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独裁者の孫と娘/地球座より

2013-01-14 20:19:39 | アジア
「独裁者の娘vs.独裁者の孫 ~どこまで日本植民地統治の因果は巡るのか~

2013年 1月 14日 時代をみる 南北朝鮮情勢分析森善宜

<森 善宜(もりよしのぶ):佐賀大学教授>

はじめに

暮れのソウルは、零下9度だった。しかし、翌19日(水)に控えた大統領選挙に自ずと街は賑わい立ち、旅館のテレビをつけると選挙結果の予想一色であった。多くの識者たちは、投票率が70%を越えるならば、野党候補の文在寅に有利、反対に70%未満であれば与党候補の朴槿恵という予想だった。そして、実際の投票率は75.8%であった。

ところが、勝利者は朴槿恵であった。選挙後の投票分析では、20~30代の投票率よりも50~60代の投票率が高く、その多くは朴槿恵への投票で結集していたのである。しかも、若年層にも朴槿恵に投票する比率が事前の予想よりも高く、地域別に見ても文在寅が圧倒的に強いと見られた全羅道でも、朴槿恵への投票が予想外に高かったことが判明した。

これらは韓国の新聞報道を整理した結果分析に過ぎないが、このような分析では極めて重要な選挙結果の意味は分からない。なぜならば、この選挙の結果、南北朝鮮に日本の植民地統治が生み出した2人の独裁者の娘と孫という反対勢力が相似形で執権することになったからである。

朝鮮民主主義人民共和国(北朝鮮)では日本植民地統治時期に抗日ゲリラ闘争を展開し、のちに北朝鮮に戻って独裁体制を1958年頃に樹立した金日成の孫に当たる金正恩、そして大韓民国(韓国)には戦前に日本の軍人として活躍した後、敗戦後は韓国に戻って1960年にクー・デタにより政権を簒奪し、1979年の暗殺まで独裁体制を継続した朴正煕の娘に当たる朴槿恵が、それぞれ執権するに至った。

本論では、このような日本の植民地統治が生み出した2人の独裁者の後裔たちが、朝鮮半島で対立と協力に揺れ動く各国家をどのように運営するのか、そして互いにどのような関係を結んで行くのか、さらに周辺諸国とくに日本との関係をどのように創っていくのか、を韓国人識者の見解などを交えつつ予見してみたい。本論では、全て敬称を省略すると共に、公開されていない個人的な主張については匿名を守る。

Ⅰ.「先軍政治」からの脱却へ向かう北朝鮮

まず南北朝鮮のうち最も重要な変化は、金正恩の父親である金正日が死亡した2011年12月と前後して、北朝鮮で明らかになった「先軍政治」からの脱却の動きである。この動きと関連して北朝鮮では現在、経済とくに農業セクターでの改革を試みており、その成果が注目されている。この改革について金正恩は、本年の年頭辞で次のように述べている。

「経済強国建設は今日、社会主義強盛国家建設偉業遂行で前面に立ち現れる最も重要な課業です。(中略)『宇宙を征服したその精神、その気迫で経済強国建設の転換的局面を開いていこう』。これが、今年に我が党と人民が掲げて進んで行かなければならない闘争スローガンです。(中略)農業と軽工業は以前と同様に今年、経済建設の主攻撃戦線です。農業は国家的な力を集中し、農業生産の科学化、集約化水準を高めて、今年の穀物生産目標を必ず占領しつつ、軽工業工場に対する原料、資材の保障対策を徹底的に打ち立て、質の良い人民消費品を更に多く生産しなければなりません」(電子版『労働新聞』2013年1月1日、翻訳は筆者)。ここで言う「宇宙を征服」とは、昨年12月に北朝鮮が行った「光明星3号」の発射を指している。

昨年6月26日に出された農業セクターでの指針とされる「6・26措置」と言われる「6.26経済管理改善方案」が、具体的にどのような成果を上げているのか未だ精確な情報はないようである。しかし、伝えられる情報を総合すると、金正恩政権では各勤労団体組織と人民班、工場・企業を相手に新管理体系についての講演会が実施されたようである。生産品目を指定せずに独自的な生産・販売を許容しており、北朝鮮当局は昨秋からは協同農場の農業生産量30%を個人所有と認定した。大規模集団農場は3~5戸規模の小規模に調整されて大幅なインセンティヴ・システムが導入され、生産拡大を更に刺激するのではないかと予測される。

このように金正恩政権では、朝鮮戦争後の1954~56年の戦後経済復興発展3ヵ年計画の実施過程で開始された社会主義的な農業集団化を改め、計画経済に資本主義的な手法を導入し始めようと試みている。この試みは、父親の金正日が余りに軍部に依存した結果として経済的な権益が軍エリートに集中したことを改めて、かかる権益を軍部から剥奪する試みと表裏一体となっていると見られる。その象徴的な現象が金正日政権で軍総参謀長だった李英鎬の粛清であり、金正恩は軍エリートの特権的な増長を許さないという政治的な姿勢を示したのである。

これを人事面で示すのは、軍部を崔龍海に掌握させる措置だった。余り知られていないが、崔龍海は金正日死亡後に平壌保衛司令官に任命され、その後に軍内の党組織を束ねる朝鮮労働党総政治局長に就任した。崔龍海が金日成のゲリラ時代の盟友である崔賢の実子で金正恩の後継者とされることは、日本でも広く報道されたとおりである。

これと同様に、軍部とは関係のない民間人を金正恩の側近として政府と党に配置したことは、軍部中心の金正日政権から党が軍部も含む政府を指導する北朝鮮本来の国家運営体制へ復帰しようとする動きと見て良い。具体的には党を党書記で金正日の側近だった金己男に、政府を金正日の妹に当たる金慶姫とその配偶者である張成澤に任せたのである。このうち張成澤は経済改革にも責任を負っていると考えられるが、一部の観測筋によると、その経済改革が成功すれば功績は金正恩に行くし、失敗すれば張成澤が失脚することになるという。

ともあれ、金正恩が金日成の行っていた新年辞を復活させた事実だけ見ても、彼が「先軍政治」から脱却して祖父の時代へ先祖返りしようとしている様子をうかがえる。新年辞の中には、次のような一節もある。「党事業を1970年代のように火線式に転換させ、金正日愛国主義を実践活動に具現するようにするところに党事業の火力を集中させなければなりません」。

周知のとおり、金正日の業績を否定できない以上、金正恩は父親を精神的な次元でのみ扱い、実際には祖父が現役で活動していた1970年代へ帰れと強調しているのである。あたかも金正恩が金日成の風貌に似せて民衆との接近を重視している大衆路線的な様子は、彼の妻である李雪主まで北朝鮮住民の一般家庭に入り、自慢の手料理を紹介している報道からも容易に見て取れよう。

Ⅱ.「福祉国家」韓国へのビジョンと課題

このような北朝鮮の変化を韓国がどのように受け入れられるか、それが今回の大統領選挙の結果として誕生する朴槿恵政権の課題である。この南北関係の予想に関しては後述するとして、次に朴槿恵政権の国家運営について考察してみよう。言うまでもなく現在、大統領選挙後やっと「引受委員会」と言われる新政府の構成と政策を選定する組織が立ち上がったところで、この予想はあくまでも選挙中の公約や主張から推定したものに過ぎないが、かなりの程度その国家運営の課題は明確である。

韓国の新聞各紙が伝えているとおり、朴槿恵政権で最大の問題は国内経済格差の解消である。公約の中で彼女は「福祉国家」を論じながら、李明博政権の下で拡大した経済格差を解消する方法を次のように主張した。(1)家計負債の削減のための政府による財政出動政策、(2)保育費用や教育費用の負担削減のための政府の支援政策、(3)福祉費用の増額による癌、心臓病、中風、難治疾患の疾病治療費用の国家負担政策(セヌリ党パンフレット「準備された女性大統領①朴槿恵」4頁、この①とは、大統領選挙での候補者登録番号)。

このうち(1)については、既に年末年始の与野党の折衝を通じて合意した「朴槿恵予算」と言われる政府予算の中に6兆ウォンが盛り込まれ、年利20%以上の高金利貸出を低金利で肩代わりすることが期待されている。李明博政権が大企業への減税など金持ち優遇政策を続けた結果、増えていった借金漬けの庶民世帯を救済する趣旨において、この政策は韓国民から好意的に受け入れられるであろう。

しかしながら、(2)や(3)のような政府支出を増大させる外ない経済政策を続ける場合、どこから新政権が財源を調達できるのか早くも疑問と批判が出始めている。もともと与党としては新自由主義的な政策をとっていたわけであるから、彼女のセヌリ党は「小さな政府」と「福祉国家」との間で新しくも伝統的な矛盾に直面せざるを得ない。日本よりも急速に少子高齢化が進んでいる韓国で、間違いなく「福祉国家」への転換は不可避であるが、その道は公約では明確に示されていない。

この問題は、選挙期間中に「経済民主化」という曖昧な言葉で語られた、経済的な成長と国富の配分問題としても提起された。言うまでもなく韓国の経済界は、いったん朴槿恵の勝利に胸を撫で下ろしたものの、失業者の増大と経済の空洞化は日本に劣らず韓国でも解決すべき喫緊の課題と認識されている。朴槿恵は「創造経済」という曖昧模糊な言葉でその政策を示したが、対抗馬の文在寅が指摘したように(民主統合党パンフレット「人が先だ②文在寅」“貴族候補か?庶民候補か?”、②は候補者登録番号)、独裁者の娘として経済的に不自由なく暮らしてきた庶民感覚を持たない彼女に、果たして有効な対策が打ち出させるだろうか。

確かに朴槿恵は1974年8月、母親の陸英修が文世光事件で誤殺されて後、朴正煕の長女としてファースト・レディになり、大統領の間近で政治の実際を見聞した。彼女が自ら記した回想では、大統領の車の中で政治、経済、歴史、文化などについて直接、父親から薫陶を授かったといい、母親の代わりに大統領府である「青瓦台の野党」として父親に意見することが彼女の役割であった(『ハンギョレ』2012年12月20日8面)。

そして1979年10月26日、父親が韓国中央情報部(KCIA)部長の金載圭に暗殺されると共に青瓦台を離れたが、朴正煕の腹心だった全斗煥が1980年5月に光州事件を起こして執権、突然のように朴正煕時代を腐敗、不正、非理の時代と批判するようになる現実を目撃した。これに伴い、朴正煕にかしずいた人物の多くが自分に背を向ける事態を経験することになり、いわば父親の後光がなくなって長きにわたり政治的な辛酸をなめた。この経緯から彼女は、真の意味で「帝王学」を修得したと言われるのであり、政治の裏と表、光と陰を実体験したのである。

その後、彼女は1997年12月に当時の大統領候補だった李会昌に請われる形で与党ハンナラ党に入党、大統領顧問として華麗な復権を果たした。朴槿恵は父親の再評価のために映画作成、書籍出版などを続けながら、2000年の第16代国会議員に当選して本格的な政治活動を再開した。李会昌との確執など困難はあったものの、彼女は「選挙の女王」として与党の選挙勝利に救世主的な役割を果たし、2007年に行われた前回の大統領選挙では李明博と与党候補の座を争うまでになった。

今回の選挙では、朴槿恵が女性大統領という主張を前面に押し出したことが注目されるが、このような主張は彼女の政治的な洞察力の深さを示していると言えよう。なぜならば、従来の国会議員選挙で彼女が女性という点を主張したことは余り無く、むしろ今回の大統領選挙遊説の過程で有権者からこの点の優位性を指摘されて、それを積極的に主張して選挙戦を展開したからである。もともと男尊女卑の社会である韓国で女性大統領の出現は、ある程度は政治構造の変革と社会意識の変化をもたらすと期待されるけれども、その主張の選挙向けという虚構性も考え合わせると、男女平等がどれほど実現されるかは疑問と思われる。

合わせて朴槿恵政権が直面する大きな問題は、 今回の大統領選挙において与野党への投票率が各々52%vs.48%前後となった事実に示される国内の政治的な分裂状態であろう。周知のように韓国は、金大中政権の出帆を契機として、いわゆる「反共保守」vs.「進歩革新」の両勢力がその政治理念と政策を争ってきた。今回の選挙でも、かつて朴槿恵を批判していた与党内の勢力や李会昌はじめ保守的な諸政党も最終的に彼女の支持に回り、いわば韓国社会を二分して両勢力が激突したのである。

前述のように、確かに野党支持一色だった全羅道などに朴槿恵支持票が少なくなかったことを捉えて、地域別に分裂した与野党の支持傾向が部分的ながらも修正されたと指摘する識者もいる。とは言え、筆者が経験した実話として、今回の選挙調査中に世宗研究所へ取材に向かう際、乗車したタクシーの運転手は、尋ねもしないうちに選挙結果を論じて「文在寅、奴はパルゲンギ(アカつまり共産主義者)だ!」と叫んだのだ。

Ⅲ.南北朝鮮の新関係:「包容政策」復活か「封じ込め」継続か

この北朝鮮の存在を前提とした韓国内の政治的な分裂状況は、もちろん朝鮮戦争という歴史的な悲劇の記憶と緊密に結び付いているし、韓国内で深く構造化されているので、今後も容易に解決できる問題ではない。この政治的な分裂状況は、南北朝鮮で共通に見られる政治勢力の偏在に基づいていて、それを米欧政治の政治的スペクトラムを援用して図示すると、次のように描かれよう。左側へ行くほど社会主義的な色彩が増し、右側へ向かうほど反共主義的な色彩が濃くなるのである。

<北朝鮮の政治勢力分布>A<進歩革新←韓国の政治勢力分布→反共保守>B

革命的   急進派 リベラル 穏健派   保守派   反動派 ウルトラ

Revolutionary Radical Liberal Moderate Conservative Reactionary Ultra
解説を兼ねて先ほどのタクシー運転手の主張を考察すれば、実際に文在寅はAの辺りに位置付けることができようが、Bの位置にいる運転手から眺めると、彼が北朝鮮の政治勢力分布内にいる人物と見えるのである。したがって、南北朝鮮には政治勢力分布という意味で、政治的スペクトラムを共有する政治勢力が基本的に存在しないことになる。ここから正に、南北朝鮮が新しい両政権の下どのような関係を切り結んでいくのか、耳目を集めるところである。

まず、金正恩が年頭辞で南北関係の改善に期待を示したのは、決して政治宣伝ではない。彼は「南朝鮮の反統一勢力は同族対決政策を捨て、民族の和解と談合、統一の道へ出て来なければなりません。北南共同宣言を尊重して履行することは、北南関係を前進させ、統一を促進するための根本前提です。北と南、海外の全同胞は新しい世紀、民族共同の統一大綱であり、平和繁栄の里程標である6・15共同宣言と10・4宣言を徹底して履行するための闘争を積極的に繰り広げて行かなければならないでしょう。」と主張した(金正恩の年頭辞から抜粋、翻訳は筆者)。

彼は、父親の金正日と金大中とが合意した2000年の「6・15共同宣言」、そして盧武鉉とが合意した2007年の「10・4宣言」を挙げて韓国との「和解と協力」、つまり朴槿恵政権の「包容政策」を求めていることが明らかである。韓国で「失われた10年」と反共保守勢力から批判される金大中~盧武鉉の「包容政策」は、北朝鮮にとって経済利益をほぼ無償で受け取る、願ったり叶ったりの「統一大綱」であった。

ところが、李明博政権の「非核・開放・3000」政策は、この無償供与の道を断ち、北朝鮮に核放棄の代価を要求した。このため、その政権の後半期に轟々たる李明博非難の声が北朝鮮内で起こったことは、本サイトで掲載された拙稿で示したとおりである(森善宣「『独裁の貧困』から『貧困の独裁者』へ:『弱衰小国』へ転落する北朝鮮を行く」、『ちきゅう座』2012年5月22日)。だが、前年の訪朝で北朝鮮の高位党幹部は我々に、新しい韓国政府には李明博に求めている謝罪を要求することはないと明言していた。この点は、筆者の友人による北京大使館の要人に対するインタヴューでも確認されたので、まず確実なところである。

その新しい韓国政府を立ち上げる朴槿恵は、既に一昨年その対北政策を米国の雑誌で示して、李明博政権のそれとは一線を画すと宣言している(Park Geun-hye,“A New Kind of Korea”,Foreign Affairs,Sep/Oct,20 11)。彼女の選挙公約でも「持続可能な平和」「信頼される外交」「幸福な統一」という3つの原則を打ち出し、「国家安保室」(仮称)を設置した上で「朝鮮半島信頼プロセス」を推進していくことを約束した。これは、南北朝鮮間の信頼を基盤として非核化が進展する場合は「朝鮮半島経済共同体」の建設に乗り出すという内容で、当初の信頼構築方案として「開城工業団地の国際化」、北朝鮮にある「地下資源の南北共同開発」、北朝鮮の「嬰児・乳児事業へ優先支援」、「羅津・先鋒など経済特区進出の模索」などを提示した(『京郷新聞』2012年12月20日11面)。

このうち開城工業団地は、南北朝鮮の「和解と協力」の象徴的な事業として現代グループ傘下の現代俄山が中心となって開発、経営されてきた。朴槿恵の構想は、この南北経済協力のパイロット・プラントを北朝鮮の各地に新増設、展開していこうというのであろう。筆者が訪韓の際に訪ねる現代俄山の関係者によると、このような構想は2002年5月に朴槿恵が金正日と平壌で会談した際に伝達されたといい、おそらく他の信頼構築方案も、既に部分的にしても北朝鮮に明かされているのではないかと推測している。これら公約は、北朝鮮も了解済みというわけである。

北朝鮮が朴槿恵政権の対北政策に期待をかける理由は、ここにあるのであろう。筆者の友人たちへの選挙直後の取材で韓国の専門家たちは、朴槿恵の対北政策を「李明博より良く金大中・盧武鉉までには至らない」と言明している。つまり、李明博の強硬な北朝鮮「封じ込め」政策からは離れていくものの、そうかと言って従前の「包容政策」までには回帰しないであろうというのだ。まず妥当な推定と言えよう。

野党候補の文在寅が、必要ならば大統領就任初年に南北首脳会談を実施すると公約したのとは対照的に、新大統領の朴槿恵は、まず人道主義的な支援を実施しながら、李明博政権で毀損された北朝鮮との信頼回復を図り、その上で実践可能な政策水準を選定して本格的な対北政策を繰り出すのであろう。そして、軍事的には一貫して北朝鮮の挑発に強力かつ有効に反撃していくことが予想される。朴槿恵が父親の暗殺に際して側近に「前線は?」と最初に尋ねたという逸話から明らかなように、彼女は全くの現実主義者であり、冷徹な判断のできる女性なのである。

北朝鮮とすれば、後述するように米国、中国、ロシア、そして日本の指導部が新たに発足した中、周辺諸国がどのような朝鮮政策を繰り出してくるか分からない状況の下で、とりあえず韓国の新政権に期待をかけていると言えよう。とりわけ北朝鮮にとり、かつて韓国から提供を受けていた農業用肥料を再び受け取ることは、前述のように最重要課題と位置付ける自国の経済立て直しに大きな助けとなるはずである。一部の試算によると、一般的に肥料1トンは米3トンの増産を意味するので、韓国が北朝鮮に毎年2~4月の間に相応な肥料を支援するならば、北朝鮮は食料の増産を図って、慢性的な食料不足を解決することが可能となるかも知れない。ただし、もしも肥料が5月まで到着しなければ、その年の肥料による食糧増産は期待できない。また、北朝鮮が生産規模を拡大したと主張する咸興肥料工場が化学肥料40万トンを順調に増産できれば、韓国は北朝鮮から南北離散家族面会などを引き出してきた対北政策の重要な手段を行使できないことになろう。

ともあれ、北朝鮮が本年2月25日の韓国新政権の出帆後に暫くは様子見することは確実であり、それまでは強硬な挑発などを控えるものと判断される。仮にも朴槿恵政権が南北朝鮮の信頼回復政策に乗り出す時、北朝鮮としてはこれを拒否する何らの理由もないわけだから、朝鮮半島が再び緊張する事態は当面、起こらないと言って間違いはないと思われる。この点は、北朝鮮が米国との関係改善を切に希望しているという事情からも、また中国の新政権が是々非々で北朝鮮に臨むと考えられているところからも、同様に導き出される予測である。

Ⅳ.周辺諸国と北朝鮮:関係の複雑化に伴う日本の立場

昨年が新政権の出帆となった中国、ロシア、日本、そして第2期目の政権となった米国は、世界的な不況と自国の景気後退という共通する課題に直面しつつ、朝鮮半島情勢に対応する外ない状況に直面している。もちろん、朝鮮半島は周辺諸国にとって必ずしも国際政治上の優先順位が高い地域とは言えず、この意味で予知が難しい世界政治の変動の中で、どれほど対応に外交力を割くか全く予断を許さない。

しかし、先の米国からの訪朝団のうち、リチャードソン前メキシコ州知事は一方で北朝鮮が核実験やミサイル発射を強く求めつつも、他方で米国との関係改善を希望していることを明らかにした。また、グーグルのシュミット会長は、北朝鮮住民へのネット開放などを北朝鮮当局に求めたことも明らかにした。最近になって北朝鮮では、携帯電話の急速な普及が確認されているが、いまだインターネットを通じての外部世界との接触は、極一部に限られているのが実情である。

この米国との外交関係改善と国外への国内開放制限という2つの相反するように見える北朝鮮の顔は、正に金正恩が直面する内政と外交との連関という困難を上手く示している。すなわち、米国との関係改善を通じて自体制の安全を保障したい反面、米国はじめ周辺諸国からヒト、カネ、モノ、情報が急速に国内に流入する場合、国内は混乱してイデオロギー的な締め付けが利かなくなり、下手をすれば体制そのものは存続するとしても、現政権が打倒される危険が常にある。とりわけ前述のとおり、軍部から権益を奪還しようとする動きを推進する中で、これに反発する一部の政治軍人がクー・デタや反乱に打って出る可能性は、つとに指摘されているとおりである。

このような北朝鮮が内部に抱く原理的な問題は、これまで朝鮮戦争の再発可能性をエサに、朝鮮半島をめぐる緊張を高める中で自国の「一心団結」を図りつつ周辺諸国から政治的、経済的な「戦利品」を勝ち取る「瀬戸際政策」により解消されてきた。筆者は、朝鮮戦争を通じて朝鮮半島に根付いた特有な分断構造を「対立の相互依存」と命名、北朝鮮でなく韓国も分断と対立を統治の手段や方法として活用してきた点を本サイトでも指摘してきた。そして、この分断構造から繰り出される北朝鮮の外交政策を背後から陰に陽に支持したのが中国であり、胡錦涛政権では核開発を黙認し、それによる米国との関係改善を容認したと言われる。

中国の北朝鮮政策を概論的に述べれば、地域の安全と北朝鮮の核・ミサイル開発阻止の2つの目標において、前者を後者よりも重要視する余り、これまで北朝鮮に譲歩してきた。ところが、いざ実際に北朝鮮が核実験に成功したのみならず、米国本土まで届く「光明星3号」の発射に成功するに至り、北朝鮮の脅威は今や日本はもちろん米国、中国、ロシアにまで拡散したと認識、次第に前者よりも後者を重要視するようになった。なぜならば、北朝鮮の核・ミサイル武装は韓国、日本、更に台湾での同様な核・ミサイル武装を呼び起こし、地域の核軍拡競争が中国の安全を威嚇するだけでなく、中国にとって最重要な相手である米国との関係悪化から軍事的な対決へ及ぶ、第二の朝鮮戦争という最悪のシナリオまで憂慮されるからである(『京郷新聞』2013年1月3日13面)。

それで、いま中国に現れた習近平政権は、自国の安全を毀損する行動を許容しないという強硬な姿勢で外交政策を繰り出すことが透けて見える。尖閣列島をめぐる現下の日中不和を挙げるだけでも、この点は明確に理解できるであろう。習近平政権の北朝鮮政策を構想するブレインである著名な研究者に対するインタヴューで、彼は新政権が北朝鮮に対しても是々非々で対応するし、必要であれば中国から北朝鮮に対する援助を打ち切ることもあり得ると明かした(北京望京、2012年7月25日)。

そして、中国は韓国に新政権が出現する前から特使を派遣して朴槿恵に、出来るだけ早期に訪中してほしいという希望を伝えた(電子版『ハンギョレ』2013年1月10日)。ここからは習近平政権が南北朝鮮を天秤外交にかけようとしていることが明白で、北朝鮮に強力な圧力をかけて、その経済改革を促進させる一方、米韓関係に楔を打ち込んで、韓国を米国から自国の側へ引き付けようとしているのが分かる。当然の話ながら、ブレインが明言したように中国も朝鮮半島の統一を望んでおらず、北朝鮮という緩衝国(buffer state)が米国の勢力圏の下に入ることは、どのような場合も決して容認しない。中国は、最低限でも朝鮮半島における現状維持の政策を追求し続けるし、これからも南北朝鮮に対する影響力を最大限度に増大させようとするであろう。

既に中国は、北朝鮮との国境線に沿って道路、鉄道などのインフラを整備し、現在は北朝鮮の東北部に中国人観光客が出入りするまでになっている。同時に、巨大なベルト・コンベヤーを中朝間に創り渡して、北朝鮮に埋蔵されている鉄鉱石はじめ地下資源を大規模に自国内へ搬送している光景が、公然と写真に収められている。中国との貿易が北朝鮮の主要な収入源となり、もう中国なしに北朝鮮経済は回らないとまで主張されているのは、日本でも広く知られているとおりである。

ついでながら北朝鮮とロシアの関係について論ずれば、北朝鮮はシベリアからガス・パイプラインを韓国まで引くプロジェクトを実施すれば、その国内通過の使用料だけで莫大な収益を得るはずである。だが、そのプロジェクトが進展しないのは、パイプラインの長さに応じて使用料を払うというロシアや韓国の立場に対し、北朝鮮はそのプロジェクトから上がる収益を3国で分割するという驚くべき主張に固執しているからだと言われている。北朝鮮とすれば、ロシアから実質的な支援が得られない状況で、できるだけ法外な要求を吹っかけるところからプロジェクトの交渉を開始しようという腹なのであろう。まことにお粗末な話である。

では、日本と北朝鮮との関係は、どのように展開していくのであろうか。総選挙で大勝して政権を再び担うことになった安倍晋三が、その第1期政権で「拉致問題」を前面に押し出して、北朝鮮に強力な圧力を加えたことは、記憶に新しいところである。そして今回、彼は中国との関係に軋轢が生じた事態を受けて、まず何よりも真っ先に米国に擦り寄ろうとした。幸か不幸か日程が合わずに東南アジアへ初外遊することになったものの、安倍政権が北朝鮮に警戒されていることは明らかで、当面は米国頼みの北朝鮮政策で止まる外ないであろう。

その安倍政権が頼みとする第2期を迎えたオバマ政権は、新しい国務長官と国防長官、そして中央情報部(CIA)長官を取り揃えて、これからアジア・太平洋重視の外交政策を始めようとしている。言うまでもなく、北朝鮮よりもイランの核開発が遙かに重要な外交課題であるが、韓国との関係を考慮して米政権が、中国に対抗する意味で北朝鮮と関係改善を考慮する可能性は、わずかながらも存在するかも知れない。

けだし、習近平政権が南北朝鮮に影響力を行使できるのに、米政権は韓国とだけしか連携できず、その韓国新政権が北朝鮮と関係改善に乗り出すとすれば、自国の安全保障という観点からも、それに便乗する余地は排除できない。もちろん、米政権は北朝鮮の核・ミサイル廃棄を継続して求めるだろうが、インドやパキスタンのように親米的な国家となる条件で、核拡散防止が間違いなく約束されれば中朝関係に楔を打ち込むため、ひょっとして北朝鮮の核保有を容認するかも知れない、というのが筆者の希望的観測である。

おわりに

歴史を遡ると、韓国に朴正煕の娘、北朝鮮では金日成の孫が執権するに至った根本的な原因は、この2人の独裁者を生み出した日本の朝鮮植民地統治にある。この点は常々このサイトで繰り返して主張したとおりであり、親日と反日の違いこそあれ、この因果の継続に日本が責任を負うべきは論を待たない。この歴史的な脈絡を押さえる時、そもそも日本は朝鮮半島をめぐる葛藤と対立の解決に根源的な責務があると言える。

韓国にしても北朝鮮にしても、竹島の領有権問題が日本の植民地統治との関連で語られるように、われわれ日本人が想起すべきは歴史である。米議会から慰安婦問題で謝罪せよ、などと指摘される前に日本は、米中の間で埋没しかけている今こそ、過去の清算を未来志向的に果たすためにも、韓国と和解して助けを得る中で日朝国交正常化に努力して、平和と繁栄を享受できる国際環境を創り出すべきなのである。

日本が南北朝鮮に影響力を行使できて初めて、中国と同等な立場を得ることができるし、米国にも朝鮮半島地域での緊張緩和を理由に沖縄での軍縮、具体的には普天間の海外移転を主張できよう。米国は中国に対抗するため、日本に一層の軍事的役割の増大を求めることは明確なので、安倍政権のように唯々諾々と米国頼みを続けていては、ますます事態が悪化、複雑化するばかりである。当然いつまでも北朝鮮に圧力を加えても、北朝鮮は反発するばかり、中国が喜ぶ結果になろう。

ここから予測すると、朝鮮半島をめぐる情勢変化は、2013年も極めて厳しいものとなろう。それまで金正恩政権が存続しているという前提で、筆者は本年7月、朝鮮停戦60周年に合わせて再び訪朝する予定である。安倍政権が北朝鮮に更に圧力政策を模索している現状で、我々のような民間外交が日朝関係維持に僅かでも助けとなれば、という思いからだ。

むしろ単に参議院選挙向けではなく、本当に拉致被害者を老いていく家族の元に取り戻すため、一日も早く日朝交渉を再開するのに全ての方法と手段を用いるべきである。安倍晋三は、北朝鮮バッシングを通じて第1次内閣を立ち上げたのであるから、自分が約束した拉致被害者の救済を具体的な政策として断行し、いかに理不尽でも北朝鮮が求める要求を部分的にしても受け入れるべきである。

最後に日本の朝鮮政策に提言するとすれば、事態を一挙に解決する道、それは因果を断ち切る安倍晋三の訪朝である。仮に彼が拉致被害者を連れ帰り、日朝国交正常化を果たせば、安倍晋三は歴史に名を残す名宰相となることは間違いない。2002年9月に小泉訪朝に際して官房副長官として金正日と会い、その後は北朝鮮に強硬姿勢を続けた安倍晋三だからこそ、逆説的ながら彼が首相として訪朝することを北朝鮮は受け容れるだろう。

その昔、1959年12月に開始された在日朝鮮人の北朝鮮帰還事業を断行した彼の祖父で当時の首相だった岸信介を北朝鮮は忘れていないはずである。北朝鮮体制にとって在日朝鮮人の帰還事業は、当時の東西冷戦と中ソ葛藤が交錯する国際環境にあって外交的な大成果だった半面、日本政府にとっては朝鮮植民地統治で国内に居残った在日朝鮮人をお払い箱にする巧妙な外交策略であり、南北朝鮮の対立を利用した漁夫の利的な成功であった。このような歴史も踏まえる時、金日成と岸信介の孫たちが各国を代表して出遭う時、やっと縺れに縺れた因果の鎖を解く作業が始まると言えよう。

〈記事出典コード〉サイトちきゅう座 http://www.chikyuza.net/
〔eye2152:130114〕」



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