石ころ

神のようになる(創世記3章)

 

神である主は人に命じて仰せられた。「あなたは、園のどの木からでも思いのまま食べてよい。
しかし、善悪の知識の木からは取って食べてはならない。それを取って食べるとき、あなたは必ず死ぬ。」(創世記2:16~17)


人が神さまに対してもっとも抵抗を感じることは、善悪の裁きについてである。神のさばきが人の思いと違っているからである。
世の幸不幸についても、信じてもいない神さまに対してつぶやく。


人はサタンから善悪の基準を与えられてしまった。

エバが誘惑されて、アダムも食べてしまった善悪の知識の木の実は、神さまが食べる事を禁じられたものであり、それは神さまの基準ではない。


人の不幸はすべて其処から始まっている。いかなる時も、造り主である方が正しいのであり、造られた者が正しいのではない。
それは、愛するひとり子のイエスを遣わす愛において、神の愛と義は証明されているからである。


善悪の知識の木の実を食べて得た知識、この賢さのために、人は命をサタンに委ねてしまった。
救い出して下さる方は、神さまに遣わされたイエス・キリストだけなのだ。


そこで、蛇は女に言った。「あなたがたは決して死にません。
あなたがたがそれを食べるその時、あなたがたの目が開け、あなたがたが神のようになり、善悪を知るようになることを神は知っているのです。(創世記3:4~5)

 


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