ロハスな高齢ベビちゃん待ち生活

妊活中に40代に突入!
アメリカでじたばたしながら今日も頑張ってます。

希望と期待

2011-02-17 08:00:00 | 妊活
この間ブロ友さんから頂いたコメントを読んでいて、「希望と期待の違いって何だろうな~」・・・なんて考えちゃいました。

妊活には希望を持つ事が大切だと思うんですが、期待はしすぎると却って良く無いような気がしないでも無い・・・。

となると、「じゃぁ希望と期待の違いって何?」ってトコですよね。

で、私の小さな脳みそで考えてみたんですが、

希望の先にあるものは、望みが適う叶わないに関わらず「幸せ」で、

期待の先にあるものは、望みが叶えば「幸せ」だけど、適わなければ「不幸」

って感じかな~?って思いました。

わかり辛くてすいませ~ん!

良く、母の子に対する愛は「無償の愛」だって言いますよね。

そういう無償の愛の中に存在するのが「希望」なんじゃないかな。

例えば、子供に対して「こうなって欲しい」という希望はあるけれど、希望通りにならなかったとしても我が子のありのままを受け入れられる・・・それが「希望」って感じでしょうか?

その逆に「期待」は、子供に対して「こうなるべき」という期待をかけ過ぎ、期待通りにならなかった子供に心底ガッカリしてしまう・・・って感じ?

「希望」には明るさと謙虚さがあるけれど、「期待」はうまく行ってるうちは明るいんですが、時間が経つにつれて焦燥感が募り、一歩間違うとドロドロとした恨み節になってしまう危険性があるような気がします。

例えば、私は旦那ちゃんに「痩せて欲しいな~」って思ってるんですが、つい最近までそれは「期待」以外の何者でもなかったです。

「今度こそ痩せてくれる。運動したりダイエットしたりしてくれる」

と期待に胸を躍らせていたので、期待したように旦那ちゃんが痩せてくれない事に文句タラタラ・・・。挙げ句に大げんかにまで発展した事もしばしばでした。

でも最近、私の中で「期待」が「希望」に変わった気がするんですよね。

何かこう、もうちょっと大きな気持ちになったって言うか、「私に手伝える事があったら一生懸命手伝い、後は旦那ちゃんを信じよう。実現出来なくてもそれはそれ。でもちゃんと実現出来たらすっごく嬉しい!」って感じでしょうか?

そうしたら何か私の中の焦りが消えて行き、その結果として私の口から出る言葉も柔らかくなり、旦那ちゃんのプレッシャーも減ったようで、全てがうまく回り始めたような気がします。

今までは「期待」という異物が私と旦那ちゃんの間にあり、それがどこかに突っかかって、歯車がうまく回ってなかったのかも・・・って感じです。

それと同じような感じで、妊活に関しても、「期待」という異物が歯車に引っかかって、回るべき所がちゃんと回っていないのかも・・・。

もちろん「期待するな」って言われても無理な話と言うものですが、でもやっぱり、「期待」は捨てて、「希望」はしっかり両手で抱えて無くさないようにしたいな~と思う今日この頃なのでした。

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