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本当の幸せを見つけて・・・
  第2の人生を歩き出した
      まるちゃんの徒然日記
    
 

「春にして君を離れ」アガサ・クリスティー著 中村妙子翻訳

2018年04月19日 | 読書

読書ログ、今月の課題図書。

【優しい夫、よき子供に恵まれ、女は理想の家庭を築き上げたことに満ち足りていた。が、娘の病気見舞いを終えてバグダッドからイギリスへ帰る途中で出会った友人との会話から、それまでの親子関係、夫婦の愛情に疑問を抱きはじめる…女の愛の迷いを冷たく見据え、繊細かつ流麗に描いたロマンチック・サスペンス。】

サスペンス・・・ですか?(たしかにドキドキ最後まで引き込まれる) 

仏教(瞑想、悟り)のお話かと思いました。

ジョーンは気の毒で、可哀想で、、、。

人間は誰だって「善かれ」と思ってすることが、実は自分の思い通りにしたかっただけ(気づかないうちに自分の都合優先)だったりするもの。だって、人間だもの。どうしても主観でしか物事を見ることができないから。「自分」(という幻想)がどうしてもなくせないから。悪気はないのよ。仕方ないじゃん。特に、家庭を仕切る母親はその傾向になりがち(最近は毒親と呼ばれたり。でも、母親だけじゃないし、会社でも、どこでもそうだよ。結局は”エゴで考えること”が間違いの元)

ジョーンは思いがけず”気づきの瞑想”をすることになったわけだね。簡単に言えば”ありのままの自分を見つめ直す”経験。一人、静かな場所で自分を見つめる。(日本仏教では”内観”ていうのかな?)そこで、色々な真実に気づく(とかげが顔を出す)

けれど、それは過去の”記憶”の中から見えた真実の一部。決して、「今、ここ」の自分、人間というものの本質を発見したわけではない。惜しいことに、帰宅するとまた元の「自分」に戻ってしまった。自分に都合のいい思考で真実を覆い隠してしまった。

夫のロドニーも長女のエイブラハムも冷静で理性的で物事がよく見える。言うことはその通りだし、間違ってない。ジョーンは「自分の主観的善意」を押しつけて、家族を「管理・支配」していることに気がつかないのだね。支配される側のロドニーや子供たちの気持ちは分かる。

けれど、家族なら母親への「やさしさの絆」を断ち切ってしまわないでほしかったなあ。。母親を冷ややかな目で見るだけでなく、あきらめてしまうのではなく、ジョーンのために真実に気づかせてあげる努力は必要だと思う。一緒に暮らす夫婦ならお互いのため。子供ならそれが親への恩返しでもある。(そのためにはロドニーや子どもたちがジョーンを乗り越え、悟る必要がある。難しいね^^;)

いや、ロドニーは努力したんだ。
でもジョーンの人生なんだから、ジョーンが自分で悟るしかない。人をどうこうすることは無理なこと。ロドニーはジョーンのように押しつけることはできない。

だから、ただ「かわいそうな・リトル・ジョーン」と言うしかなかったのか。

>君はひとりぼっちだ・・・・気づかずにすむように。

いやいや、自分の人生を歩くのは自分ひとりだけだけれど(ひとりぼっち)、互いの人生に寄り添って一緒に歩くことはできるよ。人は一人一人ちがう人生を生きているけど、ひとりぼっちじゃない。人間は繋がっている(それが慈悲喜捨の心であればいいのだけど)。

(もっと深い思いがあったのかもしれない。深いあきらめ。絆は切ってはいない。でも、ジョーンは生きてるしまだ若いし、これから変わることができると思うのだけど…)

ひとりぼっちだけど、ひとりぼっちじゃない。
このことは、きちんと気がついた方が絶対にいい。
ありのままに気づいて、幸せをめざす方がいい。

悟り切れない人間の哀しさ。
子供たちは離れるだけで、乗り越えることができていない。
ロドニーはレスリーに憧れていた(愛ではないと思う)。一番悟っていたのは、レスリーだったんじゃないかな。悟った人への憧れ。悟った人は明るく生きるのです。

なんだか小説はみんな悲劇です。「この世は苦」をまざまざと見せてくれる。でも、これを学びにして幸福への道を歩きたいと思います。

自分をじっくり見つめる時間はもった方がいいと思います。慈悲の心を育てた方がいいと思います。無常だから苦。苦だけど無常。人生は苦であり、無常である。


久しぶりに一気読み。名作。

星5つ 

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