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功徳を積む

2018年12月01日 | お釈迦様

11月は一度も記事をアップすることなしに過ぎていきました。有り難いことに、毎日、穏やかに元気に過ごすことができております。

久しぶりのアップは、今読んでる「ブッダ 悪魔との対話 サンユッタ・ニカーヤⅡ」(岩波文庫 中村元訳)のなかで、心に残っているところをひとつ紹介します。

これ(サンユッタ・ニカーヤ)はお釈迦様が(心で?)天界の神々とか悪魔(惑わすもの)とかと対話されたことが集められています。バラモンとか普通の人と実際に対話されたこともたくさんあって、お釈迦様の言葉(詩の形になってます)が真理の言葉(法)になっていて胸に響きます。また、お釈迦様の対話の仕方という点でも大変勉強になります。

第Ⅶ篇第2章 在俗信者
  第1節 田を耕す人

お釈迦様が托鉢に回られたところのある農夫が、自分たちは土地を耕して種をまいて苦労して育ててから食べているんだから、あなた(道の人、お釈迦様)も自分で食べ物をつくって食べたらどうか、ということを言います。

そこでお釈迦様は答えます。()は訳者の読み。〈〉はワタシの解釈。

「わたしにとっては、信仰が種子(たね)である。苦行〈学び、修行、観察瞑想などのこと?〉が雨である。智慧がわが軛と鋤である。慚(はじること)が鋤棒である。心が縛る縄である。気を落ち着けることがわが鋤先と突棒とである。身をつつしみ、ことばをつつしみ、食物を節して過食しない。わたくしは真実をまもることを草刈りとしている。柔和がわたくしにとって〔牛の〕軛を離すことである。
努力がわが〔軛をかけた牛〕であり、安穏の境地に運んでくれる。退くことなく進み、そこに至ったならば、憂えることがない。

この耕作はこのようになされ、甘露の果実(みのり)をもたらす。この耕作を行ったならば、あらゆる苦しみから脱れる。」

農夫にこのように答えて、自分も耕作者、努め励んでいるものであることを示す、、、と同時に、法を説いているのです。しかも、淡々と。
お釈迦様、すごい!!

これを聞いた農夫は食物を捧げようとするのですが、お釈迦様は受け取りません。なぜなら、法を説くということをしたので、受け取ればその「報酬」となってしまうから。報酬(見返り)を受け取ることはできないのです。”他の立派な人にお布施してください”と言われます。

「詩を唱えて〔報酬として〕得たものを、わたしは食うてはならない。バラモンよ、このようなことは正しく見る人々(目ざめた人々)のならわしではない。詩を唱えて得たものを、目ざめた人々(諸々のブッダ)は斥ける。バラモンよ、定めが存するのであるから、これが〔目ざめた人々〕の生活法なのである。
全き人である大仙人、煩悩の汚れをほろぼし尽くし悪い行いを消滅した人に対しては、他の飲食をささげよ。けだしそれは功徳を積もうと望む者のための(福)田であるからである。

そう、托鉢というのは、一般の人がお布施をする(功徳を積む。欲を離れるとか生命を大事にするとかの心を育てる種)機会を与えているのですね。だから、黙ってしばらく立っているだけ。功徳を積みたい(お布施したい。心を育てたい。功徳の種をまきたい)人はお布施しますが、そうでなければ他に移動する。ただご飯をもらって歩いているワケじゃない。もらってるのじゃなくて、相手のために受け取ってあげてる。

これぞ完全ボランティアですね。
相手の徳になるようにと。謙虚で思いやりのあるお釈迦様です。

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