
母の実家である気仙沼に、忌引きをとって行ってきました。
中2の時以来、実に13年ぶりの気仙沼。
結婚して子どもも生まれて車も買って、そろそろ東北辺りに遊びに行くついでに気仙沼にも寄ろうかなんて思ってたら、この震災でした。
母ちゃんと共に27日夜に出発。
約2時間で宇都宮の弟のうちまで行き、一泊。翌日朝6時に出て休憩や昼食をとりながら午後1時頃気仙沼に到着。

魚町地区で金物屋をやってた母の実家。2階の腰部分まで津波が来てました。

その隣に、空き家を買って従姉一家が住まいにしていたうちがあります。
こちらは3階建てで、メインの住居スペースの3階は無傷。
街路灯がガーンとぶつかっちゃってます。
気仙沼市役所あたりまでは、道に少々の凸凹があるくらいなもので、港近くの低い土地にいくと一気に津波の痕が広がります。
それはまさに戦争映画が怪獣映画のセットのよう。
自衛隊車両や各県の警察車両、各地のナンバーの車両が行きかってました。

実家の向かいはきれいさっぱり無くなってます。

実家の2階。
滅茶苦茶になってます。ヘドロや海水の混ざった匂いがしました。
増改築を繰り返した古い家で、亡くなったじいちゃんばあちゃんが何でもかんでも取っとく性分だったらしく、母ちゃんの小さい頃のものなんかも沢山出てきました。
ショーケンのアイドル時代のレコードが無事だったので、お土産としました。
使える箪笥や、隣の3階の冷蔵庫、洗濯機、テレビなんかを下ろす手伝いをしました。
それにしてものんびりとした東北気質の中でも更にのんびりした叔父さん達。
ちょっと作業をしては小休止。お昼もゆっくり頂いて、気仙沼に来たなぁ~という感じでした。

そういうわけで隣地区の鹿折の様子も見て回りました。
打ち揚げられた船があちこちに。
焼け焦げた漁船は海賊船のよう。
岸のほうは、地盤沈下してるので波がタプタプ。満潮時には浸水してました。

津波と大火災で焼け残った鉄屑しかない、更に悲惨な状態でした。
現実のものとは考えられない光景が広がっていました。
本当にこれからどうやって復旧、復興していくんだろうというくらい、メタメタにやられてました。

津波を乗り越えた酒蔵でニュースになった男山本店は、実家のすぐ裏手にありました。
お酒大好きだし、応援の意味も込めてお土産に購入。
現地は現地の人と専門家に任せて、遠くから出来ることと求められたことをして、また落ち着いたら遊びに行こうと思います。