、あの世とか、死後の世界なんて信じちゃいないんだが、」
「話す気がないのならのいておくれ。あたしは忙しいんだよ。」
「心配なんだ。」
三匹の犬を繋いだリードを掴み、立ち去ろうとする犬神の背中に男が叫ぶ。
「あいつは天国で、楽しんでいるだろうか? じっと私を待ち続けているんじゃないだろうか。」
「待っているだろうさ。」
犬神の返事を聞いて男が膝から崩れ落ちる。
「雨の中でも、冬の凍えるような寒さの中でも、息もできなくなるような暑さの中でも、庭でじっとあんたが自分の所にやってくるのを待ってた犬なんだから、待っているに決まっているさ。」
「あぁ、何てことを・・・・、可哀想に、可哀想に、」
男は玄関口で自分が頭を撫でてやる度に、身を震わせて喜んでいた愛犬を思い出して、号泣した。
「やれやれ、何を言ってるんだろうね。」
犬神の連れていた犬たちが、慰めるように男を取り囲む。
「あんたの犬は幸せだよ。あんたの犬はあんたを待って、あんたにほめられることが誇りだった。待つことを誇りに思ってるんなら、それは楽しみだよ。会ったときに、うんとほめてやりゃいいさ。さぁ、ぐずぐずするんじゃないよ。」
犬神は犬たちを急き立てて去って行った。


「その節はありがとうございました。おかげであの子はとても元気に長生きしました。」
女は犬神が犬を散歩させに来るのを待っていた。犬神に言われて女が愛犬の食べ物を見直してから、10年が経った。女の愛犬は女に看取られて、天に召された。
「あぁ、それは結構。さようなら。」
「待って!」
三匹の犬を繋いだリードを掴み、立ち去ろうとする犬神の背中に女が叫ぶ。
「助けて下さい。あの子が天国でじっと私を待ち続けているんじゃないかと思うと、かわいそうでかわいそうで、」
涙ぐむ女を前に犬神が大笑いする。
「あんたの犬は、待てと言われてじっと待ってるような犬だったのかね。死んだって、そう簡単に性格はかわりゃしない。その辺を飛び回って、遊びほうけているよ。」
女は唖然とし、それから、愛犬を貶されたと思って真っ赤になって憤慨した。そして、最後に涙をこぼしながら笑い転げた。
「本当に。あの子はいつも、楽しいことが大好きで、毎日、元気に遊んでいたわ。友だちと走り回ってた。家でだって、イタズラをしたり、おもちゃで遊んだり。わたしのかわいいわがまま娘は、天国でだって陽気に楽しんでいるわ。どうもありがとう。さようなら。」
「大丈夫さ。」
背中を向けて歩き出した女に、犬神が声をかける。
「あんたの犬の帰って行く所は、いつもあんたの所だった。会いに行ったときには、どこからだって駈けてくるさ。また、会える。大丈夫。」


「飼い主が犬を保健所に連れて行くってことは殺処分を依頼するってことだ。わかっているのかい。」
保健所に犬を連れて行くという話を聞きつけて、犬神が家にやってきた。
「来てくれたんだ! 犬神、この子を助けてくれるんだね! この子は、助かるんだね!」
犬神が父親と話していると、家の奥から小犬を抱いた子どもが走ってきた。
「なるほど、この犬はお前の犬なんだね。」
犬と子どもと男を交互に見つめていた犬神がおもむろに口を開いた。
「ぼくの犬です。この子を助けて下さい!」
子どもは必死で犬神に頼み込んだ。父親は小さく、でも確かにニヤリと笑った。
「冗談じゃない。飼い主のいる犬を、何だってあたしが助けなきゃならないんだい。」
父親はおやっという顔をする。
「この犬とお前は契約を結んだ。この犬はお前に全ての愛情を捧げる。お前は何があってもこの犬を守らなければならない。あたしの出る幕はないね。」
「離婚が成立して、向こうもこっちもマンションに移ることになったんで、犬は飼えないんだ。」
父親は焦って口を挟むが、犬神は見向きもしない。
「この子を保健所に連れて行くのは、お前の父親かもしれない。この子に直接手を下すのは、保健所の職員だろうさ。でも、忘れるんじゃないよ。この子を殺すのはお前だ。」
子どもは声を上げて泣き出し、犬は子どもを守るために犬神に吠えかかった。父親は怒り狂っていた。
「お前を愛し信じているている犬を殺すんだ。お前は二度と、一生犬を飼うんじゃないよ。お前は愛されるには値しない人間だ。」
けれど、犬神は動じることもなく、厳かに言い残して、去って行った。


犬神の家には8匹の犬がいる。多い時には10匹以上の犬がいることもある。けれど、犬神の犬は一匹だけだ。犬を家に連れて来て、そのままずっと一緒に暮らして、結果的には看取ることもある。けれど、それは預かった犬だ。犬神は預かった犬を、今の飼い主から預かっている犬と、未来の飼い主から預かっている犬の二種類に分けて考えている。もちろん、大事な預かりっ子だから、大切に扱っている。


「報告に来た。あんたが助けた犬は先月、息子に看取られて13歳で亡くなったよ。」
父親が犬神の家を訪ねて来た。あの日から、8年が経っていた。
「息子は母親に引き取られたが、毎週末、犬の世話をしにやって来た。高校生になってからは、長期休暇の間も泊まり込んで犬の世話をしていたよ。最期の数ヶ月は自分も受験勉強で忙しいのに、犬の看病を最優先にして、しっかり看取った。これで文句はないだろう。」
「さぁね。そんなことは犬に聞いておくれ。」
「いい犬だった。あんたの言うとおり、死ぬまで息子の犬だった。あの犬のおかげで息子はまともな人間に育った。あの犬をおいてやってるだけで、わたしは息子に感謝され、尊敬され、そう。愛されてさえいるようだ。あの犬のおかげだ。」
自分は勝手に人の家に行って好き勝手を言ってくる犬神だが、突然、家にやって来て、滔々と語り続ける父親には辟易した。
「本当にいい犬だった。わたしといる時間の方が長くても、わたしから毎日餌をもらっても、どれだけわたしと仲良くなっても、あの犬の飼い主は息子だった。」
「アハハ、なんだい。そうかい。」
犬神は大笑いしながら家の奥に入って行くと、しばらくして、一匹の子犬を抱いて戻ってきた。
「あんたの犬だよ。」
父親は何がなんだかわからないまま差し出された子犬を胸に抱いた。
「やれやれ、早く言やぁいいのに。あんたは自分の犬を探しに来たのさ。長の預かり、ご苦労さん。あんたの犬だよ。連れてお帰り。」
父親は犬をもらって帰るつもりなんて全くなかった。けれど、契約は結ばれた。父親は何があっても胸に抱いた温かく頼りない生き物を守ると決意していた。犬は全ての愛情を彼に捧げるだろう。今、父親が胸に抱いるのは自分の犬だった。


ところで、女も犬神が保護した犬と暮らしている。
犬を引き取る時に女が出した条件は一つだけだった。
「あの子と相性の良さそうな犬をお願いします。」


その街には犬神ばばぁと呼ばれる老女が住んでいる。
犬のためになることなら、犬神は街の人々にバカにされても、いやがられても気にしない。
だから、その街には不幸な犬はいない。
そして、普段は犬神のことを眉をひそめて遠巻きに見ている人々も、愛犬を亡くし、辛くてたまらなくなるとこっそりと犬神の元を訪ねる。