閑人のつぶやき

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裁判官は劣化しているのか 「法の支配」と裁判所

2019-04-20 19:34:59 | 日記

神戸地裁の処分取消等請求事件について、前回ふれた判決理由と前提事実の矛盾の他にも、読めば読むほど、不可解な判示事項に当惑せざるを得ません。

処分取消等請求事件,未払水道料金支払請求反訴事件(神戸地裁)

本件は、原告=国立大学法人、被告=自治体であり、原告の管理する職員宿舎の水道料金及び下水道使用料の算定方法と条例所定の加入分担金が争点になっています。

前提事実(判決文P11から)

「被告は,平成23年以降平成26年3月まで,本件宿舎を含む山国地区の上下水道料金について,旧算定方法が給水条例及び下水道条例に基づかない特殊な算定方法であり,これを条例に適合させたいとして,原告に対し,以下の(ア),(イ)のいずれかの方針を採りたい旨の提案をし,

(ア) 75㎜口径メーターの区分の料金体系を適用した算定方法(後記ウの新算定方法)を用いる(この場合,旧算定方法よりも上下水道料金が増加することとなる。)。

(イ) 上下水道料金を旧算定方法と同額にするため,本件給水契約の当事者(使用者)及び下水道使用者を宿舎居住者とすることとし,給水条例34条1項所定の加入分担金(試算額約3570万円)を支払う。」

上記(イ) について、被告自治体の主張によると、本件給水契約の当事者(使用者)及び下水道使用者を宿舎居住者とするには、給水条例所定の加入分担金の納付が必要であるとし、給水条例34条2項及び3項に、徴収する根拠があるとしています。(前提事実では、給水条例34条1項となっていますが、被告自治体の主張では、給水条例34条2項及び3項になっています。この点も、前提事実と当事者の主張が齟齬をきたしています。)

(以下、被告自治体の主張から引用)

(1)給水条例34条3項
「本件宿舎各戸にメーターを設置した場合には,これまで75㎜口径メーターを通して給水していたところが,20㎜以下口径のメーターを通した給水に変わることになり,各戸個別の給水契約が締結できる環境となる。
そうすると,法的には新たな給水契約を締結したこととなり,新たな契約に基づいて給水を受ける各戸については,「新たに給水を受けようとする者」に該当する。」(P40)

(2)給水条例34条2項
「各戸との個別契約となった場合,新たに公設の子メーターを各戸に設置しなければならないところ,公設のメーターは「給水装置」(給水条例34条1項,2項)に該当することから(乙4・96頁),原告は,「共同住宅に設置する給水装置の新設工事・・・の申込者」(同条2項)に該当する。」(P43)

(1)の3項の解釈は、「法的には新たな給水契約を締結したこと」になるそうですが、どのような法的根拠があるのか示されていません。
法的には、後記のとおり、水道法14条1項により、供給規程を定めていなければなりませんが、本件給水条例に「各戸個別の給水契約」を締結し、「新たな給水契約を締結する」ための供給規程は見当たりません。

(2)の2項の解釈は、給水条例3条に「この条例において「給水装置」とは,需要者に水を供給するために水道事業管理者の施設した配水管から分岐して設けられた給水管及びこれに直結する給水用具をいう」(P5)と明記されていますので、条例解釈上、メーターが給水装置に該当することはあり得ません。

いずれにせよ、徴収する根拠とするには、十分とは言えません。

ところが、上記被告自治体の主張に対し、神戸地裁(山口浩司裁判長)は、以下の判断を示しています。

裁判所の判断

「加入分担金は,給水条例34条1項によれば,給水装置の新設等をした場合には原則として発生するものである。」(P59)

「しかし,前記のとおり,本件給水契約を個別契約に切り替え,個別の給水装置を新設した場合,給水条例34条1項所定の加入分担金支払債務が発生し得るのであるから,この点に関する被告の条例解釈が明らかに誤っていたとはいえない。」(P60)

「本件給水契約を個別契約に切り替え,個別の給水装置を新設した場合」の「個別の給水装置」が意味することは明確でありませんが、被告の主張では、メーターです。
メーターの取り付け(新設)をすると加入分担金支払債務が発生し得ると判示しているのであれば、給水条例3条に、給水装置の定義がされている以上、とんでもない誤りか意図的な曲解であると言わざるを得ません。(給水条例34条1項は、共同住宅を想定した給水条例34条2項及び3項と区別されていることから、戸建て住宅に適用されるものと解するのが相当です。本件給水契約は、共同住宅ですので、給水条例34条1項を適用する余地は寸毫もありません。しかしながら、敢えて給水条例34条1項に言及した神戸地裁の意図はどこにあるのでしょうか。)

そもそも水道事業の加入金制度(本件では加入分担金の名称)は、新たな給水需要が生ずる際に、新規の水道利用者から徴収するものであり、その範囲であれば、水道法に反しないものとされています。
本件の場合、給水契約を個別契約に切り替えたとしても、新たな給水需要が生ずることはありません。

水道事業の加入金について、厚労省の見解は、以下のとおりです。

「水道加入金制度は、人口の急増に伴うような大幅な水道施設拡張のための費用について、(略)水道料金とは別に、許容される範囲内で負担を求めるもので」あり、「従来より水道法上は供給条件の一つとして解釈されて」いるが、「加入金制度は、あくまでも給水人口の急増期における過渡的な制度であると考えて」いるため、「もはや一般的な意義は薄れつつある」
(平成8年2月29日衆議院予算委員会第四分科会での厚生省生活衛生局長答弁)

過去の判例でも、上記厚労省の見解を水道法に違反しないとしています。

「新規の水道加入によって生ずる水道需要の増大に伴う水道施設の建設、整備費用、水源開発費等に相当する費用について、新規の水道加入者に対し、水道加入金としてその分担を求めることは、不合理ではなく、新規加入者に対して不当な差別的取扱いをすること(水道法一四条四項四号参照)にもならないものというべきである。」
(東京高裁平成9年10月23日判決 平成9(ネ)1187号 損害賠償請求事件 )

なお、水道法のコメンタールでは以下のとおりです。

「新規需要者の加入によって給水量が増加し、そのために水道事業者として、新たな水源の手当、配水施設の増強等の施設整備が必要となる場合があるので、その増加する費用の負担について、新規需要者と従来からの需要者との負担の公平を期すための措置として徴収されているものである。」「水道事業者がこのような加入金を徴収する場合、加入金の性格は、事実上、供給条件の一つであり、本条(引用者注:水道法14条)第1項の規定により供給規程としてこれを定めなければならないものと解される。」
(水道法制研究会『水道法逐条解説』日本水道協会)

しかし、神戸地裁(山口浩司裁判長)は、「原告に対し,本件給水契約を宿舎居住者との戸別契約に切り替えつつ,原告が支払う加入分担金の額を軽減することを提案していたことが認められ,また,本件訴訟においても,その旨の和解案を提示しようとしていたことは当裁判所に顕著な事実である。」(P64)として、被告が加入分担金の額を軽減することを提案したことを何故か肯定的に評価しており、挙句の果てには、「以上のような被告の提案を原告が拒絶していること(当裁判所に顕著な事実)からすると,被告が,現在,加入分担金支払義務が当然に原告にあると主張しているとは到底考えられない。」(P64)として、加入分担金支払債務の不存在確認請求を却下しています。

ここでの被告の提案は、供給規程に根拠がなければ、違法な要求であると評価せざるを得ませんが、「被告の提案を原告が拒絶していること(当裁判所に顕著な事実)」は何を意味するのでしょうか。原告が、被告自治体の違法な要求に応じないのはけしからんと神戸地裁は考えているのでしょうか。神戸地裁は、水道法よりも一自治体の独自の見解がよっぽどお気に入りのようです。この判示を見る限り、神戸地裁は、水道法を理解しているとは到底考えられません。


一般に、日本の裁判所は、「裁判官たちが、何かといえば行政の裁量を強調し、大甘の判断を行って、被告を救済する傾向が強いことに間違いはない」(瀬木比呂志『ニッポンの裁判』講談社)としても、「誰がみてもアウト」と思えるレベル(供給規程である条例に定められていないのではないか)を司法が敢えてスルーするとはどういうことでしょうか。

こうなると、神戸地裁は、もはや、法の支配を忘れたというほかありません。

法の支配とは、法哲学者でもあったハイエクによると、「政府の行う全ての活動は、明確に決定され前もって公表されているルールに規制されること」を意味し、「本質的なことは、強制権力を行使する行政組織に許される自由裁量権は、できるだけ最小限に抑えられなければならない」としています。(ハイエク『隷従への道』春秋社)

水道法においても、法の支配を体現するため、「水道事業者は、料金、給水装置工事の費用の負担区分その他の供給条件について、供給規程を定めなければならない」(14条1項)としています。

本件については、供給規程として定められていないにも関わらず、神戸地裁は、「明らかに誤っていたとはいえない」と意味不明な判示をし、自治体に肩入れしています。(しかし、判決理由自体は、別にふれたとおり、前提事実と矛盾するなど、明らかに誤っていないとはいえません。)

ハイエクは、また、「「法の支配」の衰退の歴史、あるいは法治国家の消滅の歴史は、この自由裁量という曖昧な形式が立法や司法へとますます導入され、その結果、法や裁判は、政策の道具でしかなくなってしまい、恣意性と不確実性が増大し、人々の尊敬を失っていった、という経緯として捉え直すことができるだろう。」(同)とも言っています。

この裁判例は、一事例にすぎませんが、我が国において、司法が信頼を失い、法の支配が衰退していることを示す兆候ではないと信じたいものです。

裁判官が、私生活において、エロエロツイートしても法の支配は揺るぎませんが、恣意性と不確実性が増大した判決が続出すれば、我が国は、法治国家ではなくなります。



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