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葬式に見る人間の浅ましさ

2011-07-22 23:21:55 | Weblog
先日、お世話になった人の告別式に行ってきました。お世話になった人は誰でも知っている小売の大企業の常務を務めた人で、業界では有名な人でした。さぞかし関係各位が多く、大規模な葬儀で、これは外で炎天下の中で大分待たされるだろうな、と思いました。

しかし行くとびっくりするほどこじんまりしていました。時間どおりに行ったのですが、中に入ったら人数は60~70人で、一般的な人の葬儀と変わらなかったです。

さすがに弔電は各大企業の社長の名前で着ていますが、参列している人にそれらしき人はいません。

その方が残した業績はすばらしく、小売業界全体を活性化した立役者です。どんな人でも知ってるデパート共通券を初めて世に出した方です。その割には静かな告別式でした。
(それが悪いと言っているわけではありません。)

その方の母親が亡くなった時は壮大な葬儀だったそうです。経済界、その方の関係各位、市長、各団体、総出だったらしいです。母親自体が有名だったか、どこかの社長だったのか、いえ、普通の母親だったという事です。

なのにどうして、と思われるかもしれませんが、その方の母親が亡くなった時は常務の方は現役でした。引退して10年以上たって本人が亡くなられました。つまり現役でなかったわけです。もう気づいている方は気づいていると思います。


つまり、現役の常務でバリバリやっているころは、近づくとメリットがあるので、母親の葬儀にわんさ参列したわけです。功績を残したといえども引退してしまって影響力がなくなると、メリットがないので来ないんです。ご子息の方はまだ若いのでこれからということで、ご子息の関係でも、そんなに来られなかったみたいです。

なんという浅ましさ、人間の欲が垣間見られます。故人が亡くなって、悲しむのは身内とごく近しい、お世話になったと感じる一握りの人で、大半は今後の事を考え、繋がっていた方がいいという目論見で来る人のように感じます。

そう考えると、葬式で故人を悲しむ人間の数は、有名であろうとなかろうと、お金をもってようとなかろうと、それほど変わらないように思います。
葬式に来る人の人数でその人の生前の力量が分かる、と言う人もいますが、そんな目論見のある人で人数の上乗せをしたところで、どうでもいい事です。




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