たそかれの散策

都会から田舎に移って4年経ち、周りの農地、寺、古代の雰囲気に興味を持つようになり、ランダムに書いてみようかと思う。

オードリーの魅力 <ザ・プロファイラー▽“永遠の妖精”の知られざる苦悩>を見ながら+追補

2018-12-21 | 心のやすらぎ・豊かさ

181221 オードリーの魅力 <ザ・プロファイラー▽“永遠の妖精”の知られざる苦悩>を見ながら+追補

 

今日も朝からいろいろ人に会ったり、会議があったりで、いまようやく仕事を終えました。残業?ということばはわれわれの仕事にはありませんが、久しぶりに遅くなりました。疲れ気味ですので30分程度で今日のブログは切り上げようかと思います。

 

昨夜放送されたNHKBSザ・プロファイラー▽“永遠の妖精”の知られざる苦悩~オードリー・ヘプバーン>は、オードリーの魅力を改めて体感できました。

 

<【司会】岡田准一,【ゲスト】斉藤由貴,立川志らく,眞鍋かをり>のメンバーでどんな風にその魅力を映し出せるかと思いましたが、結構コンパクトにうまくできていたように思います。

 

なんといっても「ローマの休日」でのオードリーの魅力は初々しく見事に花開き、どの場面も素晴らしいです。

 

そのオードリーがそこにたどり着く前に、経験したさまざまな辛い過去が彼女の魅力を生み出す土壌になっていることがわかります。あの笑顔は悲しく辛い忍耐の連続を踏まえているからこそ生まれるのでしょうね。蓮華の花のようですね。

 

父親が英国人で母親がベルギー人でしたか、違っていたのですね。それも父親がオードリー6歳の時突然、目の前から消え、その事情が分からないままだったようです。それは幼いオードリーにとってとても悲しく辛いことだったと思います。それでもオードリーはそれでくじけることなくバレリーナの道を歩むのですね。きっと厳しい練習があったと思いますが、それを見事にこなしていったのでしょう。

 

そんなオードリーに戦争というとんでもない悲劇が待ち受けていたのですね。しかも母親の考えで英国から中立国オランダに移ったら、ドイツ軍に進駐され、占領下の生活を余儀なくされたのですね。まさに同い年のアンネとほぼ同一の厳しい環境下に置かれたのです。しかもオードリーは敵国英国人ですから、見つかると厳しい処分を受ける過酷な状況に陥ったはずでした。でもアンネと違って隠れることなく、自由に学校に通うことができたのは運がよかったのでしょうか。またオードリーの前向きな考え方がよかったのでしょうか。

 

それも学校などに行くのに、義勇軍などの伝達役を担って、靴の中に伝言文を隠して届けていたようで、これまた凄い勇気のある行動ではなかったでしょうか。単なる明るさ、人を喜ばせること以上に、不正義に対する強靱な抵抗心をもっていた人だと思うのです。

 

また、オードリーは、バレリーナの能力を生かしてコンサートで演技をして一定の報酬を得たようで、それを義勇軍などに寄付していたそうですから、ほんとに強い意志をもった人だったのですね。

 

こういったオードリーの10代までの厳しい体験は、彼女を誠の人として生きる礎を作り上げたのかもしれません。

 

バレリーナへの道は、戦争中の食糧難の影響で栄養失調となり、体力がなくなったのと、身長が168㎝で当時の男性との釣り合い上、あきらめざるを得なくなったようです。

 

それでもめげることなく、オードリーは新たな仕事の道を追求するのですね。モデルに映画俳優にと。そしてついに「ローマの休日」でのオーディションで、そのユーモアと笑顔が監督はじめすべての人をとりこにしたようです。番組でその映像を放送しましたが、無名の俳優であっても、決してひるむことなく堂々としていて、その人間的魅力こそ、それまでの体験がにじみ出ていることを感じさせます。

 

その後の活躍は数々の魅了される映画で周知の事実ですが、彼女の演技力について立川志らく師匠と他のメンバーとで少し見解が異なりました。私も感覚的には前者に賛同しますが、そういった技術的なものを越えたところに俳優としての魅力をだれもが否定できないのではと思うのです。

 

マイフェアレディーでは、歌が吹き替えであることはよくわかりますが、オードリーが自分で歌うつもりで訓練を積んでいたというのは知りませんでした。でも採用されなかったというのは辛い現実だったのでしょうね。でも映画としてはなにか不自然であってもいいものにできあがっていたと思います。

 

オードリーがその映画の最初に言語学者が驚くほどのなまりでしゃべるところは、よくやったなと思うのです。その後の変身はオードリーらしい魅力ですね。

 

今日オードリーの何を書こうとしたのか、どうもはっきりしません。30分となりましたので、これで今日はおしまい。また明日。


追補

昨日、尻切れトンボになっていまいました。いいたかったのはオードリーの晩年に見せた真の美しさ、女性として、人間としての生きる意志の気高さみたいなものでしょうか。さまざまな映画で多くの人を魅了した以上に、家族との生活を大事にして心豊かな日々を送られたことでしょう。でもそれだけで満足せず、後半生の多くをユニセフ親善大使としてアフリカや南米の飢餓や病気に苦しむ幼い子どもたちに接し、その窮状を訴える姿こと、彼女の真の姿ではないかと思うのです。

 

多くの女性(まあ男性もそうかもしれませんね)は、若く見えること、痩せて見えることに日夜、腐心しているようにCMあたりが日々繰り返し訴えています(それで余計民放をみないようにしています)。それこそそういった若さや細身という外見は、虚飾であり虚無そのもののように思えます。こんなことを言うと、あちこちから非難が殺到しそうといった不安は、(このブログを読むような人は希ですし、その中でそういう考えの人はおそらくあまりいないでしょうから、)まさに杞憂でしょうけど。

 

オードリーの魅力は、50代以前から思った以上に老けている印象にみえても、まして60代になったころのやせ細り、シワなども目立つほどになっても、その時代を経た履歴の跡こそ大事にしているように思えるのです。その外見的な若さより年齢を重ねた力強さで、今にも折れそうな弱々しい子どもたちに寄り添い、その子たちのために公の席に立ち強く訴える姿は、やはり永遠の美しさを備えている人ならではと思うのです。

 

私はすでにオードリーの亡くなった年齢を超えて久しいですが、私ができることはせいぜいシワや白髪が増えたことを気にしない程度でしょうか。ただ、魅力ある人をたたえるだけの気持ちは大切にしたいと思っています。


 

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